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第30話 キスを拒む理由
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ライエンは踵を返すと頼まれ屋の元に向かった。
その前に頼まれ屋に仕事を頼む時には金が必要になる。宝飾品を買い取ってくれた店に立ち寄った。
鼻血も涎もそのままに血走った眼を見開き、鬼の形相で歩くライエンは異様そのものですれ違う人は距離を取り、二度見するのも恐ろしいと早足になって遠ざかった。
「チッ。なんでまだ営業してねぇんだよ!」
店の前まで来たが、時間は朝の7時前。八百屋や魚屋は営業時間も比較的早いがそれでも朝8時。自分に合わせた時間に営業をしていない事に腹を立てたライエンは軒先からつるされた看板を拳で叩いた。
反動で後方に揺れた看板は惰性で前に向かってくる。ライエンは自分が拳で撃った看板の直撃を顔面で受けた。
その様子を見ていた者はつい失笑してしまった。
「誰だ!笑った奴、ここに来い!」
来いと言われて今のライエンの前に出て行く強者などいる筈もない。
ライエンは憤慨しつつ、宿屋に戻った。
部屋に入るとオリビアはまだ寝ていて、洗面室に行くとご丁寧に桶に水が入っていた。
手を浸けると水だったが、宿屋が用意をしたのなら昨夜のうち。
男と女が1つの部屋に泊まるのだから気を利かせて湯でも置いていたんだろうとその桶で顔を洗った。
ライエンが顔を洗う音で目が覚めたオリビアが目を擦りながら背中に声を掛けてきた。
「ライ・・・おはよう。どこかに行ってたの?」
「お前と違って俺は忙しいんだよ」
「そう。あ、そうそう。今日の夕食なんだけど部屋まで運んでくれるんですって。肉と魚どっちにする?」
オリビアの問いかけを無視し、顔を洗った残りを手で掬い、口をゆすいでいるとオリビアが「あっ!」声を出した。
「なんだよ」
「その桶って、ここに置いてあった桶?」
オリビアは床を指さした。
「そうだが?なんだ?」
「ううん。なんでもない」
オリビアは言えなかった。
昨夜は背中の痛くない寝台でライエンに抱かれたけれど事後、隣で鼾をかいて眠るライエンに目が覚めた時、どろりと出て来る不快感に寝台を抜け出し、ついでに不浄も済ませた秘部を洗ったのだとは言えなかった。
「着替えろ。食事に行く」
「食事は部屋に持ってきてくれるそうよ?」
「は?何時頼んだんだ」
「部屋に案内をされた時にベルボーイに頼んだんだけど…ライ、先に部屋に入っちゃったから。言うの忘れてた。てへっ」
言葉を終えた途端、オリビアの頬に痛みが走った。
ライエンに頬を張られたのだ。
「無駄金を使うな!いいか?お前のせいでこの先収入はないんだ」
「で、でもこの宿を取れたのも私がお父様から貰っ――」
「お前の金は私の金だ。お前は馬鹿だから特別に教えてやる」
前髪を鷲掴みにされたオリビアは顔を上げさせられた。
いつぞやオリビアがメイドにした時と同じように。
「妻と言うのは夫に従うものだ。いいか?何をするにも私の指示なしに動くな。金の必要な事を勝手に決めるな。それが貞淑で愛される妻の最低条件だ。今夜も抱いて欲しいなら余計な事をするな」
「どうしたの?ライ。朝からどうしてそんな怒っているの?」
「怒っている?私が?ハッ。私をそんな低俗と一緒にするな。いいか?お前もクリスタと同様に私をコケにするのなら考えがあるぞ」
「クリスタっ?クリスタが何かしたの?」
ライエンの態度もだが、オリビアにはクリスタと名前がライエンの口から出る事が許せなかった。
「あの金を使ってクリスタを痛い目に合わせてやる」
「クリスタを?」
「あぁ、あの女。寄りにも寄ってお前のお古とくっ付いてやがった。許せるか?許せないだろう?私に捨てられるにしてもゴミはゴミなりに考えるのが当たり前だ」
オリビアはライエンの口からクリスタを蔑む言葉が出たことが嬉しく、内容などどうでも良かった。
オリビアの中でもクリスタは悪女だった。
使用人も従者も買収し、あんなボロ屋にオリビアを捨て置くように企てたのはクリスタ以外にあり得ない。
愛するライエンをここまで怒らせるのも許せないが、1つだけ「ざまぁ」と思ったことがあった。
――あの女には伯爵程度がお似合いよ――
オリビアから見てマリンシー伯爵は取るに足らない男だった。
爵位もだが、何より男は見た目だ。ライエンのように見た目にプラスして公爵子息という位置にいる男こそが自分に似合う男であり、背が低く野蛮にも戦に興じる男などお呼びではない。
――そうだ!どうせなら――
オリビアは不意に浮かんだ素敵な提案をライアンに告げた。
「ね?この前の頼まれ屋に、クリスタを穢して貰うのはどう?田舎貴族の男だもの。散々に色んな男に弄ばれた女がお似合いじゃない?」
「襲わせるのか。それもいいな。なんなら男の目の前で他の男に凌辱させるのもいいな」
想像をしたのか笑い始めたライエンは起きたばかりのオリビアにキスをしようとした。
「待って。私まだ朝の歯磨きをしてないの」
咄嗟に桶の水でウガイをしていたライエンを思い出しオリビアはキスを拒んだのだった。
その前に頼まれ屋に仕事を頼む時には金が必要になる。宝飾品を買い取ってくれた店に立ち寄った。
鼻血も涎もそのままに血走った眼を見開き、鬼の形相で歩くライエンは異様そのものですれ違う人は距離を取り、二度見するのも恐ろしいと早足になって遠ざかった。
「チッ。なんでまだ営業してねぇんだよ!」
店の前まで来たが、時間は朝の7時前。八百屋や魚屋は営業時間も比較的早いがそれでも朝8時。自分に合わせた時間に営業をしていない事に腹を立てたライエンは軒先からつるされた看板を拳で叩いた。
反動で後方に揺れた看板は惰性で前に向かってくる。ライエンは自分が拳で撃った看板の直撃を顔面で受けた。
その様子を見ていた者はつい失笑してしまった。
「誰だ!笑った奴、ここに来い!」
来いと言われて今のライエンの前に出て行く強者などいる筈もない。
ライエンは憤慨しつつ、宿屋に戻った。
部屋に入るとオリビアはまだ寝ていて、洗面室に行くとご丁寧に桶に水が入っていた。
手を浸けると水だったが、宿屋が用意をしたのなら昨夜のうち。
男と女が1つの部屋に泊まるのだから気を利かせて湯でも置いていたんだろうとその桶で顔を洗った。
ライエンが顔を洗う音で目が覚めたオリビアが目を擦りながら背中に声を掛けてきた。
「ライ・・・おはよう。どこかに行ってたの?」
「お前と違って俺は忙しいんだよ」
「そう。あ、そうそう。今日の夕食なんだけど部屋まで運んでくれるんですって。肉と魚どっちにする?」
オリビアの問いかけを無視し、顔を洗った残りを手で掬い、口をゆすいでいるとオリビアが「あっ!」声を出した。
「なんだよ」
「その桶って、ここに置いてあった桶?」
オリビアは床を指さした。
「そうだが?なんだ?」
「ううん。なんでもない」
オリビアは言えなかった。
昨夜は背中の痛くない寝台でライエンに抱かれたけれど事後、隣で鼾をかいて眠るライエンに目が覚めた時、どろりと出て来る不快感に寝台を抜け出し、ついでに不浄も済ませた秘部を洗ったのだとは言えなかった。
「着替えろ。食事に行く」
「食事は部屋に持ってきてくれるそうよ?」
「は?何時頼んだんだ」
「部屋に案内をされた時にベルボーイに頼んだんだけど…ライ、先に部屋に入っちゃったから。言うの忘れてた。てへっ」
言葉を終えた途端、オリビアの頬に痛みが走った。
ライエンに頬を張られたのだ。
「無駄金を使うな!いいか?お前のせいでこの先収入はないんだ」
「で、でもこの宿を取れたのも私がお父様から貰っ――」
「お前の金は私の金だ。お前は馬鹿だから特別に教えてやる」
前髪を鷲掴みにされたオリビアは顔を上げさせられた。
いつぞやオリビアがメイドにした時と同じように。
「妻と言うのは夫に従うものだ。いいか?何をするにも私の指示なしに動くな。金の必要な事を勝手に決めるな。それが貞淑で愛される妻の最低条件だ。今夜も抱いて欲しいなら余計な事をするな」
「どうしたの?ライ。朝からどうしてそんな怒っているの?」
「怒っている?私が?ハッ。私をそんな低俗と一緒にするな。いいか?お前もクリスタと同様に私をコケにするのなら考えがあるぞ」
「クリスタっ?クリスタが何かしたの?」
ライエンの態度もだが、オリビアにはクリスタと名前がライエンの口から出る事が許せなかった。
「あの金を使ってクリスタを痛い目に合わせてやる」
「クリスタを?」
「あぁ、あの女。寄りにも寄ってお前のお古とくっ付いてやがった。許せるか?許せないだろう?私に捨てられるにしてもゴミはゴミなりに考えるのが当たり前だ」
オリビアはライエンの口からクリスタを蔑む言葉が出たことが嬉しく、内容などどうでも良かった。
オリビアの中でもクリスタは悪女だった。
使用人も従者も買収し、あんなボロ屋にオリビアを捨て置くように企てたのはクリスタ以外にあり得ない。
愛するライエンをここまで怒らせるのも許せないが、1つだけ「ざまぁ」と思ったことがあった。
――あの女には伯爵程度がお似合いよ――
オリビアから見てマリンシー伯爵は取るに足らない男だった。
爵位もだが、何より男は見た目だ。ライエンのように見た目にプラスして公爵子息という位置にいる男こそが自分に似合う男であり、背が低く野蛮にも戦に興じる男などお呼びではない。
――そうだ!どうせなら――
オリビアは不意に浮かんだ素敵な提案をライアンに告げた。
「ね?この前の頼まれ屋に、クリスタを穢して貰うのはどう?田舎貴族の男だもの。散々に色んな男に弄ばれた女がお似合いじゃない?」
「襲わせるのか。それもいいな。なんなら男の目の前で他の男に凌辱させるのもいいな」
想像をしたのか笑い始めたライエンは起きたばかりのオリビアにキスをしようとした。
「待って。私まだ朝の歯磨きをしてないの」
咄嗟に桶の水でウガイをしていたライエンを思い出しオリビアはキスを拒んだのだった。
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