拝啓、王太子殿下さま 聞き入れなかったのは貴方です

LinK.

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第十話

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それからは驚くほどに順調だった。

月に一度の交流にも来なくなったウィルフレッドはずっとマリーと一緒にいて、仕事はクリスティーナに任せっきり。

(仕事もしないであの人も側近達も何をしているんでしょうね…)

どうなろうと、クリスティーナが気にすることではない。


そして、待ちに待った手紙がクリスティーナ宛に届いた。

- 大事な話があるから登城するように -

王家の紋付きの豪奢な手紙にたった一文だけが書かれている。


「お父様、いよいよですわ」

クリスティーナは手紙を持ってジェームズに報告に行く。

「ようやくか。長かったね。だが、本当に移住の許可を貰えるのかい?」

「えぇ、必ず」

不安そうなジェームズとは対象的に、クリスティーナの顔には自身が満ち溢れていた。

「私はずっと探っていました。あの人は必ずマリーを選びます。嫌がらせなどの証拠は一つもないのです。婚約を白紙に戻す代わりに移住の許可を出すでしょう」

駄目だと言われても、言い負かす自信はある。

愛し合う二人を見るのが辛いとでも言って涙を流せば、優しい自分に酔いしれるウィルフレッドは絶対に許可を出す。
笑ってしまわないように、悲しんでいる演技をすればいいだけ。

クリスティーナは確信していた。


「クリスティーナが言うなら信じよう。それなら問題はフォーリュの領地だね。爵位は後からでもどうとでもなるが、不確かな移住に授けても良いという領地だ。想像以上に荒れているに違いない」

ジェームズはフォーリュでのこれからの生活に気を揉んでいた。

「私もお手伝いいたします。王子妃教育で農業の勉強も少ししたので、知識はあります」

「ありがとう。どうしようも無くなったらお願いするよ」


クリスティーナの読み通り、王城に行くとウィルフレッドに婚約を白紙撤回される。

クリスティーナはすぐに作家に本を出すように頼み、前もって交渉していた劇団にも劇を流すように依頼する。

ジェームズはすぐさまフォーリュに手紙を送り
移住の為に質素な馬車を借りて
護衛を連れて家族3人でフォーリュへと向かったのだ。


▷▷▷


無事に立太子したウィルフレッドは、聖女マリーと親睦を深めていた。

「マリーには美しい僕にはない可愛らしさがあるね。いつも癒やされるよ。聖女というのはそういう不思議な力があるんだね」

「嬉しい!私もウィルフレッド様と居ると癒やされるわ」

側近達も嬉しそうに二人を見ていた。


しかし、ウィルフレッドは父アレキサンダーに叱責されてしまう。

「ウィルフレッド、聖女と結ばれて浮かれているのはわかるが、少し弛み過ぎではないか?お前に任せた仕事が滞っているぞ」

ウィルフレッドは忘れていた。
もう何年もクリスティーナに仕事を任せていたのだ。
今更仕事なんて煩わしいことをしたくない。

仕方なく机に向かうが、何をどうしたら良いかわからない。
ペンを回しながら遊んでいると、マリーが訪ねてくる。

「ウィルフレッド様、私とお話ししましょう?」

「マリー、僕もマリーと過ごしたいんだけど、仕事が終わらないと時間が出来ないんだよ」

「そんな…、今まではずっと一緒に居てくれたのに……。私のこと嫌いになっちゃったの?」

マリーが目を潤ませてウィルフレッドを見上げた。

「そんな事があるはずないだろう」と言いながら、ウィルフレッドは考えた。

今までのようにクリスティーナに仕事を任せれば、自分はマリーと過ごせる。
順番は違うがすぐに側室にしよう。今頃平民の辛さを感じ始めているはずだ。
苦しむ前に、辛いと感じ始めた時に手を差し伸べる。
出来る男は相手の一歩先を行くものなのだから。


そうと決まれば…

ウィルフレッドはクリスティーナが他国へ行く前に迎えに行こうと、国中に御触書を回した。

自分を慕うクリスティーナを自ら迎えに行けば、泣いて喜ぶに違いない。
クリスティーナは嫉妬してマリーを虐めてしまうほどに自分を愛しているのだ。


しかし、ウィルフレッドはいつまで経ってもクリスティーナを見つけることが出来なかった。

国境を越えたクリスティーナ達は既に爵位を返上しているので家名を持たない。
公爵家の名前で探しても、出国の報告があるはずもなかった。



仕事の期限は待ってくれないので、ウィルフレッドは仕方なく自分でやることにした。

面倒な仕事は側近に頼み、楽にできることだけを選んだ。
アレキサンダーにも褒められるし、マリーとの時間も作れる。
クリスティーナを探すのは後回しで良いか。


ウィルフレッドは鏡に映る自分を見ながら
「あぁ、僕の顔が元に戻った。疲れは美容の大敵だからね。働きすぎるのは良くないんだよ」
と、自分に語りかけていた。

ほんの数日仕事をしただけで、大部分は側近に任せてマリーと遊んでいたにも関わらず

隈ができてしまった…
肌が荒れてしまった…
唇がカサカサじゃないか…

と、喚いていたのだ。


マリーはというと
ウィルフレッドが相手をしてくれなくなったので、王妃ロザリアと買い物を楽しんでいた。

「こんなに素敵なドレスを着てもいいの?」

「もちろんよ。あなたは聖女なんだもの」

「じゃぁ、この宝石も欲しいわ!」

「良いわよ。欲しい物は全部買いましょう」

マリーは大好きなピンクのドレスを来て、ピンクの可愛いネックレスを着けて…


ピンク一色の姿でお茶会に出席する。

「お可愛らしい」「聖女様は斬新な感性をお持ちなのですね」
「凡人の私達には到底考えつかないですわ」

参加した貴族達に褒められて上機嫌だった。

毎週のようにお茶会を開き、聖女マリーと御近付きになりたい貴族達は挙って参加した。


いつもピンクか白か黄色の、一色コーディネートのマリー。
子供が着るようなボリュームのあるドレスを着ているので
『チューリップ聖女様』と陰で揶揄されるようになる。


「いくらお優しい聖女様でも、あのドレスは頂けないわ」

「可愛らしいお方ですもの。よくお似合いよ」

「派手にしないと麗しいウィルフレッド様のお隣には立てないのよ」

最初は二人を応援していた令嬢達。
毎週招待されるお茶会に参加するようになり、知らず知らずのうちに不満を募らせていく。

これが綻びの始まりだった。
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