王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru

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婚約解消③ー③

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控室でその時を待つシルヴェーヌは侍女の声に立ち上がった。

「入場で殿下がエスコートをしてくださいます」
「わかりました」

長い廊下の先にあるのは、開いた扉の向こう側が壇上になっている王族専用の入り口。
既に扉が開かれて誰かが入場したのが見えた。

胸に小さな違和感を感じた。
目的とする位置には従者の他にもう1人男性がいる。
しかし、その男性の横顔は遠目からでもスッキリとした顔立ちと判る。
頬骨と、顎が角ばったつくりのセレスタンではない。

そこにいるとすればセレスタンかディオン。
ディオンであればアデライドの姿がある筈だが、女性は見当たらない。

一歩一歩近付けばやはりそれはディオンであり、セレスタンではなかった。
扉は厚く中の声はくぐもっているが、なにやらどよめきが聞こえる。

「待っておりました。シルヴェーヌ嬢」

当たり前のように手を差し出してくるディオンに不快感が増していく。

「ディオン殿下。セレスタン殿下はどちらに?」

大きく体を動かす事はままならず、目線だけで見回すもセレスタンの姿は見えない。

「異母兄の事でしたら、全てを伺っております。さぁお手を」
「何かございましたの?」
「扉の向こうにその答えがあります」

ディオンの差し出した手に手を添えないシルヴェーヌに侍女が戸惑う。
これ以上侍女を困らせる事も出来ず、自分が読み落とした式次第があったのではないかと思案する。何度も読みこんだ式次第にディオンと入場はなかった。

侍女から強引にシルヴェーヌの手を奪い取ったディオンは【開けろ】と従者に声をかけると扉が開かれ、中にいる人間の視線が一斉にこちらに向いたのが解った。

ゆっくりと入場すると、目の前にセレスタンが苦悶の表情をして、跪いていた。
驚いて国王、王妃の顔を見るも、国王は顔を真っ赤にして激昂し王妃は青ざめた顔でシルヴェーヌを見ていた。

「ディオン!これは誠か」

国王の声に第二王子ディオンがはっきりと答えた。声と同時にディオンはシルヴェーヌがエスコートで添えた手を強く握り高々と振り上げた。

「父上、私達は真実の愛で結ばれる運命だったのです。異母兄上あにうえの言葉は誠、そして私達の愛も本物です」

ディオンの後に、跪いたままセレスタンが国王に向かって言葉を続けた。

「私は真実の愛で結ばれた2人を引き裂くほどの面の皮の千枚張りつらのかわのせんまいばりでは御座いません。婚約を結んだ当時私の言動には彼女も辟易したでしょう。しかしディオンとの愛に身を焦がしつつも私に従うしかなかった彼女の心を思えば数年の不仲も致し方なく。私は潔く身を引きましょう」


王妃が額に手を当てて卒倒するのが見えた。
慌ててあげられた手を振り解こうとするがさらに強く握られ発しようとした声が痛みに遮られた。

「そなた、アデライド嬢はどうするつもりだ」
「側妃とします。国を統べる異母兄上あにうえを私とシルヴェーヌが支えます」
「お待ちくださいませっ!「お待ちくださいませぇぇ」

シルヴェーヌが声をあげたが、被せるようにアデライドの声が会場に響いた。

キンキンと金物を引っ掻くような金切り声のほうが耳障りな分、目立ってしまう。シルヴェーヌよりも飛び込んできたアデライドの方が注目を集めていた。

「酷いっ!ディランは私をお妃様にするって言ったじゃない!」

アデライドは引き剥がそうとシルヴェーヌの腕に爪を食い込ませた。
手の甲を強く握られている痛みと爪が食い込む痛みがシルヴェーヌの表情を歪ませた。

「アディ。これが一番いい方法なんだ。君は執務や政務をしなくていい。茶会や夜会をして好きな事をすればいいんだから」
「本当?でもディランがぁ‥」
「私は君の夫でもあるんだ。何も問題は無い。それとも面倒な執務をしたいのかい?」
「執務?そんなの嫌っ。何もしなくていいって陛下も言ったもん」

過去の発言を暴露され、国王は苦虫を嚙み潰したような表情で顔を背けた。

「お待ちくださいませっ!わたくしは――」
「よい、よいのだ…シルヴェーヌ嬢。そなたの気持ちはよく判った」
「陛下!違うのです。わたくしは何も聞かされておりませんっ」

ピクリと国王の眉が動いたが、すかさずセレスタンが声を被せてきた。

「それはそうでしょう。王家との婚約で兄を弟に替えてくれなど申せますまい」
「殿下っ!違いますっ違います!そのような事は考えた事も御座いません」
「良いんだよ。もう。シルヴェーヌ嬢。君はよくやってくれた。この場にディオンと手を取り合って入場してきたのが何よりの証拠だ」


シルヴェーヌはハッとしてセレスタンを見やった。
小さく口元が動いた。

「どうだい?たばかられた今の気持ちは」

ニヤリと上がる口角に、あの日から何も変わっていない。
いや、更に拗らせたのだと悟った。

シルヴェーヌの前に立ち、紳士の礼をしたセレスタンが耳元で囁いた。

【あの日の答え。とっくに出てたよ。両方とも粛清だってね】



茫然自失となったシルヴェーヌに寄り添うものは一人もいない。
興味本位の半月型の目をした者達が祝福の言葉を次々に伝えてくる。

こみ上げてくる喪失感と虚脱感に怒りの気持ちは勝てなかった。

――これがセレスタン殿下が捩じれた根源――

そう思った時、両目から頬を伝って涙がドレスに落ちていった。
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