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アデライドの失態
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「何、これ…」
声をあげたのはアデライドだった。
従者の1人がアデライドの侍女に速やかに立ち去るように言葉を掛けた。
悪気があった訳ではないが、アデライドは気ままに王宮内の庭園を歩き回る。時に王妃の庭園に迷い込んでしまった事もあるが、王妃は「仕方ない」と咎める事をしなかった。
ややこしいのは【王妃が赦した】という前例を作ってしまった事だった。
地位としては国王の次に位置する王妃の庭に迷い込むなど、暗殺を疑われその場で斬られるか、牢の中で石を抱いて過ごすかになるのだが、王妃は注意をする事もなかったし、声を荒げる侍女を叱ったくらいだ。
いい気になったアデライドはこのところ増えた一人の時間を持て余し、王宮の庭園を散歩していたそんな時にセレスタンとシルヴェーヌの茶会の席に迷い込んでしまったのだ。
そこは異様な雰囲気だった。
一言も言葉を発しないセレスタンの向かいでは、同じように言葉を発しないシルヴェーヌ。
そこにはアデライドがいつも経験している婚約者同士の親密な関係はなかった。
お互いを視界の、いや思考の端にも入れないただ時間が過ぎるだけを待つ空間に思えた。
――何なのこの2人――
ただ時間が過ぎるのを待つだけかと思えば、アデライドが迷い込んだ時、セレスタンは満面の笑みで捕まえた蝶を固い茎で編んだ籠に入れて愛でていた。
異様だと感じたのはその籠の中は蝶がぎゅうぎゅうに詰め込まれていたからだ。
ゆっくり立ち上がってアデライドに向かって歩いてきたセレスタンはアデライドの頭の上で籠の底を抜いた。
バサバサと落ちてくる詰め込まれた蝶にアデライドは絶叫した。
幼い日に突然自我を前に出し、自分を罵って突き飛ばした男は従者に告げた。
「この汚物を片付けてくれ」
「畏まりました」
「おっ汚物ってどういう事よ!やっ!放しなさいよ」
「バイエ侯爵令嬢。ここはね…私の許可なく立ち入ることは禁じている区画だ」
「迷っただけですわ。この程度の事でなんと狭量なのでしょう」
「こうやって首と胴は繋がっているし、心臓も動いているだろう?十分に寛大だと思うがね。次はないと思うが二度同じ事をすればその場で貴女の心臓はもう拍動を止める」
「そんなっ。わたくしは第二王子殿下のディ――――ギャァァ!」
籠に残っていた動かぬ蝶を指で挟むとセレスタンはそれをアデライドの目の前に突きつけた。至近距離に見えた蝶の胴体にアデライドは再度叫び、今度は腰も抜かした。
「バイエ侯爵令嬢、静寂を知っているか?‥‥ふふっ知るはずも無いか」
助けを求めようとアデライドはシルヴェーヌを見て息を飲んだ。
「ヒィッ!!」
ここに迷い込んだ時と同じ姿勢で微動だにしないシルヴェーヌ。
音がするとすれば、風でその髪が靡いた音だけだった。アデライドを見る…いやここにいる事すら気が付いているのだろうか。
ちらりとセレスタンを見るも、セレスタン本人もそこにシルヴェーヌに対する配慮は全くない。存在すら認めていないかにも感じた。
「元婚約者のよしみだ。特別にもう一度聞かせてやろう。静寂を知っているか?私はその静寂を一人で楽しむのが好きなんだ。邪魔されるのは、この上なく不愉快に感じるんだよ」
アデライドはセレスタンの目を見てゾッとした。
そこにあるのは狂気としか言いようのない瞳だった。
「も、申し訳ございません。王妃様には何も言われなかったので‥つい」
「王妃?あぁあの城壁の飾りにもならない塵芥の事か」
「塵芥…」
「魯鈍漢に物申す塵芥。世も末だ。失せよ」
アデライドの従者は慌ててアデライドを起こすと、この場を立ち去るようにアデライドを誘導した。アデライドには解らずとも足元に散らばる蝶の死骸に従者の顔色は真っ青だった。
ここ数か月セレスタンの不興を買った者が次々と消えていた事を思い出したのだ。
その中には重鎮と呼ばれた侯爵家当主も含まれていたが、誘拐でも失踪でもなく忽然と姿を消した。生きているのか儚くなっているのかそれすらも判らない。
セレスタンの関与を匂わせるものは何一つないが、共通しているのは水面下で側妃の子だが既に降家している王女を御旗に新生国家を造ろうと動いていた者達ばかり。
しかし16歳になったばかりの言ってみればまだ少年。主だった後ろ盾もクディエ公爵家だけで大した働きはないと見るのが普通だったが、従者は蝶の死骸を見て気が付いた。
――やはり首謀者はセレスタン殿下?!――
散らばった蝶には1匹とて同じ蝶はいなかった。
貴族には家紋があると同様に【色】を持っている。消えた貴族達と共通する色を持った蝶の死骸。
王妃に対し例え実の息子で王太子と言えど不敬な発言。
この2つを結び付けた時、従者は幾多の修羅場を掻い潜った事はあるが、それとは違う異様な感情に身震いした。
しかし【勘】でしかない。何一つ証拠はないし16歳の少年が蝶を採集していて何がおかしいと言われれば反論は出来ない。ただ解るのはここに主の愛娘を置いておくことは危険だと言う事だ。
アデライドが去った後も、セレスタンとシルヴェーヌの茶会は失敗1つ許されない儀式のような空気が漂うなかで継続された。
茶会が終わり、先に戻っていくセレスタンの背を見送るとシルヴェーヌは散らばった蝶を丁寧に集め、土の中に埋めた。セレスタンと婚約をして3年目。当初からセレスタンは歪んでいたがここ最近は目を背けるものが多くなった。
セレスタンが呼びださない限り会う事のない婚約者同士。
シルヴェーヌは土に汚れた指先を見て、従者に告げ立ち上がった。
「セレスタン殿下の部屋に参ります」
☆彡☆彡
次回この件についてのシルヴェーヌからの視点になります。
声をあげたのはアデライドだった。
従者の1人がアデライドの侍女に速やかに立ち去るように言葉を掛けた。
悪気があった訳ではないが、アデライドは気ままに王宮内の庭園を歩き回る。時に王妃の庭園に迷い込んでしまった事もあるが、王妃は「仕方ない」と咎める事をしなかった。
ややこしいのは【王妃が赦した】という前例を作ってしまった事だった。
地位としては国王の次に位置する王妃の庭に迷い込むなど、暗殺を疑われその場で斬られるか、牢の中で石を抱いて過ごすかになるのだが、王妃は注意をする事もなかったし、声を荒げる侍女を叱ったくらいだ。
いい気になったアデライドはこのところ増えた一人の時間を持て余し、王宮の庭園を散歩していたそんな時にセレスタンとシルヴェーヌの茶会の席に迷い込んでしまったのだ。
そこは異様な雰囲気だった。
一言も言葉を発しないセレスタンの向かいでは、同じように言葉を発しないシルヴェーヌ。
そこにはアデライドがいつも経験している婚約者同士の親密な関係はなかった。
お互いを視界の、いや思考の端にも入れないただ時間が過ぎるだけを待つ空間に思えた。
――何なのこの2人――
ただ時間が過ぎるのを待つだけかと思えば、アデライドが迷い込んだ時、セレスタンは満面の笑みで捕まえた蝶を固い茎で編んだ籠に入れて愛でていた。
異様だと感じたのはその籠の中は蝶がぎゅうぎゅうに詰め込まれていたからだ。
ゆっくり立ち上がってアデライドに向かって歩いてきたセレスタンはアデライドの頭の上で籠の底を抜いた。
バサバサと落ちてくる詰め込まれた蝶にアデライドは絶叫した。
幼い日に突然自我を前に出し、自分を罵って突き飛ばした男は従者に告げた。
「この汚物を片付けてくれ」
「畏まりました」
「おっ汚物ってどういう事よ!やっ!放しなさいよ」
「バイエ侯爵令嬢。ここはね…私の許可なく立ち入ることは禁じている区画だ」
「迷っただけですわ。この程度の事でなんと狭量なのでしょう」
「こうやって首と胴は繋がっているし、心臓も動いているだろう?十分に寛大だと思うがね。次はないと思うが二度同じ事をすればその場で貴女の心臓はもう拍動を止める」
「そんなっ。わたくしは第二王子殿下のディ――――ギャァァ!」
籠に残っていた動かぬ蝶を指で挟むとセレスタンはそれをアデライドの目の前に突きつけた。至近距離に見えた蝶の胴体にアデライドは再度叫び、今度は腰も抜かした。
「バイエ侯爵令嬢、静寂を知っているか?‥‥ふふっ知るはずも無いか」
助けを求めようとアデライドはシルヴェーヌを見て息を飲んだ。
「ヒィッ!!」
ここに迷い込んだ時と同じ姿勢で微動だにしないシルヴェーヌ。
音がするとすれば、風でその髪が靡いた音だけだった。アデライドを見る…いやここにいる事すら気が付いているのだろうか。
ちらりとセレスタンを見るも、セレスタン本人もそこにシルヴェーヌに対する配慮は全くない。存在すら認めていないかにも感じた。
「元婚約者のよしみだ。特別にもう一度聞かせてやろう。静寂を知っているか?私はその静寂を一人で楽しむのが好きなんだ。邪魔されるのは、この上なく不愉快に感じるんだよ」
アデライドはセレスタンの目を見てゾッとした。
そこにあるのは狂気としか言いようのない瞳だった。
「も、申し訳ございません。王妃様には何も言われなかったので‥つい」
「王妃?あぁあの城壁の飾りにもならない塵芥の事か」
「塵芥…」
「魯鈍漢に物申す塵芥。世も末だ。失せよ」
アデライドの従者は慌ててアデライドを起こすと、この場を立ち去るようにアデライドを誘導した。アデライドには解らずとも足元に散らばる蝶の死骸に従者の顔色は真っ青だった。
ここ数か月セレスタンの不興を買った者が次々と消えていた事を思い出したのだ。
その中には重鎮と呼ばれた侯爵家当主も含まれていたが、誘拐でも失踪でもなく忽然と姿を消した。生きているのか儚くなっているのかそれすらも判らない。
セレスタンの関与を匂わせるものは何一つないが、共通しているのは水面下で側妃の子だが既に降家している王女を御旗に新生国家を造ろうと動いていた者達ばかり。
しかし16歳になったばかりの言ってみればまだ少年。主だった後ろ盾もクディエ公爵家だけで大した働きはないと見るのが普通だったが、従者は蝶の死骸を見て気が付いた。
――やはり首謀者はセレスタン殿下?!――
散らばった蝶には1匹とて同じ蝶はいなかった。
貴族には家紋があると同様に【色】を持っている。消えた貴族達と共通する色を持った蝶の死骸。
王妃に対し例え実の息子で王太子と言えど不敬な発言。
この2つを結び付けた時、従者は幾多の修羅場を掻い潜った事はあるが、それとは違う異様な感情に身震いした。
しかし【勘】でしかない。何一つ証拠はないし16歳の少年が蝶を採集していて何がおかしいと言われれば反論は出来ない。ただ解るのはここに主の愛娘を置いておくことは危険だと言う事だ。
アデライドが去った後も、セレスタンとシルヴェーヌの茶会は失敗1つ許されない儀式のような空気が漂うなかで継続された。
茶会が終わり、先に戻っていくセレスタンの背を見送るとシルヴェーヌは散らばった蝶を丁寧に集め、土の中に埋めた。セレスタンと婚約をして3年目。当初からセレスタンは歪んでいたがここ最近は目を背けるものが多くなった。
セレスタンが呼びださない限り会う事のない婚約者同士。
シルヴェーヌは土に汚れた指先を見て、従者に告げ立ち上がった。
「セレスタン殿下の部屋に参ります」
☆彡☆彡
次回この件についてのシルヴェーヌからの視点になります。
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