66 / 89
第65話 出て行ってくれ~Ah~
しおりを挟む
轟轟と燃え上がる炎。
ブランシル辺境伯家の広い庭の一画では大きな穴が掘られ、リュシアンの部屋にあった明らかにゴミであるものがどんどんくべられて灰になっていく。
火力が弱くなると火魔法を使える使用人が魔力を使い更に強い炎に変えていく。
夕方になって半分ほどを燃やし、残りは明日と使用人たちが火の始末をしていると8日連続待ちぼうけを食らわされ、時間を潰すのにダーツバーで過ごしたリュシアンが帰宅した。
「な、何をしているんだ?!」
「何って。ゴミを燃やしているんです」
「ゴミだと?これは俺の私物ではないか!」
「違います。旦那様がリュシアン様にと送って10年。1度も使われる事の無かった品、それから任された書類です」
「書類だったら猶更燃やしてはならんだろうが!」
「何言うてますのん?」使用人はジト目になってリュシアンを見た。
確かに書類は保管義務のある期間もあるし、永久保存になる書類もある。
しかし、今、燃やしていた書類は意味のないものだった。
書類が手元に回ってきたリュシアンはデロアと遊びに行きたいばかりに引き出しの中にしまい込み、届いてない、貰ってないと言い張って結局手を付けず先代辺境伯は別途同じ書類を作り報告書としたり、提出書とした。
同じ内容でリュシアンが決済をすれば良かっただけの書類は先代が何年、何カ月も前に作り直し既に終えている。
近くにあった書類を数枚無造作に掴んだ使用人はリュシアンに差し出した。
「日付をご覧ください」
「日付?」
「えぇ。どれも半年前、2年前などとっくに終わっている書類。しかも!提出用なのでここに今、ある事が摩訶不思議な書類です。ご安心ください。正本は王宮に、副本は旦那様の元に御座いますので」
リュシアンの顔が見る間にカァーっと赤くなった。
すべきことをせず、隠している。それは自覚もあった。赤くなったのは隠していたはずなのに見つけられてしまったことに対してだった。
「か、勝手に執務室に入ったな?誰が引き出しの中を漁っていいと言ったんだ!」
「リュシアン様。おかしなことを言わないでください」
「おかしなこと?」
「もうすぐ花嫁の選定も終わります。リュシアン様に執務は必要ですか?必要ないでしょう?私たちは旦那様、奥様に命じられて不用品を焼却しているんです」
「不用品?」
「えぇ、そこに積まれている木屑。執務机ですよ?私たちは引き出しの中を漁ったのではなく、解体して出来た木製品の残骸に紙などがあったので燃やしているだけです」
リュシアンはハッとして執務机の残骸の元に行くと、引き出しに入れてあった自分の印であったり、宝飾品を探した。
「ない、ないぞ?!印がない!当主であることを示す印がないぞ?!」
「ある訳ないでしょう?印は当主である旦那様がお持ちですから」
「え?」
リュシアンは気が付いた。
さっきから使用人は旦那様と言っているけれど、リュシアンの事はリュシアン様と呼んでいる。
今でも古参の兵士や長く務める下っ端の使用人はリュシアンの父をうっかり旦那様と呼ぶこともあるが、目の前の使用人は間違った呼び名をすることはなかった。
当然だ。リュシアンが当主となってから叔父の元から引き抜いた使用人だから、間違おうにも来た時にはリュシアンが当主だったのだから。
「お前…旦那様と言うのは誰の事を言っているんだ?」
「誰って。旦那様は旦那様ですよ」
「それは、俺か?」
少し間を置いて周囲の使用人から「ぷっ」失笑が漏れた。
目の前の使用人は「当主でない方を旦那様と呼ぶことは御座いません」真面目な顔で言った。
執務机の残骸の後方には見覚えのある柄の布があった。
ハッと上を見上げればリュシアンの部屋がそろそろ暗くなってくる空でも中が見える。
――見える…何故だ?‥‥カーテンがない?!――
リュシアンは慌てて使用人の横を駆け抜けて屋敷に入り、自分の部屋の扉を開けた。
「ど、どういう事だ?!」
部屋の中は伽藍洞。執務机もカーテンもないがないのはそれだけではない。壁紙も床の絨毯も剥がされて糊の後が残る木の板が剥き出し。天井も無くて上階の床が梁の間から見えていた。
静かに隣に並んだ執事はリュシアンに鍵を差し出した。
「これは…なんだ?」
「鍵です」
「見ればわかる!」
「それはようございました。鍵も判らないとなればどう説明をすれば良いかこちらも困ります」
「どこの鍵だと言ってる」
「今ですよね?先ほどはこれは何だと仰ったと思いますが?よぅ御座います。この鍵はリュシアン様がお住まいになる邸宅の鍵です。スペアもここに。複製をされるのであればマザーキーで。管理もご自分でなさってください」
「俺に出て行けと?出て行けと言うのか!」
「遅いか早いかの違いです。玄関までお送りしましょうか?」
「いらん!!」
「左様で。ではこちらをどうぞ」
執事はリュシアンの手にマザーキー1本、スペアキー2本の鍵を握らせると一礼して部屋を出て行った。
ブランシル辺境伯家の広い庭の一画では大きな穴が掘られ、リュシアンの部屋にあった明らかにゴミであるものがどんどんくべられて灰になっていく。
火力が弱くなると火魔法を使える使用人が魔力を使い更に強い炎に変えていく。
夕方になって半分ほどを燃やし、残りは明日と使用人たちが火の始末をしていると8日連続待ちぼうけを食らわされ、時間を潰すのにダーツバーで過ごしたリュシアンが帰宅した。
「な、何をしているんだ?!」
「何って。ゴミを燃やしているんです」
「ゴミだと?これは俺の私物ではないか!」
「違います。旦那様がリュシアン様にと送って10年。1度も使われる事の無かった品、それから任された書類です」
「書類だったら猶更燃やしてはならんだろうが!」
「何言うてますのん?」使用人はジト目になってリュシアンを見た。
確かに書類は保管義務のある期間もあるし、永久保存になる書類もある。
しかし、今、燃やしていた書類は意味のないものだった。
書類が手元に回ってきたリュシアンはデロアと遊びに行きたいばかりに引き出しの中にしまい込み、届いてない、貰ってないと言い張って結局手を付けず先代辺境伯は別途同じ書類を作り報告書としたり、提出書とした。
同じ内容でリュシアンが決済をすれば良かっただけの書類は先代が何年、何カ月も前に作り直し既に終えている。
近くにあった書類を数枚無造作に掴んだ使用人はリュシアンに差し出した。
「日付をご覧ください」
「日付?」
「えぇ。どれも半年前、2年前などとっくに終わっている書類。しかも!提出用なのでここに今、ある事が摩訶不思議な書類です。ご安心ください。正本は王宮に、副本は旦那様の元に御座いますので」
リュシアンの顔が見る間にカァーっと赤くなった。
すべきことをせず、隠している。それは自覚もあった。赤くなったのは隠していたはずなのに見つけられてしまったことに対してだった。
「か、勝手に執務室に入ったな?誰が引き出しの中を漁っていいと言ったんだ!」
「リュシアン様。おかしなことを言わないでください」
「おかしなこと?」
「もうすぐ花嫁の選定も終わります。リュシアン様に執務は必要ですか?必要ないでしょう?私たちは旦那様、奥様に命じられて不用品を焼却しているんです」
「不用品?」
「えぇ、そこに積まれている木屑。執務机ですよ?私たちは引き出しの中を漁ったのではなく、解体して出来た木製品の残骸に紙などがあったので燃やしているだけです」
リュシアンはハッとして執務机の残骸の元に行くと、引き出しに入れてあった自分の印であったり、宝飾品を探した。
「ない、ないぞ?!印がない!当主であることを示す印がないぞ?!」
「ある訳ないでしょう?印は当主である旦那様がお持ちですから」
「え?」
リュシアンは気が付いた。
さっきから使用人は旦那様と言っているけれど、リュシアンの事はリュシアン様と呼んでいる。
今でも古参の兵士や長く務める下っ端の使用人はリュシアンの父をうっかり旦那様と呼ぶこともあるが、目の前の使用人は間違った呼び名をすることはなかった。
当然だ。リュシアンが当主となってから叔父の元から引き抜いた使用人だから、間違おうにも来た時にはリュシアンが当主だったのだから。
「お前…旦那様と言うのは誰の事を言っているんだ?」
「誰って。旦那様は旦那様ですよ」
「それは、俺か?」
少し間を置いて周囲の使用人から「ぷっ」失笑が漏れた。
目の前の使用人は「当主でない方を旦那様と呼ぶことは御座いません」真面目な顔で言った。
執務机の残骸の後方には見覚えのある柄の布があった。
ハッと上を見上げればリュシアンの部屋がそろそろ暗くなってくる空でも中が見える。
――見える…何故だ?‥‥カーテンがない?!――
リュシアンは慌てて使用人の横を駆け抜けて屋敷に入り、自分の部屋の扉を開けた。
「ど、どういう事だ?!」
部屋の中は伽藍洞。執務机もカーテンもないがないのはそれだけではない。壁紙も床の絨毯も剥がされて糊の後が残る木の板が剥き出し。天井も無くて上階の床が梁の間から見えていた。
静かに隣に並んだ執事はリュシアンに鍵を差し出した。
「これは…なんだ?」
「鍵です」
「見ればわかる!」
「それはようございました。鍵も判らないとなればどう説明をすれば良いかこちらも困ります」
「どこの鍵だと言ってる」
「今ですよね?先ほどはこれは何だと仰ったと思いますが?よぅ御座います。この鍵はリュシアン様がお住まいになる邸宅の鍵です。スペアもここに。複製をされるのであればマザーキーで。管理もご自分でなさってください」
「俺に出て行けと?出て行けと言うのか!」
「遅いか早いかの違いです。玄関までお送りしましょうか?」
「いらん!!」
「左様で。ではこちらをどうぞ」
執事はリュシアンの手にマザーキー1本、スペアキー2本の鍵を握らせると一礼して部屋を出て行った。
1,242
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
年増令嬢と記憶喪失
くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」
そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。
ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。
「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。
年増か……仕方がない……。
なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。
次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。
なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる