13 / 29
第十三話
しおりを挟む
両親に手厚く看病されて全快したクリスティーナ。
外を歩いていると、遠くから動物の鳴き声が聞こえてくる。
(羊の鳴き声…?私が休んでいる間に連れてきたのかしら?)
鳴き声に向かって歩いて行くと、そこにはウィルがいた。
あんな別れ方をしてしまって気不味くて、クリスティーナは踵を返そうと一歩後退る。
「元気になったみたいだな」
ウィルは何事もなかったかのように話しかけて、クリスティーナに近付いた。
もう一歩下がると、クリスティーナの手に柔らかい何かが当たった。メ~と鳴いて、シャツの裾を噛んでいる。
「ちょっと…、これは食べ物じゃないのよ?離して」
シャツを引っ張っても、羊はどんどん口の中にシャツを入れて離れない。
ウィルは「馬鹿だな」と笑ってクリスティーナの横に立ち、羊の口からシャツを引っ張り出してくれた。
(今日は煙草の香りはしないのね…)
クリスティーナは殿方の匂いを嗅ぐなんて痴女じゃないかと、そんな事を考えてしまった自分を恥じた。
「この羊はどうしたの?」
自分の気持ちを誤魔化すように、ウィルに尋ねる。
「めん羊だよ。奥に牧草が生えていたから羊を育てて、刈った毛を使って何か作って売れるだろう?」
ウィルは簡単に言ってのけるが、クリスティーナは畑のことに頭がいっぱいで、思い付きもしなかった。
「ウィルは凄いのね…」
「俺はなんでも屋だからな。色々とやってきたんだよ。ちょっと奥に来いよ」
ウィルがクリスティーナを奥に連れて行くと、そこには何頭もの羊がいた。
「ちゃんと教えるから、羊の世話が出来るように覚えろよ。これは今のクリスがみんなの為にやれることだ」
クリスティーナはウィルの説明を聞きながら考えていた。
ウィルは焦る自分の為に羊の案をジェームズに言ってくれたんだろう。
王都までの道中で稽古をつけてくれたのもそう。
狼や盗賊達に抗えなくて悔しく思っていたところに、さり気なく教えてくれた。
きっと、両親にも何か言ってくれたんだろう。
以前だったらやると言ったら何でもやらせてくれて、自分を止めてまで休むようになんて、言われた事はなかった。
そのお陰で家族の距離が縮まって、二人が色々と聞いてくれるようになって、少しずつだけど自分の気持ちも言えるようになってきた。
本当はずっと思っていた。
「もう止めていいよ」「休んでいいんだよ」って言って欲しい…
でも、誰も言ってくれなくて……
自分でなんとかするしかなかった。
(どうして偶然会っただけの私にそこまでしてくれるの…?)
「おい、聞いてるか?」
クリスティーナが考え込んでいると、ウィルが振り返って聞いてきた。
「ごめんなさい。少し考え事をしていたの…」
「いや、一気に詰め込もうと思って話しすぎたな。病み上がりなのに悪かった。また明日教えるよ」
ウィルに送られて、クリスティーナは屋敷に戻った。
次の日からクリスティーナはウィルの元に通い、一緒に羊の世話をするようになる。
羊をよく歩かせて土や草を踏ませ、草を食べさせているうちに土が肥えると聞き
羊乳の絞り方や世話をする際の注意する点など、一緒にやりながら教えて貰った。
乳を絞る作業が上手くできなくて戸惑っていると、ウィルが手を取って優しく教えてくれた。
上手くできて喜ぶクリスティーナの頭をガシガシと撫でて
「良かったな」と言ってくれるウィル。
一緒にいればいるほど惹かれていく。
早く時間が経って欲しい。大人になりたい。
クリスティーナはそんな事を考えるようになっていた。
その日の夕食の時間
イディオにいた頃よりも質素な食事だけど、家族3人で楽しく話せる時間。
難しい話も悲しい話もない、他愛のない今日の出来事を話しながら食事をしていると、ジェームズの仕事が始まると言う。
「明日から登城することになったよ。夕食前には帰ってくるから、こうやってみんなで食事をしよう」
「以前は遅くまで働いていたから一緒に食事を取れる時間も無かったのよね…。それを聞いて安心したわ」
仕事で忙しいジェームズと王子妃教育で忙しいクリスティーナは、ゆっくり食事を取れる時間が無かった。
アメリアは不満も漏らさずに、いつも一人で食事をしていたのだ。
家族で過ごせる時間が増えて嬉しい。
3人が感じていることだった。
「ウィルが来てくれて助かったよ。彼がいてくれるから安心して仕事に行ける」
ジェームズがそう言うと、アメリアが尋ねる。
「本当ね。オリバー卿が寄越してくれたのよね?」
「あぁ、暫く使ってくれと言ってくれてね。いつまでもいて欲しいくらいだよ」
二人が嬉しそうに笑う中、クリスティーナは笑えずに話を聞いていた。
「いつかいなくなってしまうの…?」
クリスティーナの問いに、二人は顔を見合わせる。
「ずっと居てほしいと思うけれど、それはウィルが決めることだもの」
「彼がここに住みたいと言ってくれれば歓迎するが、無理強いはできないからね…」
二人にそう言われたクリスティーナは、食事の手を止めて俯いてしまった。
『また明日』
そう言って別れたから、クリスティーナはそれがいつまでも続くと思っていた。
「クリスティーナ…」
ジェームズもアメリアも何も言えなかった。
フォーリュまでの道中で、ウィルに対するクリスティーナの態度は年相応の子供らしい姿だった。
今まで見たことがないクリスティーナを見て、無理をさせていたんだと後悔した。
怒鳴ったり我が儘を言える相手ができて良かった
兄のような存在ができて良かった
そう思っていた。
クリスティーナが熱を出している時にウィルに怒られたお陰で家族の距離が縮まって
少しずつではあるが
クリスティーナが自分達に我が儘を言えるようになってきた。
開拓の手伝いも請け負ってくれて
命を助けてくれただけではない、家族みんなの恩人だ。感謝してもしきれない。
最近のクリスティーナは本当に楽しそうで、食事中もウィルの話をよくしていた。
なんとかしてやりたい…。
そう思いながら、ジェームズは俯くクリスティーナを見ていた。
外を歩いていると、遠くから動物の鳴き声が聞こえてくる。
(羊の鳴き声…?私が休んでいる間に連れてきたのかしら?)
鳴き声に向かって歩いて行くと、そこにはウィルがいた。
あんな別れ方をしてしまって気不味くて、クリスティーナは踵を返そうと一歩後退る。
「元気になったみたいだな」
ウィルは何事もなかったかのように話しかけて、クリスティーナに近付いた。
もう一歩下がると、クリスティーナの手に柔らかい何かが当たった。メ~と鳴いて、シャツの裾を噛んでいる。
「ちょっと…、これは食べ物じゃないのよ?離して」
シャツを引っ張っても、羊はどんどん口の中にシャツを入れて離れない。
ウィルは「馬鹿だな」と笑ってクリスティーナの横に立ち、羊の口からシャツを引っ張り出してくれた。
(今日は煙草の香りはしないのね…)
クリスティーナは殿方の匂いを嗅ぐなんて痴女じゃないかと、そんな事を考えてしまった自分を恥じた。
「この羊はどうしたの?」
自分の気持ちを誤魔化すように、ウィルに尋ねる。
「めん羊だよ。奥に牧草が生えていたから羊を育てて、刈った毛を使って何か作って売れるだろう?」
ウィルは簡単に言ってのけるが、クリスティーナは畑のことに頭がいっぱいで、思い付きもしなかった。
「ウィルは凄いのね…」
「俺はなんでも屋だからな。色々とやってきたんだよ。ちょっと奥に来いよ」
ウィルがクリスティーナを奥に連れて行くと、そこには何頭もの羊がいた。
「ちゃんと教えるから、羊の世話が出来るように覚えろよ。これは今のクリスがみんなの為にやれることだ」
クリスティーナはウィルの説明を聞きながら考えていた。
ウィルは焦る自分の為に羊の案をジェームズに言ってくれたんだろう。
王都までの道中で稽古をつけてくれたのもそう。
狼や盗賊達に抗えなくて悔しく思っていたところに、さり気なく教えてくれた。
きっと、両親にも何か言ってくれたんだろう。
以前だったらやると言ったら何でもやらせてくれて、自分を止めてまで休むようになんて、言われた事はなかった。
そのお陰で家族の距離が縮まって、二人が色々と聞いてくれるようになって、少しずつだけど自分の気持ちも言えるようになってきた。
本当はずっと思っていた。
「もう止めていいよ」「休んでいいんだよ」って言って欲しい…
でも、誰も言ってくれなくて……
自分でなんとかするしかなかった。
(どうして偶然会っただけの私にそこまでしてくれるの…?)
「おい、聞いてるか?」
クリスティーナが考え込んでいると、ウィルが振り返って聞いてきた。
「ごめんなさい。少し考え事をしていたの…」
「いや、一気に詰め込もうと思って話しすぎたな。病み上がりなのに悪かった。また明日教えるよ」
ウィルに送られて、クリスティーナは屋敷に戻った。
次の日からクリスティーナはウィルの元に通い、一緒に羊の世話をするようになる。
羊をよく歩かせて土や草を踏ませ、草を食べさせているうちに土が肥えると聞き
羊乳の絞り方や世話をする際の注意する点など、一緒にやりながら教えて貰った。
乳を絞る作業が上手くできなくて戸惑っていると、ウィルが手を取って優しく教えてくれた。
上手くできて喜ぶクリスティーナの頭をガシガシと撫でて
「良かったな」と言ってくれるウィル。
一緒にいればいるほど惹かれていく。
早く時間が経って欲しい。大人になりたい。
クリスティーナはそんな事を考えるようになっていた。
その日の夕食の時間
イディオにいた頃よりも質素な食事だけど、家族3人で楽しく話せる時間。
難しい話も悲しい話もない、他愛のない今日の出来事を話しながら食事をしていると、ジェームズの仕事が始まると言う。
「明日から登城することになったよ。夕食前には帰ってくるから、こうやってみんなで食事をしよう」
「以前は遅くまで働いていたから一緒に食事を取れる時間も無かったのよね…。それを聞いて安心したわ」
仕事で忙しいジェームズと王子妃教育で忙しいクリスティーナは、ゆっくり食事を取れる時間が無かった。
アメリアは不満も漏らさずに、いつも一人で食事をしていたのだ。
家族で過ごせる時間が増えて嬉しい。
3人が感じていることだった。
「ウィルが来てくれて助かったよ。彼がいてくれるから安心して仕事に行ける」
ジェームズがそう言うと、アメリアが尋ねる。
「本当ね。オリバー卿が寄越してくれたのよね?」
「あぁ、暫く使ってくれと言ってくれてね。いつまでもいて欲しいくらいだよ」
二人が嬉しそうに笑う中、クリスティーナは笑えずに話を聞いていた。
「いつかいなくなってしまうの…?」
クリスティーナの問いに、二人は顔を見合わせる。
「ずっと居てほしいと思うけれど、それはウィルが決めることだもの」
「彼がここに住みたいと言ってくれれば歓迎するが、無理強いはできないからね…」
二人にそう言われたクリスティーナは、食事の手を止めて俯いてしまった。
『また明日』
そう言って別れたから、クリスティーナはそれがいつまでも続くと思っていた。
「クリスティーナ…」
ジェームズもアメリアも何も言えなかった。
フォーリュまでの道中で、ウィルに対するクリスティーナの態度は年相応の子供らしい姿だった。
今まで見たことがないクリスティーナを見て、無理をさせていたんだと後悔した。
怒鳴ったり我が儘を言える相手ができて良かった
兄のような存在ができて良かった
そう思っていた。
クリスティーナが熱を出している時にウィルに怒られたお陰で家族の距離が縮まって
少しずつではあるが
クリスティーナが自分達に我が儘を言えるようになってきた。
開拓の手伝いも請け負ってくれて
命を助けてくれただけではない、家族みんなの恩人だ。感謝してもしきれない。
最近のクリスティーナは本当に楽しそうで、食事中もウィルの話をよくしていた。
なんとかしてやりたい…。
そう思いながら、ジェームズは俯くクリスティーナを見ていた。
74
あなたにおすすめの小説
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。
みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。
ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。
失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。
ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。
こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。
二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます
ぱんだ
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。
しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。
ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。
セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。
愛人のいる夫を捨てました。せいぜい性悪女と破滅してください。私は王太子妃になります。
Hibah
恋愛
カリーナは夫フィリップを支え、名ばかり貴族から大貴族へ押し上げた。苦難を乗り越えてきた夫婦だったが、フィリップはある日愛人リーゼを連れてくる。リーゼは平民出身の性悪女で、カリーナのことを”おばさん”と呼んだ。一緒に住むのは無理だと感じたカリーナは、家を出ていく。フィリップはカリーナの支えを失い、再び没落への道を歩む。一方でカリーナには、王太子妃になる話が舞い降りるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる