生徒会長・七原京の珈琲と推理 学園専門殺人犯Xからの手紙

須崎正太郎

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プロローグ 学園専門殺人犯Xの手紙

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 コーヒーを、飲めば飲むほど頭が冴える。
 そんな僕は明らかにカフェイン依存症としか思えないのだけれど、利点もある。
 コーヒーを飲んで勉強をすれば知識の吸収率は平常時よりも三倍だ。おかげでテストの成績もなかなかのもの。

 そんな僕がある殺人事件に巻き込まれ、コーヒーをガブ飲みした結果、解決に導いた事件があった。
 コーヒーを、飲めば飲むほど推理が冴える。
 人呼んで、珈琲探偵。

 この僕は、本当に影でそう呼ばれているらしい。
 気恥ずかしいことこの上ないが、まあそれでも、あの殺人事件を解決し、学園の平和を保つことができたのはよかったと思う――

「会長。あの殺人犯の手紙を、もう一度見せてよ」

 自分の世界に浸っていた、そのときだった。
 アルトボイスが、生徒会室に響き渡った。
 十二月も残すところ、あと数日となった年の暮れ。

 安曇学園あずみがくえんの生徒会長である僕こと七原京ななはらみやこの前に、副会長の高千穂翠たかちほすいが、ショートの黒髪と長身痩躯を見せつけるように接近してきて、そう言ったのだ。

「どの手紙だよ。あいつの手紙は何枚もあるんだ。知ってるだろ?」

「最後の一枚でいい。……ああ、お湯が沸いた。コーヒー、淹れようか? わたし、調べたんだけれど、コーヒーの適温は九十三度らしいよ。ケトルの熱湯を使っても、適温のコーヒーを淹れるテクニックもあるの。だから任せて」

 にこりともせずに。

 実際、気の弱いひとならその場から逃げ出してしまいそうなほどに、眉間にしわを寄せた、怖すぎる表情をしていながらも、饒舌にコーヒーの蘊蓄うんちくを喋る高千穂翠を見て僕は、彼女なりに気を遣っているんだな、と思った。あの一連の事件を経て、衝撃を受けたであろう僕への思いやり。コーヒーをこよなく愛する僕は、たまらなく嬉しかった。

 確かに、優しさは必要だった。
 ほんの二ヶ月前まで僕は、いや僕らは、つまりこの学園の生徒全員は、あの恐怖の殺人空間に閉じ込められていたのだから。

 僕は生徒会室の片隅に鎮座ましましている黒いレターケースを開き、中に入っていたクリアアイルから白封筒を取り出した。中に入っているのは便せんだ。

 A4用紙に、パソコンで書かれただけの文章。
 一時は、日本中のテレビとネットの話題を独占した手紙である。

『どうだ、どうだ。生徒会長も、もう学校に来なくなった。やられた、やられた、生徒会長もやられてしまった! もうおしまいだ!』

 初っ端からこの出だしである。
 生徒会長とは、もちろん僕のことだ。
 確かに僕は殺人犯と激突し、危害を加えられた。あれはいまでも思い出したくない。まったく最悪の記憶だ。

『会長だけじゃ終わらない! 誰も彼もが血まみれだ! 最初に殺された永谷のように、背中は裂かれ、腹はぶち抜かれ、四十二本のカッターナイフで滅多刺しだ!

 ああ、これで犠牲者は何人になったと思いますか? Xももう、こんなことをしたくはありません。しかしいまのあなた方を見ていると、殺さざるをえないのです。もう動くのをおやめなさい。

 生徒諸君、あとはただ、押し黙って、日々を勉学のためのみに費やしなさい。私を捕まえるなんて、そんな考えはおよしなさい。あとは警察にでもお任せなさい。安曇学園専門殺人犯Xは、心からそれを望んでいるのだから!!』

「はしゃぎまわってるな……」

 改めて、そう思う。
 殺人犯の分際で、なんて嬉しそうなんだ。

 あとは警察にでもお任せなさい、か。
 自分を捕まえるなんてよせと言いながら、警察に任せろというこの不思議な文面は、すべての事件が解決したいまとなっては、実に納得がいく文章なのだ。Xの考えていたことが分かった、いまとなっては。

 安曇学園専門殺人犯X。
 思い出すだけでぞっとする。
 こんな異様な肩書きの人間が書いた手紙が、毎日、あるいは毎週、必ず学校に送られてきたのである。

 なぜ?
 どうして?
 誰もがXの真意を理解できないまま、手紙だけが届いていた。

 しかもその手紙ときたら――内容を回想すると、また傷がうずく。いずれにせよ異常だった。猟奇的な殺人事件が起きて、その殺人実行犯が書いた手紙が届き、生徒のほとんど全員がその内容を共有するというあの摩訶不思議な状況。

 よくぞ生き残った、と自分でも思うのだ。
 実際に危うかった。僕にも命の危険があったのだ。
 殺人犯Xの狡猾極まるトリックと、対決の時間。

 あの時代を、生徒たちはもう忘れている。いや、忘れようとしている。だから高千穂翠でさえ、そう、保育園から一緒の幼馴染でありながら、事件の前には、僕と業務連絡みたいな会話しかしていなかった彼女さえ、いまではあたたかく――僕はあたたかいと思っている――会話を交わそうとしてくる。それほど衝撃が大きかったんだ。

 どれだけの人間があの事件で傷ついたんだろう。
 殺人犯X自身も含めて、どれほどの人間が――

 僕は手紙の最後に目をやった。

『そしてこの事件の犯人である私は、生徒諸君がまったく動かなくなれば、最後の目的を遂げたことを知るのです。なぜなら、この私が犯行を繰り返した最大の理由、それは■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 それは、のあとは血まみれになっていて読めない。
 この箇所には、Xの動機が記されていた。なぜ人を殺したのか、どうして手紙を送ってきたのか、そのすべてが。

 だがその動機は、永遠の血飛沫の中に消え去ってしまった。

「会長。コーヒーをどうぞ」

 僕は迂闊にも、ようやく気が付いた。
 高千穂翠が僕に、恐らく九十三度のコーヒーを淹れてくれていた。
 目も細めない。愛想もへったくれもない。友達がいなさそう。実際、いない。いなかった。いまでは僕がいる。少なくともこちらは、彼女を大切な友達だと思っている。

「サンキュー、副会長。はい、これ。Xの手紙だよ」

「ありがとう、会長。――そうだ、昼に買ったもので悪いけれど、クリームパンがあるの。ふたりで食べない? わたし、お腹ペコペコなんだけど」

「殺人犯の手紙を見ながら、コーヒーとクリームパンかよ」

「見せつけたいの」

 窓外の寒空にも負けないほどの、凍てつくような眼差しをして、高千穂翠は、

「Xには学園の平和を見せつけないと、わたしの気が済まない」

「そうだな。僕も同じだ。……本当にそうだ……」

 ひどく芸の無い言葉を返しながら、しかしコーヒーを生徒会室で飲んでいることがばれたら、先生に叱られるだろうなと僕は思った。いや、でもあの事件の疲れを癒やすためといえば、案外通ったりして。

 それほどの事件を、僕は思い返していた。
 そう、事件の始まりは、いまからちょうど三ヶ月前の九月。――九月二十日。

 あの日、学園専門殺人犯Xがトリックを用いて殺人の罪を犯したのだ。
 あらゆる謎と恐怖は、あの瞬間に訪れた。

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