どうせ離縁できないしとキレた奥様は推し活をすることにした

cyaru

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第09話  騎士の鍛錬場

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鍛錬場に行く途中でセレナは切った髪を売った。

ヘアドネーションに使うので買い取ってもらった金額の半額は病気の子供にウィッグを送るための制作費になる。それでも銀貨6枚となるとかなりの高値。

状態もよく、長さも十分なセレナの髪。
きっと今後どこかで誰かの役に立ってくれるとセレナは銀貨3枚をリーンに預けた。


人気があるとは言っていたが騎士団の鍛錬場は見学者の数がかなり多い。

「こんなに人気があるの?」

「トーナメントが近いんですよ。実は青田買いもしてるんです」

「青田買いっ?!」

「はい。ほら、あちらの隅っこに予備の模擬刀を磨いてる若い騎士が見えますか?今のうちに芽が出そうって目星をつけるんですよ」


リーンの指さす方向を見ると少年兵が確かにいる。
何をしているかと言えば木陰でもない場所で模擬刀の鞘や柄を布で拭いている。

足元には彼らの甲冑にしては年季の入った甲冑のパーツが並べられている。

「あれは先輩騎士の甲冑を洗って、干しているんです。模擬刀は彼らが使うんじゃなくて鍛錬の途中で先輩騎士が入れ替えに来るので交換用に磨いてるんです」

「では彼らは何時鍛錬をするの?」

「そうですねぇ。先輩騎士のトーナメントの成績にもよりますけど、早ければ半年で模擬刀を持つことが出来るかも」

「一番長い子は11年だそうですよ。辞めちゃったらしいので記録しか知らないんですけど」

――それは騎士の入団試験を受けて入団したのに試験の意味がないわ――


役者の付き人のように小さな役を貰って場数を踏むのとはまた違う。
マーガとリーンによればもう1つ彼らが出世をする、つまり早くから鍛錬が出来る方法があると言う。


「推す人をつけるんです。よぉく鍛錬場を見てください。彼らと同じくらい細い騎士がいるでしょう?」

「いるわね。入団の時期が違うとか、ついた先輩が手練れだったとかなの?」

「違います。騎士には3つのコースがあるんです」

「入団試験にそんな区分はあったかしら」

「暗黙の了解ってやつです。先輩の世話をする叩きあげ組。彼らは体1つしかないんです。武具を買うにもお金がないので先輩の世話をしながら自主練をしてお金を貯めて武具を買ったり、お下がりを貰うんです。でも安物なのでトーナメントに出ても一撃で剣が折れたり胴着に穴が開いたりするので先輩を見てどうすれば攻撃を受けないかを見て学ぶんです。そうしないと模擬刀と言っても肋骨は数本持って行かれて騎士どころかまともに働くことも出来なくなるので」

「そうなのね。厳しい世界ね」

「で次がエリートコースっていう元々家が金持ちで貴族って騎士。こちらは下積みは不要です。親の七光りがあるのでトーナメントでは準々決勝常連組です」

「そこまでは周囲が忖度してくれるって事?」

「ピンのポン!でもそこからはガチの勝負になるので準々決勝の常連なんです。そしてもう1つが推しコース!」

「お、推しコース?!」

「はい。いうなれば推してくれる人ををつけるんです。絵姿の料金は寄付になるって言いましたよね。そのほかに騎士にはグッズが売られているんですけども、グッズの売り上げは該当する騎士にも渡されるんです。それで装備が揃えられるんです。そうすると先輩騎士の世話とかしなくて良くなるんで鍛錬に打ち込めるってわけです」

「でもね?推してくれる人が欲しいからって媚びる騎士もいるんですけど、一切媚びずに黙々と鍛錬を積む騎士もいるんです。そちらの方が人気ありますよ」

だが、セレナは見物客から見える場所にいる騎士よりも、気になった騎士がいた。
ちょこちょこと遠巻きに何やら木箱を持って右に左に走り、奥に引っ込んだと思ったらまた木箱を抱えて走ってくる。

先に持ってきた木箱の中身を覗いて、二言三言先輩騎士の世話をする騎士と会話をすると木箱を持って走っていく。

――何をしてるのかしら――

皆が見ている方向とは違う方向を手をオペラグラスのようにして見ているセレナにマーガが問う。

「どうされたんです?」

「あの木箱を抱えている騎士は何をしているのかと思って」

「あ~。彼らは騎士は騎士なんですけどリタイア組って呼ばれてるんです」

「リタイア組?」

「先輩騎士に付いて下積みを積んだけど騎士の給料ってそんなに多くないので家に仕送りをするとほとんど残らないんです。推し活する子も付かなかったので騎士は騎士でも配給係とか調理班とかそちらに配属を変えたんです。そうしないと家に仕送りするお金がないので。前に出なくなれば推し変、つまり推しを変更しちゃう子が多いです」

「そうなのね」

騎士の世界も結局は金がモノを言う。世知辛い事だと思いつつ木箱の中身は水だと教えてもらったセレナはもうちょっと近くで見てみようと1歩を踏み出したのだが…。


「セレたん!来ましたよ!女性騎士です!」

グッとマーガに腕を掴まれた。黄色い声援がひと際大きくなる。
推しの騎士なのだろうか女性たちが声をあげる。

「アンナ様~!こっち向いてぇ!」
「ロベルタッ!ロベルタッ!ロォベルタァァーッ!」
「エスッ!ワイッ!エー!エヌエーッ!シャナ!シャーナッ!」

どうやら掛け声もあるようで推し活の中でも親衛隊を組織した令嬢たちが声を合わせて叫び出す。

「凄いわね」

「でしょう。でもあれはマナー違反です。推し活は静かに見る。これ鉄則です。これから女性騎士が一列に並んで礼をするんです。カッコいいですよ」

整列した女性騎士たちは鍛錬場に一礼すると「ワー!!」歓声が上がり、更に見物客に向けて一礼をすると失神する令嬢まで出る中で黄色い歓声は更に大きくなった。

見物客席と鍛錬場を隔てる壁まで駆け寄る令嬢もいる。
リーンに言わせると「あれは最近推し活を始めた子ですね。他の見学者の邪魔になる行為はダメなのに」と冷ややか。

だが令嬢たちの周囲を見ると付き人だろうか。絵姿など大量の荷物を無くさないよう、汚さないように抱えていた。

確かに一礼する女性騎士はカッコいい。
セレナも胸がキュンとなってしまった。

「カッコいいでしょう?あの頭が2つくらい抜けて高いのがタニア騎士ですよ」

「え、えぇ、そうね」

しかし、そこでちょっとした異変が起きた。

「あれ?どうして女性騎士の隊長…副隊長もこっちにくるんだろう」

隊長、副隊長に続いて女性騎士たちも鍛錬の準備を一旦置いて集まってくると隊長の後ろを歩いてくる。集まってきたのは女性騎士だけではない。鍛錬の途中で手を止めて男性の騎士も駆け寄ってくる。

見物席は騒然となった。

「きゃー!こっちに来るぅ!」

「ハグワッ!!悶死していいですかぁぁ!!」

絶叫が飛び交う中、こちらに集まってきた理由が分かった。

「セレナ様。ご無沙汰しております」

まさか、まさかの即で身バレしていたのだった。
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