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葬儀
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父の言った通り、2日後何台かの幌馬車が王都に入ってきた。
ここ最近は見慣れた光景でもあるのが痛ましい。当初は棺に入っていたが数が多くなり物資の不足もあってこの頃では粗末な麻袋になった兵士の亡骸が1体ごと丁寧に下ろされていく。
まるで荷物の様に麻袋の口を縛った紐には名前が札のように付けられている。
セレティアはクラウドの兄ジャスティンと共にこの場に訪れた。
産後間もない妻と、母にはこの光景を見せるのはあまりにもショックが大きい。
せめて本人で間違いないと思っても棺に入れた状態で屋敷に迎え入れたかったのだ。
震える手で名札を確認していく。
間違いであってほしい。本当はクラウドではなく別人と間違ったのだと言ってほしい。
そう思いながら麻袋の札に書かれた名前を確認していくが、ジャスティンの動きが止まる。
「セレティア。あったよ‥‥」
呟くようにジャスティンは言うと、麻袋の紐を解いていく。
周りでは他の兵士の家族や婚約者であろうか。大声で名前を呼び叫ぶように泣く声が止まらない。
ゆっくりと開かれていく麻袋に周りの音は聞こえなくなった。
何も聞こえない静寂の中で、ゆっくりと袋の中からクラウドの髪色が見える。
思わず瞳孔が開いてしまう。さらにゆっくりと下ろされた袋から会いたくてたまらなかったクラウドの顔が見えた。4年前教会で誓い合った時よりも痩せているが、大人びた顔になり無精ひげも生えたままである。
「嫌よっ!クラウドっ!クラウドっ!目を開けてっ!いやぁぁぁぁ」
麻袋にしがみ付くようにクラウドを抱きしめる。すっかり冷たくなり固くなったクラウドの頬を両手で覆い、何度も名を呼ぶが一向に目を開ける事はない。
体を揺すり、頬を撫で、髪を手櫛でとく。返事をしないクラウドを狂ったように名を呼んで叫ぶセレティアをジャスティンは引き剥がすように立ち上がらせ、従者に棺に入れるように指示をする。
「お兄様放してっ!クラウドっ!クラウドォォォ!」
髪を振り乱して、泣きじゃくり愛しいクラウドの名を何度も叫ぶ。
ジャスティンは後ろからセレティアを羽交い絞めにして、棺を侯爵家の荷馬車に乗せて先に戻る様にと告げると従者は一礼して指示通りに動いた。
走り出した荷馬車を見てセレティアは腕がもげるほど捩じってジャスティンから逃れると荷馬車を走って追った。しかし途中で転んでしまい酷く手や腹を地面に打ち付ける。
ジャスティンに抱えられるように馬車に乗りシーガル侯爵家に戻ると、父であるエイレル侯爵もその場に来ていた。
セレティアはシーガル侯爵夫人の許しを得て葬儀までシーガル侯爵家に留まる事になった。
眠る事もなくずっとクラウドの棺に手を入れて、頬や目、輪郭を撫でる。
優しく話しかけて、愛するクラウドの名を呼ぶ。返事はなくてもセレティアにだけは聞こえているのかも知れない。時折微笑を浮かべてまた話しかける。
葬儀は数家が合同で行う事になる。神父の数が足らないのである。
戦死者は毎日のように幌馬車で運ばれてくる。それは毎日葬儀が行われるという事である。
墓地には枯れることなく新しい花が置かれた墓が多かった。
シーガル侯爵家の墓地にクラウドの棺が埋められる大きな穴が掘られている。
棺がゆっくりと穴に下ろされるまではセレティアはまだ正気を保っていた。
だが、その棺に土がかけられると、狂ったように泣き叫び自分も一緒に埋めてくれと懇願した。
「嫌よ。クラウドが死んじゃう。土をかけないで!!」
「ティアっ!落ち着くんだ」
「落ち着いてられないわ。お父様、止めて!クラウドが死んじゃう!!」
「ティアっ!クラウド君はもう亡くなったんだ」
「嘘よ。生きて帰るって約束したっ!嘘つきっ!やぁぁぁっ!!止めてぇ!」
まさにそのまま飛び込むのではないかというセレティアをエイレル侯爵とジャスティンが2人がかりで押さえ込む。それでも放してと暴れるセレティアが力なく座り込んだのは完全に埋められて墓石が置かれた後だった。
放心状態となってクラウドの名を小さく呟くセレティアを抱くようにしてエイレル侯爵は墓地を去った。
馬車の中でもぐったりと力なくただ焦点の定まらない瞳からポロポロとひたすらに涙を流す娘を見て、エイレル侯爵は肩を抱く事しか出来なかった。
屋敷に戻り、セレティアに温かい紅茶を通いのメイドが出すと、そこに義母と義妹が入ってくる。
抜け殻の様になったセレティアを「男が1人死んだくらいで」と罵った義妹のディエナの頬をエイレル侯爵は張り飛ばした。それを庇い、さらに口汚くディエナを庇うミレイユにエイレル侯爵は離縁を言い渡す。
「お前とはもう離縁だ。この非常時になんだその恰好は!」
「だ、旦那様、これはっ!セレティアがこうしてくれと言うのですっ」
「言う訳がないだろう!そんな事を何時セレティアが言ったというのだ」
「け、今朝です。私達にはこれを着ろと」
「今朝だと?お前たちは今まで何処に行ってたんだ!セレティアはもう4日この屋敷には帰っていない」
「そ、それはいつも叱っています。夜遊びも大概にしろとっ」
「夜遊びだと?己の所業ではないかっ!セレティアはこの4日間シーガル侯爵家にいたっ。今朝お前たちにそんな下品なドレスを出す事も、夜遊びをする事もなくだ!お前たちの事は色々と耳に入っている。先月は男爵家でかなり遊んだそうではないか。その前は別の男爵家。知らんとでも思っていたか!」
エイレル侯爵は2人を連れてそのまま貴族院に行き、離縁と親子の絶縁状を提出し貴族院の前で2人と別れを告げた。それでも縋る2人に今度は警備兵を呼び貴族への暴行として現行犯で捕縛をさせる。
父としては遅すぎた謝罪だが、屋敷に戻って聞こえているかもわからないセレティアに頭を下げた。
「お父様‥‥クラウド‥‥死んじゃったの」
「そうだな…」
「クラウドはね‥‥生きて帰るって言ったの」
「そうか‥‥」
「でもね…わたくしを置いて…逝ってしまったの」
「ティア‥‥すまない…こんな戦を起こした我々の責任だ」
エイレル侯爵はその後、有志を募り国王を説き伏せ終戦とするため隣国に出向いた。
長かった戦争を終わらせたのはクラウドの葬儀から2週間後だった。
もう少し早ければクラウドは死なずに済んだのにとセレティアは父を責めた。
ここ最近は見慣れた光景でもあるのが痛ましい。当初は棺に入っていたが数が多くなり物資の不足もあってこの頃では粗末な麻袋になった兵士の亡骸が1体ごと丁寧に下ろされていく。
まるで荷物の様に麻袋の口を縛った紐には名前が札のように付けられている。
セレティアはクラウドの兄ジャスティンと共にこの場に訪れた。
産後間もない妻と、母にはこの光景を見せるのはあまりにもショックが大きい。
せめて本人で間違いないと思っても棺に入れた状態で屋敷に迎え入れたかったのだ。
震える手で名札を確認していく。
間違いであってほしい。本当はクラウドではなく別人と間違ったのだと言ってほしい。
そう思いながら麻袋の札に書かれた名前を確認していくが、ジャスティンの動きが止まる。
「セレティア。あったよ‥‥」
呟くようにジャスティンは言うと、麻袋の紐を解いていく。
周りでは他の兵士の家族や婚約者であろうか。大声で名前を呼び叫ぶように泣く声が止まらない。
ゆっくりと開かれていく麻袋に周りの音は聞こえなくなった。
何も聞こえない静寂の中で、ゆっくりと袋の中からクラウドの髪色が見える。
思わず瞳孔が開いてしまう。さらにゆっくりと下ろされた袋から会いたくてたまらなかったクラウドの顔が見えた。4年前教会で誓い合った時よりも痩せているが、大人びた顔になり無精ひげも生えたままである。
「嫌よっ!クラウドっ!クラウドっ!目を開けてっ!いやぁぁぁぁ」
麻袋にしがみ付くようにクラウドを抱きしめる。すっかり冷たくなり固くなったクラウドの頬を両手で覆い、何度も名を呼ぶが一向に目を開ける事はない。
体を揺すり、頬を撫で、髪を手櫛でとく。返事をしないクラウドを狂ったように名を呼んで叫ぶセレティアをジャスティンは引き剥がすように立ち上がらせ、従者に棺に入れるように指示をする。
「お兄様放してっ!クラウドっ!クラウドォォォ!」
髪を振り乱して、泣きじゃくり愛しいクラウドの名を何度も叫ぶ。
ジャスティンは後ろからセレティアを羽交い絞めにして、棺を侯爵家の荷馬車に乗せて先に戻る様にと告げると従者は一礼して指示通りに動いた。
走り出した荷馬車を見てセレティアは腕がもげるほど捩じってジャスティンから逃れると荷馬車を走って追った。しかし途中で転んでしまい酷く手や腹を地面に打ち付ける。
ジャスティンに抱えられるように馬車に乗りシーガル侯爵家に戻ると、父であるエイレル侯爵もその場に来ていた。
セレティアはシーガル侯爵夫人の許しを得て葬儀までシーガル侯爵家に留まる事になった。
眠る事もなくずっとクラウドの棺に手を入れて、頬や目、輪郭を撫でる。
優しく話しかけて、愛するクラウドの名を呼ぶ。返事はなくてもセレティアにだけは聞こえているのかも知れない。時折微笑を浮かべてまた話しかける。
葬儀は数家が合同で行う事になる。神父の数が足らないのである。
戦死者は毎日のように幌馬車で運ばれてくる。それは毎日葬儀が行われるという事である。
墓地には枯れることなく新しい花が置かれた墓が多かった。
シーガル侯爵家の墓地にクラウドの棺が埋められる大きな穴が掘られている。
棺がゆっくりと穴に下ろされるまではセレティアはまだ正気を保っていた。
だが、その棺に土がかけられると、狂ったように泣き叫び自分も一緒に埋めてくれと懇願した。
「嫌よ。クラウドが死んじゃう。土をかけないで!!」
「ティアっ!落ち着くんだ」
「落ち着いてられないわ。お父様、止めて!クラウドが死んじゃう!!」
「ティアっ!クラウド君はもう亡くなったんだ」
「嘘よ。生きて帰るって約束したっ!嘘つきっ!やぁぁぁっ!!止めてぇ!」
まさにそのまま飛び込むのではないかというセレティアをエイレル侯爵とジャスティンが2人がかりで押さえ込む。それでも放してと暴れるセレティアが力なく座り込んだのは完全に埋められて墓石が置かれた後だった。
放心状態となってクラウドの名を小さく呟くセレティアを抱くようにしてエイレル侯爵は墓地を去った。
馬車の中でもぐったりと力なくただ焦点の定まらない瞳からポロポロとひたすらに涙を流す娘を見て、エイレル侯爵は肩を抱く事しか出来なかった。
屋敷に戻り、セレティアに温かい紅茶を通いのメイドが出すと、そこに義母と義妹が入ってくる。
抜け殻の様になったセレティアを「男が1人死んだくらいで」と罵った義妹のディエナの頬をエイレル侯爵は張り飛ばした。それを庇い、さらに口汚くディエナを庇うミレイユにエイレル侯爵は離縁を言い渡す。
「お前とはもう離縁だ。この非常時になんだその恰好は!」
「だ、旦那様、これはっ!セレティアがこうしてくれと言うのですっ」
「言う訳がないだろう!そんな事を何時セレティアが言ったというのだ」
「け、今朝です。私達にはこれを着ろと」
「今朝だと?お前たちは今まで何処に行ってたんだ!セレティアはもう4日この屋敷には帰っていない」
「そ、それはいつも叱っています。夜遊びも大概にしろとっ」
「夜遊びだと?己の所業ではないかっ!セレティアはこの4日間シーガル侯爵家にいたっ。今朝お前たちにそんな下品なドレスを出す事も、夜遊びをする事もなくだ!お前たちの事は色々と耳に入っている。先月は男爵家でかなり遊んだそうではないか。その前は別の男爵家。知らんとでも思っていたか!」
エイレル侯爵は2人を連れてそのまま貴族院に行き、離縁と親子の絶縁状を提出し貴族院の前で2人と別れを告げた。それでも縋る2人に今度は警備兵を呼び貴族への暴行として現行犯で捕縛をさせる。
父としては遅すぎた謝罪だが、屋敷に戻って聞こえているかもわからないセレティアに頭を下げた。
「お父様‥‥クラウド‥‥死んじゃったの」
「そうだな…」
「クラウドはね‥‥生きて帰るって言ったの」
「そうか‥‥」
「でもね…わたくしを置いて…逝ってしまったの」
「ティア‥‥すまない…こんな戦を起こした我々の責任だ」
エイレル侯爵はその後、有志を募り国王を説き伏せ終戦とするため隣国に出向いた。
長かった戦争を終わらせたのはクラウドの葬儀から2週間後だった。
もう少し早ければクラウドは死なずに済んだのにとセレティアは父を責めた。
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