拝啓、王太子殿下さま 聞き入れなかったのは貴方です

LinK.

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第九話

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ジェームズは届いた手紙を読んで飛び上がった。

「返事が届いた。フォーリュで伯爵位を賜れるそうだ。小さいながらも領地を授かれるらしい」

「本当ですか?」

クリスティーナが尋ねると、ジェームズは喜びを隠しきれずに答える。

「あぁ、荒れた土地だが王都からは近いそうだ。決まったら教えて欲しいと書かれている」

「後は聖女を充てがうだけですわ」


クリスティーナはウィルフレッドが好みそうな女性を探した。

ウィルフレッドと添い遂げたいと思ってくれる女性じゃないと駄目だ。無理強いはしたくない。


クリスティーナが立てた計画とは…

頼み事をすると願いを聞いてくれるウィルフレッドに婚約破棄を願おうと考えて、ずっと機会を伺っていた。

そんな時に頼まれた聖女探し。

側室じゃなくて正妃にすれば良いと考えた。
絶対に側室にはなりたくないので、どうすれば良いか一晩中考えて出した答えが、自分が悪女になってウィルフレッドに嫌われること。

実際に陰湿な事をする必要はない。そうすると罪に問われてしまうし、最悪の場合は処刑だ。


本当にあったかのように噂を流して、聖女に協力して貰えればいいだけ。
証拠が無ければ王族とはいえ捕まえることは出来ない。たとえ捕まったとしても、裁判で勝てる自信はある。

(あの人達は噂だけでも信じるでしょうけどね…)

クリスティーナは偽の聖女を必死になって探していた。


しかし、クリスティーナが見つける前に
ウィルフレッドの側近が見つけて来てしまった。

(嘘でしょう?あの書物は完全な作り物だわ。聖女は実在していない。それに、勝手に連れて来られてしまったら、私の計画が台無しじゃない)

クリスティーナはウィルフレッドに進言する。

「ウィルフレッド様、マリー様は聖女ではありません。私が必ず本物の聖女を探して参りますので、熟考した上でご判断ください」

しかし、ウィルフレッドは一喝した。

「僕の信頼の置ける側近達が探し出したんだ!彼らは母上が選んだ優秀な者達だぞ!」

一呼吸おいてウィルフレッドはクリスティーナを嗜める。

「君は自分で探し出せなくて悔しかったんだろう?僕のことを思う気持ちは嬉しいよ。でもね、負けを認めることも必要だよ?大丈夫。僕は優しいからね。聖女を見つけられなかった君にもお礼をしてあげるよ。今の僕は機嫌が良いんだ」

ウィルフレッドのお礼は願いを聞くのではなく、聖女と友人になって話す権利だった。

(体良く利用したいだけじゃない。聖女に教育をするって事でしょう?)

クリスティーナは憤慨したが、偽の聖女を探る好機だと考える。


それから毎日のように登城し、マリーに淑女教育を施すようになった。
だが、決まってウィルフレッドが訪ねて来てお茶会の時間になってしまう。

毎日ウィルフレッドと顔を合わせる事に辟易し、マリーはマリーで覚える気がないのか上達しない。
聖女のことを話そうにも、マリーは話が通じないし会話もできない。


このままでは駄目だと軌道修正しようと思って他の計画を考えていると、ウィルフレッドに呼び出された。

「マリーの教育が厳しいみたいだね。君らしくもない。マリーがクリスティーナが怖くて辛いと泣いていたよ。もう少し優しく教えてくれないかな?」

クリスティーナは理解するのに時間がかかってしまった。

幼い子供に教えるようにしているのに、怖い…?
それに、教育の時間に充てられている時間のほとんどはウィルフレッドとのお茶会で潰れている。
マリーと話しても会話にならない。

何故…?

「申し訳ございません。以後気を付けます」

この場は納めようと思って謝罪するが、ウィルフレッドが要らないことを言う。

「君が僕のために頑張っているのは知っているからね。次から気を付けてくれれば良いよ。大丈夫。マリーの方が可憐だけど、ちゃんと君を正妃にしてあげるから」


屋敷に戻る馬車の中で、クリスティーナはイライラしていた。

計画を練り直さないといけないのに、新しい案が浮かばない。
ウィルフレッドは不快な事ばかり言ってくる。
正妃になんてなりたくない。王命で断れなかっただけだ。


クリスティーナは過分な程にマリーに優しく接した。間違った作法も優しく指摘し、丁寧に教えた。

それなのに、マリーが突然泣き出してしまう。

「ごめんなさい…。私が悪いの。だから、怒らないで……」

今のどこが怒っているというのか…
クリスティーナが呆れていると、ウィルフレッドが現れた。

「またやっているのか!あれ程注意しただろう?あぁ、可哀想なマリー。こっちにおいで」

ウィルフレッドはマリーを抱き締めて慰める。

「クリスティーナ、今日はもう良いよ。帰って反省するんだ。女の嫉妬は醜いよ?ただでさえ僕よりも下なのに、それ以上酷くならないでくれ」

ウィルフレッドはマリーの手を引っ張って、クリスティーナをその場に残して去っていった。

その時、クリスティーナは見てしまう。

マリーが『ご愁傷さま』と声に出さずに口を動かしているのを…

(先手を打たれたということね。そう…。それならこちらも動きましょう)



それからのクリスティーナの動きは早かった。
屋敷に戻ってから無名の作家に手紙を出し、大まかなあらすじと展開を書いて話を作って欲しいと依頼する。

王城に勤める子飼いの使用人達に指示を出し、少しずつ、徐々に陰険になるように
クリスティーナがマリーに嫌がらせをしていると噂を流すように頼んだ。

市井でも同じ噂を流した。


話を聞いたジェームズは
屋敷の使用人や領民達と何度も話し合い、移住を決めた者達に金や物資を持たせて少しずつフォーリュに送り
残ると決めた者達には見合った額の物を与え、新しい職場を紹介するなど、忙しなく動いていた。



城内で流れる噂も過激になってきた頃
クリスティーナは再びウィルフレッドに呼び出される。

「クリスティーナ、最近おかしな噂が流れているんだ。僕を思うあまりに行き過ぎてしまったのかな?マリーのことは好きだけど、君のことも大切に思っているんだよ。きっと君には荷が重かったのかな?マリーの教育は僕がするから、君は自分の課題に専念するといいよ」

マリーの教育が無くなり、段々とウィルフレッドとの交流も減っていった。


月に一度の交流の日
ウィルフレッドは窓に映る自分の顔を見ながらクリスティーナに言う。

「マリーの何が気に食わないのかな?もちろん僕は噂なんて信じていないよ。君がそんな事をするとも思っていない。でも、念のために言っておこうと思ったんだ。このままだと正妃になれないかも知れないよ?」

願ってもないことだ。

クリスティーナは俯いたまま、ウィルフレッドに見えないように微笑んだ。
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