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第29話 怒りの矛先
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翌日の早朝、エクルドール侯爵家からは荷馬車が5台列をなして出立していった。
ウォルスは全てをマリンシー家で用意をすると言ったが、文面通りに受け取って本当に何もしないわけにはいかない。
「親の最後の務めだと思って頂ければ」
そう言われればウォルスも娘を思う親心を無碍に出来ない。
午後に出立をするウォレスやクリスタの方がずっと早く到着をするが、1カ月以上も日が空くのでクリスタが船酔いをしても十分に回復し、領にも馴染んで来た頃に荷物が来る。
クリスタが領にいる使用人に指示も出しやすいだろうと考え、輿入れ道具として受け入れる事にした。
★~★
早朝に荷馬車を見送るクリスタ、そして隣にウォルス。周囲には数人の侯爵家の使用人。
離れた場所で様子を伺っていたのはライエンだった。
ライエンの予定では昨日の朝から侯爵家では蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているはずだったが、侯爵家は静まり返ったまま。騎士の出入りはあるけれどいつもと大差のない人数と頻度で頼まれ屋は本当に毒矢を放ったのか?疑問に感じた。
が、堀の向こう側。高い塀の足元には死んでいたフナが何匹も掬い上げられていた。
その様子に敢えて侯爵家が平静を装っているのだと悟り、ライエンは声をあげて笑いそうになってしまった。
毒矢を放つ前の日、ボヤ騒ぎを依頼したのもライエンだった。
ライエンにとってボヤ騒ぎで気付かせた小麦の袋の中身は警告だった。
クリスタとは12年も婚約者だったのだから、侯爵家の庭で何度も茶会はしたし幼い頃はクリスタと庭を駆けまわった。その時に「ここには近づいてはいけない」と教えられたのが井戸と池。
侯爵家に侵入する事など不可能に近いのだから、人間を侵入させる事など最初から考えていない。
最初はライエンの仕業だと気がつかなくていい。
続く嫌がらせに気がついた時「ライエンに申し訳ない事をした」と奪ったライエンの私財に高利貸しの利息を付けて返してもらえればいいのだ。
それまでせいぜい「次は何をされるのだろう」と怯えて暮らせばいい。
さて、戻って第2弾でも依頼をするか。
ライエンが帰ろうとした時、人の声がして門が開き荷馬車が出てきた。
風上にいるので何を言っているのかはきこえないが楽し気に会話をした御者と使用人たち。
そこにクリスタが出てきた。
「クリスタっ?!それにあの男、どこかで…あっ!マリンシー!」
ライエンの表情が歪んだ。
――なんてことだ!――
続く嫌がらせに怯え、慄き、体を震わせて生きて行けばいいと怒りの矛先を向けたのはエクルドール侯爵だったが、ウォルスの隣で楽し気に笑い、使用人と会話をするクリスタを見たライエンは怒りに震えた。
予想を遥かに超える出来事に遭遇すると、捻じ曲がった解釈をする者も少なからずいる。
ライエンはまさにその人だった。
「あの女、この私よりそんな男を選んだのか?オリビアのお古なのに?」
ライエンは腹が立ちすぎて涎と鼻血が混ざり合い足元に雫となって落ちた。
口が開きっぱなしになっている事も、鼻血が出ていることも気がつかない。
ライエンの耳に聞こえるのは自分の心臓の音だけで、見える景色も目の前のクリスタだけになった。
クリスタの隣にいるのがウォレスだと解ると、自分は天秤にかけられ、都合よく操られたのだと思った。
マリンシー家はただの伯爵家ではなく辺境伯家とも言える立ち位置だがライエンの考える貴族のトップは公爵家であり、次期公爵であった自分と田舎貴族を天秤にかけたことが許せなかった。
何より腹立たしいのは比べただけじゃない。クリスタが選んだのはライエンではなくウォルスだったこと。
――私よりもあんな男を選んだのか?この私を捨てて?冗談じゃない――
ウォルスは王妃がオリビアの嫁ぎ先にと話を付けた貴族。
オリビアに渡すものかとライエンまで巻き込んだからライエンは謂れのない罪を着せられ、栄光も名誉も全て取り上げられてオリビアを押し付けられたと考えた。
「踊らせているつもりが、私が踊らされていたとはな。暫くダンスをしていなかったからすっかり忘れてたよ。クリスタ」
時系列で考えれば全ての原因はライエンとオリビアにあると解りそうなものだが、今、ライエンは政争に負けたのならまだ許せるが、男として選ばれなかった、いや違う。
クリスタが己の欲望を叶える道具としてライエンを扱った事が許せなかった。
ライエンはエクルドール侯爵の手元に移った資産などどうでも良くなった。
「クリスタ、私をコケにしたな?万死に値するぞ」
ライエンの怒りの矛先が照準を変えた。
ウォルスは全てをマリンシー家で用意をすると言ったが、文面通りに受け取って本当に何もしないわけにはいかない。
「親の最後の務めだと思って頂ければ」
そう言われればウォルスも娘を思う親心を無碍に出来ない。
午後に出立をするウォレスやクリスタの方がずっと早く到着をするが、1カ月以上も日が空くのでクリスタが船酔いをしても十分に回復し、領にも馴染んで来た頃に荷物が来る。
クリスタが領にいる使用人に指示も出しやすいだろうと考え、輿入れ道具として受け入れる事にした。
★~★
早朝に荷馬車を見送るクリスタ、そして隣にウォルス。周囲には数人の侯爵家の使用人。
離れた場所で様子を伺っていたのはライエンだった。
ライエンの予定では昨日の朝から侯爵家では蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているはずだったが、侯爵家は静まり返ったまま。騎士の出入りはあるけれどいつもと大差のない人数と頻度で頼まれ屋は本当に毒矢を放ったのか?疑問に感じた。
が、堀の向こう側。高い塀の足元には死んでいたフナが何匹も掬い上げられていた。
その様子に敢えて侯爵家が平静を装っているのだと悟り、ライエンは声をあげて笑いそうになってしまった。
毒矢を放つ前の日、ボヤ騒ぎを依頼したのもライエンだった。
ライエンにとってボヤ騒ぎで気付かせた小麦の袋の中身は警告だった。
クリスタとは12年も婚約者だったのだから、侯爵家の庭で何度も茶会はしたし幼い頃はクリスタと庭を駆けまわった。その時に「ここには近づいてはいけない」と教えられたのが井戸と池。
侯爵家に侵入する事など不可能に近いのだから、人間を侵入させる事など最初から考えていない。
最初はライエンの仕業だと気がつかなくていい。
続く嫌がらせに気がついた時「ライエンに申し訳ない事をした」と奪ったライエンの私財に高利貸しの利息を付けて返してもらえればいいのだ。
それまでせいぜい「次は何をされるのだろう」と怯えて暮らせばいい。
さて、戻って第2弾でも依頼をするか。
ライエンが帰ろうとした時、人の声がして門が開き荷馬車が出てきた。
風上にいるので何を言っているのかはきこえないが楽し気に会話をした御者と使用人たち。
そこにクリスタが出てきた。
「クリスタっ?!それにあの男、どこかで…あっ!マリンシー!」
ライエンの表情が歪んだ。
――なんてことだ!――
続く嫌がらせに怯え、慄き、体を震わせて生きて行けばいいと怒りの矛先を向けたのはエクルドール侯爵だったが、ウォルスの隣で楽し気に笑い、使用人と会話をするクリスタを見たライエンは怒りに震えた。
予想を遥かに超える出来事に遭遇すると、捻じ曲がった解釈をする者も少なからずいる。
ライエンはまさにその人だった。
「あの女、この私よりそんな男を選んだのか?オリビアのお古なのに?」
ライエンは腹が立ちすぎて涎と鼻血が混ざり合い足元に雫となって落ちた。
口が開きっぱなしになっている事も、鼻血が出ていることも気がつかない。
ライエンの耳に聞こえるのは自分の心臓の音だけで、見える景色も目の前のクリスタだけになった。
クリスタの隣にいるのがウォレスだと解ると、自分は天秤にかけられ、都合よく操られたのだと思った。
マリンシー家はただの伯爵家ではなく辺境伯家とも言える立ち位置だがライエンの考える貴族のトップは公爵家であり、次期公爵であった自分と田舎貴族を天秤にかけたことが許せなかった。
何より腹立たしいのは比べただけじゃない。クリスタが選んだのはライエンではなくウォルスだったこと。
――私よりもあんな男を選んだのか?この私を捨てて?冗談じゃない――
ウォルスは王妃がオリビアの嫁ぎ先にと話を付けた貴族。
オリビアに渡すものかとライエンまで巻き込んだからライエンは謂れのない罪を着せられ、栄光も名誉も全て取り上げられてオリビアを押し付けられたと考えた。
「踊らせているつもりが、私が踊らされていたとはな。暫くダンスをしていなかったからすっかり忘れてたよ。クリスタ」
時系列で考えれば全ての原因はライエンとオリビアにあると解りそうなものだが、今、ライエンは政争に負けたのならまだ許せるが、男として選ばれなかった、いや違う。
クリスタが己の欲望を叶える道具としてライエンを扱った事が許せなかった。
ライエンはエクルドール侯爵の手元に移った資産などどうでも良くなった。
「クリスタ、私をコケにしたな?万死に値するぞ」
ライエンの怒りの矛先が照準を変えた。
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