16番目の候補者

cyaru

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第62話  恐怖の呼び出し

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「なんですって?和平?馬鹿な!」

王太子妃はブランシル辺境伯家から届いた書簡をぐしゃりと握りつぶした。
戦をしてくれているから国力が削がれていくのだ。戦をやめてはならない。

帝国の力は強大だが、一枚岩ではなく一部で恐怖政治を布くことで周囲に威圧と畏怖を与える。

恐怖感を植え付けるために口だけでなく目の前で、残酷で残虐、逆らえばこうなると未来が潰える場を見せ、生きるために唯一の道「屈服」を残し、自ら選ばせる。

凄惨であればあるほど逆らう者はいなくなる。

隷属でもあるこの国の王太子妃となり、実権を握ってきた。
小五月蝿いのは公爵家と辺境伯家。

侯爵家は黙らせたし、民が「この人がいれば」と絶大な信頼を置く武将も使いものにならなくした。公爵家は派閥を持っていたけれど、所詮は貴族の寄せ集めで誰もが我が身可愛さの意識を持っている。

数が揃わねば何もできない公爵家も力を徐々に剥ぎ取る事で大人しくさせていた。
問題は数が少なくても戦慣れをしている辺境伯家だった。

だから戦をさせていた。
砂地の国には帝国が支援をすれば戦をする理由は無かったけれど、支援をせず追い込むことで手短なこの国を手中に収めれば問題が解決すると誘導したのだ。

そちらに掛かりきりになれば中央のまつりごとに口を出す余裕も無くなるからである。

――それが和平?今までの私の努力を無駄にする気?――

「和平はしない。相手を落とす事こそブランシル辺境伯家の役目よ。尻尾を撒いて和平だなどと陳腐な言い換えをするくらいなら剣を折れと伝えよ!」


苛立った王太子妃は気持ちのやり場を公爵家に向けた。

「アメリを呼べ」
「こ、公爵家のご息女ですか?」
「そうよ?あの娘には私の大事な家鴨を預けているの。麻疹ももう癒えた頃だ。それに私は幼い頃に罹患しているから2度も麻疹をすることはない。猶予は十分に与えた。ここに呼べ!家鴨と一緒にの?」
「し、しかし妃殿下、それよりも結界の修復のほうが先決です」
「結界?そんなものは魔導士どもを贄にせよと申し付けたであろう!」
「応援の要請が来ているのです。公爵令嬢よりも結界――」
「口答えをする気か?それにアメリはお前達役人に用があって登城させるのではない。この私が!用があると言っているのだ」

王太子妃の魔力の塊が従者にぶつけられると従者はそれまでと形を変え、広範囲に物言わぬ肉塊となって散らばった。

その場を目撃した城の人間は震えあがった。
頭の中には「どうして今、ここに居合わせたんだろう」と自分の不遇を嘆く言葉がグルグルと回る。

どうか自分には声が掛かりませんようにと願う気持ちと選ばれる自分以外の者への哀悼を心で祈った。

「そこの者!」

ビクッと1人の従者の肩が跳ねた。

「聞いておったであろう?二度は言わぬ。良いな?」
「は、はいっ!」


☆~★

王宮から登城命令の降りた公爵家ではもう言い訳も通用しない。腹を括る時が来たと公爵が真っ青な顔をしながら書簡を受け取った。

「お父様…」

アメリは公爵に声をかけたが、ちらりとアメリを見ただけで公爵は無言で執務室に戻って行った。

「エミリア…貴女のせいよ。どうしてくれよう…あれほど大事にしろと言ったのに!」

悔しさと恐ろしさでアメリの固く握った拳からは手の平に食い込んだ爪で皮膚が裂け、血が滴り落ちた。

「ケーニス家に行くわ。馬車を出して!騎士もついてきて!エミリアの首に縄をつけて登城させるわ」
「畏まりました」

返事をする従者も心に迷いがあった。
公爵家はもう終わりだ。王太子妃は潰す家で働く使用人にも容赦がない。
このままでは巻き添えを食ってしまう。ならケーニス家に行く振りをして逃げてしまった方が。

そう考えるも公爵家では広い敷地内に使用人が家族と一緒に住まう家をあてがっている。
自分1人なら着の身着のままで逃げる事は出来ても家族は逃げられない。

迷った挙句従者は先ずケーニス家に行き、ここにエミリアを連れてきた後家族と共に公爵家を抜け出す事にした。

似た考えの使用人は多かったようで、従者がケーニス家から戻って来た時には公爵家の使用人の数は半分以下になっていた。
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