14 / 29
第十四話
しおりを挟む
朝早くに起きて、家族揃って朝食を食べてからジェームズを見送ったサマンサ。
気持ちの整理がつかないままウィルの元へと向かった。
「また服食われてるぞ」
「えぇ、そうね」
羊に服を齧られても、クリスティーナは何処か上の空。
ぽかんと開いた口に飴をねじ込んでも
「ありがとう」と言って、怒らない。
自分が見ていない間にまた無理をしているのではと、ウィルは心配になった。
「大丈夫か?なんかあったら俺に言えよ」
ウィルがガシガシと頭を撫でると、クリスティーナはその手を払いもせずに静かに言った。
「ウィルはいつまでここに居るの?ずっと一緒には居てくれないの?」
一度止まったウィルの手が優しくクリスティーナを撫でる。
「俺は頼まれてここに居るだけだから、ずっとは居てやれない」
「それなら私がウィルに依頼するわ。お金もちゃんと払う」
離そうとしたウィルの手をクリスティーナが掴んで離さない。
「クリス…」
ウィルはそっとクリスティーナの腕を押して、自分の手から引き剥がした。
「お前にやらなきゃいけない事があるように、俺にもやらなきゃいけない事があるんだ。わかってくれるよな?」
わかりたくない。
いつも頼れって言うくせに
甘えろって子供扱いするくせに
「こんな時だけ大人扱いしないで!」
クリスティーナは走ってその場から逃げ出した。
屋敷に戻ったクリスティーナを見たアメリアが驚いて
「クリスティーナ、どうしたの?何か辛いことでもあったの?」
ハンカチを取り出してクリスティーナの顔に当てる。
その時初めて自分が泣いていることに気が付いた。
誰とも話したくなくて、食事をする気にもなれなくて
クリスティーナはそのまま部屋に引きこもって朝までベッドで蹲っていた。
翌朝、自分を心配そうに見ている両親に気付いているクリスティーナだったが、何も言わずに朝食を食べた。
ジェームズを見送って、いつものようにウィルのもとに行く気にはなれず、クリスティーナは畑の手伝いをしに行く。
久しぶりに訪れた畑は綺麗に耕されていて
苗が大きく育っていたり、芽が出て成長しているのを見て
時間の流れの早さに気付かされる。
慣れない畑仕事をする領民が慣れている者に教えて貰いながら楽しそうに働いている姿が、自分とウィルに重なって見えた。
屋敷に戻ってアメリアと刺繍を刺して、そのまま夕食の時間になった。
今朝と同じように無言で食べていると、ジェームズがクリスティーナに尋ねた。
「今日はウィルの所に行かなかったそうだね?」
「えぇ…、久しぶりに畑の様子を見に行っていたの」
「クリスティーナ」
そう呼ぶジェームズの声はいつもよりも低い。
「私達はいつもクリスティーナに甘えてばかりで、何でも出来るからと、何も言ってこなかった。本当に申し訳ないと思っているんだ。でもね、自分で一度やると決めたのだから最後までやりなさい」
「そうね…」と、アメリアも続いた。
「会えないからと言ってあなたを甘えさせてあげられなかったわ。ごめんなさいね。ウィルと話したくないなら話さなくても良いし、それでも嫌なら他の人に頼んでも良いのよ?ただ、中途半端にしてしまうのは良くないわ」
「迷惑をかけてごめんなさい…。明日からまたウィルの所に行くわ」
クリスティーナが謝ると、二人は優しく笑った。
「クリスティーナは大切な娘なんだから、私達には迷惑をかけてもいいんだよ」
「辛いと感じたら、すぐに私達に言うのよ?」
二人はウィルの話を出さないように話題を振って、クリスティーナは少し笑みを見せるようになった。
「頑張りなさい。どうしても無理ならすぐに言うんだよ」
ジェームズはそう言って仕事に出かけ、クリスティーナはアメリアに見送られてウィルの元に向かった。
「おはよう。今日はクリスに紹介したい奴がいるんだ」
ウィルは怒ることもせずに、入り口に立つクリスティーナを手招きする。
謝るタイミングを失ってしまったクリスティーナがなんと言って良いかわからずに側まで行くと、ウィルの足元には犬がいた。
「まぁ、なんて可愛らしいの!」
ふさふさの尻尾をぶんぶん降って、クリスティーナに飛び掛かってくる。
「人懐っこいだろ?頼んでた牧羊犬がやっと来たんだ」
「名前は何ていうの?」
クリスティーナが尋ねると「まぁ、追々な」と言って教えてくれなかった。
「そんな事よりもだ、今日は羊の毛を刈るからな」
屈んで犬を撫でていたウィルは、徐ろに立ち上がって体を伸ばす。
「クリス、一緒にやるぞ」
「えぇ。ちゃんと教えてね」
クリスティーナが答えると、犬がワンワンと鳴いた。
「この子も手伝ってくれるみたいね」
「あぁ、そうだな」
ウィルは自分の頭をガシガシと掻いて、羊の所に歩いて行った。
1匹ずつ捕まえて大きなハサミで毛を刈り取る。
思ったよりも大変な作業で、半分も終わらないうちに暗くなってしまった。
「残りは明日またやろう。屋敷まで送るよ」
二人で並んで歩きながら、他愛のない話をして帰った。
屋敷が見えてくると、クリスティーナは立ち止まって少し頭を下げる。
「昨日はごめんなさい」
「気にすんなよ。明日もよろしくな」
ウィルは俯くクリスティーナの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「また明日」
気恥ずかしくなったクリスティーナは、俯いたまま足早に屋敷に入って行った。
その日の夕食の時間はとても賑やかで、楽しそうに牧羊犬のことや毛刈りの話をするクリスティーナをジェームズもアメリアも嬉しそうに見ていた。
「羊の毛を刈るなんて大変だっただろう?」
「えぇ。でも、刈り終えたら洗って糸を紡ぐのよ?そうしたらお母様と一緒に編み物が出来るもの。大変だったけれど、その事を考えて楽しめたわ」
ジェームズとクリスティーナの会話を聞いたアメリアは嬉しそうに笑う。
「それは楽しみね。ターナー領の特産品になるかしら?」
その後もたくさんの話をして、クリスティーナは部屋へと戻って行った。
また明日で終われる日は、次の日もウィルに会える。
クリスティーナは明日を楽しみにしてベッドに入るのだった。
気持ちの整理がつかないままウィルの元へと向かった。
「また服食われてるぞ」
「えぇ、そうね」
羊に服を齧られても、クリスティーナは何処か上の空。
ぽかんと開いた口に飴をねじ込んでも
「ありがとう」と言って、怒らない。
自分が見ていない間にまた無理をしているのではと、ウィルは心配になった。
「大丈夫か?なんかあったら俺に言えよ」
ウィルがガシガシと頭を撫でると、クリスティーナはその手を払いもせずに静かに言った。
「ウィルはいつまでここに居るの?ずっと一緒には居てくれないの?」
一度止まったウィルの手が優しくクリスティーナを撫でる。
「俺は頼まれてここに居るだけだから、ずっとは居てやれない」
「それなら私がウィルに依頼するわ。お金もちゃんと払う」
離そうとしたウィルの手をクリスティーナが掴んで離さない。
「クリス…」
ウィルはそっとクリスティーナの腕を押して、自分の手から引き剥がした。
「お前にやらなきゃいけない事があるように、俺にもやらなきゃいけない事があるんだ。わかってくれるよな?」
わかりたくない。
いつも頼れって言うくせに
甘えろって子供扱いするくせに
「こんな時だけ大人扱いしないで!」
クリスティーナは走ってその場から逃げ出した。
屋敷に戻ったクリスティーナを見たアメリアが驚いて
「クリスティーナ、どうしたの?何か辛いことでもあったの?」
ハンカチを取り出してクリスティーナの顔に当てる。
その時初めて自分が泣いていることに気が付いた。
誰とも話したくなくて、食事をする気にもなれなくて
クリスティーナはそのまま部屋に引きこもって朝までベッドで蹲っていた。
翌朝、自分を心配そうに見ている両親に気付いているクリスティーナだったが、何も言わずに朝食を食べた。
ジェームズを見送って、いつものようにウィルのもとに行く気にはなれず、クリスティーナは畑の手伝いをしに行く。
久しぶりに訪れた畑は綺麗に耕されていて
苗が大きく育っていたり、芽が出て成長しているのを見て
時間の流れの早さに気付かされる。
慣れない畑仕事をする領民が慣れている者に教えて貰いながら楽しそうに働いている姿が、自分とウィルに重なって見えた。
屋敷に戻ってアメリアと刺繍を刺して、そのまま夕食の時間になった。
今朝と同じように無言で食べていると、ジェームズがクリスティーナに尋ねた。
「今日はウィルの所に行かなかったそうだね?」
「えぇ…、久しぶりに畑の様子を見に行っていたの」
「クリスティーナ」
そう呼ぶジェームズの声はいつもよりも低い。
「私達はいつもクリスティーナに甘えてばかりで、何でも出来るからと、何も言ってこなかった。本当に申し訳ないと思っているんだ。でもね、自分で一度やると決めたのだから最後までやりなさい」
「そうね…」と、アメリアも続いた。
「会えないからと言ってあなたを甘えさせてあげられなかったわ。ごめんなさいね。ウィルと話したくないなら話さなくても良いし、それでも嫌なら他の人に頼んでも良いのよ?ただ、中途半端にしてしまうのは良くないわ」
「迷惑をかけてごめんなさい…。明日からまたウィルの所に行くわ」
クリスティーナが謝ると、二人は優しく笑った。
「クリスティーナは大切な娘なんだから、私達には迷惑をかけてもいいんだよ」
「辛いと感じたら、すぐに私達に言うのよ?」
二人はウィルの話を出さないように話題を振って、クリスティーナは少し笑みを見せるようになった。
「頑張りなさい。どうしても無理ならすぐに言うんだよ」
ジェームズはそう言って仕事に出かけ、クリスティーナはアメリアに見送られてウィルの元に向かった。
「おはよう。今日はクリスに紹介したい奴がいるんだ」
ウィルは怒ることもせずに、入り口に立つクリスティーナを手招きする。
謝るタイミングを失ってしまったクリスティーナがなんと言って良いかわからずに側まで行くと、ウィルの足元には犬がいた。
「まぁ、なんて可愛らしいの!」
ふさふさの尻尾をぶんぶん降って、クリスティーナに飛び掛かってくる。
「人懐っこいだろ?頼んでた牧羊犬がやっと来たんだ」
「名前は何ていうの?」
クリスティーナが尋ねると「まぁ、追々な」と言って教えてくれなかった。
「そんな事よりもだ、今日は羊の毛を刈るからな」
屈んで犬を撫でていたウィルは、徐ろに立ち上がって体を伸ばす。
「クリス、一緒にやるぞ」
「えぇ。ちゃんと教えてね」
クリスティーナが答えると、犬がワンワンと鳴いた。
「この子も手伝ってくれるみたいね」
「あぁ、そうだな」
ウィルは自分の頭をガシガシと掻いて、羊の所に歩いて行った。
1匹ずつ捕まえて大きなハサミで毛を刈り取る。
思ったよりも大変な作業で、半分も終わらないうちに暗くなってしまった。
「残りは明日またやろう。屋敷まで送るよ」
二人で並んで歩きながら、他愛のない話をして帰った。
屋敷が見えてくると、クリスティーナは立ち止まって少し頭を下げる。
「昨日はごめんなさい」
「気にすんなよ。明日もよろしくな」
ウィルは俯くクリスティーナの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「また明日」
気恥ずかしくなったクリスティーナは、俯いたまま足早に屋敷に入って行った。
その日の夕食の時間はとても賑やかで、楽しそうに牧羊犬のことや毛刈りの話をするクリスティーナをジェームズもアメリアも嬉しそうに見ていた。
「羊の毛を刈るなんて大変だっただろう?」
「えぇ。でも、刈り終えたら洗って糸を紡ぐのよ?そうしたらお母様と一緒に編み物が出来るもの。大変だったけれど、その事を考えて楽しめたわ」
ジェームズとクリスティーナの会話を聞いたアメリアは嬉しそうに笑う。
「それは楽しみね。ターナー領の特産品になるかしら?」
その後もたくさんの話をして、クリスティーナは部屋へと戻って行った。
また明日で終われる日は、次の日もウィルに会える。
クリスティーナは明日を楽しみにしてベッドに入るのだった。
62
あなたにおすすめの小説
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。
みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。
ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。
失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。
ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。
こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。
二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます
ぱんだ
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。
しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。
ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。
セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。
愛人のいる夫を捨てました。せいぜい性悪女と破滅してください。私は王太子妃になります。
Hibah
恋愛
カリーナは夫フィリップを支え、名ばかり貴族から大貴族へ押し上げた。苦難を乗り越えてきた夫婦だったが、フィリップはある日愛人リーゼを連れてくる。リーゼは平民出身の性悪女で、カリーナのことを”おばさん”と呼んだ。一緒に住むのは無理だと感じたカリーナは、家を出ていく。フィリップはカリーナの支えを失い、再び没落への道を歩む。一方でカリーナには、王太子妃になる話が舞い降りるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる