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にべもないとはこの事
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この回はブラウリオの視点です。
★~★
僕は屋敷に戻ると馬車から降りるソフィーの介助もすっかり忘れ、父上の元に向かった。
ノックをする必要もない。父上の執務室、書斎、そして寝室となっている私室。いや父上だけではなく母上の部屋の扉も全て開け放たれていて、領地に行くため、そして僕に家督を譲るための最終準備をしていた。
家具は造り付けのため動かす事は出来ないが中にあった本は空になり、絨毯やカーテンは取り外されていた。
「何をしているのです!」
「何とは?見て判らんのか」
「それは解りますが、何もかもないではありませんか」
「お前にはお前のやり方があるだろう。古臭い私の考えを押し付ける気もない。不要と思われる物は全て取り払うまでだが?」
「それでもです。絨毯やカーテンはそのままでいいでしょう!」
「聞いてなかったのか?お前にはお前のやり方がある。お前には色々と教えて来たつもりだったが、考えが変わったんだ。それを教えてくれたのはお前じゃないか」
素っ気なく言い放つ父上だが、不要だから捨てるのではなく部屋には使用人の他に買い取り業者がいる。つまり売れるものは全て売り払うつもりなのだ。
父上は書籍を多く所有していた。
書籍は少々古くても高値で買い取って貰えるため、多くの貴族はわざわざ書庫を作って大切に保管をする。それらはステイタスでもあり、さりげなく蔵書をやって来た者達に見せる事で如何に私財があるのかを見せつける。
売れば平民の5人家族なら10年は何もせず遊んで暮らせるし、低位貴族なら2,3年はパーティーや旅行三昧。それなりの財産でもあるのだ。
それらが全て無くなっているという事は、僕が友人なり取引相手を呼んでもスッカラカンの部屋を見せる事になり、ひいては本の1冊も読まない愚か者だと自ら触れ回るに等しい。
そして同じ量を揃えようとすれば僕の貯めていた私財では3分の1を揃える事すら無理だろう。
その私財もソフィーの買い物の支払いで幾ばくも残っていない。
そして気が付いた。
「まさか、侯爵家の財産も処分するおつもりですか?」
「侯爵家の財産?馬鹿な事を。お前に譲るに決まっているだろう。隠居する我々がそこまで世話になればお前も困るだろうに」
少しの安堵が心を満たすが、それも直ぐに僕は気が付いた。
侯爵家という家の財産は先ず第一に侯爵家という爵位。次に爵位にかかる税を払っているというステイタス。他に何があったかと考えれば国王が侯爵家に授けるとした領地。
しかし、このパルカス侯爵家には侯爵家所有の領地は2つしかない。数百年前の大戦で得た褒賞だが国境に近い鄙びた田舎領で大した農産物もない。
これまでパルカス侯爵家に財を貰たしてきた大きな領地は父と母がそれぞれ相続をしたもので個人所有。侯爵と公爵夫人だったから経営をするのに家を通せば取引もし易かったので、売り上げから侯爵家という家にマージンを支払っていたのだ。
それがあったから金に困る事もなく豪勢な生活が送れていた。
だが、僕は実子だ。当然受け継ぐ権利がある。それは保留ないし置いてくれるだろうと思ったら違った。
「先程ヘッズ伯爵家とモルス子爵家に私の領地を譲渡した。同じく妻もだ。お前にはとても管理は出来ないだろうし、そうなれば困るのは領民。お前にも領地は2つ残るのだからしっかりと管理するように。あの広さならなんとか切り盛り出来るだろうしな」
「ま、待ってください。では収益の見込める領地はケネスとロザリアに?」
「それはそうだろう。お前には家督を相続させるんだ。何の文句がある」
「そんな!僕だけが少なすぎます」
「何を言ってる。侯爵家という爵位は金では買えぬ。お前に一番大きな財産を譲るのだぞ?それに代々引き継いできた領地以外は私達が管理をしてきた。申し訳ないが平民に管理させたいとは小指の先ほども思わん。そんな事をするくらいなら親戚に分けた方がずっとマシだ」
父上は選民思想の塊だ。使用人と言えど自分の持ち物のように振舞えば即座に解雇。庭の雑草ですら処分するのに使用人が気を利かせて勝手に行うと激怒するのだ。
名誉でパンが食べられる訳はないのに父上は僕に平気でそんな事を言った。
その上、自分の片づけは終わったとやって来た母上の言葉に僕は絶望すら感じた。
「あなた、こんなところで何をしているの?」
「何って…父上に話が合って来てみればこの有様ですよ」
「この有様?私達が引退後はここを出ていくのは解っていたでしょう?」
「それは‥以前からそう言っていましたし。でもそれは結婚して3年経ったらだったでしょう」
「最初はね。白い結婚にする為の期間でカレドス家の娘に支援金程度の働きはしてもらおうと別宅まで用意はしたけれど、貴方の愚行でそれも叶わなくなったでしょう?」
「だったらソフィーに教えてくれてもいいでしょう!」
「はぁ」と聞こえよがしな溜息を吐いた母上は吐き捨てるように僕に言った。
「大事な壺を割っても謝罪にも来ない。忙しいかと思えば買い物三昧。受け取りのサインすらまともに書けない子に何を教えろというの?ここはアルファベットから教える学問所ではないのよ」
確かにソフィーは文字の読み書きも壊滅的だ。だとしても最低限を教えてくれても…。
そう考え母上を睨みつけたが、自ら視線を逸らした。
「ここにあの子を連れてくるのは3年後の約束だったでしょう?貴方が愛人の元に通う事は構わないけれど、連れ込む事には誰も許可をしていないわ」
「そんなの言ってくれれば!」
「言ってどうなるの?それよりも使用人を早く決めないといけないんじゃないの?」
「使用人?まさか使用人も連れて行くのですか?!」
「連れて行くも何も。今の使用人は私達に仕えてくれているの。貴方じゃないのよ」
「そんな‥‥」
「そう言う采配は女主人の仕事よ。判らない事があれば半年も時間があったのだから質問の1つや2つあってもおかしくはないけれど、全く無かったわよ?商人を呼んで買い物する時間があるんだもの。する事はしてるって事でしょう?」
父上と母上が出て行ってしまうとその瞬間から僕は生きていくことも困難になってしまう。
「父上!お願いです。話を聞いてください!」
僕は床に両ひざだけでなく、額まで擦りつけて懇願した。
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僕は屋敷に戻ると馬車から降りるソフィーの介助もすっかり忘れ、父上の元に向かった。
ノックをする必要もない。父上の執務室、書斎、そして寝室となっている私室。いや父上だけではなく母上の部屋の扉も全て開け放たれていて、領地に行くため、そして僕に家督を譲るための最終準備をしていた。
家具は造り付けのため動かす事は出来ないが中にあった本は空になり、絨毯やカーテンは取り外されていた。
「何をしているのです!」
「何とは?見て判らんのか」
「それは解りますが、何もかもないではありませんか」
「お前にはお前のやり方があるだろう。古臭い私の考えを押し付ける気もない。不要と思われる物は全て取り払うまでだが?」
「それでもです。絨毯やカーテンはそのままでいいでしょう!」
「聞いてなかったのか?お前にはお前のやり方がある。お前には色々と教えて来たつもりだったが、考えが変わったんだ。それを教えてくれたのはお前じゃないか」
素っ気なく言い放つ父上だが、不要だから捨てるのではなく部屋には使用人の他に買い取り業者がいる。つまり売れるものは全て売り払うつもりなのだ。
父上は書籍を多く所有していた。
書籍は少々古くても高値で買い取って貰えるため、多くの貴族はわざわざ書庫を作って大切に保管をする。それらはステイタスでもあり、さりげなく蔵書をやって来た者達に見せる事で如何に私財があるのかを見せつける。
売れば平民の5人家族なら10年は何もせず遊んで暮らせるし、低位貴族なら2,3年はパーティーや旅行三昧。それなりの財産でもあるのだ。
それらが全て無くなっているという事は、僕が友人なり取引相手を呼んでもスッカラカンの部屋を見せる事になり、ひいては本の1冊も読まない愚か者だと自ら触れ回るに等しい。
そして同じ量を揃えようとすれば僕の貯めていた私財では3分の1を揃える事すら無理だろう。
その私財もソフィーの買い物の支払いで幾ばくも残っていない。
そして気が付いた。
「まさか、侯爵家の財産も処分するおつもりですか?」
「侯爵家の財産?馬鹿な事を。お前に譲るに決まっているだろう。隠居する我々がそこまで世話になればお前も困るだろうに」
少しの安堵が心を満たすが、それも直ぐに僕は気が付いた。
侯爵家という家の財産は先ず第一に侯爵家という爵位。次に爵位にかかる税を払っているというステイタス。他に何があったかと考えれば国王が侯爵家に授けるとした領地。
しかし、このパルカス侯爵家には侯爵家所有の領地は2つしかない。数百年前の大戦で得た褒賞だが国境に近い鄙びた田舎領で大した農産物もない。
これまでパルカス侯爵家に財を貰たしてきた大きな領地は父と母がそれぞれ相続をしたもので個人所有。侯爵と公爵夫人だったから経営をするのに家を通せば取引もし易かったので、売り上げから侯爵家という家にマージンを支払っていたのだ。
それがあったから金に困る事もなく豪勢な生活が送れていた。
だが、僕は実子だ。当然受け継ぐ権利がある。それは保留ないし置いてくれるだろうと思ったら違った。
「先程ヘッズ伯爵家とモルス子爵家に私の領地を譲渡した。同じく妻もだ。お前にはとても管理は出来ないだろうし、そうなれば困るのは領民。お前にも領地は2つ残るのだからしっかりと管理するように。あの広さならなんとか切り盛り出来るだろうしな」
「ま、待ってください。では収益の見込める領地はケネスとロザリアに?」
「それはそうだろう。お前には家督を相続させるんだ。何の文句がある」
「そんな!僕だけが少なすぎます」
「何を言ってる。侯爵家という爵位は金では買えぬ。お前に一番大きな財産を譲るのだぞ?それに代々引き継いできた領地以外は私達が管理をしてきた。申し訳ないが平民に管理させたいとは小指の先ほども思わん。そんな事をするくらいなら親戚に分けた方がずっとマシだ」
父上は選民思想の塊だ。使用人と言えど自分の持ち物のように振舞えば即座に解雇。庭の雑草ですら処分するのに使用人が気を利かせて勝手に行うと激怒するのだ。
名誉でパンが食べられる訳はないのに父上は僕に平気でそんな事を言った。
その上、自分の片づけは終わったとやって来た母上の言葉に僕は絶望すら感じた。
「あなた、こんなところで何をしているの?」
「何って…父上に話が合って来てみればこの有様ですよ」
「この有様?私達が引退後はここを出ていくのは解っていたでしょう?」
「それは‥以前からそう言っていましたし。でもそれは結婚して3年経ったらだったでしょう」
「最初はね。白い結婚にする為の期間でカレドス家の娘に支援金程度の働きはしてもらおうと別宅まで用意はしたけれど、貴方の愚行でそれも叶わなくなったでしょう?」
「だったらソフィーに教えてくれてもいいでしょう!」
「はぁ」と聞こえよがしな溜息を吐いた母上は吐き捨てるように僕に言った。
「大事な壺を割っても謝罪にも来ない。忙しいかと思えば買い物三昧。受け取りのサインすらまともに書けない子に何を教えろというの?ここはアルファベットから教える学問所ではないのよ」
確かにソフィーは文字の読み書きも壊滅的だ。だとしても最低限を教えてくれても…。
そう考え母上を睨みつけたが、自ら視線を逸らした。
「ここにあの子を連れてくるのは3年後の約束だったでしょう?貴方が愛人の元に通う事は構わないけれど、連れ込む事には誰も許可をしていないわ」
「そんなの言ってくれれば!」
「言ってどうなるの?それよりも使用人を早く決めないといけないんじゃないの?」
「使用人?まさか使用人も連れて行くのですか?!」
「連れて行くも何も。今の使用人は私達に仕えてくれているの。貴方じゃないのよ」
「そんな‥‥」
「そう言う采配は女主人の仕事よ。判らない事があれば半年も時間があったのだから質問の1つや2つあってもおかしくはないけれど、全く無かったわよ?商人を呼んで買い物する時間があるんだもの。する事はしてるって事でしょう?」
父上と母上が出て行ってしまうとその瞬間から僕は生きていくことも困難になってしまう。
「父上!お願いです。話を聞いてください!」
僕は床に両ひざだけでなく、額まで擦りつけて懇願した。
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