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3話 頑張ってください!
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次の日、僕は朝からずっと辰巳に伝えるタイミングを探していた。だけどどう伝えればいいのか、考えているうちに時間だけが過ぎていった。
放課後、いつもの様に辰巳が僕に声をかけてきた。手には部活用の水筒、肩にはタオル。少し汗ばんだ額をぬぐいながら「行こうぜ」と言う。
「ごめん、僕はもうバスケ部行かないことにした」
そう告げると辰巳は目を丸くして「え、なんで?」と問い返してきた。
「うーん、疲れたから……ってことで」
できるだけ軽く、冗談めかして笑ってみせた。心の中ではいろんな言葉が渦を巻いていたけれど、それが今口にできる精一杯の言葉だった。
「そっか」
辰巳はそれ以上何も言わず肩をすくめた。気まずい沈黙が数秒流れて、それからいつも通りの顔に戻って「じゃあな」と言い、一人で教室を出ていった。
それから僕は部活動には顔を出さず、放課後は図書館に入り浸るようになった。静かで、誰にもジャッジされない場所。そこは息をつくのにちょうどよかった。通ううちに図書館司書の先生と顔見知りになり、好きな作家の新刊をリクエストしたり、先生がおすすめする本を借りてみたりした。
読書の合間に、ふとバスケ部での十日間を思い出すこともあった。ただ、それをいい思い出として振り返るにはまだ時間が必要だった。
夜は家で筋トレをした。腕立て伏せ、腹筋、スクワット。大したメニューではないけれど、部活をやめたからって、あの時間を全部なかったことにはしたくなかった。きっと木村先輩が「また明日も来る?」と声をかけてくれなければ、あの辛い日々を続けようなんて思わなかった。だから、その一言を無駄にしたくはなかった。
ある日の放課後。数学の先生に問題の解き方を教わって、いつもよりも少し遅れて校門を出た。西の空が赤く染まりかけていて、かつて桜が咲いていた坂道はすっかり葉桜になっていた。
ふと下を見ると、坂の麓からバスケ部の部員たちが列になって駆け上がってくるのが見えた。
辰巳はあれから正式にバスケ部に入ったらしい。教室では相変わらず気さくに話しかけてくれるけれど、バスケ部の話題には一度も触れてこなかった。それが僕にはありがたかった。
きっと、あの中に木村先輩もいる。
そう思うと胸がチクリとした。他の先輩とは廊下でたまにすれ違うことはあっても、木村先輩とはあれっきり会っていない。きっともう、僕のことなんて忘れてる。そう思おうとしても、心拍数が跳ね上がるのは止められなかった。
一番お世話になった人に何も言わずにやめてしまった。そのことが、ずっと喉の奥に刺さったままだった。
僕は坂を上ってくるバスケ部員たちの邪魔にならないよう、道の端へと歩みを寄せた。
列の後ろの方に、見覚えのある姿があった。ひときわ背が高くて、フォームがきれいで、ユニフォームがよく似合っていて──
やっぱりかっこいいな。
木村先輩だった。つい、目で追ってしまった。
と、次の瞬間──目が合った。
「……やばい」
心臓が跳ねた。慌てて視線を逸らして足元を見つめる。知らないふりをして通り過ぎるつもりだった。存在を消すように歩を速めて、身体を細く折りたたむようにして道の端を進んだ。
「立川!」
名前を呼ばれた瞬間、心臓がひっくり返るような驚きに包まれた。
「ぅわあっ!」
情けない声が出た。振り返ると、木村先輩がこっちを見ていた。走りながらも口角を上げて、息を切らしながら、笑っていた。
「ごめん、びっくりさせて。……また!」
その一言だけを残して、木村先輩は前を走る部員たちに追いつくようにスピードを上げていった。その背中を、僕は思わず目で追った。
「頑張ってください!」
口をついて出た声に、自分でも驚いた。木村先輩は振り返らなかったけれど、ヒラリと手を振ってくれた。
夕焼けの光の中で、その仕草だけがやけに鮮やかだった。
放課後、いつもの様に辰巳が僕に声をかけてきた。手には部活用の水筒、肩にはタオル。少し汗ばんだ額をぬぐいながら「行こうぜ」と言う。
「ごめん、僕はもうバスケ部行かないことにした」
そう告げると辰巳は目を丸くして「え、なんで?」と問い返してきた。
「うーん、疲れたから……ってことで」
できるだけ軽く、冗談めかして笑ってみせた。心の中ではいろんな言葉が渦を巻いていたけれど、それが今口にできる精一杯の言葉だった。
「そっか」
辰巳はそれ以上何も言わず肩をすくめた。気まずい沈黙が数秒流れて、それからいつも通りの顔に戻って「じゃあな」と言い、一人で教室を出ていった。
それから僕は部活動には顔を出さず、放課後は図書館に入り浸るようになった。静かで、誰にもジャッジされない場所。そこは息をつくのにちょうどよかった。通ううちに図書館司書の先生と顔見知りになり、好きな作家の新刊をリクエストしたり、先生がおすすめする本を借りてみたりした。
読書の合間に、ふとバスケ部での十日間を思い出すこともあった。ただ、それをいい思い出として振り返るにはまだ時間が必要だった。
夜は家で筋トレをした。腕立て伏せ、腹筋、スクワット。大したメニューではないけれど、部活をやめたからって、あの時間を全部なかったことにはしたくなかった。きっと木村先輩が「また明日も来る?」と声をかけてくれなければ、あの辛い日々を続けようなんて思わなかった。だから、その一言を無駄にしたくはなかった。
ある日の放課後。数学の先生に問題の解き方を教わって、いつもよりも少し遅れて校門を出た。西の空が赤く染まりかけていて、かつて桜が咲いていた坂道はすっかり葉桜になっていた。
ふと下を見ると、坂の麓からバスケ部の部員たちが列になって駆け上がってくるのが見えた。
辰巳はあれから正式にバスケ部に入ったらしい。教室では相変わらず気さくに話しかけてくれるけれど、バスケ部の話題には一度も触れてこなかった。それが僕にはありがたかった。
きっと、あの中に木村先輩もいる。
そう思うと胸がチクリとした。他の先輩とは廊下でたまにすれ違うことはあっても、木村先輩とはあれっきり会っていない。きっともう、僕のことなんて忘れてる。そう思おうとしても、心拍数が跳ね上がるのは止められなかった。
一番お世話になった人に何も言わずにやめてしまった。そのことが、ずっと喉の奥に刺さったままだった。
僕は坂を上ってくるバスケ部員たちの邪魔にならないよう、道の端へと歩みを寄せた。
列の後ろの方に、見覚えのある姿があった。ひときわ背が高くて、フォームがきれいで、ユニフォームがよく似合っていて──
やっぱりかっこいいな。
木村先輩だった。つい、目で追ってしまった。
と、次の瞬間──目が合った。
「……やばい」
心臓が跳ねた。慌てて視線を逸らして足元を見つめる。知らないふりをして通り過ぎるつもりだった。存在を消すように歩を速めて、身体を細く折りたたむようにして道の端を進んだ。
「立川!」
名前を呼ばれた瞬間、心臓がひっくり返るような驚きに包まれた。
「ぅわあっ!」
情けない声が出た。振り返ると、木村先輩がこっちを見ていた。走りながらも口角を上げて、息を切らしながら、笑っていた。
「ごめん、びっくりさせて。……また!」
その一言だけを残して、木村先輩は前を走る部員たちに追いつくようにスピードを上げていった。その背中を、僕は思わず目で追った。
「頑張ってください!」
口をついて出た声に、自分でも驚いた。木村先輩は振り返らなかったけれど、ヒラリと手を振ってくれた。
夕焼けの光の中で、その仕草だけがやけに鮮やかだった。
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