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朝、甘い匂いで目が覚めた。鼻の奥にじんわりと広がる焼き菓子のような香りが、ぼんやりした頭をゆっくり現実に引き戻す。
身体を起こしてキッチンに目を向けると、ノラがコンロの前に立っていた。手元に集中しながら卵を割る仕草がやけに慣れて見える。
「おはよう、靖一」
振り返ったノラは、少しだけ得意げな顔をしていた。
「昨日はおかげさまでぐっすり眠れたから朝ごはん作ったよ。コーヒーも淹れてあげる」
こんな朝は久しぶりだった。目覚ましの代わりにキッチンから漂ってくる匂いで目が覚める──それがこんなにも穏やかなものだとは、すっかり忘れていた。
洗面所で顔を流し、テーブルにつくと、ノラが何やら"歪なもの"を皿に載せて差し出してくる。
「……なんだ、これ」
正体不明の物体を前に、靖一は思わず眉をひそめた。
「いいから食べてみてよ」
そう言って笑ったノラの顔からは、妙な自信と、どこか子どもっぽい期待が滲んでいた。悪意はない──むしろ、自分の作ったものを素直に喜んでほしい、という気持ちがそのまま表情に出ていた。
靖一は半ば呆れながら、フォークでその“何か”をひと刺しし、口に運ぶ。
「……上手い。……でも結局これ、なんだよ?」
正直な感想を伝えると、ノラは満面の笑みを浮かべて、どこか誇らしげに胸を張る。
「でしょ?実はこれ、卵とバナナを混ぜて、フライパンで焼いただけなんだ。ばあちゃんが小さい頃によく作ってくれて……それを思い出して、なんとなく」
思い出話をするその横顔に、ふと影が差した気がして、靖一は黙ってノラの声に耳を傾ける。
そういえばこうやって、誰かと朝食を囲むのは随分と久しぶりだった。
「……俺も、食べていい?」
ノラが遠慮がちに問いかける。よく見ると、自分の分は手をつけず、じっと靖一の言葉を待っていたらしい。
そういえば、小さい頃飼っていたシバ犬もこんな風に「待て」が上手だった──そんなことが脳裏をよぎり、思わず吹き出しそうになる。
「よし」
冗談半分に言ってみせると、ノラはぱっと顔を明るくし、自分の皿によそい始めた。その様子は何かご褒美をもらった子どものようで、靖一は思わず笑ってしまう。
その間にも、コーヒーの入ったマグカップから小さな湯気が立ちのぼっていた。いつもは無音の部屋で、独りきりで味わう朝の一杯。
だが今日は、その隣にもう一人分のマグカップがある。それから歪な見た目の焼き物と、無邪気に笑うノラの声。それだけのことで、部屋の空気がどこか温かく感じられた。
靖一は黙ってコーヒーに口をつけた。今日は少しだけ──この時間が特別に思えた。
身体を起こしてキッチンに目を向けると、ノラがコンロの前に立っていた。手元に集中しながら卵を割る仕草がやけに慣れて見える。
「おはよう、靖一」
振り返ったノラは、少しだけ得意げな顔をしていた。
「昨日はおかげさまでぐっすり眠れたから朝ごはん作ったよ。コーヒーも淹れてあげる」
こんな朝は久しぶりだった。目覚ましの代わりにキッチンから漂ってくる匂いで目が覚める──それがこんなにも穏やかなものだとは、すっかり忘れていた。
洗面所で顔を流し、テーブルにつくと、ノラが何やら"歪なもの"を皿に載せて差し出してくる。
「……なんだ、これ」
正体不明の物体を前に、靖一は思わず眉をひそめた。
「いいから食べてみてよ」
そう言って笑ったノラの顔からは、妙な自信と、どこか子どもっぽい期待が滲んでいた。悪意はない──むしろ、自分の作ったものを素直に喜んでほしい、という気持ちがそのまま表情に出ていた。
靖一は半ば呆れながら、フォークでその“何か”をひと刺しし、口に運ぶ。
「……上手い。……でも結局これ、なんだよ?」
正直な感想を伝えると、ノラは満面の笑みを浮かべて、どこか誇らしげに胸を張る。
「でしょ?実はこれ、卵とバナナを混ぜて、フライパンで焼いただけなんだ。ばあちゃんが小さい頃によく作ってくれて……それを思い出して、なんとなく」
思い出話をするその横顔に、ふと影が差した気がして、靖一は黙ってノラの声に耳を傾ける。
そういえばこうやって、誰かと朝食を囲むのは随分と久しぶりだった。
「……俺も、食べていい?」
ノラが遠慮がちに問いかける。よく見ると、自分の分は手をつけず、じっと靖一の言葉を待っていたらしい。
そういえば、小さい頃飼っていたシバ犬もこんな風に「待て」が上手だった──そんなことが脳裏をよぎり、思わず吹き出しそうになる。
「よし」
冗談半分に言ってみせると、ノラはぱっと顔を明るくし、自分の皿によそい始めた。その様子は何かご褒美をもらった子どものようで、靖一は思わず笑ってしまう。
その間にも、コーヒーの入ったマグカップから小さな湯気が立ちのぼっていた。いつもは無音の部屋で、独りきりで味わう朝の一杯。
だが今日は、その隣にもう一人分のマグカップがある。それから歪な見た目の焼き物と、無邪気に笑うノラの声。それだけのことで、部屋の空気がどこか温かく感じられた。
靖一は黙ってコーヒーに口をつけた。今日は少しだけ──この時間が特別に思えた。
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