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しおりを挟む■都内某所 征一郎宅 寝室
月に一度の気が重すぎる『寄り合い』の解散後、征一郎は芳秀にちびの体調を診て欲しいと訴えたが、あの外道ときたらその場で一瞥して「あー、健康健康」で終わらせた。
確かに、数日前のように熱が出ていたりぼんやりしているわけではないが、相変わらず同じ食事を摂ることはできないし、出会った頃よりもおとなしい気がするというのに。
もっとちゃんと診ろよと食ってかかった征一郎を「おれ、元気だよ。大丈夫」と止めたのは他ならぬちびであった。
本人にそう言われてしまえば、それ以上は何も言えず、引き下がるしかない。
仕方がないのでまだ早い時間ではあったが、事務所には向かわずちびと一緒に戻ってきた。
作った芳秀があの調子では、あとはもう征一郎が気を付けてみていてやるしかない。
篠崎達には悪いが、ちびが元の元気を取り戻すまでは、もう少し時間をもらいたかった。
征一郎以外が対応できないような事態になれば、葛西がさっさとこちらに振ってくるだろう。お気楽な性格だが、事態の見極めが上手いので本部長を任せている。
ちびは戻るなり、おもむろに外出していたせいでできなかった家事を始めた。
心配ではあるが、先日熱を出した後「自分のことは自分で出来るからしばらく家事はしなくていい」と言ったらこの世の終わりかというような絶望的な表情になってしまったので、無理をしていないか気を付けつつも好きにさせることにしている。
ただ単に休んでほしいという意味だったのだが…自分の存在意義を奪われたような気持ちになってしまったのだろうか。
ちびが作った夕食を有難くいただき、風呂に入り、もう寝るだけという状態でベッドの上でビールの缶を開けた。
快適すぎて罰が当たりそうだと内心苦笑する。
すぐに、先日買ったパジャマの上のみを身につけたちびが乗ってきた。
「征一郎、もう寝る?」
シーツの上にぺたんと座り見上げてくるちびのひたむきな瞳には、自分しか映っていない。
ふと、昼間の樋口とのやり取りを思い出す。
「…なあ、ちび。お前はどうして俺のところに来ようと思ったんだ?」
「え?」
「選ぶ余地が……あったのかどうか知らねえが、俺はお前がここにいることを強要しなかったはずだ。…どうして俺を選んだ?」
無論、ちびの気持ちが芳秀に仕組まれたことだというのはわかっている。
ただ、本人がそのことをどう捉えているか知りたくて、敢えてこんな聞き方をした。
征一郎の唐突な問いかけに、ちびは表情を曇らせた。
「あの……おれ征一郎のところに来たの…やっぱり迷惑だった?」
「あー…そういう話じゃねえんだが」
言葉は難しいなと頭を掻く。
そんな征一郎の様子から何を聞かれているか察したらしく、ちびは言葉を探すように少し黙ると、意外なことを言いはじめた。
「…芳秀さんに紹介してもらうより前に征一郎を屋敷で見たことがあって…それで征一郎のところがいいって、自分で決めて頼んだんだよ」
「そうなのか?お前がいたなんて全然気づかなかったな…」
極道者ばかりのあの屋敷にこんな清潔そうな少年がいたら絶対に気付くと思うのだが。
「……けど、それだけでか?屋敷にゃそれこそ山ほど人が出入りしてんだろ」
九割は極道者だが、それを言うなら征一郎も極道だ。ちびにとってそこは障害にならないだろう。
多くはないが、尊敬できる男も何人か芳秀の屋敷で生活している。
彼らではなく、何故征一郎だったのか。
「おれ、はじめて征一郎を見た時自然にこの人の傍にいられたらいいなって思って…他の人には一度もそんなこと思わなかった」
「……そうか」
それが芳秀の洗脳によるものか、ちびの本当の気持ちなのか征一郎にはわからない。
ただ、『ちびにとっちゃそれが真実だ』と芳秀も言っていたように、その想いが既にちびの一部だというのなら、受け入れていきたいと思うようになっていた。
「…あの、それだけじゃダメかな」
征一郎のパジャマ(ちびの着ているものの片割れ)をちょこんと引っ張りながら、ちびが不安そうな面持ちで見上げてくる。
意味を図りかねて「ん?」と聞き返すと、ちびは更に切実な様子になってしまった。
「どうしてとか理由がわからないと、征一郎のこと好きになったらだめ?そばにいられない?」
「…………いや、そんなことはねえ」
すぐに首を振る。一本取られたような気分だ。
そう簡単に自分の気持ちを話して聞かせられたら、感情の行き違いは起きなくなるだろう。
人の心は複雑なのだ。
「…そうだよな。俺だって特別に理由があってお前をかわいいと思うわけじゃねえもんな」
「…征一郎」
大切なことをきちんと知ってるんだなと、褒めるように頭を撫でてやる。
ちびが嬉しそうに目を細めたのを見て、征一郎も幸せな気持ちになった。
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