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第三話 十月三日――高千穂翠の怨恨
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凍てつくような眼差しで、高千穂翠は語り出す。
「会長は知っていると思うけれど」
会長ってのは僕のことか。
そうだよな、この場に会長は僕しかいない。
保育園から一緒なのに、会長と呼ばれるあたりが僕と彼女の距離そのものなんだけれど、まあそれはいいとして。
「わたしは中学までバスケットをやっていたの。自分で言うのもなんだけど、中学ではうまいほうだった。だからこの高校でも続けるつもりで、入学早々、バスケ部に入った」
「初耳だな。副会長、高校でもバスケ部に入っていたのか」
お返しというわけじゃないが、僕も高千穂翠を肩書きで呼ぶことにする。
なんとなくだが、いまさら彼女をさん呼びするのは逆に恥ずかしかったわけだ。
そもそも、お互いのことをなんて呼び合っていたのかも記憶にないし。
「二日だけ、ね。永谷先生のせいでやめたの。……入部して二日目に、わたしは練習メニューの途中で転倒して、右足にケガをした。痛すぎて声も出なかった。何秒かうずくまって、転げ回って。だけどそんなわたしを見て顧問の永谷先生は、ふざけていると思ったらしいの。『そんな態度を取るなら、帰れ』ってわめいてね。でも帰れと言われて帰るわけにはいかないじゃない? わたし、そのまま体育館の隅に移動して」
「僕だったら、そこまで言われたら帰るけどな。ケガもしているならなおさらだ」
「副会長と君は違うのさ。とにかく話を最後まで聞きたまえよ」
「……移動、して。でもそのまま放置されたの。足はどんどん痛くなるし、仕方が無いから、足をひきずりながら保健室に行ったけれど、保険の巽《たつみ》先生が不在で」
「あ、あの先生、ほ、放課後は、いつもいませんよね」
「放課後は職員室にいることが多いんだよね、あのひとは。……ごめん副会長。それで?」
「だからそのまま更衣室に戻って、携帯でお母さんに連絡をしたの。一時間くらい経ったらお母さんが車で迎えに来たから、病院へ。調べた結果、靱帯を痛めていた。……ケガをした直後に、必要な処置がされなかったこともあって、治るのに一ヶ月くらいかかると診断された。治ったあと、しばらくリハビリが必要だとも……」
「なんだよ、それ! 問題にならなかったのか?」
「もちろんわたしの親は怒ったし、永谷先生に抗議した。先生はその場で謝罪したし、治療費も自分が出すと言った。責任は取る、なんて鼻息荒く言っていたけれど。……でも」
「でも?」
「それから十日くらい経って、廊下ですれ違ったとき、ケガは大丈夫か、でもあのときちゃんと言わなかったお前も悪いんだぞ、次からは気をつけろよ、と言われて。……わたし、もうこの男の顔も見たくないと思った。だから、ケガをしたこともあって、バスケ部も退部したの」
そんな理由があったのか。
だから高千穂翠は、高校ではずっと帰宅部だったのか。
…………。
……そうか……。
「バスケをやめたうえに、永谷先生と対立したせいで、バスケ部のひとからは距離を置かれた。……親だって、お母さんはそうでもないけれど、お父さんからは、ケガくらいで小学生から続けていたバスケをやめるなんて。ケガを治してもうちょっと頑張れ、マネージャーでもいいから、なんて悪態をつかれて。もう最低。……最悪だった。……悔しくて、本当に悔しくて。……だからわたしは、永谷先生を憎んでいる」
「そ、そういう教師だったんですよ。永谷ってひとは」
佐久間君が口を開いた。
「ずっと高圧的で、悪い体育会系のお手本みたいなひとでした。ぼくも一年生のときから、体育ではあの先生だったけれど、運動音痴の気持ちなんて少しも分からない。ミスをしたら、全部ふざけている、手を抜いていると思うようなひとだったから、ずっと怒鳴られ続けでした。あ、あんなやつは死んでしまえばいい。ほ、本気で思っていました」
「副会長だけじゃなくて、佐久間君もか。僕にはそこまで強いエピソードはないけれど、でも一年生のときに、友達とゲームの話をしていただけで怒鳴られたことがあったな。正直、僕もそれから苦手な先生だった」
「な、なんだか次々と出てくるねえ。永谷先生ってそんなに嫌われていたのか。私は、明るい先生だし、そこまで嫌いじゃなかったけれど、そっかあ……」
「でも、わたしは殺していませんよ」
「そりゃそうだよ、副会長。わかってる、わかってる。いくら嫌いでも、殺すとなると別問題だからね。はっはっは」
「それに副会長は事件当時、僕らと一緒でしたからね。それで先生は殺せませんよ」
と言ってから、この論法だと佐久間君はアリバイが不成立なので、犯人候補だよと言っているようなものだなと思い、
「いや、佐久間君を疑っているわけじゃないからね」
「は、はい、ありがとうございます、会長。分かります。あの、ちなみに僕、事件当日は図書室にいて、本を読んでいました。本を借りた記録が残っているはずですけれど、でも、アリバイには弱いですよね?」
「まあまあ……。そもそも、アリバイが成立している人間のほうが少ないさ」
ウグ先輩が、いまにも泣きそうな顔の佐久間君を、励ますように笑った。
「犯行時刻は放課後。全校生徒も教師も自由に動き回れる時間帯だ。たいていの人間が、殺そうと思えば殺せたんじゃないか。動機面でも、永谷先生のことを嫌っていた生徒は、この調子だとたくさんいそうだし。あ、ところで私、会長と先日、DMで話したんだけどね」
ここでウグ先輩が、僕とDMで話したことを高千穂翠と佐久間君にすべて語った。
「……というわけで、帰りのホームルームから遺体発見まで時間は三十分しかないんだ。一連の犯行は三十分で可能だと思うかい?」
「カッターを盗んでから殺害するまで、ですよね。三十分でそこまでできるかな」
高千穂翠は、首をかしげた。
「ろ、六時間目の授業をサボった、とかどうですかね?」
「いや、佐久間君。永谷先生は、六時間目まではちゃんと授業を教えているんだ。当日の三時半までは絶対に生きているってわけだ」
「そ、そうか。そうなんですね」
「ふむふむ、となると、やっぱり犯行は三時半から四時二十分までの五十分かあ」
「そもそも犯人は、いやXと呼ぼう。Xは、どうしてカッターナイフを盗んで使ったんだろう? 自分で用意したものを使えばいいのに。しかもXなんて赤文字まで書いて。それに四十二本のカッター。あの四十二って数字はどこからきたんだ?」
「ああ、数字の謎だけは私に解けるよ、会長。そもそも美術室に置いてあるカッターの数が四十二本だからさ」
「どうして、四十二本なんでしょう?」
高千穂翠が、また首をかしげた。
「そもそも高等学校で、一クラスの生徒の数は最高で四十人までと高校標準法で定められているのさ。だから美術室でカッターナイフを用いた授業をする場合、四十本のカッターを揃えておけば事足りるというわけ。それに先生用の一本と、予備の一本。これで美術室にあるカッターは四十二本で決まりさ。生徒会長をやっていたときに知ったんだけれどね」
「そ、そうだったんですね。う、鵜久森先輩、さすがですね。博識です」
「あっはっは、そうだろう、そうだろう。もっと褒めてくれたまえ。佐久間君は可愛い後輩だなあ、うっふっふ」
ウグ先輩は上機嫌である。
このひと、こんなにおだてに弱いんだな。
「カッターの本数の謎は解けたけれど、どうしてカッターを盗んで使ったのかは分からないままだな。五十分以内に犯行が可能なのかどうかも」
「カッターの謎は分からないけれど、犯行が可能かどうかは、わたしたちでも分かる気がする」
「ど、どうしてですか、副会長」
「いまからわたしたちで、検証してみたらいい。美術室から犯行現場まで、犯人の行動を推理しながら再現していくの」
僕ら四人は美術室へ向かうことにしたが、その前にまず学校の簡単な見取り図を作ってみた。
路地
裏門―――――
|□ ●|
|□ ☆|
|■□□□□|
校門―――――
歩道
車道
安曇学園はこのように、上から見るとL字型の三階建て校舎になっている。校門と裏門を除いて、二メートルほどの壁にぐるりと囲まれているのも特徴だ。
L字校舎の上部分、左下部分、右下部分の三隅に階段があり、地図左側の縦長校舎に、図書室や音楽室やパソコンルームなど特殊教室が集中している。生徒会室や校長室、職員室もこの校舎の一階にある。また屋上もあり、右下隅の階段から行くことができるが、屋上のドアは普段、施錠されている。
地図下側の横長校舎には普通教室しか入っていない。三階に一年生、二階に二年生、一階に三年生の教室がある。クラスの数は、一年生と三年生が三クラス、二年生のみ四クラスとなっていて、全校生徒の数は三百八十人だ。
■マーク、すなわちL字型校舎の南西部に位置する場所の三階に、カッターが盗まれた美術室があり、二階が旧視聴覚室、一階が家庭科室となっている。旧視聴覚室は、昔は生徒が集まって学習用のDVDなどを視聴していた部屋だが、いまは生徒それぞれがタブレットを支給されて動画を視聴することができるので、部屋は閉鎖されてしまった。だから、旧と名前がついている。
そして家庭科室の右隣に、僕らがジュースを飲んだ家庭科準備室がある、というわけだ。
右側の☆マークは講堂兼体育館。その裏手にある●が犯行現場の体育倉庫である。講堂と体育倉庫の間には、ツツジの植え込みがあるが、これはあまり意識しなくていいだろう。
最後に。
校舎と講堂&体育倉庫の間には、校庭が広がっている。
事件当日、僕らは■マークのあたりから、校庭側のドアを開けて、校庭を突っ切り、●マークの体育倉庫に向かっていったのだ。
「改めて、校内の位置関係を把握したところで検証だ。美術室から犯行現場まで、犯人と同じ行動を取ったら、時間はどれくらいかかるか」
最後に、ウグ先輩が持ってきてくれた缶コーヒーをぐいっとやってから、僕らは揃って美術室に向かう。
ウグ先輩が佐久間君となにやら話をしている。
ふたりの背中を見ながら、僕はかたわらの高千穂翠へと話しかけた。
「検証、やる気満々だな」
「そうね。佐久間君は巻き込まれたようなものだけど、鵜久森先輩は凄いね。生徒会長のころから好奇心旺盛なひとだけど、三年生なのに勉強もしないでこんなことして、大丈夫なのかな」
「いや、先輩もだけれど、副会長もさ。殺人事件の解決に、やる気を見せてるなって」
「わたし、性格が悪いんだよ」
高千穂翠は妙なことを言いだした。
「永谷先生のこと、大嫌いだったって言ったよね? だから探偵ごっこをしているの。あのひとが、わたしの憎んでいたあの教師が、どんな風に殺されたのか、どうして殺されたのか、どれほどまでにXから恨まれていたのか、知りたいの。……」
「そこまで恨んでいたのかよ」
副会長。……もっとさっぱりしたひとかと思っていた。
と言おうとしたが、やめた。僕はそんなセリフを言えるほど、彼女のことを知らなかったんだから。ろくに話もしたことのない人間から性格を評されるほど、腹が立つことはない。
一年生のときに、名前も知らないクラスメイトが、ニヤニヤしながら『七原君って、アイドルとか好きそうだよね』なんて言ってきたときは、はっきり言ってムカついた。僕はアイドル文化を好きでも嫌いでもないが、言い方が失礼だ。そいつのことはそれから大嫌いになった。君に僕のなにが分かる、と言いたくなるのだ。
「会長こそ、どうして事件を推理しているの。生徒会長としての責任感?」
「まさかだろう。殺人事件の推理まで生徒会長の仕事にされたら、たまらないよ。ただ、……そうだな」
くちびるを舐める。ほんのりとコーヒーの味がした。
「怒っている」
「誰に? 殺人犯に?」
「そうだな。……僕も永谷先生みたいに高圧的なひとは苦手だった。思わず反抗したくなる。だからXにはむかむかするのさ。考えてもみろよ。殺人なんて暴力行為、この上なく高圧的、ハラスメントの極みじゃないか。僕は永谷先生の暴力的な態度が嫌いだった。だから、永谷先生を暴力的に殺戮した犯人Xが、もっと気に入らないわけさ」
僕は自分でも驚くほど、Xに対する感情を説明できた。
口の中に残った、カフェインの効果だと思う。そうか、そうだったか。
Xの、永谷先生に対する一方的な殺人。その行為に対して僕は、反発心、反抗心、反骨心、そんな気持ちを抱いていたわけだ。かつてクラスメイトから向けられた、意味不明な嘲笑に対する怒りと根は同じだ。一方的な攻撃は、見るのもされるのも気分がいいものじゃない。そうだ、誰かの誰かに対する攻撃に、僕は反発しているのだ。思い上がるなよ、と言いたくなるのだ。
まったくコーヒーは偉大な飲み物だ。
飲めば飲むほど、頭が冴える。自分の気持ちさえ理解できてくる。
「本当は警察に任せておくのが道理なんだろうけどね。……それこそ副会長と同じだよ。殺人犯Xの考えていたことがどれほどのものか、どうして永谷先生を殺したのか、この目で、この耳で、知りたいんだ」
「ふうん。そう言われたら、納得かも。そうね、殺人なんて本当、暴力そのもの。ハラスメントの極み。面白い表現だね。そうかあ……」
「もういいだろ? つまり、そういうことだよ」
高千穂翠が妙に感心しているのがくすぐったかったので、僕は話題を強引に打ち切ると、
「鈍感で悪かった」
「なにが?」
「靱帯のこととか、永谷先生とのトラブルとか、バスケ部に少しだけいたこととか、副会長の身に起きていたこと、まったく知らなくて。なんか、悪いと思った」
「なに、それ」
「君に対して冷たかったなって。そう思ったんだよ」
「会長らしくないね。わたしのことなんて、どうでもいいんだと思ってたから」
「そこまで薄情じゃないよ。昔から知っているんだから。身体、無理するなよ」
「とっくに完治しているから、大丈夫。……でも、ありがとう」
そう言った高千穂翠。
顔はいつもの無表情だが、目に温かみがあった。
と見えるのは、僕の思い上がりかな。
美術室の前についた。
教室は施錠されている。
ウグ先輩が口を開いた。
「いまはこうして鍵がかかっているけれど、以前はいつでも開いていたよ。放課後、午後四時を少し過ぎたあたり、そう十分から十五分くらいに美術部の生徒が来るからね。六時間目のあとも先生はたいてい、鍵をかけなかったんだ。事件の影響を受けて鍵をかけるようにしたんだろうね」
「すると事件当日、カッターナイフを盗むのは誰にでもできたわけですね。……よし、それじゃ検証を開始しましょう。犯人役は僕がやりましょうか」
「会長は時間を数えていて。犯人役はわたしが務める。動くほうが得意だから」
高千穂翠が申し出たので、僕はうなずいた。
スマホを取り出して、ストップウォッチを起動させると、
「それじゃ、事件当日のXらしい行動をやってみてくれ。いくよ。検証スタート」
「会長は知っていると思うけれど」
会長ってのは僕のことか。
そうだよな、この場に会長は僕しかいない。
保育園から一緒なのに、会長と呼ばれるあたりが僕と彼女の距離そのものなんだけれど、まあそれはいいとして。
「わたしは中学までバスケットをやっていたの。自分で言うのもなんだけど、中学ではうまいほうだった。だからこの高校でも続けるつもりで、入学早々、バスケ部に入った」
「初耳だな。副会長、高校でもバスケ部に入っていたのか」
お返しというわけじゃないが、僕も高千穂翠を肩書きで呼ぶことにする。
なんとなくだが、いまさら彼女をさん呼びするのは逆に恥ずかしかったわけだ。
そもそも、お互いのことをなんて呼び合っていたのかも記憶にないし。
「二日だけ、ね。永谷先生のせいでやめたの。……入部して二日目に、わたしは練習メニューの途中で転倒して、右足にケガをした。痛すぎて声も出なかった。何秒かうずくまって、転げ回って。だけどそんなわたしを見て顧問の永谷先生は、ふざけていると思ったらしいの。『そんな態度を取るなら、帰れ』ってわめいてね。でも帰れと言われて帰るわけにはいかないじゃない? わたし、そのまま体育館の隅に移動して」
「僕だったら、そこまで言われたら帰るけどな。ケガもしているならなおさらだ」
「副会長と君は違うのさ。とにかく話を最後まで聞きたまえよ」
「……移動、して。でもそのまま放置されたの。足はどんどん痛くなるし、仕方が無いから、足をひきずりながら保健室に行ったけれど、保険の巽《たつみ》先生が不在で」
「あ、あの先生、ほ、放課後は、いつもいませんよね」
「放課後は職員室にいることが多いんだよね、あのひとは。……ごめん副会長。それで?」
「だからそのまま更衣室に戻って、携帯でお母さんに連絡をしたの。一時間くらい経ったらお母さんが車で迎えに来たから、病院へ。調べた結果、靱帯を痛めていた。……ケガをした直後に、必要な処置がされなかったこともあって、治るのに一ヶ月くらいかかると診断された。治ったあと、しばらくリハビリが必要だとも……」
「なんだよ、それ! 問題にならなかったのか?」
「もちろんわたしの親は怒ったし、永谷先生に抗議した。先生はその場で謝罪したし、治療費も自分が出すと言った。責任は取る、なんて鼻息荒く言っていたけれど。……でも」
「でも?」
「それから十日くらい経って、廊下ですれ違ったとき、ケガは大丈夫か、でもあのときちゃんと言わなかったお前も悪いんだぞ、次からは気をつけろよ、と言われて。……わたし、もうこの男の顔も見たくないと思った。だから、ケガをしたこともあって、バスケ部も退部したの」
そんな理由があったのか。
だから高千穂翠は、高校ではずっと帰宅部だったのか。
…………。
……そうか……。
「バスケをやめたうえに、永谷先生と対立したせいで、バスケ部のひとからは距離を置かれた。……親だって、お母さんはそうでもないけれど、お父さんからは、ケガくらいで小学生から続けていたバスケをやめるなんて。ケガを治してもうちょっと頑張れ、マネージャーでもいいから、なんて悪態をつかれて。もう最低。……最悪だった。……悔しくて、本当に悔しくて。……だからわたしは、永谷先生を憎んでいる」
「そ、そういう教師だったんですよ。永谷ってひとは」
佐久間君が口を開いた。
「ずっと高圧的で、悪い体育会系のお手本みたいなひとでした。ぼくも一年生のときから、体育ではあの先生だったけれど、運動音痴の気持ちなんて少しも分からない。ミスをしたら、全部ふざけている、手を抜いていると思うようなひとだったから、ずっと怒鳴られ続けでした。あ、あんなやつは死んでしまえばいい。ほ、本気で思っていました」
「副会長だけじゃなくて、佐久間君もか。僕にはそこまで強いエピソードはないけれど、でも一年生のときに、友達とゲームの話をしていただけで怒鳴られたことがあったな。正直、僕もそれから苦手な先生だった」
「な、なんだか次々と出てくるねえ。永谷先生ってそんなに嫌われていたのか。私は、明るい先生だし、そこまで嫌いじゃなかったけれど、そっかあ……」
「でも、わたしは殺していませんよ」
「そりゃそうだよ、副会長。わかってる、わかってる。いくら嫌いでも、殺すとなると別問題だからね。はっはっは」
「それに副会長は事件当時、僕らと一緒でしたからね。それで先生は殺せませんよ」
と言ってから、この論法だと佐久間君はアリバイが不成立なので、犯人候補だよと言っているようなものだなと思い、
「いや、佐久間君を疑っているわけじゃないからね」
「は、はい、ありがとうございます、会長。分かります。あの、ちなみに僕、事件当日は図書室にいて、本を読んでいました。本を借りた記録が残っているはずですけれど、でも、アリバイには弱いですよね?」
「まあまあ……。そもそも、アリバイが成立している人間のほうが少ないさ」
ウグ先輩が、いまにも泣きそうな顔の佐久間君を、励ますように笑った。
「犯行時刻は放課後。全校生徒も教師も自由に動き回れる時間帯だ。たいていの人間が、殺そうと思えば殺せたんじゃないか。動機面でも、永谷先生のことを嫌っていた生徒は、この調子だとたくさんいそうだし。あ、ところで私、会長と先日、DMで話したんだけどね」
ここでウグ先輩が、僕とDMで話したことを高千穂翠と佐久間君にすべて語った。
「……というわけで、帰りのホームルームから遺体発見まで時間は三十分しかないんだ。一連の犯行は三十分で可能だと思うかい?」
「カッターを盗んでから殺害するまで、ですよね。三十分でそこまでできるかな」
高千穂翠は、首をかしげた。
「ろ、六時間目の授業をサボった、とかどうですかね?」
「いや、佐久間君。永谷先生は、六時間目まではちゃんと授業を教えているんだ。当日の三時半までは絶対に生きているってわけだ」
「そ、そうか。そうなんですね」
「ふむふむ、となると、やっぱり犯行は三時半から四時二十分までの五十分かあ」
「そもそも犯人は、いやXと呼ぼう。Xは、どうしてカッターナイフを盗んで使ったんだろう? 自分で用意したものを使えばいいのに。しかもXなんて赤文字まで書いて。それに四十二本のカッター。あの四十二って数字はどこからきたんだ?」
「ああ、数字の謎だけは私に解けるよ、会長。そもそも美術室に置いてあるカッターの数が四十二本だからさ」
「どうして、四十二本なんでしょう?」
高千穂翠が、また首をかしげた。
「そもそも高等学校で、一クラスの生徒の数は最高で四十人までと高校標準法で定められているのさ。だから美術室でカッターナイフを用いた授業をする場合、四十本のカッターを揃えておけば事足りるというわけ。それに先生用の一本と、予備の一本。これで美術室にあるカッターは四十二本で決まりさ。生徒会長をやっていたときに知ったんだけれどね」
「そ、そうだったんですね。う、鵜久森先輩、さすがですね。博識です」
「あっはっは、そうだろう、そうだろう。もっと褒めてくれたまえ。佐久間君は可愛い後輩だなあ、うっふっふ」
ウグ先輩は上機嫌である。
このひと、こんなにおだてに弱いんだな。
「カッターの本数の謎は解けたけれど、どうしてカッターを盗んで使ったのかは分からないままだな。五十分以内に犯行が可能なのかどうかも」
「カッターの謎は分からないけれど、犯行が可能かどうかは、わたしたちでも分かる気がする」
「ど、どうしてですか、副会長」
「いまからわたしたちで、検証してみたらいい。美術室から犯行現場まで、犯人の行動を推理しながら再現していくの」
僕ら四人は美術室へ向かうことにしたが、その前にまず学校の簡単な見取り図を作ってみた。
路地
裏門―――――
|□ ●|
|□ ☆|
|■□□□□|
校門―――――
歩道
車道
安曇学園はこのように、上から見るとL字型の三階建て校舎になっている。校門と裏門を除いて、二メートルほどの壁にぐるりと囲まれているのも特徴だ。
L字校舎の上部分、左下部分、右下部分の三隅に階段があり、地図左側の縦長校舎に、図書室や音楽室やパソコンルームなど特殊教室が集中している。生徒会室や校長室、職員室もこの校舎の一階にある。また屋上もあり、右下隅の階段から行くことができるが、屋上のドアは普段、施錠されている。
地図下側の横長校舎には普通教室しか入っていない。三階に一年生、二階に二年生、一階に三年生の教室がある。クラスの数は、一年生と三年生が三クラス、二年生のみ四クラスとなっていて、全校生徒の数は三百八十人だ。
■マーク、すなわちL字型校舎の南西部に位置する場所の三階に、カッターが盗まれた美術室があり、二階が旧視聴覚室、一階が家庭科室となっている。旧視聴覚室は、昔は生徒が集まって学習用のDVDなどを視聴していた部屋だが、いまは生徒それぞれがタブレットを支給されて動画を視聴することができるので、部屋は閉鎖されてしまった。だから、旧と名前がついている。
そして家庭科室の右隣に、僕らがジュースを飲んだ家庭科準備室がある、というわけだ。
右側の☆マークは講堂兼体育館。その裏手にある●が犯行現場の体育倉庫である。講堂と体育倉庫の間には、ツツジの植え込みがあるが、これはあまり意識しなくていいだろう。
最後に。
校舎と講堂&体育倉庫の間には、校庭が広がっている。
事件当日、僕らは■マークのあたりから、校庭側のドアを開けて、校庭を突っ切り、●マークの体育倉庫に向かっていったのだ。
「改めて、校内の位置関係を把握したところで検証だ。美術室から犯行現場まで、犯人と同じ行動を取ったら、時間はどれくらいかかるか」
最後に、ウグ先輩が持ってきてくれた缶コーヒーをぐいっとやってから、僕らは揃って美術室に向かう。
ウグ先輩が佐久間君となにやら話をしている。
ふたりの背中を見ながら、僕はかたわらの高千穂翠へと話しかけた。
「検証、やる気満々だな」
「そうね。佐久間君は巻き込まれたようなものだけど、鵜久森先輩は凄いね。生徒会長のころから好奇心旺盛なひとだけど、三年生なのに勉強もしないでこんなことして、大丈夫なのかな」
「いや、先輩もだけれど、副会長もさ。殺人事件の解決に、やる気を見せてるなって」
「わたし、性格が悪いんだよ」
高千穂翠は妙なことを言いだした。
「永谷先生のこと、大嫌いだったって言ったよね? だから探偵ごっこをしているの。あのひとが、わたしの憎んでいたあの教師が、どんな風に殺されたのか、どうして殺されたのか、どれほどまでにXから恨まれていたのか、知りたいの。……」
「そこまで恨んでいたのかよ」
副会長。……もっとさっぱりしたひとかと思っていた。
と言おうとしたが、やめた。僕はそんなセリフを言えるほど、彼女のことを知らなかったんだから。ろくに話もしたことのない人間から性格を評されるほど、腹が立つことはない。
一年生のときに、名前も知らないクラスメイトが、ニヤニヤしながら『七原君って、アイドルとか好きそうだよね』なんて言ってきたときは、はっきり言ってムカついた。僕はアイドル文化を好きでも嫌いでもないが、言い方が失礼だ。そいつのことはそれから大嫌いになった。君に僕のなにが分かる、と言いたくなるのだ。
「会長こそ、どうして事件を推理しているの。生徒会長としての責任感?」
「まさかだろう。殺人事件の推理まで生徒会長の仕事にされたら、たまらないよ。ただ、……そうだな」
くちびるを舐める。ほんのりとコーヒーの味がした。
「怒っている」
「誰に? 殺人犯に?」
「そうだな。……僕も永谷先生みたいに高圧的なひとは苦手だった。思わず反抗したくなる。だからXにはむかむかするのさ。考えてもみろよ。殺人なんて暴力行為、この上なく高圧的、ハラスメントの極みじゃないか。僕は永谷先生の暴力的な態度が嫌いだった。だから、永谷先生を暴力的に殺戮した犯人Xが、もっと気に入らないわけさ」
僕は自分でも驚くほど、Xに対する感情を説明できた。
口の中に残った、カフェインの効果だと思う。そうか、そうだったか。
Xの、永谷先生に対する一方的な殺人。その行為に対して僕は、反発心、反抗心、反骨心、そんな気持ちを抱いていたわけだ。かつてクラスメイトから向けられた、意味不明な嘲笑に対する怒りと根は同じだ。一方的な攻撃は、見るのもされるのも気分がいいものじゃない。そうだ、誰かの誰かに対する攻撃に、僕は反発しているのだ。思い上がるなよ、と言いたくなるのだ。
まったくコーヒーは偉大な飲み物だ。
飲めば飲むほど、頭が冴える。自分の気持ちさえ理解できてくる。
「本当は警察に任せておくのが道理なんだろうけどね。……それこそ副会長と同じだよ。殺人犯Xの考えていたことがどれほどのものか、どうして永谷先生を殺したのか、この目で、この耳で、知りたいんだ」
「ふうん。そう言われたら、納得かも。そうね、殺人なんて本当、暴力そのもの。ハラスメントの極み。面白い表現だね。そうかあ……」
「もういいだろ? つまり、そういうことだよ」
高千穂翠が妙に感心しているのがくすぐったかったので、僕は話題を強引に打ち切ると、
「鈍感で悪かった」
「なにが?」
「靱帯のこととか、永谷先生とのトラブルとか、バスケ部に少しだけいたこととか、副会長の身に起きていたこと、まったく知らなくて。なんか、悪いと思った」
「なに、それ」
「君に対して冷たかったなって。そう思ったんだよ」
「会長らしくないね。わたしのことなんて、どうでもいいんだと思ってたから」
「そこまで薄情じゃないよ。昔から知っているんだから。身体、無理するなよ」
「とっくに完治しているから、大丈夫。……でも、ありがとう」
そう言った高千穂翠。
顔はいつもの無表情だが、目に温かみがあった。
と見えるのは、僕の思い上がりかな。
美術室の前についた。
教室は施錠されている。
ウグ先輩が口を開いた。
「いまはこうして鍵がかかっているけれど、以前はいつでも開いていたよ。放課後、午後四時を少し過ぎたあたり、そう十分から十五分くらいに美術部の生徒が来るからね。六時間目のあとも先生はたいてい、鍵をかけなかったんだ。事件の影響を受けて鍵をかけるようにしたんだろうね」
「すると事件当日、カッターナイフを盗むのは誰にでもできたわけですね。……よし、それじゃ検証を開始しましょう。犯人役は僕がやりましょうか」
「会長は時間を数えていて。犯人役はわたしが務める。動くほうが得意だから」
高千穂翠が申し出たので、僕はうなずいた。
スマホを取り出して、ストップウォッチを起動させると、
「それじゃ、事件当日のXらしい行動をやってみてくれ。いくよ。検証スタート」
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