63 / 89
第62話 恐怖の呼び出し
しおりを挟む
「なんですって?和平?馬鹿な!」
王太子妃はブランシル辺境伯家から届いた書簡をぐしゃりと握りつぶした。
戦をしてくれているから国力が削がれていくのだ。戦をやめてはならない。
帝国の力は強大だが、一枚岩ではなく一部で恐怖政治を布くことで周囲に威圧と畏怖を与える。
恐怖感を植え付けるために口だけでなく目の前で、残酷で残虐、逆らえばこうなると未来が潰える場を見せ、生きるために唯一の道「屈服」を残し、自ら選ばせる。
凄惨であればあるほど逆らう者はいなくなる。
隷属でもあるこの国の王太子妃となり、実権を握ってきた。
小五月蝿いのは公爵家と辺境伯家。
侯爵家は黙らせたし、民が「この人がいれば」と絶大な信頼を置く武将も使いものにならなくした。公爵家は派閥を持っていたけれど、所詮は貴族の寄せ集めで誰もが我が身可愛さの意識を持っている。
数が揃わねば何もできない公爵家も力を徐々に剥ぎ取る事で大人しくさせていた。
問題は数が少なくても戦慣れをしている辺境伯家だった。
だから戦をさせていた。
砂地の国には帝国が支援をすれば戦をする理由は無かったけれど、支援をせず追い込むことで手短なこの国を手中に収めれば問題が解決すると誘導したのだ。
そちらに掛かりきりになれば中央の政に口を出す余裕も無くなるからである。
――それが和平?今までの私の努力を無駄にする気?――
「和平はしない。相手を落とす事こそブランシル辺境伯家の役目よ。尻尾を撒いて和平だなどと陳腐な言い換えをするくらいなら剣を折れと伝えよ!」
苛立った王太子妃は気持ちのやり場を公爵家に向けた。
「アメリを呼べ」
「こ、公爵家のご息女ですか?」
「そうよ?あの娘には私の大事な家鴨を預けているの。麻疹ももう癒えた頃だ。それに私は幼い頃に罹患しているから2度も麻疹をすることはない。猶予は十分に与えた。ここに呼べ!家鴨と一緒にの?」
「し、しかし妃殿下、それよりも結界の修復のほうが先決です」
「結界?そんなものは魔導士どもを贄にせよと申し付けたであろう!」
「応援の要請が来ているのです。公爵令嬢よりも結界――」
「口答えをする気か?それにアメリはお前達役人に用があって登城させるのではない。この私が!用があると言っているのだ」
王太子妃の魔力の塊が従者にぶつけられると従者はそれまでと形を変え、広範囲に物言わぬ肉塊となって散らばった。
その場を目撃した城の人間は震えあがった。
頭の中には「どうして今、ここに居合わせたんだろう」と自分の不遇を嘆く言葉がグルグルと回る。
どうか自分には声が掛かりませんようにと願う気持ちと選ばれる自分以外の者への哀悼を心で祈った。
「そこの者!」
ビクッと1人の従者の肩が跳ねた。
「聞いておったであろう?二度は言わぬ。良いな?」
「は、はいっ!」
☆~★
王宮から登城命令の降りた公爵家ではもう言い訳も通用しない。腹を括る時が来たと公爵が真っ青な顔をしながら書簡を受け取った。
「お父様…」
アメリは公爵に声をかけたが、ちらりとアメリを見ただけで公爵は無言で執務室に戻って行った。
「エミリア…貴女のせいよ。どうしてくれよう…あれほど大事にしろと言ったのに!」
悔しさと恐ろしさでアメリの固く握った拳からは手の平に食い込んだ爪で皮膚が裂け、血が滴り落ちた。
「ケーニス家に行くわ。馬車を出して!騎士もついてきて!エミリアの首に縄をつけて登城させるわ」
「畏まりました」
返事をする従者も心に迷いがあった。
公爵家はもう終わりだ。王太子妃は潰す家で働く使用人にも容赦がない。
このままでは巻き添えを食ってしまう。ならケーニス家に行く振りをして逃げてしまった方が。
そう考えるも公爵家では広い敷地内に使用人が家族と一緒に住まう家をあてがっている。
自分1人なら着の身着のままで逃げる事は出来ても家族は逃げられない。
迷った挙句従者は先ずケーニス家に行き、ここにエミリアを連れてきた後家族と共に公爵家を抜け出す事にした。
似た考えの使用人は多かったようで、従者がケーニス家から戻って来た時には公爵家の使用人の数は半分以下になっていた。
王太子妃はブランシル辺境伯家から届いた書簡をぐしゃりと握りつぶした。
戦をしてくれているから国力が削がれていくのだ。戦をやめてはならない。
帝国の力は強大だが、一枚岩ではなく一部で恐怖政治を布くことで周囲に威圧と畏怖を与える。
恐怖感を植え付けるために口だけでなく目の前で、残酷で残虐、逆らえばこうなると未来が潰える場を見せ、生きるために唯一の道「屈服」を残し、自ら選ばせる。
凄惨であればあるほど逆らう者はいなくなる。
隷属でもあるこの国の王太子妃となり、実権を握ってきた。
小五月蝿いのは公爵家と辺境伯家。
侯爵家は黙らせたし、民が「この人がいれば」と絶大な信頼を置く武将も使いものにならなくした。公爵家は派閥を持っていたけれど、所詮は貴族の寄せ集めで誰もが我が身可愛さの意識を持っている。
数が揃わねば何もできない公爵家も力を徐々に剥ぎ取る事で大人しくさせていた。
問題は数が少なくても戦慣れをしている辺境伯家だった。
だから戦をさせていた。
砂地の国には帝国が支援をすれば戦をする理由は無かったけれど、支援をせず追い込むことで手短なこの国を手中に収めれば問題が解決すると誘導したのだ。
そちらに掛かりきりになれば中央の政に口を出す余裕も無くなるからである。
――それが和平?今までの私の努力を無駄にする気?――
「和平はしない。相手を落とす事こそブランシル辺境伯家の役目よ。尻尾を撒いて和平だなどと陳腐な言い換えをするくらいなら剣を折れと伝えよ!」
苛立った王太子妃は気持ちのやり場を公爵家に向けた。
「アメリを呼べ」
「こ、公爵家のご息女ですか?」
「そうよ?あの娘には私の大事な家鴨を預けているの。麻疹ももう癒えた頃だ。それに私は幼い頃に罹患しているから2度も麻疹をすることはない。猶予は十分に与えた。ここに呼べ!家鴨と一緒にの?」
「し、しかし妃殿下、それよりも結界の修復のほうが先決です」
「結界?そんなものは魔導士どもを贄にせよと申し付けたであろう!」
「応援の要請が来ているのです。公爵令嬢よりも結界――」
「口答えをする気か?それにアメリはお前達役人に用があって登城させるのではない。この私が!用があると言っているのだ」
王太子妃の魔力の塊が従者にぶつけられると従者はそれまでと形を変え、広範囲に物言わぬ肉塊となって散らばった。
その場を目撃した城の人間は震えあがった。
頭の中には「どうして今、ここに居合わせたんだろう」と自分の不遇を嘆く言葉がグルグルと回る。
どうか自分には声が掛かりませんようにと願う気持ちと選ばれる自分以外の者への哀悼を心で祈った。
「そこの者!」
ビクッと1人の従者の肩が跳ねた。
「聞いておったであろう?二度は言わぬ。良いな?」
「は、はいっ!」
☆~★
王宮から登城命令の降りた公爵家ではもう言い訳も通用しない。腹を括る時が来たと公爵が真っ青な顔をしながら書簡を受け取った。
「お父様…」
アメリは公爵に声をかけたが、ちらりとアメリを見ただけで公爵は無言で執務室に戻って行った。
「エミリア…貴女のせいよ。どうしてくれよう…あれほど大事にしろと言ったのに!」
悔しさと恐ろしさでアメリの固く握った拳からは手の平に食い込んだ爪で皮膚が裂け、血が滴り落ちた。
「ケーニス家に行くわ。馬車を出して!騎士もついてきて!エミリアの首に縄をつけて登城させるわ」
「畏まりました」
返事をする従者も心に迷いがあった。
公爵家はもう終わりだ。王太子妃は潰す家で働く使用人にも容赦がない。
このままでは巻き添えを食ってしまう。ならケーニス家に行く振りをして逃げてしまった方が。
そう考えるも公爵家では広い敷地内に使用人が家族と一緒に住まう家をあてがっている。
自分1人なら着の身着のままで逃げる事は出来ても家族は逃げられない。
迷った挙句従者は先ずケーニス家に行き、ここにエミリアを連れてきた後家族と共に公爵家を抜け出す事にした。
似た考えの使用人は多かったようで、従者がケーニス家から戻って来た時には公爵家の使用人の数は半分以下になっていた。
1,212
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
年増令嬢と記憶喪失
くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」
そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。
ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。
「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。
年増か……仕方がない……。
なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。
次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。
なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる