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14:アガリスタ王国からの手紙<リンガル子爵視点>
しおりを挟む「空いた口が塞がらんな」
キャシーとのデートの最中、腹心のリンガル子爵の元にアガリスタからの報がもたらされたのは、キャシーがマダムと共に奥の部屋に入った直後…というか、キャシーとデートと洒落込んでいた陛下を邪魔しないようとリンガルの心遣いでこのタイミングになった。
…そもそも、このお忍びをリンガルは邪魔立てする気はさらさらなく、信頼できる部下に陰から見守らせていた。
それが脆くも崩れ去ったのが、先程、隣国アガリスタの国王名義で送られた手紙である。
「息子が馬鹿やって、国王がカミさんに見切りつけられてるくらいアガリスタは何をやってもダメなのに、今更キャシー嬢を返せとかバカも休み休みいえよ…」
そう、アガリスタ国王は王妃…いや、元王妃ことマリア・サンダース侯爵令嬢に離縁を突きつけられ、そして王太子が婚約者に選んだマリナーレの元王女・白雪姫の王妃教育がうまくいかないのに焦れて、こともあろうにマリナーレ国王の婚約者になったキャシー・バッキローニ侯爵令嬢を王太子の婚約者とすると王命を出すと言い出したらしい。
キャシーは国母に相応しい女性、それを王太子のワガママと国王の無知で手放したくせに…と悪態の種は尽きない。
なにしろ国王としては、キャシーについて、王太子の婚約者としては婚約解消を認めたが、マリナーレに放出したつもりはない、離縁した王妃が勝手に認めただけと子供のような論理でマリナーレに喧嘩を売ってきたわけだ。
ため息は絶えないが、リンガルは今日のデートコースを一通り教えられており、手紙を見たのが陛下とキャシーがマダム・マニエルの仕立て屋に入るくらいの時間と推察したため、たまたまキャシーがマダムと共に奥に下がったのを、見計らって国王に声をかけた。
「陛下」
「リンガルか?
何か急用かね?」
そうでなければ許さないと目が訴えている国王の視線を涼しい顔で「申し訳ありません」とだけ断って、本題に入る。
「はぁぁぁ…」
予想通りの国王の深いため息に、リンガルも自分の思考は間違っていないと思う。
そして視線をこちらには合わせず、国王は独り言のようにつぶやく。
「リンガル。
実はな、ミリエッタ商会のミリエッタ・ジュレミー商会長が今、マリナーレのミリエッタ商会支部にいるらしいのだ。
ミリエッタ殿は元王妃様の義理の妹にあたり、元王妃様や彼女の実家の侯爵家夫人とも親しい」
その3人については、リンガルもキャシーやその母上から「女性の権利が弱いとはいえ、絶対に敵に回してはいけない女性」だと言っていたのを覚えている。
キャシーはミリエッタ、そして元王妃マリアからの信頼も絶大で、この3人全てから認められていた王妃候補だった。
しかし現在、「真実の愛」という名のワガママでキャシーを捨て、そしてそれを放置した国王は三傑から嫌われている。
そして見放された国王は、三傑に気に入られているキャシーをアガリスタで再び王太子妃に戻そうとなりふり構わないということのようだ。
「なるほど、そのお三方のお耳に入れてまずは穏便に断ろうと…」
「穏便ではないかもしれんな。
お三方はキャシー嬢を捨てた上、戻ってこいなどムシのいい話を持ってきたアガリスタ国王に烈火の如くお怒りになろう」
こちらを向かいなおして口角を上げ、皮肉に笑う国王にリンガルも苦笑した。
そしてそのあとすぐ、マダムと共に奥から戻ってきたキャシーに「では姫、陛下とごゆっくり」と微笑んで店から出た。
その足で、リンガルはミリエッタ商会のマリナーレ支部に向かった。
国王のサインの入った手帳を見せると、秘書と思しき女性が一度奥に下るとすぐに彼女が戻り、「奥へどうぞ」と通される。
中にはなるほど美しいが、眉間の皺が苦労を物語る女性と、何故かもう一人、気位の高そうな女性が静かに座っていた。
「お初にお目にかかります。
私はミリエッタ・ジュレミー…当商会の長をしておりますわ…リンガル子爵様、マリナーレ国王陛下の命でおいでなされたそうですが、いかがされましたか?」
有無を言わさぬ商会長の凛とした佇まいに、リンガルは自身の子爵夫人ながら貴族として気高かった母に睨まれ動けなくなった、幼い日を思い出した。
しかし今は、国王陛下に使える騎士…そんなことをおくびにも出さず、「突然の訪問、失礼いたしました」と謝罪してから、本題を切り出した。
「ほっほっほ、全くどうしようもないわね!」
本題であるところの件のアガリスタ国王からの手紙を二人に見せると、ミリエッタではない女性が笑いだした…恐ろしいのは、目が笑っていないどころか、怒っているようにすら見えた。
対してミリエッタの方は深いため息にと共に眩暈を催したようだが、額に青筋が立っているように見えた。
「よく私たちに知らせてくれましたね、子爵様…さぁマリア様、いかがいたしましょうか?」
ようやくその時、リンガルはミリエッタと共に同席した女性に思い当たった…元アガリスタ王妃・マリア・サンダースだ。
なるほど、三傑のうち二人がこの場にいたのか…。
マリア元妃は、気高いのはもちろんだが、長年の苦労から解放されたような美しさがあった。
パーシィ・リンガル、子爵家当主・35歳、独身。
子爵家は侯爵である従兄弟の次男に渡すつもりだが、彼も領地経営より騎士になりたいといつも言っており、頼もしい限りなのだが、領地経営の後継者がいれば彼を騎士団に入れたいところだが…。
20代のうちは結婚しておけば、とも思ったが、30を超えたら自分でもなんとかしているのだから、従兄弟の次男に任せるか、と思っていた。
しかし…世の中にはこの二方やキャシーのような綺麗な女性を妻や婚約者に迎えても不満を漏らす人間がいるというのは不条理だなぁと思う。
「あら、子爵、どうかなさって?」
二人のアガリスタ国王と王太子の噂…いや、愚痴の言い合いをしばらく眺めていたリンガルだったが、ひとしきりそれが終わると、何も言わないリンガルに二人が不思議そうな顔をした。
「いえ…お嬢様方は何を言っていても絵になるなと思いまして」
「まぁ、お上手ね。
言っていたのは低俗な内容なのだけど?」
言外に、嫌味なら許さない、と目が言っている二人に、リンガルは笑みを作る。
「いやいや、高位貴族の上品なお茶会そのものでしたよ。
まぁ、貴族家のお茶会なぞ、会話の内容はもっと低俗なものばかりでしょう」
「まあ、それは確かに…それにしてもマリア様、アガリスタ国王、どうしてくれましょう…」
「いっそマリナーレ国王陛下に、戦線布告してもらいましょうか。
アガリスタ国王の首が体から離れれば、晴れてお兄様が国王になれましょう」
「流石に馬鹿二人のために戦火は不味いわ。
無血開城させねば…戦争するにしても、いまだに馬鹿二人をヨイショしまくる連中を併せて血祭りにあげる程度にしておかないと」
下品ではないが物騒な二人の話だが、リンガルには不思議と心地よい。
あぁ、この二人はアガリスタの中枢に近いところに居ながら、良心を失わなかったんだ、と。
だいだい、為政者に向かないのに為政者をやると腐敗し、為政者に向いているが煙たがられるのが良心を失わない。
国王は為政者に向かない中、ここまで国が保ったのは王妃・マリアあってのことだろう。
「とりあえず…リンガル子爵様、一度陛下にお目通り願いたいと思いますが、いかがでしょうか?」
そう言ってミリエッタ公爵令嬢がようやくこちらに目を向けた。
「陛下にご相談いたしましょう。
日程のご都合をお先にお教え願えますが、マドモアゼル」
そこで数日の予定を聞き、「ご返答は後日追って」と伝え、リンガルは二人の元を辞した。
王城に戻りながら、リンガルは不思議な感覚に囚われていた…まだ子爵家の令息で陛下とも知り合う前、よく遊んでいた伯爵令嬢を見た時のような感覚。
彼女はすでに婚約しており、今は侯爵夫人になって子宝にも恵まれ、幸せになっているが、幼き日二つ年上だった彼女を見た時のような。
ミリエッタ・ジュレミーはその侯爵夫人とは似ても似つかないが、彼女も芯は強かった。
そんな初恋の女性を思い出すミリエッタが独身だと聞き、国王とミリエッタとの連絡係を買って出たリンガルはミリエッタに会えるだけでいいと思うのだった。
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