16番目の候補者

cyaru

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第50話  我慢は限界点が近い

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「タイタンさん。先代夫人様にアポイントメント取れないかな」
「もしかして原因はアレ?」
「他に何があるの?本気で引っ越しを今、考えてるわ」

き焼きの事件があった翌日から夕方になるとリュシアンが訪ねてくるようになったのだ。
夕方なのは他の花嫁候補の所に向かわねばならないので1日中付き纏われている訳ではないけれど、迷惑であるのは間違いない。

今日も花束を抱えて門の前をウロウロとしている。
一昨日、いきなり家の中に入ってきてタイタンに出て行けと命じたり、茶を淹れろと言い出したのでアルベルティナはタイタンを連れてその日は宿屋に泊まった。

昨日もノックも無しに入ってきた時は丁度クラークと話をしていた。

「おや。ご当主様、何か御用で?」
「ビ、ビガー殿…何故此処に?」
「いきなり入ってきた男がご当主様とは言え、説明の義務があるとは思えませんのでここにいる理由は教えませんよ」

リュシアンがクラークに強く出られないのはクラークはリュシアンの父親である先代辺境伯よりも年上。祖父と同年代で幼いころから厳しかったクラークを苦手としているからである。

その上、クラークは辺境領に納める税金の額は飛びぬけている。
寄付の額も相当にあるので、納税は仕方がないにしても報復で寄付を止められてしまうとビガー商会が負担している分をブランシル辺境伯家が持たねばならなくなるので騒ぎになってしまう。

何より両親に報告をされるのは非常にまずかった。

「クラークさん。私、引っ越しを考えていますの。新しい家が見つかるまでクラークさんのお屋敷にある空き部屋を間借り出来ますでしょうか?」
「おぉ。構わないよ。空いている部屋なら幾つもある。約束無し、断り無しに入って来る者もいないからゆっくりできるよ。早速どうだ?今からでも私は大歓迎だ」
「待、待ってくれ。解った。出ていく。私が出ていく。引っ越すなんて言わないでくれ」
「ご当主様、それは結構な事ですが…この事は先代様に報告させて頂きますよ」
「なっ。こんな些細な事をいちいち言わずとも!」
「些細な事?今、ここで私は彼女とビジネスの話をしていたんです。私のビジネスを些細な事…そうですか」
「違う。誤解だ。言葉選びを間違ってしまった。すまない」


どうあっても両親に報告をされてしまっては困るリュシアンは這う這うの体で逃げ出したが、その夜は勿論たっぷりと両親から説教をされた。

今回も殴られなかったのは花嫁候補の元に行かねばならないので、青あざや殴られた痕跡のある男が来ては令嬢たちも驚くだろうという令嬢たちへの配慮に他ならない。

それがあるので、今日は門の前でうろうろし誰かが出て来れば取り次いでもらおうと考えていると思われる。
今日はクラークはいないが、アルベルティナは勝手に入って来るのであれば宿屋に向かうつもりでいた。

だが不思議だ。

「タイタンさん。あの人って…私の事を知らないの?」
「知ってるさ。だから誰に見られているか解らないから名前を呼ばないだろう?」
「それもそうね。名前を呼ばれたことはないわね。なのに決められた日以外に訪問なんて。他の候補者に恨まれるような事は謹んで頂きたいわ」

公平性を記すために候補者の名前を呼ぶのも訪問するのも決められた日だけ。

アルベルティナはリュシアンに名前を呼ばれたことはないので、名前呼びだけでなく訪問も取り決めを守って欲しいと思っている。

何故ならアルベルティナが16番目の候補者であることもリュシアンには書面で通達がされていて、確認をしたと押印した書面も先代の元に届いている。そこには護衛がタイタンであることも記載されていた。

ただ、ライラの元に向かう日が初日。その翌日もデロアたちと遊び、飲み歩いていたリュシアン本人が確認をしたのかは不明。

以前は署名と押印の必要な捺印をさせていたが、判は誰彼に貸し出すものでもなく責任を持って個人が保管するもの。二度手間になるとリュシアンが先代に文句を言ったことで現在は署名を抜きにして押印だけにしているため、リュシアンが執事などに押印をさせた可能性はあるが、リュシアンは問われても認めないだろう。

それを認めてしまえば自分の立場が悪くなることはわかりきっている。

「どっちにしても迷惑だわ。タイタンさん。今日は泊っていく?」
「え…あ、うん。そう…しようかな」
「用事があるのならいいのよ?でも門で捕まったら面倒事を言われそうでしょ?」
「そ、そうだな」

タイタンは思った。

泊って行けるのは嬉しい。別に何もないけれど一緒に過ごす時間が増えるのは嬉しい。
だけど…

――俺の我慢は限界点が近いんだが――

風呂上がりの彼シャツなど見せられたらタイタンの理性など吹き飛んでしまう。
一昨日の宿泊も部屋が別々だったが、「今夜は宿に泊まりましょう」と言われてベルトのバックルが壊れてしまった。一晩かけて直したのだ。

――俺、来月の31日、キレるかも知れないな――
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