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第十四話
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朝早くに起きて、家族揃って朝食を食べてからジェームズを見送ったサマンサ。
気持ちの整理がつかないままウィルの元へと向かった。
「また服食われてるぞ」
「えぇ、そうね」
羊に服を齧られても、クリスティーナは何処か上の空。
ぽかんと開いた口に飴をねじ込んでも
「ありがとう」と言って、怒らない。
自分が見ていない間にまた無理をしているのではと、ウィルは心配になった。
「大丈夫か?なんかあったら俺に言えよ」
ウィルがガシガシと頭を撫でると、クリスティーナはその手を払いもせずに静かに言った。
「ウィルはいつまでここに居るの?ずっと一緒には居てくれないの?」
一度止まったウィルの手が優しくクリスティーナを撫でる。
「俺は頼まれてここに居るだけだから、ずっとは居てやれない」
「それなら私がウィルに依頼するわ。お金もちゃんと払う」
離そうとしたウィルの手をクリスティーナが掴んで離さない。
「クリス…」
ウィルはそっとクリスティーナの腕を押して、自分の手から引き剥がした。
「お前にやらなきゃいけない事があるように、俺にもやらなきゃいけない事があるんだ。わかってくれるよな?」
わかりたくない。
いつも頼れって言うくせに
甘えろって子供扱いするくせに
「こんな時だけ大人扱いしないで!」
クリスティーナは走ってその場から逃げ出した。
屋敷に戻ったクリスティーナを見たアメリアが驚いて
「クリスティーナ、どうしたの?何か辛いことでもあったの?」
ハンカチを取り出してクリスティーナの顔に当てる。
その時初めて自分が泣いていることに気が付いた。
誰とも話したくなくて、食事をする気にもなれなくて
クリスティーナはそのまま部屋に引きこもって朝までベッドで蹲っていた。
翌朝、自分を心配そうに見ている両親に気付いているクリスティーナだったが、何も言わずに朝食を食べた。
ジェームズを見送って、いつものようにウィルのもとに行く気にはなれず、クリスティーナは畑の手伝いをしに行く。
久しぶりに訪れた畑は綺麗に耕されていて
苗が大きく育っていたり、芽が出て成長しているのを見て
時間の流れの早さに気付かされる。
慣れない畑仕事をする領民が慣れている者に教えて貰いながら楽しそうに働いている姿が、自分とウィルに重なって見えた。
屋敷に戻ってアメリアと刺繍を刺して、そのまま夕食の時間になった。
今朝と同じように無言で食べていると、ジェームズがクリスティーナに尋ねた。
「今日はウィルの所に行かなかったそうだね?」
「えぇ…、久しぶりに畑の様子を見に行っていたの」
「クリスティーナ」
そう呼ぶジェームズの声はいつもよりも低い。
「私達はいつもクリスティーナに甘えてばかりで、何でも出来るからと、何も言ってこなかった。本当に申し訳ないと思っているんだ。でもね、自分で一度やると決めたのだから最後までやりなさい」
「そうね…」と、アメリアも続いた。
「会えないからと言ってあなたを甘えさせてあげられなかったわ。ごめんなさいね。ウィルと話したくないなら話さなくても良いし、それでも嫌なら他の人に頼んでも良いのよ?ただ、中途半端にしてしまうのは良くないわ」
「迷惑をかけてごめんなさい…。明日からまたウィルの所に行くわ」
クリスティーナが謝ると、二人は優しく笑った。
「クリスティーナは大切な娘なんだから、私達には迷惑をかけてもいいんだよ」
「辛いと感じたら、すぐに私達に言うのよ?」
二人はウィルの話を出さないように話題を振って、クリスティーナは少し笑みを見せるようになった。
「頑張りなさい。どうしても無理ならすぐに言うんだよ」
ジェームズはそう言って仕事に出かけ、クリスティーナはアメリアに見送られてウィルの元に向かった。
「おはよう。今日はクリスに紹介したい奴がいるんだ」
ウィルは怒ることもせずに、入り口に立つクリスティーナを手招きする。
謝るタイミングを失ってしまったクリスティーナがなんと言って良いかわからずに側まで行くと、ウィルの足元には犬がいた。
「まぁ、なんて可愛らしいの!」
ふさふさの尻尾をぶんぶん降って、クリスティーナに飛び掛かってくる。
「人懐っこいだろ?頼んでた牧羊犬がやっと来たんだ」
「名前は何ていうの?」
クリスティーナが尋ねると「まぁ、追々な」と言って教えてくれなかった。
「そんな事よりもだ、今日は羊の毛を刈るからな」
屈んで犬を撫でていたウィルは、徐ろに立ち上がって体を伸ばす。
「クリス、一緒にやるぞ」
「えぇ。ちゃんと教えてね」
クリスティーナが答えると、犬がワンワンと鳴いた。
「この子も手伝ってくれるみたいね」
「あぁ、そうだな」
ウィルは自分の頭をガシガシと掻いて、羊の所に歩いて行った。
1匹ずつ捕まえて大きなハサミで毛を刈り取る。
思ったよりも大変な作業で、半分も終わらないうちに暗くなってしまった。
「残りは明日またやろう。屋敷まで送るよ」
二人で並んで歩きながら、他愛のない話をして帰った。
屋敷が見えてくると、クリスティーナは立ち止まって少し頭を下げる。
「昨日はごめんなさい」
「気にすんなよ。明日もよろしくな」
ウィルは俯くクリスティーナの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「また明日」
気恥ずかしくなったクリスティーナは、俯いたまま足早に屋敷に入って行った。
その日の夕食の時間はとても賑やかで、楽しそうに牧羊犬のことや毛刈りの話をするクリスティーナをジェームズもアメリアも嬉しそうに見ていた。
「羊の毛を刈るなんて大変だっただろう?」
「えぇ。でも、刈り終えたら洗って糸を紡ぐのよ?そうしたらお母様と一緒に編み物が出来るもの。大変だったけれど、その事を考えて楽しめたわ」
ジェームズとクリスティーナの会話を聞いたアメリアは嬉しそうに笑う。
「それは楽しみね。ターナー領の特産品になるかしら?」
その後もたくさんの話をして、クリスティーナは部屋へと戻って行った。
また明日で終われる日は、次の日もウィルに会える。
クリスティーナは明日を楽しみにしてベッドに入るのだった。
気持ちの整理がつかないままウィルの元へと向かった。
「また服食われてるぞ」
「えぇ、そうね」
羊に服を齧られても、クリスティーナは何処か上の空。
ぽかんと開いた口に飴をねじ込んでも
「ありがとう」と言って、怒らない。
自分が見ていない間にまた無理をしているのではと、ウィルは心配になった。
「大丈夫か?なんかあったら俺に言えよ」
ウィルがガシガシと頭を撫でると、クリスティーナはその手を払いもせずに静かに言った。
「ウィルはいつまでここに居るの?ずっと一緒には居てくれないの?」
一度止まったウィルの手が優しくクリスティーナを撫でる。
「俺は頼まれてここに居るだけだから、ずっとは居てやれない」
「それなら私がウィルに依頼するわ。お金もちゃんと払う」
離そうとしたウィルの手をクリスティーナが掴んで離さない。
「クリス…」
ウィルはそっとクリスティーナの腕を押して、自分の手から引き剥がした。
「お前にやらなきゃいけない事があるように、俺にもやらなきゃいけない事があるんだ。わかってくれるよな?」
わかりたくない。
いつも頼れって言うくせに
甘えろって子供扱いするくせに
「こんな時だけ大人扱いしないで!」
クリスティーナは走ってその場から逃げ出した。
屋敷に戻ったクリスティーナを見たアメリアが驚いて
「クリスティーナ、どうしたの?何か辛いことでもあったの?」
ハンカチを取り出してクリスティーナの顔に当てる。
その時初めて自分が泣いていることに気が付いた。
誰とも話したくなくて、食事をする気にもなれなくて
クリスティーナはそのまま部屋に引きこもって朝までベッドで蹲っていた。
翌朝、自分を心配そうに見ている両親に気付いているクリスティーナだったが、何も言わずに朝食を食べた。
ジェームズを見送って、いつものようにウィルのもとに行く気にはなれず、クリスティーナは畑の手伝いをしに行く。
久しぶりに訪れた畑は綺麗に耕されていて
苗が大きく育っていたり、芽が出て成長しているのを見て
時間の流れの早さに気付かされる。
慣れない畑仕事をする領民が慣れている者に教えて貰いながら楽しそうに働いている姿が、自分とウィルに重なって見えた。
屋敷に戻ってアメリアと刺繍を刺して、そのまま夕食の時間になった。
今朝と同じように無言で食べていると、ジェームズがクリスティーナに尋ねた。
「今日はウィルの所に行かなかったそうだね?」
「えぇ…、久しぶりに畑の様子を見に行っていたの」
「クリスティーナ」
そう呼ぶジェームズの声はいつもよりも低い。
「私達はいつもクリスティーナに甘えてばかりで、何でも出来るからと、何も言ってこなかった。本当に申し訳ないと思っているんだ。でもね、自分で一度やると決めたのだから最後までやりなさい」
「そうね…」と、アメリアも続いた。
「会えないからと言ってあなたを甘えさせてあげられなかったわ。ごめんなさいね。ウィルと話したくないなら話さなくても良いし、それでも嫌なら他の人に頼んでも良いのよ?ただ、中途半端にしてしまうのは良くないわ」
「迷惑をかけてごめんなさい…。明日からまたウィルの所に行くわ」
クリスティーナが謝ると、二人は優しく笑った。
「クリスティーナは大切な娘なんだから、私達には迷惑をかけてもいいんだよ」
「辛いと感じたら、すぐに私達に言うのよ?」
二人はウィルの話を出さないように話題を振って、クリスティーナは少し笑みを見せるようになった。
「頑張りなさい。どうしても無理ならすぐに言うんだよ」
ジェームズはそう言って仕事に出かけ、クリスティーナはアメリアに見送られてウィルの元に向かった。
「おはよう。今日はクリスに紹介したい奴がいるんだ」
ウィルは怒ることもせずに、入り口に立つクリスティーナを手招きする。
謝るタイミングを失ってしまったクリスティーナがなんと言って良いかわからずに側まで行くと、ウィルの足元には犬がいた。
「まぁ、なんて可愛らしいの!」
ふさふさの尻尾をぶんぶん降って、クリスティーナに飛び掛かってくる。
「人懐っこいだろ?頼んでた牧羊犬がやっと来たんだ」
「名前は何ていうの?」
クリスティーナが尋ねると「まぁ、追々な」と言って教えてくれなかった。
「そんな事よりもだ、今日は羊の毛を刈るからな」
屈んで犬を撫でていたウィルは、徐ろに立ち上がって体を伸ばす。
「クリス、一緒にやるぞ」
「えぇ。ちゃんと教えてね」
クリスティーナが答えると、犬がワンワンと鳴いた。
「この子も手伝ってくれるみたいね」
「あぁ、そうだな」
ウィルは自分の頭をガシガシと掻いて、羊の所に歩いて行った。
1匹ずつ捕まえて大きなハサミで毛を刈り取る。
思ったよりも大変な作業で、半分も終わらないうちに暗くなってしまった。
「残りは明日またやろう。屋敷まで送るよ」
二人で並んで歩きながら、他愛のない話をして帰った。
屋敷が見えてくると、クリスティーナは立ち止まって少し頭を下げる。
「昨日はごめんなさい」
「気にすんなよ。明日もよろしくな」
ウィルは俯くクリスティーナの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「また明日」
気恥ずかしくなったクリスティーナは、俯いたまま足早に屋敷に入って行った。
その日の夕食の時間はとても賑やかで、楽しそうに牧羊犬のことや毛刈りの話をするクリスティーナをジェームズもアメリアも嬉しそうに見ていた。
「羊の毛を刈るなんて大変だっただろう?」
「えぇ。でも、刈り終えたら洗って糸を紡ぐのよ?そうしたらお母様と一緒に編み物が出来るもの。大変だったけれど、その事を考えて楽しめたわ」
ジェームズとクリスティーナの会話を聞いたアメリアは嬉しそうに笑う。
「それは楽しみね。ターナー領の特産品になるかしら?」
その後もたくさんの話をして、クリスティーナは部屋へと戻って行った。
また明日で終われる日は、次の日もウィルに会える。
クリスティーナは明日を楽しみにしてベッドに入るのだった。
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