けなげなホムンクルスは優しい極道に愛されたい

イワキヒロチカ

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幕間6

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■都内某所 神導月華邸 寝室

 神導月華に午前中という時間は存在しない。
 朝というのは寝る時間のことだ。
 何人たりとも自分の眠りを妨げることは許されない……、

「月華、そろそろ起きて支度をしないと予定に差し支える」

 はずなのに。
 土岐川の、いつもはうっとりする艶のある低い声も、今だけは虫の羽音のように煩わしく感じる。
 このまま寝ていていいという言葉以外は、聞きたくない。
 不機嫌に唸ると背を向け、かぶった上掛けをきつく握りしめて、蓑虫化して断固籠城する。
 月華はとても寝起きが悪いのだ。
 外では常に余裕の笑顔を絶やさず、思うがままが人生の月華にも、これだけはどうにもならない。
 夜が明けてから眠ることも多いが、早く寝たところで『起きる』という行為に伴う苦痛が軽減されているように感じたことはなかった。

「月華」
「やだ、まだ寝る」
「お前の気持ちは尊重したいが、今起きないと困るのは少し未来のお前だ」
「未来の僕と今の僕とどっちが大切なの!?」
 ぼすっ……と投げつけたクッションをこともなげに受け止める音。
 このあたりで、ようやく少しだけ目が覚める。
 本日も漆黒のスーツに一部の隙もない土岐川は、主の不条理な問いに厳かに答えた。

「俺にとっては月華、お前の全てが等しく大切だ」

 真顔で心の底からこんなことを言えてしまう男なので、起きたくないから世界が滅びればいいのにとまで思っていたのに、脱力してつい笑ってしまう。
「……………………」
「……………………」
 しばし無言の駆け引きがあり、月華は一つ息を吐くと降参した。

「……仕方がないなあ。嬉しかったから、起きてあげる」

 もそもそとベッドの上に裸身を起こすと、ご褒美のように額にキスが落ちた。
 顔が離れる前に、ちゃんと口にしてと首筋を引き寄せる。
 素直に寄せられる、触れるだけの色気のない口付け。
 天蓋の中で、密やかに交わされるそれは、主従の毎朝の儀式だ。

「おはよう土岐川」
「おはよう月華」

 無表情な男ににっこり笑いかけて。
 神導月華の朝は、大体このように始まる。


■都内某所 神導月華邸 ダイニング

「やっと起きたのか。もう昼だぞ」

 軽くシャワーを浴び、適当にバスローブを羽織っただけの格好でダイニングに顔を出すと、同じ館で寝起きし、厨房を任せている城咲一が毎度のことながら非難がましい視線を投げてくるが、特に気にもせず、土岐川の引いた椅子に座った。
「うるさいよ家政夫。僕が起きた時間が朝なの」
「誰が家政夫だ。……メシは?」
「食欲ないから、紅茶だけでいいよ」
 エプロン姿の城咲は、すげない言葉にガクッと肩を落とす。
「…お前な。そんなんだから鶏ガラみたいにガリッガリなんだろ」

 城咲は学生時代の先輩で、当時から顔を合わせると「飯は食ったのか?もう少し食べて肉付けろ」と料理を押し付けられ、その度に「そんなに食べられない」と断っていたのだが、付き合いが十年以上になってもまだ同じやりとりを続けている。
 忍耐強過ぎると呆れるしかない。
 他にも、月華の近くにいる人間は、ほとんどが学生時代からの仲間だ。
 通っていたのは芳秀の息のかかった後ろ暗いところしかないような訳アリの学園だったが、そこで月華はたくさんの仲間を得た。
 城咲もその一人で、料理をさせたら右に出るものはなく、月華の味の好みを知り尽くし、容姿は軽く平均レベルを超え、荒事にも動じない得難い人材ではあるのだが。

「一こそそんなデリカシーのなさだから生まれてこの方彼女できないんでしょ」
「いつものこととはいえ気遣っている相手に対して何だその言い草!あと彼女はできないんじゃない作らないだけだ!」

 ……色々と、残念な男。

 ちなみに、容姿がいいというのは背が高いとか顔の造作が整っているという意味で、センスがいい、ファッショナブルという要素は含んでいない。
 料理人なのに(清潔には気を配っているだろうが)必要以上の手入れをしていない長髪は本当にどうかと思うし、万年黒無地のカットソーに同じく黒の無難すぎるボトムスで、話題は概ね料理のことのみ。
「(まあ……モテとは無縁だよね)」
 とはいえ、自分よりも優先する彼女が出来たら少しだけ面白くないかもしれないと思ってしまうあたり、甘えている自覚はある。
「何だその顔。哀れまれるような覚えはねえぞ」
「別になんでもいいけど。それより早く紅茶淹れて。甘いものなら少しだけ食べてあげる。アイスとか」
「フレンチトーストくらい食ってけ!まったくお前は……」
 怒りながらキッチンの方に歩いていくいつもの背中に、なんとなくほっとする月華であった。
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