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幕間13
しおりを挟む芳秀との会話にげっそりしていると、土岐川がお茶を持って現れた。
かつてはこの屋敷に暮らしていたので、勝手知ったるなんとやらだ。恐らく客用である茶菓子まで勝手に持ってくるあたり、遠慮など何もない。そして当然、それに文句を言う人間は屋敷の主である芳秀を含め誰もいない。
座卓の方へと移動し、温かい煎茶を飲んで、ツッコミで乾いた喉を潤す。
縁側からはカチリとライターの音。
芳秀がいつも使っているのは、スナックの名前入りの年季の入った安いライターだ。
気に入ると長く使うんだよなと思いながら、一息ついたので続きを話す。
「それで……奈良にはちび太も一緒に行ってるの?この間まで寝込んでたのに、大丈夫かな」
「征一郎がちびの存在を全否定とかしねえ限り、そんな簡単に死んだりしねえよ」
「……つまらなさそうに言うことじゃないよね、それ。そもそも、会長の言うところのホムンクルスっていうのは、なんなの?」
「その昔神々が人間を模して作った愛玩用の生命体を、たまたまアカシックレコード的な真理に触れちまった人間が、人の技術でそれを再現しようとしたものがホムンクルスだと俺は定義する。その更に汎用品があのちびだ」
「今更、しかも僕が言うのもなんだけど、極道とファンタジーの食い合わせさあ…」
「何言ってんだ。BL極道はファンタジーだろ」
「いらないメタ発言……!」
芳秀の話したことは、現代の科学からすればファンタジーでしかないが、錬金術とは化学の祖である。
魔法のような便利さを望む人の欲望が科学を発展させていくわけで、科学と非科学は実は表裏一体だ。
月華は形而上学や超自然的な事象が非現実だとは思っていない。
どこまで本当かは不明だが、芳秀の言ったことにも一定の真実は含まれているはずだ。
「体の大きさに比例してキャパがちいせえから、常にエネルギー不足と過供給を行ったり来たりしちまう。力が弱いから主との繋がりも感じ取りにくくて不安がる。その心身ともに不安定な不完全さが俺としては楽しいんだが、最近妙に安定してきてるんだよな……」
「いいことだから。喜ぶべきことだよ」
「おかげで今の娯楽は、征一郎にとって完全にちびがなくてはならない存在になってから、失ったときの絶望がどんなもんか想像することくらいだ」
芳秀はハハハと軽く笑っているが、発言には暗黒しかない。
しかも、この男にとってはこれが本気の愛情だから質が悪いし気持ちが悪いのだ。
「(そんなの……絶対に見たくない)」
月華の実の父親を殺したのは、芳秀だ。
父は、幼い月華を幽閉し性的虐待まがいのことをして、外では違法な研究を繰り返し、研究成果である木凪には不出来だと憤り暴力をふるっていた。
はたから見ればただの鬼畜外道だろう。
けれど、母が生きていて優しかった頃の父が向けてくれた愛情を全てなかったことにすることはできなかった。
月華は父を憎んでも恨んでもいなかったのだ。
その父を殺したこの芳秀のことは大嫌いだ。早く滅びてほしいと毎日願っている。
父から解放してもらったとは思っていない。
時が来れば、父の罪は法によって裁かれたはずだ。
芳秀に誰かを裁く権利など、絶対になかったと今でも思う。(本人も裁いたとは認識していないだろうが)
けれど、隔絶された世界で生きる幼い月華の全てを奪い、広い世界へと連れ出して、キラキラした大切なものを与えたのも芳秀だ。
この屋敷で、土岐川に出会った。
芳秀が通うよう手配した学校で、家族とも呼べるような仲間達とも出会えた。
だから、腹が立つ。
芳秀は救いようのないド外道のくせに、不意に人の心を救うようなことをする。
そして、本当は人が好きなのではないか、共存できるのではないかと希望を抱くと、どん底に突き落とす。
俺はこちら側から一ミリも動いていないぞと、闇を背に深い溝を指差して笑うのだ。
月華は、憎らしい相手を力を込めて見据えた。
「……もしも、会長が征一郎の敵になるなら……、僕は征一郎につくからね。僕は、僕の大切だと思うものを全力で守るから」
月華が黒神会を餌に個人的なコネクションを拡げ続けているのは、いつか芳秀が退屈に飽いて、征一郎や月華の大切な人たちを不幸にしようとしたとき、それを全力で回避するためである。
悲しい未来になどさせはしない。
大切な人たちを、退屈しのぎなどで奪わせない。
月華は、今の日常を一日も長く続けていきたいのだ。
「…………お前の覚悟はわかった」
芳秀は軽く目を閉じ、煙を吐き出すと月華の方へスマートフォンを差し出した。
「?」
どうやら動画のようだ。
内容は……、
「今の感動的な宣誓は、征一郎にも送っといてやったからな」
「ちょっと何してくれてんの会長ー!?」
「お前のそのキレ顔が見たかったんだよ…」
「僕は今その決め顔、心の底から見たくなかったけどね!」
最低。
本当に、早くこの外道が滅びますように!
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