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13:城下町で
しおりを挟む「活気のある町ですね」
裕福な商家の娘のような格好の私と、騎士の装いの陛下が連れ立って歩くと、騎士爵のカップルに見えるだろうか…いや、無理だな、陛下がイケメンすぎる。
「気に入ったかな?
もうすぐ、君と私で治める、私の故郷は」
「とても素敵です。
私の故郷にもすぐになりましょう」
「そう言ってもらって嬉しいよ」
そんなことを話している間に、目的地についた。
「まぁ、陛下!
よくおいで下さいました!
…と、こちらの女性は、噂の…」
立ち寄ったのは表通りから一つ入ったところにある仕立て屋だった。
人の良さそうなマダム・マニエルが営む、知る人ぞ知る王室御用達の服屋である。
どうやら私は、陛下を射止めたアガリスタの女性ということで、噂にはなっているらしい。
「マダム、貴方の腕を見込んで、彼女をマリナーレに染めてくれ」
「陛下のご依頼とあらば…ささ、お嬢様、こちらへ!」
マダムに誘われ私は店の奥へと連れていかれる。
「キャシー様だったかしら?
私はマニエル…子爵の妻をしながらこのお店を営んでおりますわ。
陛下にも御贔屓いただいて…」
「ええ…そのようですわね」
なんというマシンガントーク…私が返事をする暇すらくれない。
私は生返事をするしかできなかった。
しかしマシンガントークのマダムというのは情報通でもある。
どうやら彼女の末の弟がアガリスタに婿入りしており、女性の地位がマリナーレに比べてかなり低いことを憂いでいるようだ。
幸い、マダムの弟は婿入りながらそこまで何か言われているわけではないようだが、むしろ結婚相手の子爵夫人は、当主になりたての頃、別の貴族家からは軽く見られている。
自分の母がマリナーレ出身で、アガリスタの伯爵家に嫁入りし、父や私の祖父母とは良好な関係ながら、結婚当初は苦労したと言っていたのを思い出した。
そういう情報が入っているので。アガリスタの女性に対して尊敬すると同時に、男尊女卑思想の強いアガリスタ貴族、そして王族にはあまりいい印象を持っていないらしい。
…現代に生まれていたら、子爵夫人で王室御用達の有名ブティックの主人であるマダムは、市民運動家になっていたことだろう。
そういう人が市民運動をしていないということは、マリナーレはかなり男女の権利が等しいものになってきている。
「…ということなんですのよ。
ですから、アガリスタの王家から婚約解消されてそのまま、マリナーレに来たキャシー様は正しかったと、こちらの国で思っていただきたいのですわ!」
「…すでに感じておりますわ。
アガリスタよりもこの国は過ごしやすいです」
「まあまあ、さすがですわね、将来の王妃様となると肌で感じ取れるんですわね!
そしてお話も理路整然とされているわ…。
…アガリスタで婚約を破棄された王子妃候補と聞いていたのでいろいろ考えておりましたが、すべて杞憂でしたわ!」
「…杞憂?」
明るい口調で不穏なことを言うマダムのその言葉が少し引っかかった。
「…あ、ええ…口が過ぎましたわ、失礼いたしました」
「いえ…私はどんな噂をされていたのでしょうか」
「お気になさらないでくださいませ。
キャシー様ならすぐに噂は吹き飛ばせますわ」
マダムは、しまったと顔に出しながらごまかそうとする。
「…吹き飛ばすためにも、お聞かせ願えませんか?」
「…はぁ…大変申し訳ありません、私の失言です…。
その…お気になさらないでくださいね…単に有象無象の噂なので。
アガリスタの王家から婚約解消を言い渡され、王家には逆らわない自分のない女性…と言われておりましたわ。
アガリスタの女性は、忍耐強く、聡明な方が多いので、婚約解消を言い渡されても食い下がるものだと思っておりましたので…」
つまり、我がない人形のような女だと思われていたのか…いや、それはある意味正しいな。
アガリスタ王太子殿下の前では、何も逆らわず、意見も言わず、只々うなずくだけの人形だった。
何しろ、それでうまくいけばアガリスタ王太子殿下の手柄、うまくいかなければうなずいた私の責任だったわけだから。
それならたとえうまくいかずともアガリスタ王太子殿下の機嫌を損ねないよううなずいておいた方がよかった。
ついでに言えば、アガリスタ王太子は、yesかnoかの言葉…いや、いうなれば「ハイかyesで答えろ」だったので、選択肢すらなかった。
自分が考えたことに意見されるのを非常に嫌っていたから。
…それに対して、マリナーレの国王陛下はyes・noだけでなく、私の意見を求めるだろうから、それには答えようと思っているけど。
「…なるほど。
それならすぐに吹き消せますわ、マダム。
私、婚約解消を喜んでおりましたので!」
「…?」
さすがのマダムも言葉を失った。
「先ほどマダムが申しました通り、アガリスタは大変な男尊女卑の国ですわ。
女性が男性、特に王家の男性陣に口答えしようものなら本人は気にしなくとも、宰相や大臣がうるさいのです。
それなら、私の意見は言わず相手の言うとおりにして置き、うまくいかなければ彼らのせいにするようお茶会で世論を誘導する、それが女の戦い方なのですわ」
「…キャシー様…お強い方ですわね。
私、いろいろな貴族女性を見てまいりました…王妃に王女、公爵夫人・令嬢、侯爵夫人・令嬢、伯爵夫人に令嬢…。
見たのはこの国の貴族だけですが…精神的に強い方は気が強く男性をやり込めようという方が多かったのです。
精神的に強く、しかしその実で情報を操作するというソフトなやり方…感銘いたしました」
おぅふ、マダムの目がキラついてる。
もしや私の意見に賛同してくれたのかな。
「確かに、貴族女性の強みは情報ですわね。
王家の影の情報の方が確かに正確かもしれませんが、こと人の感情が入る、良い噂悪い噂は夫人の茶会で仕入れるのが最も早いですわ。
それに」
私はマダムに向き直り、ウィンク一つ。
「私には、力強い味方がいました」
サンダース侯爵夫人とミリエッタ様のジュレミー公爵姉妹に、サンダース侯爵令嬢の王妃マリア様。
王太子殿下の婚約者にミリエッタ様が名前が上がっていて、王妃マリア様にも好意的にミリエッタ様からご紹介いただいて、さらにサンダース侯爵夫人にも引き合わせて貰ったのが功を奏して、伯爵家ながら王太子殿下の婚約者というのに、表立っての嫌がらせはなく過ごせた。
まぁ、裏での陰口とかはあったようだけど…まぁそれは仕方ない。
「…ミリエッタ・ジュレミー様…もしや、あのミリエッタ商会の…?」
アガリスタでの味方の話をしていると、マダムがさらに目を輝かせた。
「ええ、そのミリエッタ様ですわ。
マリナーレにも支店を出してましたわね」
「素晴らしい!
ミリエッタ様といえば、あのアガリスタで財を成した女傑!
憧れますわ!」
同じ商売をする女性として、マダムはミリエッタ様に思い入れがあるらしく、だいぶ年上の彼女が少女のような目になっていた。
これは、ミリエッタ様がこちらに来るなんて話をしたら卒倒してしまうかもしれないな…うん、今言うのはやめておこう。
私のためにも、外で手持ち無沙汰の陛下のためにも。
マダムとミリエッタ様の話をしながら採寸とドレスに関する打ち合わせを終え、陛下の元に戻ったのは三十分ほど経った頃だろうか。
部屋から出ると何やら陛下は難しい顔でリンガル子爵様と話していた。
しかし、私を認めると二人とも笑顔になる。
「遅くなりまして…」
「いや、リンガルと少し話さねばならぬことがあったからね、ちょうどよかった」
「何か、問題でも?」
「いや…そういうわけではないよ。
…リンガル、先程の通り頼むよ?」
「御意」
なんだか胸騒ぎがしないでもないが、問題がないと言われてしまうと深くは追及できない。
そうこうするうち、リンガル子爵様は「では姫、陛下とごゆっくり」と言いながら、城に戻ったようだ。
「さ、マダム、どんな具合だね?」
鷹揚にマダムに向き直り、先程まで私と相談していた服についてマダムから説明を受ける陛下の凛々しいお顔に、まぁ、いいか、と私は思ったのだった。
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