幼なじみは絶対人質の許嫁

青香

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 俺の名はカイル。
 今はただ、幼なじみのティナを心配する二十歳の男だ。

 妹を見送った後、俺は、ティナの元へ急いだ。
 泣いている姿を見ただけに、何が起こったのか知りたかったからだ。
 しかし、ティナに会う事は出来なかった。

 ティナの母、ニーナが言うには、泣きながら帰って来たと思ったら、そのまま自室に籠もってしまったらしい。
 心配して何度か声をかけたが、問いかけに答えは帰って来ず、啜り泣く声だけが続いているとの事だ。

 『何か悲しい事があったと思うのだけど~。今日は、そっとしておいてあげようと思うの。ごめんね?カイル君』

 彼女の母親に、そう言われれば、従うしかない。
 そう思い、俺は家に帰って来たんだが。
 正直、落ち着かない。
 あんな悲しそうな顔、初めて見た気がする。

 今まで、泣き顔はたくさん見て来た。
 『絶対人質』スキルの影響で、お尻を叩かれる度に、無様に泣き喚くからな。
 だが、あの時の顔は、明らかにそれとは違っていた。
 まるで、絶望の淵に立たされたような、そんな感じだった。
 一体、何があったんだ。

 そんなモヤモヤを抱えて考えを巡らしていると、あっという間に夜が訪れる。
 自室の窓から、ティナの部屋の窓を見た。
 しかし彼女の部屋は暗いまま。
 あの暗い部屋で、未だ泣き続けているのだろうか。

 どうしたらいい。
 落ち着かない。
 しかし、明日になるまで、どうしようもない。

 そう自分に言い聞かせ、ベットへ横になる。
 だが、やはり落ち着かない。
 頭の中がグルグルと回り、胸のあたりも回転しているように感じ、気分が悪い。
 それでも目を瞑り、朝を待とうとした。
 しかし。

 くそ!
 眠れない。

 暫く我慢してみたが、寝付けない。
 ベットから上半身を起こし、窓から月を見た。
 いつも見ている光だが、今は悲しげに映る。
 まるでティナの感情に同調しているかのように。

 「ティナ。何があったんだ」

 話を聞きたい。
 声を聞きたい。
 顔を見たい。
 何より、寄り添ってあげたい。

 そんな想いが募る。
 そして、あるものを見て、その感情が行動を起こす。

 ティナの部屋に灯された、蝋燭の光。
 とても小さな暖色のゆらめき。
 だが、俺を動かすには、十分過ぎる光だった。

 「ティナ!」

 ベットから飛び起きる。
 俺は着の身着のまま部屋を出た。
 両親は寝ているのか、リビングに火の気はない。
 俺はリビングを通り過ぎ、外へ出ると、ティナの部屋にある窓辺を目指した。
 そんな俺を、母親カータは、夫婦の寝室にある窓から見ていたのだった。

 ティナの部屋に近づく。
 カーテン越しだが、まだ明かりは点いているのが確認出来る。
 俺は窓をコンコンと叩いた。

 「ティナ、大丈夫か?」

 声をかけた途端、蝋燭の灯りがフッと消える。
 拒絶の証のように。
 悲しい感情が押し寄せてくる。
 それでも声をかけた。

 「何があったんだ?話を聞かせてくれ」

 だが返事はない。

 ニーナさんが言った通りだ。
 余程言いたくない事なのだろう。
 しかし、俺の我儘かもしれないが、ティナには幸せそうに笑っていて欲しい。
 その為にも、辛い事があるなら、解決してあげたい。

 俺はティナ家の外壁を背に、座り込んだ。

 「ティナ。お前が泣くなら、俺も一緒に泣いてやる。だから、理由を教えてくれ」

 静寂。
 またもや返事はない。

 しかし、壁にもたれかかり、俺と同じように座り込む音が聞こえた。
 壁一枚を二人の背で挟む。
 そういえば子供の頃、こんなことがあったな。

 「なぁティナ。覚えてるか?子供の頃に、こうやって話したのを」

 返答は無いが、俺は話し続けた。

 「あの時は、毎日ティナが来てくれたな」

 あの時。
 俺が反抗期真っ盛りの十歳の頃。
 『一刀両断』スキルが面白くて、村の周りに生えていた木を、悪戯に斬りまくった事がある。
 子供だったからな。
 バサバサと斬れる事が楽しくて、夢中でやってしまった。
 それは冬用の薪木として、大切に育てられていたとも知らずに。

 俺は父さんに怒られて、一週間外出禁止になった。
 鍵をかけられて、閉じ込められた訳じゃないが、父に怒られた時、母の悲しそうな顔を見て、本当に悪い事をしたと反省し、大人しくしていたっけな。

 しかしながら遊びたい盛りの子供。
 家の中は退屈で、暇を持て余していた。
 そんな中、ティナは毎日来てくれた。
 当時は背も低かったから、窓まで顔が届かず、こうやって壁越しで話したんだよな。

 「ティナは、いつも新しい話題を持って来てくれて。俺は、それを聴くのが楽しみだった。今日のご飯はどうだったとか、雲の形が動物に似ているとか、畑に新しい野菜を植えたとかな」

 そうだ、あの時からだ。

 「俺がティナの側に居たいと思ったのは、あの時からなのかも知れないな」

 普段は言えないような事が、スラスラと口を通り過ぎていく。
 ティナの事を心配するが故なのだろうか。

 「ティナに悲しい事があるなら、俺が何とかしてあげたい。だから、話をして欲しい。お前の声を聞かないと、落ち着かないんだ」

 何かおかしい。
 何故こうも恥ずかしいセリフが言える。

 自分自身に違和感を感じるが、その言葉がティナに届く。

 「私は、カイルの側に、居ていいの?」

 泣いている。
 涙曇った声が、俺の耳に響いた。
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