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しおりを挟む「そいつは俺が征一郎にやったペットだ」
唐突に後ろから聞こえてきた声に、隆也はぎょっとして振り返る。
「…親父」
征一郎がうんざりした声音で呼んだ通り、気配もなく背後に立っていたのは、いついかなる時も顔を見たくない男、邪悪の化身黒崎芳秀だった。
このご時世、ヤクザだろうと煙草一つ吸うにも配慮しているというのに、いつ見ても咥え煙草で、よからぬことを企んでいますと書いてあるようなニヤけた顔をしている。
この男が声を荒げたり、不機嫌そうに舎弟に当たったりするのを見たことはないが、だからといって温厚な人格者なわけでは一切なく、地獄を見てきた極道も怖気を振るうような外道な行為を当然のようにやってのける、はっきり言って、不気味な男だ。
何をしでかすかわからない奴らのひしめく業界にあっても、あくまで正気のまま振るわれる残虐には、静かに忍び寄るような底知れぬ恐怖があった。
その恐れを許せない気持ちもあるが、慎重さと用心深さはヤクザの特に幹部にとっては必須のスキルだ。
勝算が見えるまでは、隆也が本気で噛みつくことはない。
「ペットを買ってやっただぁ?何の褒美だそりゃ。ろくなシノギもねえ征一郎より俺によこせよ」
幼い頃から幹部の父についてこの屋敷を出入りしている隆也は、芳秀に対して横柄な口の聞き方をする。
当然の権利を口にすると、すかさず神導が横から茶々をいれてきた。
「図々しいよ下っ端」
「誰が下っ端だ次期幹部だ」
そのやりとりを興味なさげに見やった芳秀はふうっと煙を吐き出すと、肩を竦める。
「まー別にちびがいいって言や、どうでもいいぜ」
「おい親父」
征一郎は不服そうに唸ったが、もちろん配慮してやる義理などない。
許可を得て、隆也は少年に向き直る。
「よし、お前俺のものになれ」
少年は、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
まさかの即答だった。
「断られた……だと……!?」
「受け入れられる自信があったことが驚きだよ」
いちいちうるさい神導の言葉にギリッと奥歯を噛みしめる。
征一郎のものを奪えると思っただけで、実際にこの少年をどうこうしてやりたいわけではないが、金も権力もある自分よりも脳筋を選ぶというのは釈然としない。
「な、何でだ?こんな×××の×××野郎よりよっぽど俺の方が楽しませてやれるぜ?」
隆也がズビッと指を突きつけると、征一郎は青筋を立ててこちらを睨む。
「おいてめー樋口。何か根拠あっていってんのか」
根拠はないが、特に征一郎の下半身がすごいという噂も聞かない。
商売女から人気があるのは、無駄な筋肉のせいだろう。
大男が粗チンもしくはノーテクなんてのはよく聞く話ではないか。
決めつけた隆也の前に、「あの……」と進み出る人物があった。
「征一郎のはおっきいしすっごい強度だし美味しいです!」
・・・・・・・・・・。
おとなしそうな少年に、カッと稲妻が飛び散りそうなとても真剣な様子で反論され、隆也は『こいつらマジでやってんのかよ』と大いに引いた。
女相手の浮き名が流れないわけである。
……征一郎にそんな趣味があったとは。
他組の身辺は、弱味を握るため常に探らせているというのに、今までよく隠していたものだ。
「ちびお前…今までに見たこともないような強い口調で反論するところがそこなのか…」
頭を抱え、肩を落とす征一郎に、神導と芳秀が陰湿にクスクス笑いながら追い討ちをかける。
「普通に犯罪だよね」
「よく教育してあるじゃねえか」
「無責任発言の身内どもうるせえ!!」
それらに背を向け、隆也は玄関に向けて歩き出した。
■都内某所 黒崎芳秀邸 玄関前
「おい、親父には内密に征一郎の身辺を調べろ」
隆也は迎えの車に乗り込むと、すぐに側近の一人にそう命じる。
「は……しかし今幹部個人に対してあまりあからさまに動くとうちに不利な」
「うるせえ黙ってやれ!」
一応、黒崎芳秀を大親分として、その子である幹部同士は表向き家族であり仲間である。
もちろん、そんな風にとらえている幹部は親である芳秀を含め一人もいないだろうが、味方を必要以上に探るというのは、当然よろしくないことだ。
そう、優秀な部下はごく当たり前の忠告をしてきているわけだが、隆也はそれを拒絶する。
後部座席にふんぞり返り、煙草を取り出すとすぐに火が差し出された。
くゆる煙の向こうに、ふっと少年の柔らかい微笑みが浮かんでくる。
「(あいつ……征一郎のペットだと……?)」
気に入らない。
断じてあの少年に個人的な興味があるわけではないが、あれが征一郎のものだと思うと何故か無性に腹が立つ。
手を尽くしこちら側に引き入れ、少年にも芳秀にも自分が征一郎よりも上だということを思い知らせてやる。
隆也はその瞬間のことを思い、ニヤリと唇の端を釣り上げた。
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