王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru

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第二王子の初恋と嫉妬

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ディオンは焦っていた。


後ろ盾としては国内でも1、2を争うの2家が自分についたとはいえ、ひっくり返しようのない功績をセレスタンが持っていた。その功績による民衆のセレスタンを称える声はやむ事がない。

アデライドは放っておいてもディオンに夢中で、ディオンも悪い気はしない。
美男美女と言われる2人は何処に行くにも一緒で、12歳でありながらも唇を合わせる以上の関係にもなっていた。体を繋げることは無くとも、2人きりになればアデライドは寛ぐディオンの前に跪いて奉仕をした。
誰にも言えない関係は背徳感もあり、2人だけの秘密と言うのも楽しかった。


しかし、それだけなのだ。


アデライドが婚約者になった時は、天下を取った気になっていた。
誰も彼もがディオンを持て囃したからだ。その時ばかりは【ご祝儀】なのだろう。
だれもセレスタンの揺るがない功績を一言も口にしなかった。


2カ月ほどすると、異母兄のセレスタンに婚約者が出来る事を聞いた。
クディエ公爵家と聞いて首を傾げたが、10年ほど前に養女に迎え入れた令嬢で体が弱く領地に引きこもっていたと聞いてどこか安心をした。

金や家柄ではなく、アデライドは連れて歩くにも【黙っていれば】いい令嬢で、知識は4、5歳の子供の方がもっと賢く、空気を読む。明らかに【失敗】なのだ。
だが、功績がないディオンには捨てられない駒だった。

――並んだ時に差を感じたくない――

どうしても隣で黙ってニコニコしていれば良いわけではないのが王子の婚約者。
見た目以上に中身が問題視されるのが王族に嫁ぐ者。
それほどまでにアデライドの出来は残念だったのだ。


会ってどうなるわけでもないが、どんな令嬢だろうと一目ディオンは見てみたいと思った。


クディエ公爵が到着したと聞いてディオンは庭園の薔薇の植え込みに隠れ、クディエ公爵の後ろを付いて歩くシルヴェーヌを見つけた。

横顔を見ただけだったが、雷に打たれたような衝撃に心臓が早鐘を打った。
全身の血液が猛烈な勢いで駆け巡り、息が苦しくなった。
僅かな時間。すぐに横顔は後ろ姿になり小さくなっていく。

アデライドなどすぐにどうでも良くなった。何かを話すその横顔を隣で見ていたい。
出来る事なら風で靡く髪を手櫛で梳いてやりたい。

どうしても…欲しいと思ってしまった。
それが恋なのか。セレスタンに対しての嫉妬なのか判らない。

12歳のディオンも背が高いわけではない。ガゼボのある付近は薔薇の植え込みも高くしてあって直ぐに背伸びをしても頭も見えなくなった。


いけない事だとは判っていたが、そっと近寄り植え込みの向こう側の声を聞いた。

【クディエ公爵家が娘、シルヴェーヌで御座います。本日はお招き頂きありがとうございます】

目を閉じてディオンは甘美な声をもっと欲した。
しかし、聞こえてきたのはセレスタンの耳を疑うような言葉だった。

【で?お人形さん。大人の言いなりになって嫁いでくる気があるのかい?】

その場にいなくても場の空気が一気に温度を下げたのが解る。

――泣いてないだろうか。どんな顔をして異母兄を見てるんだろう――

そう考える側にまたセレスタンの声が聞こえてきた。

【遊ぶには面白そうだから婚約者にしてあげるよ】
【誰が来ても同じです。私はアデライド以外なら蟻でも芋虫でも同じですから】

植え込みからどれほど飛び出してしまおうと思った事か。
ディオンはセレスタンに対して、それまで以上の憎しみとさらに激しくなった嫉妬を燃やした。

国王と王妃の子供だと言うだけで王太子の座に納まり、アデライドに捨てられたくせに!美しいシルヴェーヌの婚約者になれる癖に。悔しくてならないディオンは目の前の薔薇の花を手で握り潰した。

花びらがポロポロと落ちていくが、植えてある薔薇には棘がある。
思い切り深く握ってしまった手からは花びらよりも赤いものが地に染みこんでいった。



更にディオンを苛立たせる事が起きた。

国王はセレスタンとディオンを執務室に呼んだ。国王を挟んで両側には2人の母がいた。
己の母と向かい合わせになるように腰を下ろした2人に国王に言われていた事があった。

【側近を選びなさい】


セレスタンは既に王太子となっているが国王は迷っている節が伺えた。
それは本来なら王太子となった時には側近は選定しておくべきだからだ。
以前、セレスタンには将来右腕と左腕になるであろう子息が側近としてついていた。

しかし、アデライドとの婚約を解消して欲しいと願い出た時から側近も解任していた。

――国王になるチャンスはまだあるという事だ――

ディオンは早速側近として相応しい子息を調べ出した。
ディランは言われた通りに2人まで選んでよいと言われ、慣例に習い同年代で【智】と【武】に長けた者を探した。セレスタンの動きは調べさせていたが動いていないと報告があった。

だから気を抜いてしまったのかも知れない。

そうして選んだのが

セレスタンはトラント公爵家のクロヴィスのみ。
ディランはアレンス侯爵家のカールストンとホマスタール伯爵家のヘルベルトだった。

クロヴィスとヘルベルトは剣技、つまり【武】に長けており共に第一騎士団団長が甲乙付け難しと太鼓判を押した者だった。


【智】に長けているとなると学園にも通っていないディランには判別が難しかった。賢いけれどそれを表に出さず権力を欲しない者。同年代で抜きんでていると言われる者は何人かいるが、12歳前後で人より賢いと言われている者は二極化していた。

研究に寝食も忘れて没頭している者
人に担がれる事はあっても担ぐ事はしない者

さじ加減は難しい。
前者なら学問には没頭するため成績は良いのだが他に興味がない。
学びを極めたいだけで政治は興味がないのだ。

後者はあるじとする王子を立てようとはしない。
うっかりしていれば敵に寝返ったり、最悪敵に売られ足元を救われかねないのだ。なまじ頭がいいだけにあるじ側にも相応の知識などの頭脳が求められる。
ぐうの音も出ないほどに相手を跪かせるのには、実態のないカリスマ性であったり絶対的な安心感であったりで相手を取り込む必要があった。

結局、ディランは側妃である母親の力を借りてカールストンを側近に迎えた。
セレスタンにクロヴィスしかいない事に、鼻で笑った。

「兄上?私は目がおかしくなったのだろうか。1人足らないように見えるが」
「いいや?お前に足らないのは中身であって目ではないから安心するといい」

国王の目の前で足らないものを斬り返されてディランは頭に血が上った。

「どうせ探せなかったのだろう。兄上は厚手のコートもお持ちではないようだから国の隅々までは出向く事が出来なかったと見える。言って頂ければ温かなコートを貸して差し上げたのに」


ディランは遠回しに【お前には金がない】【おこぼれにあやかれば良いだろう?】と返した。
しかし、セレスタンは全く動じない上、悔しいがディオンよりも上手だった。

「ゴテゴテに着飾っても動きが鈍くなるだけだからね。汗疹になりそうで遠慮しておくよ」

セレスタンの言葉にディランはギリリと奥歯を嚙み締めた。

つまり言われた人数は上限であるだけで必ずしも満たす必要はないし、下手に頭のいいものを諸刃の剣で連れるくらいなら自分がそれを兼任すれば動きやすいと言う訳だ。

その上、セレスタンは聞き捨てならない事を口にした。

【折角の婚約者。ここで使わないのなら使い道はない。せいぜい働いて貰います】

セレスタンはディオンの顔を見もしなかった。
今更カールストンを切る事も出来ず、その上アデライドに手伝ってもらえば用事と手間と出戻りが増えるだけである。
やっとこの時、ディオンはセレスタンがアデライドとの婚約を解消し距離を取りたがったのかが解った気がした。
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