11 / 15
11話
しおりを挟む
ドライブの間、ノラはまるで子どものようにはしゃいでいた。
飛行機が見えると「飛行機!」と指さし、大きなビルが現れれば「でっかいビル!」と目を輝かせて報告してくる。まるで観光バスのようだと靖一は思った。
「うるさいな」と口では言いながらも、その無邪気な様子にどこか気が緩んでいくのを感じた。自分まで童心に引き戻されるような、不思議な高揚感が胸の奥でくすぶっていた。
海まではまだ距離があった。昼時が近づき、「何か食べたいもんあるか?」と尋ねると、ノラは即座に答えた。
「寿司食べたい。回る寿司」
回転寿司の店に入り、カウンターに座ると、ノラは朝食を抜いていたせいか次々に皿を重ねていった。
靖一が十皿ほどで箸を置いた頃、ノラの前にまだイクラ、マグロ、サーモン、エビ、アナゴが並べられており、既に十皿以上が積み上がっていた。
「ちょっと待ってね」と慌てるように言うノラに、靖一は「ゆっくり食べればいいだろ」と返した。
その一言にノラは素直に頷いて笑った。
「あ……水なくなった」
「入口の方にあるぞ。淹れてこいよ」
ノラは黙って靖一の顔を見つめた。じっとなにかを訴えるような目に靖一は前髪を掻き揚げるふりをして目線をそらした。
「……なんだよ。自分で淹れてこいって」
「だって、俺今、待たせてるし」
そう言って、まだ寿司を口に運びながら見上げてくる。──ずるいやつだな。
呆れながらも靖一はノラのコップを手に取り、水を汲みに立った。戻ってコップを差し出すと、ノラは満面の笑みを浮かべて「ありがとう。執事みたい」と茶化した。
「言っとくが、こういうのは今日だけだ」
そう告げると、ノラは「わかってるよ」と嬉しそうに言った。
***
店を出たあと、コンビニに立ち寄って、コーヒーとオレンジジュース、それからクッキーを買った。
車に戻ると、助手席のノラが「これ、もう食べていい?」と袋を覗きながら言う。
「いいけど、海見ながら食べるんじゃなかったか?」
「そのつもりだったんだけど、今食べたくなっちゃって……でも、車の中にこぼしたらどうする?」
「『全部舐めとれ』って言う」
冗談のつもりだったが、ノラはなぜか嬉しそうに口元を綻ばせた。
「ばか、嬉しそうにするなよ」
「だって、今日の靖一、ずっと優しいからさ。なんか、久々にその感じだなって思って」
「……どっちがいいんだよ」
「どっちも」
笑ってそう答えるノラの顔が、あまりにも素直でまっすぐで、靖一の心のどこかがやわらかく溶けていくようだった。
***
海に着くと、ノラは助手席のドアを開け、黙って車を降りた。
それまでの無邪気さが嘘のように、一言も発さずに波打ち際へ向かう。潮風にさらされて柔らかく揺れる髪、その向こうにある横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
陽射しを浴びた頬のラインが淡く光って、笑ってもいないのに、どこか微笑んでいるように見える。
静かで、触れたら壊れてしまいそうで、まるで硝子細工のように美しかった。
靖一は、胸の奥をそっと掻きむしられるような気持ちで、その横顔を見つめていた。
「俺が死ぬ時は、海で死にたいな。波に流されて、遠くまで行けそう」
ふとノラの口からこぼれたその言葉に、怒りとも悲しみともつかない感情が胸の奥に押し寄せて、喉の奥が詰まった。靖一が何も返せずにいると、それを察したように、ノラは続けた。
「海ってさ、空とつながって見えるよね。ほんとにどこかで空とつながってるんじゃないかな」
わざと軽く言うその調子が、逆に哀しくて、靖一は「そうかもな」とだけ答えた。
そして二人で、並んで浜辺を歩いた。
***
車に戻り、「じゃあ、もう帰るか?」と口を開こうとしたとき、ノラが横からそっと囁いた。
「ねえ、靖一。ラブホテル行かない?」
飛行機が見えると「飛行機!」と指さし、大きなビルが現れれば「でっかいビル!」と目を輝かせて報告してくる。まるで観光バスのようだと靖一は思った。
「うるさいな」と口では言いながらも、その無邪気な様子にどこか気が緩んでいくのを感じた。自分まで童心に引き戻されるような、不思議な高揚感が胸の奥でくすぶっていた。
海まではまだ距離があった。昼時が近づき、「何か食べたいもんあるか?」と尋ねると、ノラは即座に答えた。
「寿司食べたい。回る寿司」
回転寿司の店に入り、カウンターに座ると、ノラは朝食を抜いていたせいか次々に皿を重ねていった。
靖一が十皿ほどで箸を置いた頃、ノラの前にまだイクラ、マグロ、サーモン、エビ、アナゴが並べられており、既に十皿以上が積み上がっていた。
「ちょっと待ってね」と慌てるように言うノラに、靖一は「ゆっくり食べればいいだろ」と返した。
その一言にノラは素直に頷いて笑った。
「あ……水なくなった」
「入口の方にあるぞ。淹れてこいよ」
ノラは黙って靖一の顔を見つめた。じっとなにかを訴えるような目に靖一は前髪を掻き揚げるふりをして目線をそらした。
「……なんだよ。自分で淹れてこいって」
「だって、俺今、待たせてるし」
そう言って、まだ寿司を口に運びながら見上げてくる。──ずるいやつだな。
呆れながらも靖一はノラのコップを手に取り、水を汲みに立った。戻ってコップを差し出すと、ノラは満面の笑みを浮かべて「ありがとう。執事みたい」と茶化した。
「言っとくが、こういうのは今日だけだ」
そう告げると、ノラは「わかってるよ」と嬉しそうに言った。
***
店を出たあと、コンビニに立ち寄って、コーヒーとオレンジジュース、それからクッキーを買った。
車に戻ると、助手席のノラが「これ、もう食べていい?」と袋を覗きながら言う。
「いいけど、海見ながら食べるんじゃなかったか?」
「そのつもりだったんだけど、今食べたくなっちゃって……でも、車の中にこぼしたらどうする?」
「『全部舐めとれ』って言う」
冗談のつもりだったが、ノラはなぜか嬉しそうに口元を綻ばせた。
「ばか、嬉しそうにするなよ」
「だって、今日の靖一、ずっと優しいからさ。なんか、久々にその感じだなって思って」
「……どっちがいいんだよ」
「どっちも」
笑ってそう答えるノラの顔が、あまりにも素直でまっすぐで、靖一の心のどこかがやわらかく溶けていくようだった。
***
海に着くと、ノラは助手席のドアを開け、黙って車を降りた。
それまでの無邪気さが嘘のように、一言も発さずに波打ち際へ向かう。潮風にさらされて柔らかく揺れる髪、その向こうにある横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
陽射しを浴びた頬のラインが淡く光って、笑ってもいないのに、どこか微笑んでいるように見える。
静かで、触れたら壊れてしまいそうで、まるで硝子細工のように美しかった。
靖一は、胸の奥をそっと掻きむしられるような気持ちで、その横顔を見つめていた。
「俺が死ぬ時は、海で死にたいな。波に流されて、遠くまで行けそう」
ふとノラの口からこぼれたその言葉に、怒りとも悲しみともつかない感情が胸の奥に押し寄せて、喉の奥が詰まった。靖一が何も返せずにいると、それを察したように、ノラは続けた。
「海ってさ、空とつながって見えるよね。ほんとにどこかで空とつながってるんじゃないかな」
わざと軽く言うその調子が、逆に哀しくて、靖一は「そうかもな」とだけ答えた。
そして二人で、並んで浜辺を歩いた。
***
車に戻り、「じゃあ、もう帰るか?」と口を開こうとしたとき、ノラが横からそっと囁いた。
「ねえ、靖一。ラブホテル行かない?」
5
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。
丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。
イケメン青年×オッサン。
リクエストをくださった棗様に捧げます!
【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。
楽しいリクエストをありがとうございました!
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
おれの超ブラコンでちょっと変態な兄がかっこよすぎるので
しち
BL
兄(バスケ選手)の顔が大好きな弟(ファッションモデル)の話。
これの弟ver.です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/557561084/460952903
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる