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シルヴェーヌの事業
「殿下はどうなさったのかしら?」
「18歳まであと2年だもの。婚約者の意味が判ったんじゃない?」
決して悪くはなかったセレスタンの評判だったが、婚約者と仲が悪いという噂だけは婚約を結んだ時から言われ続けていた。しかし先日シルヴェーヌが【どちらの言動か】と問うた答えが出ず、セレスタンは【答えが出るまで】登城し、シルヴェーヌが思う事を聞き、話し合いたいと言った。
一転関係が良くなったように見えて、心の距離が縮まった訳ではないが周りには好意的に受け入れられた。
「殿下、ようこそおいで下さいました」
「よろしく頼む」
ある日、セレスタンとシルヴェーヌは平民も稀に訪れる事があるという医療院を視察に出た。2人が揃っての視察は初めてでシルヴェーヌは馬車に向かって手を振る民の多さに驚いた。
「殿下にはいつも炊き出しを行って頂いてその日は食事にありつける平民も多いのです」
同行する侍女がシルヴェーヌに説明をした。
確かに良い事なのだが、シルヴェーヌにはそれがしっくりこなかった。
そして医療院を視察する時も、小綺麗に掃除された病室、治療室、待合室を回るのだがここでも何か引っかかるものがあった。
「殿下…おかしくはありませんか」
「こんなものだよ。特に今日は視察だからね」
シルヴェーヌの違和感はセレスタンも理解をしていた。
医療院なのに【病人】がいないのだ。病室の寝台は使われた形跡はある。医師の診察を待っているという者もいるが、誰も彼もが丁寧な礼をして、声が掛かるまで良い姿勢で待っている。
足に包帯を巻いた者も直立不動で礼をするのだ。
「わかるだろう。これが欺瞞だ。彼らは今日だけの患者を演じているんだ」
セレスタンは彼らを鼻で笑い、小馬鹿にするだけで何もしなかった。
注意をする事も咎める事も。
不浄に行くふりをして裏手に回れば、【昨日は掃除と洗濯で大変だった】という女性達の声が聞こえてきた。視察に合わせて、視察する部屋だけは清掃をし、シーツを洗ったのだ。
帰りの馬車でセレスタンは【4年後には一掃される】と言った。
シルヴェーヌは【それでは遅い】と言い返した。
「遅いとはどういう意味だ?準備にも時間は――」
「それは殿下の事情。本当の病人は1分1秒が勝負なのですよ」
田舎の公爵領では医者の数は王都よりも当然少なかった。金はあっても距離があるだけに医者が間に合わず儚くなった命もシルヴェーヌは見てきた。
新しい命の誕生のお産でさえ、命懸けなのだと言う事もその目で見てきた。
「殿下、可能であれば医療に従事する者が学ぶ場を作ってください」
「医者ではなく?」
「医療を充実させるのです。同時に医師の増員を検討せねばなりませんが、医師不足はどの国でも問題になっております。医師と同様に不足しているのが看護や介助をする者ですから、医療学院で広く学べるようにして人を育てるのです」
「補助をする者ということか?」
「はい、治療は医師が行っても、患者から病状や日々の状態の聞き取りや清布、食事の補助、医療資材の管理などを行う者です。許可制にしてより専門的な従事だと認め、給与も段階別にあげれば意欲もわくと思います」
「だが、傷口に沸いた蛆を取りたいと言う者はいないと思うが」
「いないからです。いないので今は医師が診察をするのに、傷口にあてた布を剥がす作業が入り必然的に時間がかかっていて1日に診察できる人数が10人前後と少ないのです」
「そんなに平民が医師の面倒になってどうするのだ」
「病気や怪我の時に直ぐに診てもらえるという環境つくりが大事なのです。今は民間療法に頼る者も多く結果的に悪化させたり、状況を悪くする者も多いのです。視察の医療院に患者はいなくても本当の患者は今、治療を待っているのです。殿下の言う世界を待てない患者は多いのです」
「なるほどね」
「無意味とは申しませんが炊き出しにも意味を持たせてくださいませ」
「食うに困る者もいる。意味はある」
「与えるだけが為政者ではありません。炊き出しありきでは改善はしません」
「私の行いが無意味としか聞こえないが?まぁいいだろう予算を100万ケラ取ってやるから自分で結果を出してみろ。但し半年だ」
到底無理だとシルヴェーヌは時間のなさを嘆きそうになった。
だが、セレスタンの目には少しだけ【希望】が浮かんだ気がした。上手くいけば空想論の治世を見直してくれるきっかけになるかも知れない。
翌日からシルヴェーヌは名のある商会や、登城する貴族に話を持ち掛けた。
しかし、なんの功績もなく単に王太子セレスタンの婚約者と言うだけでは誰も重い腰を上げてはくれなかった。
「どうしました?この頃眠れていないのでは?」
声をかけてきたのはセレスタンの側近、クロヴィスだった。
事情を聞いたクロヴィスは大きな商会ではなく個人商店を営む者達の集まりに声をかけてくれた。
「人を雇えって…そりゃ繁忙期に誰かいればと思う事はあるけど常時は無理だよ」
集まってくれた個人店主は口を揃えて言った。
雇うにしても売り上げがそれなりに無ければ払うものも払えない。
かと言って給与だけ払って売り上げがないのも困るのだ。
シルヴェーヌはクロヴィスと共に平民たちが暮らす居住区にも足を運んだ。
しかし、明らかな身分差に誰も近寄ってきてもくれない。町娘のような恰好をしていても突然話しかければ警戒をされてしまって3回目では顔を見ただけで逃げられてしまう始末だ。
時間だけが過ぎていく日々に、兆しが見えたのは公爵家で働いていた使用人の子爵令嬢に偶然出会った事だった。公爵家を辞めて今は実家の手伝いをしているという子爵令嬢は伝手を使い【声】を集めて来てくれた。
多くは働きたいが、働き口がないというものだったが、中には週に数日でいい、1日に数時間ならと育児や介護、大人数の家族を抱えて大半が家事の時間に取られているが就業意欲はあるという声だった。
書類にまとめてみたもののその先をどうすればいいか迷っている所にクロヴィスがやって来た。セレスタンの側近だが王宮にシルヴェーヌが登城している間はシルヴェーヌの護衛をしている。
「色々とありますね…騎士舎でも掃除夫が続かなくて困ってますよ」
「そうなのですか?」
「入りたての兵にやらせてますが、仕事が雑で余計に手間がかかってますけどね」
「他にも何か御座います?」
「配膳の水仕も足らないかな。早朝と深夜は特に」
「そういうのは誰か手伝いにくるのですか?」
「いや、それも入りたての兵にやらせてますから食事の味が悪くて」
それだ!と閃いたシルヴェーヌは早速子爵令嬢に連絡を入れた。
子爵家に窓口になって貰い、求人の募集と派遣をしてもらうためである。
「ふむ。ですがこれでは当家の取り分がありません。冷たいようですが利が出なければ我が家も金を出す事は出来ません」
子爵家も遊びではなく時間も人も使う事業なのだ。報酬はなく慈善事業なのであれば子爵家だけに負担を強いてしまう事になる。シルヴェーヌは肩を落とした。
コトン。執務机で書類と睨み合いをしていたシルヴェーヌの視界に香りのよい茶の入った茶器が置かれた。書類から視線を外す。
「大変そうね。手伝えることはあるかしら?」
行き詰ったシルヴェーヌを助けたのは王妃だった。
セレスタンは事務的な会話しかしてくれなくなり、食事も一緒に取らなくなった。
廊下ですれ違っても母と息子ではなく、王妃と王太子という立場を崩さず拒否をされ続けているという。自業自得だからと自嘲気味に笑う。
「福祉事業と雇用対策費から予算は出せると思うわ。早速申請書を議会に出してみましょう」
思わぬきっかけで王妃との時間も増えていく中、それを憎々し気に見つめる目があった。
王太子セレスタン、その人だった。
同時に、クロヴィスに助言ときっかけを作って貰った事業だったのだが、話の内容は聞こえていなくても仲良さげに話をしている場面は2人きりではないにしても第二王子ディオンの目に触れる機会も多かった。
「18歳まであと2年だもの。婚約者の意味が判ったんじゃない?」
決して悪くはなかったセレスタンの評判だったが、婚約者と仲が悪いという噂だけは婚約を結んだ時から言われ続けていた。しかし先日シルヴェーヌが【どちらの言動か】と問うた答えが出ず、セレスタンは【答えが出るまで】登城し、シルヴェーヌが思う事を聞き、話し合いたいと言った。
一転関係が良くなったように見えて、心の距離が縮まった訳ではないが周りには好意的に受け入れられた。
「殿下、ようこそおいで下さいました」
「よろしく頼む」
ある日、セレスタンとシルヴェーヌは平民も稀に訪れる事があるという医療院を視察に出た。2人が揃っての視察は初めてでシルヴェーヌは馬車に向かって手を振る民の多さに驚いた。
「殿下にはいつも炊き出しを行って頂いてその日は食事にありつける平民も多いのです」
同行する侍女がシルヴェーヌに説明をした。
確かに良い事なのだが、シルヴェーヌにはそれがしっくりこなかった。
そして医療院を視察する時も、小綺麗に掃除された病室、治療室、待合室を回るのだがここでも何か引っかかるものがあった。
「殿下…おかしくはありませんか」
「こんなものだよ。特に今日は視察だからね」
シルヴェーヌの違和感はセレスタンも理解をしていた。
医療院なのに【病人】がいないのだ。病室の寝台は使われた形跡はある。医師の診察を待っているという者もいるが、誰も彼もが丁寧な礼をして、声が掛かるまで良い姿勢で待っている。
足に包帯を巻いた者も直立不動で礼をするのだ。
「わかるだろう。これが欺瞞だ。彼らは今日だけの患者を演じているんだ」
セレスタンは彼らを鼻で笑い、小馬鹿にするだけで何もしなかった。
注意をする事も咎める事も。
不浄に行くふりをして裏手に回れば、【昨日は掃除と洗濯で大変だった】という女性達の声が聞こえてきた。視察に合わせて、視察する部屋だけは清掃をし、シーツを洗ったのだ。
帰りの馬車でセレスタンは【4年後には一掃される】と言った。
シルヴェーヌは【それでは遅い】と言い返した。
「遅いとはどういう意味だ?準備にも時間は――」
「それは殿下の事情。本当の病人は1分1秒が勝負なのですよ」
田舎の公爵領では医者の数は王都よりも当然少なかった。金はあっても距離があるだけに医者が間に合わず儚くなった命もシルヴェーヌは見てきた。
新しい命の誕生のお産でさえ、命懸けなのだと言う事もその目で見てきた。
「殿下、可能であれば医療に従事する者が学ぶ場を作ってください」
「医者ではなく?」
「医療を充実させるのです。同時に医師の増員を検討せねばなりませんが、医師不足はどの国でも問題になっております。医師と同様に不足しているのが看護や介助をする者ですから、医療学院で広く学べるようにして人を育てるのです」
「補助をする者ということか?」
「はい、治療は医師が行っても、患者から病状や日々の状態の聞き取りや清布、食事の補助、医療資材の管理などを行う者です。許可制にしてより専門的な従事だと認め、給与も段階別にあげれば意欲もわくと思います」
「だが、傷口に沸いた蛆を取りたいと言う者はいないと思うが」
「いないからです。いないので今は医師が診察をするのに、傷口にあてた布を剥がす作業が入り必然的に時間がかかっていて1日に診察できる人数が10人前後と少ないのです」
「そんなに平民が医師の面倒になってどうするのだ」
「病気や怪我の時に直ぐに診てもらえるという環境つくりが大事なのです。今は民間療法に頼る者も多く結果的に悪化させたり、状況を悪くする者も多いのです。視察の医療院に患者はいなくても本当の患者は今、治療を待っているのです。殿下の言う世界を待てない患者は多いのです」
「なるほどね」
「無意味とは申しませんが炊き出しにも意味を持たせてくださいませ」
「食うに困る者もいる。意味はある」
「与えるだけが為政者ではありません。炊き出しありきでは改善はしません」
「私の行いが無意味としか聞こえないが?まぁいいだろう予算を100万ケラ取ってやるから自分で結果を出してみろ。但し半年だ」
到底無理だとシルヴェーヌは時間のなさを嘆きそうになった。
だが、セレスタンの目には少しだけ【希望】が浮かんだ気がした。上手くいけば空想論の治世を見直してくれるきっかけになるかも知れない。
翌日からシルヴェーヌは名のある商会や、登城する貴族に話を持ち掛けた。
しかし、なんの功績もなく単に王太子セレスタンの婚約者と言うだけでは誰も重い腰を上げてはくれなかった。
「どうしました?この頃眠れていないのでは?」
声をかけてきたのはセレスタンの側近、クロヴィスだった。
事情を聞いたクロヴィスは大きな商会ではなく個人商店を営む者達の集まりに声をかけてくれた。
「人を雇えって…そりゃ繁忙期に誰かいればと思う事はあるけど常時は無理だよ」
集まってくれた個人店主は口を揃えて言った。
雇うにしても売り上げがそれなりに無ければ払うものも払えない。
かと言って給与だけ払って売り上げがないのも困るのだ。
シルヴェーヌはクロヴィスと共に平民たちが暮らす居住区にも足を運んだ。
しかし、明らかな身分差に誰も近寄ってきてもくれない。町娘のような恰好をしていても突然話しかければ警戒をされてしまって3回目では顔を見ただけで逃げられてしまう始末だ。
時間だけが過ぎていく日々に、兆しが見えたのは公爵家で働いていた使用人の子爵令嬢に偶然出会った事だった。公爵家を辞めて今は実家の手伝いをしているという子爵令嬢は伝手を使い【声】を集めて来てくれた。
多くは働きたいが、働き口がないというものだったが、中には週に数日でいい、1日に数時間ならと育児や介護、大人数の家族を抱えて大半が家事の時間に取られているが就業意欲はあるという声だった。
書類にまとめてみたもののその先をどうすればいいか迷っている所にクロヴィスがやって来た。セレスタンの側近だが王宮にシルヴェーヌが登城している間はシルヴェーヌの護衛をしている。
「色々とありますね…騎士舎でも掃除夫が続かなくて困ってますよ」
「そうなのですか?」
「入りたての兵にやらせてますが、仕事が雑で余計に手間がかかってますけどね」
「他にも何か御座います?」
「配膳の水仕も足らないかな。早朝と深夜は特に」
「そういうのは誰か手伝いにくるのですか?」
「いや、それも入りたての兵にやらせてますから食事の味が悪くて」
それだ!と閃いたシルヴェーヌは早速子爵令嬢に連絡を入れた。
子爵家に窓口になって貰い、求人の募集と派遣をしてもらうためである。
「ふむ。ですがこれでは当家の取り分がありません。冷たいようですが利が出なければ我が家も金を出す事は出来ません」
子爵家も遊びではなく時間も人も使う事業なのだ。報酬はなく慈善事業なのであれば子爵家だけに負担を強いてしまう事になる。シルヴェーヌは肩を落とした。
コトン。執務机で書類と睨み合いをしていたシルヴェーヌの視界に香りのよい茶の入った茶器が置かれた。書類から視線を外す。
「大変そうね。手伝えることはあるかしら?」
行き詰ったシルヴェーヌを助けたのは王妃だった。
セレスタンは事務的な会話しかしてくれなくなり、食事も一緒に取らなくなった。
廊下ですれ違っても母と息子ではなく、王妃と王太子という立場を崩さず拒否をされ続けているという。自業自得だからと自嘲気味に笑う。
「福祉事業と雇用対策費から予算は出せると思うわ。早速申請書を議会に出してみましょう」
思わぬきっかけで王妃との時間も増えていく中、それを憎々し気に見つめる目があった。
王太子セレスタン、その人だった。
同時に、クロヴィスに助言ときっかけを作って貰った事業だったのだが、話の内容は聞こえていなくても仲良さげに話をしている場面は2人きりではないにしても第二王子ディオンの目に触れる機会も多かった。
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