殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

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1回目の人生

3人目の側近は父と交渉する

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カイゼル・セナン・ドレヴァンツ。
彼は公爵家の嫡男であり、レオンが即位した際は宰相としてレオンの治世を支える側近であった。
今、レオンは王太子ではなくなり1人の王子となった出生順で言えば第一王子である。

生まれはカイゼルがレオンより1か月ほど早いが学園では同学年で中等部からは常に側にいた。
ケルスラー、ユーダリスも同じ年齢で結束も強く、ヴィオレッタも優秀とあってその個々の存在を父の年齢以上の貴族たちも認識され、次世代の王国はこれで盤石だと誰もが口を揃えた。

学園を卒業し成人までの2年間で更に足元を固め、レオンが成人後はいつでも王位につけるようにと動いていたが、あと1年と目前に迫った時、全てが崩れた。

先にケルスラー、次にユーダリスはそれぞれの道を歩み始めた。
共にレオンが王子へと降格になった時点で未来は潰えたからである。
相当のどんでん返しがない限りレオンが王太子に返り咲くことはない。
その相当のどんでん返しはヴィオレッタの立場が元に戻る事であるが彼女の性格や侯爵家の考え方からして【なかった事】にはならないと誰もが考えた。

王太子から王子へ、そしてカイゼルの立場故に逐一入ってくる【レオンのお連れ様】の話を聞くにつけ、父親もいい加減身の振り方を決めろと急かす。
能力からすれば宰相として次の王を支える事は十分に可能だが、次の王はほぼ間違いなく第二王子のアレクセイである。年齢が10程違う彼に側近として成人するまでを支えるには聊か年が離れ過ぎである。

カイゼルが選ばれる事はほぼないと言っていい。第二王子本人からの指名でもあれば話は別だが第二王子とカイゼルの接点は全くないと言っていい。

それまで臣籍降下するはずでまだ学園の中等部にも入学していない第二王子は仮成人までは子ども扱いなので実母で側妃のレクシー妃の離宮から出て来る事はない。
せいぜい年に1回の豊穣祭でバルコニーから手を振る程度である。
実際あいさつ程度の言葉を交わしたことは一度もなく、顔を覚えられている可能性も低い。

そしてカイゼルには誰にも打ち明けた事のない秘密があった。

13歳の時、カイゼルは初めて女性を愛しいと思い、守りたいと思った。
一目見て胸がドクンと跳ね、息が苦しくなった。だが気持ちを打ち明ける事は出来なかった。
その女性は仕えるべき主、レオンの婚約者、ヴィオレッタだったからだ。

レオンとヴィオレッタが並んで歩く時も、心を押えるように一番遠い位置を陣取り見守った。
婚約者の側近への心配りもするヴィオレッタから誕生日にと刺繍の入ったハンカチとバースデーカードをもらった時は夢ではないかと屋敷に戻り、家令や執事に本気で頬を殴って貰った事もある。
今でも中等部、高等部の6年間で貰ったハンカチは使わずにしまってある。

そのヴィオレッタが婚約解消となるテラスでの出来事を小耳に挟み、確信が持てぬままコルストレイ侯爵の執務室へいの一番に駆け付けた。
静かにココアを飲み、菓子を食べるヴィオレッタに聊か驚きつつも婚約が無くなったのが事実だと本人の口から聞けばその場であわや求婚をしそうにもなった。

その後屋敷に戻り、暫くすると父が真っ赤な顔をして帰ってきた。
父もレオンの行動には憤慨をしていたのである。使用人を介さずとも聞こえてくる父の声に応接室に出向く。
ようようの思いで第二王子派を黙らせていた父は荒れており、応接室にあった花瓶も窓ガラスも全て割れていた。
絵画も水を被り、物があたって穴が開き、床に落ちていた。

カイゼルの顔を見ての一言目が【あのバカ王子がやらかしおった】である。
思わずヴィオレッタに窘められた事を思い出し、【俺は親父の子だな】と笑いを堪えた。

「父上、お話があります」
「なんだ、くだらん話はやめてくれよ。今日は気分が悪い」
「悪いのは気分ではなく機嫌でしょうに。とにかく俺にとっては最重要課題ですので」
「わかった。だが‥‥ここはマズイな。執務室で話そうか」

しばし落ち着いた頃に父に話しかける。すると周りを見る余裕の出来た公爵は一気に頭が冷える。
妻の大切にしていた数々の品が足元に散らばりゴミとなっている事実に青褪める。
母親の腰の具合が悪いと見舞いに数日出かけているが見られたら離縁の危機である。

「良かったら…俺とフォーザスの大げんかって事にしとく?」
「親に貸しを作るつもりか」
「まぁ…向こうでの話次第?な感じかな」
「フン・・・一丁前な口を利くようになりおって」
「母上に半年口もきいてもらえないよりマシでしょうに。フォーザスは小遣いで黙るしね」

並んで父、公爵の執務室に行くと家令に弟のフォーザスを半刻ほどしたら呼んでほしいと伝えて扉を閉める。向かい合って座るのは先ずは父として。息子としてである。

「父上、早速ですが、コルストレイ侯爵に書簡を」
「コルストレイ侯爵に?何の用で」
「決まっています。ヴィオレッタ・ヴェラ・コルストレイ嬢に婚姻を申し込むためです」
「はっ?はぁぁ??」
「早めに。出来れば今夜、遅くとも明日の朝イチで。先を越されては堪りません」
「お前…見合いをずっと断っていたのは…」
「そうですよ。彼女以外はいらない。彼女が妻にならないのなら一生独身で結構」

うむと考える公爵。昨日の今日では早すぎてしまう。かといって様子を見ていれば各家からの釣り書きは殺到するだろうし、下手をすると帝国へ移住する可能性も無きにしも非ず。
帝国へ行かれたらもう会う事も叶うまい。
しかし勇み足をしてしまうと、ヴィオレッタの方に不貞があったと思われかねない。
カイゼルはレオンの側近であり知らぬ中ではないのである。

「コルストレイは学園時代の後輩だ。明日直接行って話をしてくるついでにお前の件も話しておこう。しかし勇んで動くなよ。ここ数日は特に周りを見て動かねば命取りになりかねん」

「承知しました」

その後、弟のフォーザスとカイゼルが馬の売買を巡って大げんかになったという打ち合わせをして、兄弟で数発殴り合い、カイゼルは婚約を、フォーザスは小遣いと馬を手に入れた。
夫人は、部屋の惨状と息子2人の顔にある青タンを見て卒倒しそのまま寝込んでしまい、腰の悪い祖母が見舞いに来るという事態になってしまった。


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