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第16話   ゴミとクズしかいない部屋

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その頃、王都の平民区画にある部屋で悩む女が1人いた。

出産は何かと物入りになる。
貴族が雇う産婆は費用もかさむが、平民でも産婆は頼らなければならず少なくない費用が必要になる。娼婦もしているジュエリットだったが自分の命もかかるとなれば金も貯める。

妊娠したと判った時から、所謂本番に及ぶ客を取る事は無くなりおさわり専門になった。当然支払われる金は少なくなる。それでもコツコツと貯めてきたのだ。

おかしいな?と思ったのはロミオスが部屋に転がり込んできて1か月目の事だった。

1000ポル札が10枚で1万ポル札になる。
産婆に渡す金は一番安い産婆を選んだのだが25万ポルは最低必要になる。そして子供が生まれれば数か月は稼ぐ事が一切出来なくなるので、家賃なども含め化粧台貯金をしてきたのだ。

ロミオスが転がりこむ前、100万ポルほどあった金。
以前は1晩で2、3万ポルくらい稼ぎもあったが今は週に1万ポル程しかもらえない。

生活費も2人になったので出費も多くなったから貯まるペースが落ちるのは仕方がないとしてもロミオスから「食費だ」「服を買ってきてくれた金。釣りは要らないから」ともらえる分があるので、減っていないはずなのだ。

「おかしいわ・・・計算では98万ポルあったから・・・稼ぎは少ないけど貰える分もあるし‥92万ポルあるはずなのに」

何度数えても81万ポルしかない。
そしてそれは2カ月目になるとさらに減って56万ポルになった。

ロミオスは「昼間の仕事が見つかったんだ」と言って週に3、4日仕事に行くようになり、昨晩「初めての給料が出たんだ」と言って15万ポルをポンと手渡してくれた。

その金を足しても71万ポルにしかならず、貯めるだけで手を付けていない金が減っているのはやはりおかしい。元々算術は苦手なジュエリットでも金の勘定は別。

「まさかと思うけど…」

ロミオスに化粧台貯金の事を話した事は一度もないが、部屋の中からこの化粧台の金だけが無くなるのは余りにも不自然。疑いたくないと思いつつもジュエリットの心の中には「否定したい結果」が既に出ていた。

確かめたいわけではないがジュエリットは化粧台貯金を金融商会に預けようと思い立ち、当面の生活費と家賃の7万ポルだけを財布にいれて残りを金融商会に預けて来た。

ロミオスから15万ポルを受け取り、2週間ほどは何事もなかった。


★~★

ロミオスはジュエリットの貯めている金から25万ポルを抜き取った。
1万、2万と少額を抜き取ってバレてないとなると段々エスカレートしていく。

昼間にジュエリットが用があると出掛けていくとロミオスはジュエリットの金を拝借してホースレース場に向かう。
何度か持ち出した5万、10万ポルをスってしまいごっそりとジュエリットの金が減った事がある。

「流石に不味いな」と感じたロミオスはその度に勝負の掛け金が大きくなった。

掛け金が大きくなれば、予想が当たった時の配当金も大きくなる。
抜き取った金を補填しても遊ぶ金が残る。ロミオスは「俺って賭け事の神様でもついてるのかな?」錯覚してしまった。

ロミオスの大きな失敗は、大きく配当金があった時にそれまで拝借していた金を全部返さなかったこと。

今日は5万借りた、今日は10万借りたとその日にジュエリットの化粧台貯金から拝借していた金だけを返した

そして、更なる失敗はトータルして戻した金がジュエリットが元々貯めていた金を上回った事で、「よく考えたら、この金って全部俺のものじゃね?」と思ってしまった事。
ロミオスの頭に負けた時の金というのは勘定されていなかった。

自分の金と思いつつも、ジュエリットに追い出されてしまうと寝る場所もなくなる。

「これはこれ」と割り切って生活を続け、仕事をしていないとなると怪しまれる事も多いのでホースレース場に行くことを仕事として、ジュエリットの金から25万を抜いて15万をバックした。

2週間ほどは勝ったり負けたりでも1日を通せばほぼプラマイゼロ。
しかし、この日は全部スってしまった。

――ま、金はあるんだ――

そう思ってジュエリットの部屋に帰り、いつものように食事をして簡単に体を拭いて眠る。翌日ジュエリットが「用がある」と出掛けた後で化粧台の引き出しを開けて驚いた。

「金がない?!え?泥棒が入った?!」

ロミオスは気が付かなかった。出掛けた振りをしたジュエリットが玄関を出たあとは隣の部屋に入り、壁に空いた穴からロミオスの行動を見ていた事に。

――やっぱりそうだったんだ。この泥棒男!――

ジュエリットの借りている部屋は治安のよい場所にあるわけではないし、隣の家との壁は薄い。声など丸聞こえだし、何かをぶつけてしまうと穴が開いてしまう事もある。

以前に「ごめんよ。テーブルを移動させようとしたら当たっちゃって」と隣に住む奥さんが謝りに来た事があった。目立つような場所でもないし、お隣さんはその場所に棚を置くというので放っておいた穴が全てをジュエリットに見せてくれた。

嘘を吐くのは男も女もある事なので仕方がないが、金を盗んでいたとなれば話は別だ。
小さな穴の向こうでロミオスは「ない?!ない?!」と化粧台の引き出しを全て抜いて中身をひっくり返し、引き出しの収納される場所に手を突っ込んだり、化粧台を傾けて覗いてみたり。

その後も寝台をひっくり返したり、積み上がった服を掻き分ける。

――なんだかもう…情けないって言うか。どうでもいいわ――

滑稽なロミオスを見ていると、父親に関係を認めてもらったという言葉も嘘だろうなと思えた。あれから2カ月。子爵家は別の人間が住んでいて正門前に掛けられた家名の文字も異なっている。

ジュエリットも噂を流したけれど、他の色々な噂も耳にする。

オーストン子爵家は廃家も同然だと否が応でも解ってしまうのだ。

ロミオスが腹の子の父親である確率はゼロではない。上手く行けば侯爵家の息のかかった新しい子爵家でウハウハの生活だと考えたこともあったが、所詮夢は夢。


金が無くても、貴族の生活は出来なくても、ジュエリットにも負い目もありロミオスと上手くやっていけるかなと考えていたがジュエリットは全てを諦めた。

勝手に金を使い込むような男とは何を譲歩しても上手く行く気はしない。

部屋に残る荷物で必要なものはない。唯一だった金は金融商会に預けているしロミオスも含めてジュエリットには何の思い入れもないゴミとクズしか残っていない。

――今やらなきゃいけない事は1つだわ――

大家の部屋を訪れると今月の家賃を支払い、月末には引き払うと告げ、退去許可書を手に入れるとその足で教会に向かった。

何をするかと言えば出産である。
身寄りもない、住む場所もないとなれば身重の女性を教会は受け入れてくれる。

「恥ずかしいのですが、この体です。稼ぐ事も出来なくて家賃も滞納。大家さんに迷惑をかけたので家賃だけはなけなしのお金で支払ったのですが月末までに出なきゃいけなくて」

少しの嘘も交えたが、このくらいなら神様も許してくれるだろう。
ジュエリットはロミオスを捨て、教会に保護された。


その翌月、ジュエリットは子供を無事に産んだ。皮肉にも子供はロミオスそっくりの女の子。その生涯で二度とロミオスに会う事はなかったが教会の下働きとなって女手一つで女児を育て上げた。
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