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1回目の人生
届いた命令書
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「もう!足が痛いっつってんでしょ!」
「ですのでお座り頂く座面には柔らかいクッションを‥」
「うっさい!黙れ!」
立ち上がると椅子を蹴り飛ばし、テーブルにあった皿やフォーク、ナイフを所かまわずに放り投げる。
食事のマナーを担当していた講師は皿が額に当たり、顔に飛沫血痕のようなソースが飛び散っており、1人の侍女は飛んできた肉を切るナイフで頬を切ってしまっている。
庇おうとした護衛の騎士の背中を足で蹴りあげるとジェシーは部屋を出て行った。
マナー講師は食事の仕方もさることながら、邪魔だからとここ最近大きくスリットのついた娼婦のようなドレスに頭を抱えながらも【今日頼まれたのはカトラリーの使い方】なのだと顔を引きつらせて指導をしていたが、足が浮腫むのか突然両足をカエルのように広げて踵を椅子に引っ掛けるような姿勢を取るジェシーに注意をした。
その結果、「肉をナイフで切る時は音を立てないで」「一口で入ると思うよりもう少し小さめに切る」「口の中に食べ物がある時は話をしない」と注意されてばかりだったジェシーは癇癪を起した。
腹も8カ月になると重心が前に傾き、歩きにくいし座っていても腰が痛くなる。
悪阻がおさまってからはとにかく甘い物が食べたくて仕方がない。
そして市井にいた頃は毎晩のように飲んでいた酒もここに来てからは薄いワインですら飲めていない。
安定期に入ってからは男女の営みも激しくなければと解禁となり時折レオンがやってくる。
だが「腹の子に何かあってはいけないから」と達したのはレオンだけである。
2カ月ほど前に解禁された時は、今ほどに腹も出ておらず何度も達する性交が出来た。
しかし痙攣をし過ぎたのか少し出血をしてしまい、それからは物足りない性交のみである。
レオンが寝息を立てているのを確認してジェシーはレオンが飲み残したワインを飲み干した。
久しぶりのアルコールは気分が高揚した。以降は3日と空けずにレオンを夜誘うようになった。
性交が目的ではない。性交の前にレオンが飲むワインが目的である。
2日酔いになると当然学問など頭が痛くなるだけである。
この頃は頑張ってもレオンからのご褒美がつまらないモノになった。
「このお菓子、この前マナーの時に食べたんだけどな」
「そうか?いや、流行っていると聞いて買って来たんだが遅かったな」
「そうだよー。それよりブランデーケーキが食べたいんだけど」
「それはアルコールがかなり入っているからダメだ。他のケーキはどうだ?」
「だったら肉が食べたい。肉っ!美味しいやつ」
「わかった。次の食事のマナーの時はそうするように頼んでおくよ」
「やったぁ!レオン大好き」
「僕も大好きだよ。ジェシー(ちゅっ♡)」
そうして食事のマナーだったのだが、暴飲暴食にアルコール、何かに理由をつけて講義をさぼり部屋で寝ていれば足も浮腫んでしまう。
飲みたいのはワインでもいいが今はエールが飲みたい。肉が出てるのに何故エールがない?
そんな些細な事もジェシーを苛立たせた。
それまでも茶が熱いと言って、ジェシーは茶器を侍女に持たせたことがある。
異国のマナーの時間だったがその国では淹れられた茶は手に取らずまず香りをじっくりと楽しみ、会話をしていい加減に冷めた頃に飲むのがマナーだった。
しかし、先に説明をされていても碌に聞いてもいなかったジェシーはカップを持って熱いと騒いだ。
侍女は手のひらが赤くなる程度だったが、侍女頭に配置換えを申請した。
レオンが度々に連れ出す市井では護衛の騎士が翻弄される。
大きな腹を抱えて躓いて転びでもしたら大変な事になるし、流れでもすれば一族が処罰をされる。
だが、レオンの手を引きあちこちと動き回り、この時とばかりに冷たい果実水をがぶ飲みする。
最も困るのが喫煙である。何度か見つけて注意をするが怒って騎士の腕や隊服に火のついた煙草を押し付ける。着替えを手伝った侍女が妙な臭いがすると思えば噛み煙草を嗜んでいる事もあった。
侍女は侍女頭に報告をしたのだが、ジェシーは騎士が告げ口をしたのだと思い、見知った顔を見つけると近くにくると思い切りむこう脛を蹴り上げて「チクリ野郎」と罵った。
絶対にやり返す事は出来ないし、声を荒げる事も出来ない。付き人の苦情が増えるのも無理はない。
こんな事が続けば、護衛をする騎士も侍女も次々に変わっていく。
カイゼルは自らがレオンの側近を下りない事で、レオンの身の回りを知る事が出来る。
宰相候補だったカイゼルはレオンの失脚とも言える事態にもカイゼル本人の能力と努力でまだ王宮の中枢とも言える部署に留まる事が出来ている。
しかしここ数日は騎士団と侍女たちを纏める女官総事務課から突き上げを食らってしまい、担当していたものが胃痛で入院をしてしまった事で対応に追われていた。
「なんだ!この手紙は!」
コルストレイ侯爵家では【命令書】を意味する特殊な蝋封がされた手紙を読み、侯爵は怒りの炎で手紙を焼き尽くすのではないかと思うほどに怒りを隠さない。
流石にこれにはずっと静観をしてきた夫人もかつての王女の顔になり家令に帝国に送る手紙の用意を頼み、手渡された紙に素早くペンを走らせる。
兄も不機嫌にソファに足を組んで深く座り込む。
落ち着き払っているのは当事者のヴィオレッタのみである。
王宮勤務を終えて日参となっているコルストレイ侯爵家を訪れたカイゼルは拳を強く握り、唇を噛み締める。
カイゼルは何通かの愚かな手紙が届く事は事前にコルストレイ侯爵家に伝えてはきたが、この【命令書】は不覚にも抜かってしまった。
「カイゼル様、そのように唇を噛んではいけません」
「ぐっ…すまない。こんな事をしでかすとは…」
「ここ数日忙しかったのです。ほら、今も目の下にくまさんが住み着いておられますよ」
そっと下瞼のあたりに指を伸ばすヴィオレッタの手を掴み、「すまない」と何度も謝罪をするカイゼル。
「気にしても仕方ありません。命令書なのですから登城するだけは致しましょう」
命令に従って登城するだけだというヴィオレッタ。
しかしこの場にいる者はヴィオレッタも含め未来は読めない。
そこでヴィオレッタが命を落とし、レオンが更なる窮地に追い込まれる最終章に入った事には誰も気が付かなった。
「ですのでお座り頂く座面には柔らかいクッションを‥」
「うっさい!黙れ!」
立ち上がると椅子を蹴り飛ばし、テーブルにあった皿やフォーク、ナイフを所かまわずに放り投げる。
食事のマナーを担当していた講師は皿が額に当たり、顔に飛沫血痕のようなソースが飛び散っており、1人の侍女は飛んできた肉を切るナイフで頬を切ってしまっている。
庇おうとした護衛の騎士の背中を足で蹴りあげるとジェシーは部屋を出て行った。
マナー講師は食事の仕方もさることながら、邪魔だからとここ最近大きくスリットのついた娼婦のようなドレスに頭を抱えながらも【今日頼まれたのはカトラリーの使い方】なのだと顔を引きつらせて指導をしていたが、足が浮腫むのか突然両足をカエルのように広げて踵を椅子に引っ掛けるような姿勢を取るジェシーに注意をした。
その結果、「肉をナイフで切る時は音を立てないで」「一口で入ると思うよりもう少し小さめに切る」「口の中に食べ物がある時は話をしない」と注意されてばかりだったジェシーは癇癪を起した。
腹も8カ月になると重心が前に傾き、歩きにくいし座っていても腰が痛くなる。
悪阻がおさまってからはとにかく甘い物が食べたくて仕方がない。
そして市井にいた頃は毎晩のように飲んでいた酒もここに来てからは薄いワインですら飲めていない。
安定期に入ってからは男女の営みも激しくなければと解禁となり時折レオンがやってくる。
だが「腹の子に何かあってはいけないから」と達したのはレオンだけである。
2カ月ほど前に解禁された時は、今ほどに腹も出ておらず何度も達する性交が出来た。
しかし痙攣をし過ぎたのか少し出血をしてしまい、それからは物足りない性交のみである。
レオンが寝息を立てているのを確認してジェシーはレオンが飲み残したワインを飲み干した。
久しぶりのアルコールは気分が高揚した。以降は3日と空けずにレオンを夜誘うようになった。
性交が目的ではない。性交の前にレオンが飲むワインが目的である。
2日酔いになると当然学問など頭が痛くなるだけである。
この頃は頑張ってもレオンからのご褒美がつまらないモノになった。
「このお菓子、この前マナーの時に食べたんだけどな」
「そうか?いや、流行っていると聞いて買って来たんだが遅かったな」
「そうだよー。それよりブランデーケーキが食べたいんだけど」
「それはアルコールがかなり入っているからダメだ。他のケーキはどうだ?」
「だったら肉が食べたい。肉っ!美味しいやつ」
「わかった。次の食事のマナーの時はそうするように頼んでおくよ」
「やったぁ!レオン大好き」
「僕も大好きだよ。ジェシー(ちゅっ♡)」
そうして食事のマナーだったのだが、暴飲暴食にアルコール、何かに理由をつけて講義をさぼり部屋で寝ていれば足も浮腫んでしまう。
飲みたいのはワインでもいいが今はエールが飲みたい。肉が出てるのに何故エールがない?
そんな些細な事もジェシーを苛立たせた。
それまでも茶が熱いと言って、ジェシーは茶器を侍女に持たせたことがある。
異国のマナーの時間だったがその国では淹れられた茶は手に取らずまず香りをじっくりと楽しみ、会話をしていい加減に冷めた頃に飲むのがマナーだった。
しかし、先に説明をされていても碌に聞いてもいなかったジェシーはカップを持って熱いと騒いだ。
侍女は手のひらが赤くなる程度だったが、侍女頭に配置換えを申請した。
レオンが度々に連れ出す市井では護衛の騎士が翻弄される。
大きな腹を抱えて躓いて転びでもしたら大変な事になるし、流れでもすれば一族が処罰をされる。
だが、レオンの手を引きあちこちと動き回り、この時とばかりに冷たい果実水をがぶ飲みする。
最も困るのが喫煙である。何度か見つけて注意をするが怒って騎士の腕や隊服に火のついた煙草を押し付ける。着替えを手伝った侍女が妙な臭いがすると思えば噛み煙草を嗜んでいる事もあった。
侍女は侍女頭に報告をしたのだが、ジェシーは騎士が告げ口をしたのだと思い、見知った顔を見つけると近くにくると思い切りむこう脛を蹴り上げて「チクリ野郎」と罵った。
絶対にやり返す事は出来ないし、声を荒げる事も出来ない。付き人の苦情が増えるのも無理はない。
こんな事が続けば、護衛をする騎士も侍女も次々に変わっていく。
カイゼルは自らがレオンの側近を下りない事で、レオンの身の回りを知る事が出来る。
宰相候補だったカイゼルはレオンの失脚とも言える事態にもカイゼル本人の能力と努力でまだ王宮の中枢とも言える部署に留まる事が出来ている。
しかしここ数日は騎士団と侍女たちを纏める女官総事務課から突き上げを食らってしまい、担当していたものが胃痛で入院をしてしまった事で対応に追われていた。
「なんだ!この手紙は!」
コルストレイ侯爵家では【命令書】を意味する特殊な蝋封がされた手紙を読み、侯爵は怒りの炎で手紙を焼き尽くすのではないかと思うほどに怒りを隠さない。
流石にこれにはずっと静観をしてきた夫人もかつての王女の顔になり家令に帝国に送る手紙の用意を頼み、手渡された紙に素早くペンを走らせる。
兄も不機嫌にソファに足を組んで深く座り込む。
落ち着き払っているのは当事者のヴィオレッタのみである。
王宮勤務を終えて日参となっているコルストレイ侯爵家を訪れたカイゼルは拳を強く握り、唇を噛み締める。
カイゼルは何通かの愚かな手紙が届く事は事前にコルストレイ侯爵家に伝えてはきたが、この【命令書】は不覚にも抜かってしまった。
「カイゼル様、そのように唇を噛んではいけません」
「ぐっ…すまない。こんな事をしでかすとは…」
「ここ数日忙しかったのです。ほら、今も目の下にくまさんが住み着いておられますよ」
そっと下瞼のあたりに指を伸ばすヴィオレッタの手を掴み、「すまない」と何度も謝罪をするカイゼル。
「気にしても仕方ありません。命令書なのですから登城するだけは致しましょう」
命令に従って登城するだけだというヴィオレッタ。
しかしこの場にいる者はヴィオレッタも含め未来は読めない。
そこでヴィオレッタが命を落とし、レオンが更なる窮地に追い込まれる最終章に入った事には誰も気が付かなった。
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