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幕間7
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■都内某所 秘密結社 暗黒の夜明け団本部
『謁見の間』として通された場所は、地下だというのに天井の高さは十メートルはあろうか、石造りの床を古めかしいクレシットの火明かりが朧に照らし出す、華美な装飾品やオブジェの類は一切見当たらない無骨さを感じる空間だった。
だだっ広く薄暗い部屋の突き当たりには、禍々しい意匠の玉座が鎮座ましましている。
本来ならばこの空間を統べるものが座るであろうそこは空席で、主不在の玉座を守るように、どこかで見たような三角頭巾を被ったローブ姿の男たちが立ち並ぶ。
その中央を硬質なブーツの音を響かせながら悠然と歩いてくる、襟が高く裾の長いファンタジー世界の軍隊の礼装のような衣装の男が、本日の商談相手だ。
男の名を、九鬼紅蓮という。
「フッ……よく来たな美しき同朋よ。かの黒崎芳秀の懐刀たるお前を同胞として我が城に招けたことを旧き神々に感謝しよう」
ファーのついたケープを無意味に翻し、芝居がかったポーズで歓迎?する男に月華は死んだ魚のような目で乾いた笑みを返すことしかできなかった。
これに会うために自分は早起き(たとえそれが一般的には昼と呼ばれる時間だったとしても!)をしたのかと思うと、今からでも帰って寝直したくなってくる。
ここは秘密結社『暗黒の夜明け団』本部である。
官庁街も近い東京のど真ん中に位置しており、一見ただのオフィスビルだが、専用のエレベーターで地下へと降りれば、このいかがわしい空間が広がっているのだ。
このどこかで聞いたような名前の組織は、歴史上に名すら残っていない『黄泉の神』を蘇らせることを目的とした宗教的秘密結社であり、創始者である九鬼は幼い頃その『黄泉の神』とやらの声を聞き、己の一生を賭して成すべきことを知ったのだという。
月華は無神論者ではないが、あまり神という存在が好きではない。
人間の力ではどうにもならないことを祈るときに思い浮かべるような全知全能の存在がいるとして、人類の味方とは思えないからだ。
人類にとって害悪でしかない黒崎芳秀を天罰もなく野放しにしているような神だ。人類に悪意があるか、無関心かしか考えられない。
味方でないのに人の手におえない何かなど、いない方がいい……というのが月華の持論である。
だが、宗教が人心をまとめるのに便利で、時に大きな力を持つことはよく理解していた。
しかもこの男は『本物』だ。
結社を経営する手腕も、団員を統率するカリスマ性も、己の才覚に自信のある月華ですら目を見張るものがあり、入社し、修行(もしくは金)を積んだものに授けられるという秘密結社お決まりの秘蹟とやらが相当美味しい餌なのか、政財界へのパイプも太い。
優雅な足取りで近付いてきた九鬼は、流れるような動作で月華の手を掬い取る。
「近付きのしるしに……」
唇を寄せられ、月華は反射的に取られていない方の手を、肩越しに後ろに控える土岐川に差し出した。
間を置かず馴染んだ重みを感じた瞬間、後ろに飛び退るのと同時にノーモーションで抜き放つ。
九鬼の前髪の幾筋かがはらりと大理石の床に散った。
「本題に入ろうか」
愛刀を九鬼の首筋に突きつけ、にっこり笑いかける。
月華は別にこの男の機嫌を取りに来たわけではなく、あくまで対等な立場での商談をしに来たのだ。
握手ならばともかく、これっぽっちも興味のない男にこんな風に触れられるのは耐えられない。
「……抜く手も見せぬ美しい剣筋だな我が同朋よ」
三角頭巾たちが浮き足立つのを手で制し、月華の過剰ともとれる乱暴な拒絶に余裕の表情で笑うところは、トップとしての貫禄か。
まあ、互いにただのデモンストレーションである。
九鬼の反応は、一応合格点と言えよう。
「仕方がない。慎み深い同朋に考慮して今日のところは引いておこう。組の立ち上げの披露の席で腕を切り落とされた哀れな子羊のようにはなりたくないからな」
九鬼が苦笑して肩を竦めたので、引いた刀を鞘に納め、土岐川に渡す。
「それが懸命だと思うよ。僕は黒崎芳秀みたいに自分の評価に無頓着なわけでも、その息子の征一郎みたいに甘ちゃんなわけでもないからね」
雑談に紛れてさりげない牽制の応酬を続ける。
月華が襲名披露の席で陰口を叩いた他組の組長の腕を切り落としたのは、黒神会内では有名な話だが、あくまで内部の情報である。それを知っているということは、そういう情報源があるぞということで、また月華も、黒神会や義理は関係なく、自分の判断で動くと宣言しておく。
ちなみに例の件、落とした腕は僕の知り合いの名医にきちんとくっつけてもらったんだから、そんなに騒ぐことでもなかったと思うんだけどね。
不意に、九鬼が真剣な表情で月華を見た。
「……惜しいな」
「何が?」
九鬼は顔だけみれば、月華の基準で見ても合格点である。
真剣な表情はなかなかいいなと思った矢先。
「コードネーム『羽をたたんだ皆殺しの天使』として、我らと共にこの堕落した地上を浄化」
「そういうのほんと毛ほども興味ないから。早くビジネスの話するよ」
ちょっといいなと思ってしまったのを心の底から後悔する。
素材はいいので、早く中等部を卒業してほしい。
それにしても、『黄泉の神』とやらは、もう少し、声を伝える相手を選ぼうと思わなかったのか。
こんなのを神使にするような神には、何卒永遠に眠っていていただきたい。
『謁見の間』として通された場所は、地下だというのに天井の高さは十メートルはあろうか、石造りの床を古めかしいクレシットの火明かりが朧に照らし出す、華美な装飾品やオブジェの類は一切見当たらない無骨さを感じる空間だった。
だだっ広く薄暗い部屋の突き当たりには、禍々しい意匠の玉座が鎮座ましましている。
本来ならばこの空間を統べるものが座るであろうそこは空席で、主不在の玉座を守るように、どこかで見たような三角頭巾を被ったローブ姿の男たちが立ち並ぶ。
その中央を硬質なブーツの音を響かせながら悠然と歩いてくる、襟が高く裾の長いファンタジー世界の軍隊の礼装のような衣装の男が、本日の商談相手だ。
男の名を、九鬼紅蓮という。
「フッ……よく来たな美しき同朋よ。かの黒崎芳秀の懐刀たるお前を同胞として我が城に招けたことを旧き神々に感謝しよう」
ファーのついたケープを無意味に翻し、芝居がかったポーズで歓迎?する男に月華は死んだ魚のような目で乾いた笑みを返すことしかできなかった。
これに会うために自分は早起き(たとえそれが一般的には昼と呼ばれる時間だったとしても!)をしたのかと思うと、今からでも帰って寝直したくなってくる。
ここは秘密結社『暗黒の夜明け団』本部である。
官庁街も近い東京のど真ん中に位置しており、一見ただのオフィスビルだが、専用のエレベーターで地下へと降りれば、このいかがわしい空間が広がっているのだ。
このどこかで聞いたような名前の組織は、歴史上に名すら残っていない『黄泉の神』を蘇らせることを目的とした宗教的秘密結社であり、創始者である九鬼は幼い頃その『黄泉の神』とやらの声を聞き、己の一生を賭して成すべきことを知ったのだという。
月華は無神論者ではないが、あまり神という存在が好きではない。
人間の力ではどうにもならないことを祈るときに思い浮かべるような全知全能の存在がいるとして、人類の味方とは思えないからだ。
人類にとって害悪でしかない黒崎芳秀を天罰もなく野放しにしているような神だ。人類に悪意があるか、無関心かしか考えられない。
味方でないのに人の手におえない何かなど、いない方がいい……というのが月華の持論である。
だが、宗教が人心をまとめるのに便利で、時に大きな力を持つことはよく理解していた。
しかもこの男は『本物』だ。
結社を経営する手腕も、団員を統率するカリスマ性も、己の才覚に自信のある月華ですら目を見張るものがあり、入社し、修行(もしくは金)を積んだものに授けられるという秘密結社お決まりの秘蹟とやらが相当美味しい餌なのか、政財界へのパイプも太い。
優雅な足取りで近付いてきた九鬼は、流れるような動作で月華の手を掬い取る。
「近付きのしるしに……」
唇を寄せられ、月華は反射的に取られていない方の手を、肩越しに後ろに控える土岐川に差し出した。
間を置かず馴染んだ重みを感じた瞬間、後ろに飛び退るのと同時にノーモーションで抜き放つ。
九鬼の前髪の幾筋かがはらりと大理石の床に散った。
「本題に入ろうか」
愛刀を九鬼の首筋に突きつけ、にっこり笑いかける。
月華は別にこの男の機嫌を取りに来たわけではなく、あくまで対等な立場での商談をしに来たのだ。
握手ならばともかく、これっぽっちも興味のない男にこんな風に触れられるのは耐えられない。
「……抜く手も見せぬ美しい剣筋だな我が同朋よ」
三角頭巾たちが浮き足立つのを手で制し、月華の過剰ともとれる乱暴な拒絶に余裕の表情で笑うところは、トップとしての貫禄か。
まあ、互いにただのデモンストレーションである。
九鬼の反応は、一応合格点と言えよう。
「仕方がない。慎み深い同朋に考慮して今日のところは引いておこう。組の立ち上げの披露の席で腕を切り落とされた哀れな子羊のようにはなりたくないからな」
九鬼が苦笑して肩を竦めたので、引いた刀を鞘に納め、土岐川に渡す。
「それが懸命だと思うよ。僕は黒崎芳秀みたいに自分の評価に無頓着なわけでも、その息子の征一郎みたいに甘ちゃんなわけでもないからね」
雑談に紛れてさりげない牽制の応酬を続ける。
月華が襲名披露の席で陰口を叩いた他組の組長の腕を切り落としたのは、黒神会内では有名な話だが、あくまで内部の情報である。それを知っているということは、そういう情報源があるぞということで、また月華も、黒神会や義理は関係なく、自分の判断で動くと宣言しておく。
ちなみに例の件、落とした腕は僕の知り合いの名医にきちんとくっつけてもらったんだから、そんなに騒ぐことでもなかったと思うんだけどね。
不意に、九鬼が真剣な表情で月華を見た。
「……惜しいな」
「何が?」
九鬼は顔だけみれば、月華の基準で見ても合格点である。
真剣な表情はなかなかいいなと思った矢先。
「コードネーム『羽をたたんだ皆殺しの天使』として、我らと共にこの堕落した地上を浄化」
「そういうのほんと毛ほども興味ないから。早くビジネスの話するよ」
ちょっといいなと思ってしまったのを心の底から後悔する。
素材はいいので、早く中等部を卒業してほしい。
それにしても、『黄泉の神』とやらは、もう少し、声を伝える相手を選ぼうと思わなかったのか。
こんなのを神使にするような神には、何卒永遠に眠っていていただきたい。
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