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1回目の人生
騎士たちの愚痴
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昼下がりの騎士団官舎にある騎士団総督室には配置変更を希望する申請書が箱に溢れていた。
王族の護衛をするのは主に近衛騎士であるが、もう何度目だろうか。
遂には配置を変更してもらえないのなら退団するという者まで出てしまった。
騎士の中でも花形である近衛騎士となるには努力や忠誠心だけでは足りない。
爵位というものに見合った所作も求められるのである。
昨今言われている脳筋では務まらない。
万年人員が不足しているところに、配置を変えてくれという希望者が続出し、仕方なく王宮周辺を守る第一騎士団、王都周辺を守る第二騎士団、遠く地方に遠征に行く第三騎士団にまで希望者を募らねばならなくなっていた。それでも集まらなければ身辺調査は必要になるが、市井を警備する第四、第五騎士団にも問い合わせをせねばと騎士団総督は頭を抱えた。
数か月前までは王族を警護する近衛騎士となるための昇格、昇進試験への申し込みが後を絶たなかった。月に一度行われる試験の日。早朝から夕方まで、時には松明に火を灯して夜間まで実技試験を行った事もある。だが今は試験を受けようという者は数名。片手で余るほどである。
今月に至っては未だ試験を受けようという志願者は1人もいない。
その原因は【王太子の婚約者】である。
「またですか」
「あぁ、この調子だと月末にはローテーションも組めなくなる」
「と、言いますか24時間勤務の連勤になるのではないですかね」
「冗談に聞こえないのが悩ましいな」
カサリと手を伸ばした申請書が音を立てる。
当初は、【一身上の都合】【家庭の事情】という理由がよく書かれていたがこの頃は聞き取りするまでもなく本音が遠慮もなく【護衛する意義を微塵も感じない】と書き込まれている。
本来であればそろそろ婚姻の儀が近づき祝福ムード一色。騎士も我も我もと志願をするはずだった。
【だった】という最大の要因。それはこの国の王太子の婚約者が変更になった事である。
王太子が妃にと心から望んだ女性は平民だった。選民意識はさほどないものが多い騎士団ではあるが近衛騎士は違う。しっかりとした身元も必要である事や王族への忠誠という意味もあって高位貴族の騎士が選ばれる。
しかしこの国には公爵家が4家、侯爵家は7家しかない。伯爵家は20近くあるがその中で身辺調査をすると半分ほどになる。
ほとんどの者が程度の差はあるが選民意識を持っているものばかりとなるのである。
そういう者に【平民】を護衛させるのであるが、まだ常識のある婚約者であれば不平不満もここまでなかっただろう。
元が平民で読み書きも出来ない者なのである。語学を教えようにも字が読めないし書けない。
そこからのスタートで講師もかなり入れ替わったと聞く。
そして突然変わった環境。その変わった環境も数か月でがらりとまた変わった。
最初は謙虚であったが一度贅沢を覚えるとその先は取りつかれたように買い漁る。
だが、それまで彼女の周りで派手に着飾っているのは娼婦くらいだ。当然選ぶドレスもこうしてくれと頼む化粧も娼婦に似通ってくる。誰もが眉を顰めるようになった。
当初は騎士たちの中には同情的な者もいた。
なんせ王太子は15年間婚約者となった令嬢を斬り捨てて平民の女性を娶ると宣言したのである。当時は【身分差を超えた愛】だと随分もてはやされた。
平民の女性も【王妃様になるんだから頑張る】と言っていたと次官たちは言うが、読み書きが出来ないものがいきなり高等教育を受けるのである。
乳飲み子に法律書を読み聞かせて理解させるようなものである。
座学だけではなく、所作、ダンスもある上に各種のマナー。外国語に貴族の名前と顔の把握。
それは国内だけではなく関連諸国を含めてである。
国王はまだ怒りが収まらず王太子とは必要最低限で事務的な国を機能させる上での会話しか行わない。一貫して態度が変わらないのは公私を含め認めることが出来ないのだろう。
騎士たちもそんな王太子とその新しい婚約者に同情をしたのはほんの2週間ほど。
今では護衛を嫌がる事はあっても希望する事はない。
段々と擁護する者はいなくなり、今では不敬だと判っていても平気で口にする。
騎士団総督だけでなく役職に在るものは頭を抱え胃薬を服用せねばいられなくなったのだった。
その王太子も今や王子。かろうじて王子となっているが「殿下」と呼ぶ事のなくなる日が近づいていると誰もが口にせずとも共有の認識となった。
王族の護衛をするのは主に近衛騎士であるが、もう何度目だろうか。
遂には配置を変更してもらえないのなら退団するという者まで出てしまった。
騎士の中でも花形である近衛騎士となるには努力や忠誠心だけでは足りない。
爵位というものに見合った所作も求められるのである。
昨今言われている脳筋では務まらない。
万年人員が不足しているところに、配置を変えてくれという希望者が続出し、仕方なく王宮周辺を守る第一騎士団、王都周辺を守る第二騎士団、遠く地方に遠征に行く第三騎士団にまで希望者を募らねばならなくなっていた。それでも集まらなければ身辺調査は必要になるが、市井を警備する第四、第五騎士団にも問い合わせをせねばと騎士団総督は頭を抱えた。
数か月前までは王族を警護する近衛騎士となるための昇格、昇進試験への申し込みが後を絶たなかった。月に一度行われる試験の日。早朝から夕方まで、時には松明に火を灯して夜間まで実技試験を行った事もある。だが今は試験を受けようという者は数名。片手で余るほどである。
今月に至っては未だ試験を受けようという志願者は1人もいない。
その原因は【王太子の婚約者】である。
「またですか」
「あぁ、この調子だと月末にはローテーションも組めなくなる」
「と、言いますか24時間勤務の連勤になるのではないですかね」
「冗談に聞こえないのが悩ましいな」
カサリと手を伸ばした申請書が音を立てる。
当初は、【一身上の都合】【家庭の事情】という理由がよく書かれていたがこの頃は聞き取りするまでもなく本音が遠慮もなく【護衛する意義を微塵も感じない】と書き込まれている。
本来であればそろそろ婚姻の儀が近づき祝福ムード一色。騎士も我も我もと志願をするはずだった。
【だった】という最大の要因。それはこの国の王太子の婚約者が変更になった事である。
王太子が妃にと心から望んだ女性は平民だった。選民意識はさほどないものが多い騎士団ではあるが近衛騎士は違う。しっかりとした身元も必要である事や王族への忠誠という意味もあって高位貴族の騎士が選ばれる。
しかしこの国には公爵家が4家、侯爵家は7家しかない。伯爵家は20近くあるがその中で身辺調査をすると半分ほどになる。
ほとんどの者が程度の差はあるが選民意識を持っているものばかりとなるのである。
そういう者に【平民】を護衛させるのであるが、まだ常識のある婚約者であれば不平不満もここまでなかっただろう。
元が平民で読み書きも出来ない者なのである。語学を教えようにも字が読めないし書けない。
そこからのスタートで講師もかなり入れ替わったと聞く。
そして突然変わった環境。その変わった環境も数か月でがらりとまた変わった。
最初は謙虚であったが一度贅沢を覚えるとその先は取りつかれたように買い漁る。
だが、それまで彼女の周りで派手に着飾っているのは娼婦くらいだ。当然選ぶドレスもこうしてくれと頼む化粧も娼婦に似通ってくる。誰もが眉を顰めるようになった。
当初は騎士たちの中には同情的な者もいた。
なんせ王太子は15年間婚約者となった令嬢を斬り捨てて平民の女性を娶ると宣言したのである。当時は【身分差を超えた愛】だと随分もてはやされた。
平民の女性も【王妃様になるんだから頑張る】と言っていたと次官たちは言うが、読み書きが出来ないものがいきなり高等教育を受けるのである。
乳飲み子に法律書を読み聞かせて理解させるようなものである。
座学だけではなく、所作、ダンスもある上に各種のマナー。外国語に貴族の名前と顔の把握。
それは国内だけではなく関連諸国を含めてである。
国王はまだ怒りが収まらず王太子とは必要最低限で事務的な国を機能させる上での会話しか行わない。一貫して態度が変わらないのは公私を含め認めることが出来ないのだろう。
騎士たちもそんな王太子とその新しい婚約者に同情をしたのはほんの2週間ほど。
今では護衛を嫌がる事はあっても希望する事はない。
段々と擁護する者はいなくなり、今では不敬だと判っていても平気で口にする。
騎士団総督だけでなく役職に在るものは頭を抱え胃薬を服用せねばいられなくなったのだった。
その王太子も今や王子。かろうじて王子となっているが「殿下」と呼ぶ事のなくなる日が近づいていると誰もが口にせずとも共有の認識となった。
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