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側妃ダリアの転落①
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〇●王宮●〇
「へぇ。そうなの。で?こちらは?」
「はい、ブルーサファイヤの原石となります。胸元に添える大きさは世界最大となるでしょう」
「いいわね。頂くわ」
一時的な王妃となったダリアの元に連日分刻みで訪れる商人たち。
ダリアの隣にはアレンス侯爵家当主のカールストンがいた。
――やっと私の時代が来た!――
ダリアは次の商人を呼び入れて、この国には初めて持ち込まれたという布地を手に取り、肌触りを愉しんだ。
セレスタンが王妃の離宮に行くとダリアはやっと解放された気分になった。
決してバカではなかったけれど、ダリアにとってセレスタンは面倒な男だった。
――まだ自分のシナリオに酔っているなんて、バカと天才は本当に紙一重――
暫定的にでも王妃扱いをされるようになってダリアの身の回りは一変した。
それまで側妃と言えど僅かばかりの予算配分がされるだけで宮を維持するのに精一杯。それでもマクスウェルが次期国王と周知されていくのは僥倖だった。
「王妃様、こちらの布地は如何でしょう。選りすぐりの絹で織りあげました」
「まぁ、素敵ね。とても滑らかだわ」
「2つとない品で御座います」
ダリアはセレスタンが【使うな】と貯め置いたクディエ公爵家からせしめた金を使い、連日買い物を楽しんだ。咎める者など誰もいない。
国王や王妃、五月蠅かった廃妃ベラも侍医は【命の危機は脱したが公務などを行う事は到底無理】だと言った事に声をあげてダリアは笑った。
「なんて素敵なの!」
その言葉は2つとない絹の布地に対してなのか。それともこの世を謳歌する今の自分になのか。
面倒な執務などは暫定国王となったマクスウェルには出来るはずも無く、ダリアはそれに附随した王妃の立場をとことん利用してやろうと考えていた。
――せいぜい王様ごっこでもしてるといいわ――
遠く離れた王妃の離宮に赴いたセレスタンに聞えるはずも無い憐みを風に乗せた。
〇●〇●〇
ダリアはアレンス侯爵家の親戚筋にあたる家の娘で現在24歳。
4年前に視察に訪れていた国王のお手付きとなった。妊娠が判明し国王の種でないという確証はなく側妃となってマクスウェルを生んだ。
45歳を超えての子供に国王は、かのバイエ侯爵の如くマクスウェルを目の中に入れても痛くないと殊更に可愛がった。王妃もまた自分の腹を痛めて産んだわけでもないが【子供らしく】成長するマクスウェルを可愛がった。
そんな国王と王妃が憎くて堪らなかった。
――いったい誰がその子を産んだと思ってるのよ――
マクスウェルの機嫌のよい時だけ相手をする2人、そして廃妃となったベラはダリアにとって煩わしい以外何ものでもなかった。
ダリアには不満があった。
20歳でお手付きになり、純潔を散らしたが言ってみれば男は国王しか知らない。
田舎での視察は一行が宿泊する宿屋もなく、ダリアの家に宿泊となった。
1か月の視察中の10回にも満たない行為で腹に子が宿ってしまった。
離宮を与えられたが【側妃】には想像以上に自由がなかった。
――お姫様ってこんなに質素な暮らし?あり得ないっ――
確かに20歳そこそこの令嬢が自由にするには多すぎる額が支給されるが、それらには宮の維持費や使用人の給金が含まれていてダリアが自由にできる金は殆どなかった。
と、いうのもダリアが側妃として召し上げられた時にそれまで疎遠だった者達が、娘を侍女に息子を従者にと連れてきて、自己顕示欲の強かったダリアは一番年下の側妃で舐められては堪らないと全てを雇い入れた。
1人で出来る仕事を4、5人が分担して行うが、給料だけは1人分をしっかり支払わねばならないため、ダリアは自分で自分の首を絞めていたと同じだったのだ。
他の側妃の3倍は使用人を抱えたダリアは使用人は多いが乳母を雇う金がなく、近い将来訪れるであろうマクスウェルの夜泣きに付き合わされると思うとウンザリしていた。
ただの王子の母と国王の母では扱いも雲泥の差。
国王も王妃も気は使ってくれるけれど、生まれる子が王位につけるわけではない。
貧乏ではないが、富裕層に片足を踏み入れただけのダリアの家に来るべき将来マクスウェルの臣籍降下する家を探すだけの余力はなかった。
悪阻もあって気分も落ち込んでいた時の事だった。
そんなダリアの元にセレスタンが訪れた。
「これは!王太子殿下、どうなされましたの?」
「いや、悪阻もかなり落ち着いたと聞いてね。少しでも気分が晴れると良いと思って隣国の果物を持ってきた」
見た事も無い果物が入った籠が幾つも持ち込まれた。
当時のセレスタンは婚約者シルヴェーヌに【炊き出し】をしなくてもよくなるような事業の成果を半年と区切り見守っていた頃で、成人まであと2年弱だった。
生まれて初めて【ライチ】という果物を口の中に放り込んだダリアはその瑞々しさに目を丸くした。世の中にこんな美味しい食べ物があったなんて!王族の生活とはこういうものでなくてはならないのに、自分はどうして?ダリアは埋まる事のない【格差】を感じた。
「気に入ってくれて嬉しいよ」
「あ、ありがとうございます。わたくしったらはしたない真似を…」
「いやいや、私の弟か妹が増えるんだ。私も嬉しくてね」
16歳という年齢の割に落ち着いているセレスタンにダリアは熱い視線を送った。
その年齢で父親よりも立派なモノだろうと容易に推測が出来る部分から目が離せないダリアを誘うかのようにセレスタンは大きく股を広げてソファに深く腰を下ろす。
そしてダリアに驚くような事を問うた。
「腹の子が男児だった時に、国王にしたいという思いはありませんか?」
胃の中にすっかり収まったはずのライチが逆流して食道を塞いだかと思うくらいに驚いた。ダリアとてセレスタンの噂は聞き及んでおり、18歳を待たずして即位への移行期間が始まるのではと言われている程なのに、【王位を棄てるのか?】とセレスタンの考えている意味が理解できなかった。
同時に【試されている】とも感じた。ここでウッカリ【ある】と答えてしまって粛清されることはないか。その考えが浮かんだ時、先程までの驚きが嘘のように消えて心まで冷えた。
「殿下、ご冗談を。まだ生まれてもいない子。仮に男児であったとしても殿下以上に声を集めるにどれだけ時間もかかるでしょう。国に王は1人しか要りません。殿下の治世を腹の子と共にお支えする覚悟でこの離宮に住もうております故、ご安心くださいませ」
「ははは。警戒をされるのも解るが、冗談ではないと言えば?」
この時はまだセレスタンの本意が読めなかったダリアは笑って誤魔化した。
しかし、ダリアの宮に足蹴く通ってくるセレスタンとの時間が増えれば増えるほどに欲が出た。
マクスウェルが生まれて国王に瓜二つとまで皆に言われるとその欲は更に膨らんだ。
王母となる者の暮らしは今の比較にならない。
王妃でも王太后でもなく、側妃の王母は公務や執務はなく遊んで暮らせばいいのだ。
そんな魅力あふれる未来をダリアが望まぬはずがない。
「この子が王に成るにはどうしたらいいの?」
「やっとその気になってくれて嬉しいよ。簡単だ。そのままでいてくれればいい」
「そのままってどういうことなの」
「私はシルヴェーヌと婚約を解消する」
「そんな勝手な事をしたら貴方だって王太子から外されるわよ?」
「まさか、そんな事をすればディオンが立太子する事になる。ディオンには到底無理だ。マクスウェルもまだ幼い。必然的に私を王太子から外す事は出来ない」
「だとしたら猶更よ。この子は王にはなれない。貴方が即位するじゃない」
「私は即位はしない。時期が来るまで王太子のままだ」
「その時期って?」
「マクスウェルが即位する日だ」
ダリアには誰にでも持ち上げられる国王にならず王太子のままで良いというセレスタンの考えが解らなかった。
婚約者のシルヴェーヌはめきめきと頭角を現し、次の王妃に相応しいと言われていた。セレスタンに婚約を解消されれば傷物となって公爵家に戻るしかなくなるだろう。そもそもで婚約が解消されるとも思えなかった。
「王太子となり、父上の後にはマクスウェルが相応しいと後見に回る事に決めているんだ。移行期間が終われば父上は嫌でも退位するしかなくなる。そういう法があるからね。国王が2人同時に玉座に腰を下ろす事はない。父上が玉座を立ち上がる。それは退位と同義。座り直す事は許されない」
「空白の時間を作るという事なの?国王なしで王太子だけになるのでしょう?」
「大丈夫。そのために【神】がいるのだから」
「そんなものなの?」
だがハッキリと我が子マクスウェルを即位させると言ったセレスタンの考えに乗った。
しかし、婚約は解消されたもののセレスタンは王太子でいられるどころか廃嫡になってしまった。これにはセレスタンも予想はしていなかったようでダリアの前で初めて苛つきを見せた。
「どうなってるの。廃嫡だなんて」
「それはこっちが聞きたい。どうして廃嫡になんか…なんで…」
「それよりも!クディエ公爵家に行くんでしょう?ここはどうなるの」
「心配ない。金は用意する。だが派手な事はするな。事を起こすのは足元が固まってからだ」
約束通りセレスタンからは毎月多額の金が宮には届けられた。
クディエ公爵家の主導権を握ったセレスタンは公爵の執務に付き添い王宮にあがるようになった。
そんなある日の事だった。
「今度の夜会、絶対に会場を出るな。出る時は誘導に従え」
「どういう事?」
「バイエ侯爵令嬢を始末する」
「ヒッ!!‥‥始末って…そんな誰かを殺めるって事?」
「愚弟に金を持たせても豚に真珠だ。アデライドを葬る事でバイエ侯爵は王家から手を引く。金銭的に干上がれば知恵のないディオンには何も残らない。侯爵令嬢殺害となれば父上も母上も責任は取らねばならない。蟄居して頂く」
「でも元婚約者が妃になってるじゃない。無理よ」
「それを利用するのさ。クディエ公爵家はカスも残らないほど全てを吸い上げる予定だが、父上も母上も金がない公爵家にシルヴェーヌを戻す事は出来ない。何よりアデライドを殺るのはクロヴィスだ。結婚して尚、妃以外に傾倒するディオンに泣き暮らすシルヴェーヌへの思慕がクロヴィスの動機になる。クロヴィスをディオンの側近ヘルベルトが片付ける事でディオンは首の皮一枚が繋がる。今度こそシルヴェーヌとどこか空気の良い所に引きこもって貰う。腐っても王族だからね」
「でもバイエ侯爵令嬢はいてもいいんじゃないの?」
「まさか。スポンサーがいてはまた母上がシルヴェーヌを囲うだろうし、ディオンも変わらない。全てを新しくするには邪魔者は排除するに限る。かといって王族殺しとなれば事は面倒になる。私は民衆に混乱や動乱を与えたいのではなく純粋な平穏を与えたいだけだ」
しかし、ここでも当初の予定と大きく異なる事が起きた。
本来起用するはずだったクロヴィスが加わらなかったのだ。
「本当に上手くいんでしょうね。貴方のイチオシは首を縦に振らなかったのでしょう?」
「問題ない。同等の腕前ならもう1人予備がいる」
「なら良いけれど…。生き残られると面倒だからしっかり殺って頂戴」
ダリアもヘルベルトが実行犯となる事でディオンは夫婦で幽閉されるだろうと踏んだ。
――妹の心配するより断頭台での反省の弁でも考えたらどう?――
ヘルベルトを見据え、瞳の奥で嘲笑った。
小さなイレギュラーを無理に手直しをすれば更に大きな失敗を呼ぶ。
ダリアは壇上で挨拶に来る貴族を横目に、アデライドがシルヴェーヌを連れ出す場を見た。
――え?予定と違うんじゃないの?――
程なくして会場内は大混乱に陥った。アデライドが這う這うの体で会場に転がり込んできたのだ。斬られたのはアデライドではなくシルヴェーヌ。その上ヘルベルトは捕縛されクロヴィスも王妃に囲われた。
――どうなってるの?――
ダリアの疑問に答えてくれる者はいなかった。
セレスタンはその場にいなかった事で追及をされる事はなかったが、早々に公爵家の財産処分を始めた。
「リーネ。この金をランヴェルの机の引き出しに入れておけ」
「はい」
「冥途の土産だな。丁寧に頼む」
「その後はどうされますか?」
「ダリアの宮に身を顰める。灯台下暗しとなれば父上もさぞかし驚くだろう」
そして、セレスタンは厩舎の藁に火を放ち、薪小屋に放り込むとリーネと共にダリアの宮に潜伏した。
「へぇ。そうなの。で?こちらは?」
「はい、ブルーサファイヤの原石となります。胸元に添える大きさは世界最大となるでしょう」
「いいわね。頂くわ」
一時的な王妃となったダリアの元に連日分刻みで訪れる商人たち。
ダリアの隣にはアレンス侯爵家当主のカールストンがいた。
――やっと私の時代が来た!――
ダリアは次の商人を呼び入れて、この国には初めて持ち込まれたという布地を手に取り、肌触りを愉しんだ。
セレスタンが王妃の離宮に行くとダリアはやっと解放された気分になった。
決してバカではなかったけれど、ダリアにとってセレスタンは面倒な男だった。
――まだ自分のシナリオに酔っているなんて、バカと天才は本当に紙一重――
暫定的にでも王妃扱いをされるようになってダリアの身の回りは一変した。
それまで側妃と言えど僅かばかりの予算配分がされるだけで宮を維持するのに精一杯。それでもマクスウェルが次期国王と周知されていくのは僥倖だった。
「王妃様、こちらの布地は如何でしょう。選りすぐりの絹で織りあげました」
「まぁ、素敵ね。とても滑らかだわ」
「2つとない品で御座います」
ダリアはセレスタンが【使うな】と貯め置いたクディエ公爵家からせしめた金を使い、連日買い物を楽しんだ。咎める者など誰もいない。
国王や王妃、五月蠅かった廃妃ベラも侍医は【命の危機は脱したが公務などを行う事は到底無理】だと言った事に声をあげてダリアは笑った。
「なんて素敵なの!」
その言葉は2つとない絹の布地に対してなのか。それともこの世を謳歌する今の自分になのか。
面倒な執務などは暫定国王となったマクスウェルには出来るはずも無く、ダリアはそれに附随した王妃の立場をとことん利用してやろうと考えていた。
――せいぜい王様ごっこでもしてるといいわ――
遠く離れた王妃の離宮に赴いたセレスタンに聞えるはずも無い憐みを風に乗せた。
〇●〇●〇
ダリアはアレンス侯爵家の親戚筋にあたる家の娘で現在24歳。
4年前に視察に訪れていた国王のお手付きとなった。妊娠が判明し国王の種でないという確証はなく側妃となってマクスウェルを生んだ。
45歳を超えての子供に国王は、かのバイエ侯爵の如くマクスウェルを目の中に入れても痛くないと殊更に可愛がった。王妃もまた自分の腹を痛めて産んだわけでもないが【子供らしく】成長するマクスウェルを可愛がった。
そんな国王と王妃が憎くて堪らなかった。
――いったい誰がその子を産んだと思ってるのよ――
マクスウェルの機嫌のよい時だけ相手をする2人、そして廃妃となったベラはダリアにとって煩わしい以外何ものでもなかった。
ダリアには不満があった。
20歳でお手付きになり、純潔を散らしたが言ってみれば男は国王しか知らない。
田舎での視察は一行が宿泊する宿屋もなく、ダリアの家に宿泊となった。
1か月の視察中の10回にも満たない行為で腹に子が宿ってしまった。
離宮を与えられたが【側妃】には想像以上に自由がなかった。
――お姫様ってこんなに質素な暮らし?あり得ないっ――
確かに20歳そこそこの令嬢が自由にするには多すぎる額が支給されるが、それらには宮の維持費や使用人の給金が含まれていてダリアが自由にできる金は殆どなかった。
と、いうのもダリアが側妃として召し上げられた時にそれまで疎遠だった者達が、娘を侍女に息子を従者にと連れてきて、自己顕示欲の強かったダリアは一番年下の側妃で舐められては堪らないと全てを雇い入れた。
1人で出来る仕事を4、5人が分担して行うが、給料だけは1人分をしっかり支払わねばならないため、ダリアは自分で自分の首を絞めていたと同じだったのだ。
他の側妃の3倍は使用人を抱えたダリアは使用人は多いが乳母を雇う金がなく、近い将来訪れるであろうマクスウェルの夜泣きに付き合わされると思うとウンザリしていた。
ただの王子の母と国王の母では扱いも雲泥の差。
国王も王妃も気は使ってくれるけれど、生まれる子が王位につけるわけではない。
貧乏ではないが、富裕層に片足を踏み入れただけのダリアの家に来るべき将来マクスウェルの臣籍降下する家を探すだけの余力はなかった。
悪阻もあって気分も落ち込んでいた時の事だった。
そんなダリアの元にセレスタンが訪れた。
「これは!王太子殿下、どうなされましたの?」
「いや、悪阻もかなり落ち着いたと聞いてね。少しでも気分が晴れると良いと思って隣国の果物を持ってきた」
見た事も無い果物が入った籠が幾つも持ち込まれた。
当時のセレスタンは婚約者シルヴェーヌに【炊き出し】をしなくてもよくなるような事業の成果を半年と区切り見守っていた頃で、成人まであと2年弱だった。
生まれて初めて【ライチ】という果物を口の中に放り込んだダリアはその瑞々しさに目を丸くした。世の中にこんな美味しい食べ物があったなんて!王族の生活とはこういうものでなくてはならないのに、自分はどうして?ダリアは埋まる事のない【格差】を感じた。
「気に入ってくれて嬉しいよ」
「あ、ありがとうございます。わたくしったらはしたない真似を…」
「いやいや、私の弟か妹が増えるんだ。私も嬉しくてね」
16歳という年齢の割に落ち着いているセレスタンにダリアは熱い視線を送った。
その年齢で父親よりも立派なモノだろうと容易に推測が出来る部分から目が離せないダリアを誘うかのようにセレスタンは大きく股を広げてソファに深く腰を下ろす。
そしてダリアに驚くような事を問うた。
「腹の子が男児だった時に、国王にしたいという思いはありませんか?」
胃の中にすっかり収まったはずのライチが逆流して食道を塞いだかと思うくらいに驚いた。ダリアとてセレスタンの噂は聞き及んでおり、18歳を待たずして即位への移行期間が始まるのではと言われている程なのに、【王位を棄てるのか?】とセレスタンの考えている意味が理解できなかった。
同時に【試されている】とも感じた。ここでウッカリ【ある】と答えてしまって粛清されることはないか。その考えが浮かんだ時、先程までの驚きが嘘のように消えて心まで冷えた。
「殿下、ご冗談を。まだ生まれてもいない子。仮に男児であったとしても殿下以上に声を集めるにどれだけ時間もかかるでしょう。国に王は1人しか要りません。殿下の治世を腹の子と共にお支えする覚悟でこの離宮に住もうております故、ご安心くださいませ」
「ははは。警戒をされるのも解るが、冗談ではないと言えば?」
この時はまだセレスタンの本意が読めなかったダリアは笑って誤魔化した。
しかし、ダリアの宮に足蹴く通ってくるセレスタンとの時間が増えれば増えるほどに欲が出た。
マクスウェルが生まれて国王に瓜二つとまで皆に言われるとその欲は更に膨らんだ。
王母となる者の暮らしは今の比較にならない。
王妃でも王太后でもなく、側妃の王母は公務や執務はなく遊んで暮らせばいいのだ。
そんな魅力あふれる未来をダリアが望まぬはずがない。
「この子が王に成るにはどうしたらいいの?」
「やっとその気になってくれて嬉しいよ。簡単だ。そのままでいてくれればいい」
「そのままってどういうことなの」
「私はシルヴェーヌと婚約を解消する」
「そんな勝手な事をしたら貴方だって王太子から外されるわよ?」
「まさか、そんな事をすればディオンが立太子する事になる。ディオンには到底無理だ。マクスウェルもまだ幼い。必然的に私を王太子から外す事は出来ない」
「だとしたら猶更よ。この子は王にはなれない。貴方が即位するじゃない」
「私は即位はしない。時期が来るまで王太子のままだ」
「その時期って?」
「マクスウェルが即位する日だ」
ダリアには誰にでも持ち上げられる国王にならず王太子のままで良いというセレスタンの考えが解らなかった。
婚約者のシルヴェーヌはめきめきと頭角を現し、次の王妃に相応しいと言われていた。セレスタンに婚約を解消されれば傷物となって公爵家に戻るしかなくなるだろう。そもそもで婚約が解消されるとも思えなかった。
「王太子となり、父上の後にはマクスウェルが相応しいと後見に回る事に決めているんだ。移行期間が終われば父上は嫌でも退位するしかなくなる。そういう法があるからね。国王が2人同時に玉座に腰を下ろす事はない。父上が玉座を立ち上がる。それは退位と同義。座り直す事は許されない」
「空白の時間を作るという事なの?国王なしで王太子だけになるのでしょう?」
「大丈夫。そのために【神】がいるのだから」
「そんなものなの?」
だがハッキリと我が子マクスウェルを即位させると言ったセレスタンの考えに乗った。
しかし、婚約は解消されたもののセレスタンは王太子でいられるどころか廃嫡になってしまった。これにはセレスタンも予想はしていなかったようでダリアの前で初めて苛つきを見せた。
「どうなってるの。廃嫡だなんて」
「それはこっちが聞きたい。どうして廃嫡になんか…なんで…」
「それよりも!クディエ公爵家に行くんでしょう?ここはどうなるの」
「心配ない。金は用意する。だが派手な事はするな。事を起こすのは足元が固まってからだ」
約束通りセレスタンからは毎月多額の金が宮には届けられた。
クディエ公爵家の主導権を握ったセレスタンは公爵の執務に付き添い王宮にあがるようになった。
そんなある日の事だった。
「今度の夜会、絶対に会場を出るな。出る時は誘導に従え」
「どういう事?」
「バイエ侯爵令嬢を始末する」
「ヒッ!!‥‥始末って…そんな誰かを殺めるって事?」
「愚弟に金を持たせても豚に真珠だ。アデライドを葬る事でバイエ侯爵は王家から手を引く。金銭的に干上がれば知恵のないディオンには何も残らない。侯爵令嬢殺害となれば父上も母上も責任は取らねばならない。蟄居して頂く」
「でも元婚約者が妃になってるじゃない。無理よ」
「それを利用するのさ。クディエ公爵家はカスも残らないほど全てを吸い上げる予定だが、父上も母上も金がない公爵家にシルヴェーヌを戻す事は出来ない。何よりアデライドを殺るのはクロヴィスだ。結婚して尚、妃以外に傾倒するディオンに泣き暮らすシルヴェーヌへの思慕がクロヴィスの動機になる。クロヴィスをディオンの側近ヘルベルトが片付ける事でディオンは首の皮一枚が繋がる。今度こそシルヴェーヌとどこか空気の良い所に引きこもって貰う。腐っても王族だからね」
「でもバイエ侯爵令嬢はいてもいいんじゃないの?」
「まさか。スポンサーがいてはまた母上がシルヴェーヌを囲うだろうし、ディオンも変わらない。全てを新しくするには邪魔者は排除するに限る。かといって王族殺しとなれば事は面倒になる。私は民衆に混乱や動乱を与えたいのではなく純粋な平穏を与えたいだけだ」
しかし、ここでも当初の予定と大きく異なる事が起きた。
本来起用するはずだったクロヴィスが加わらなかったのだ。
「本当に上手くいんでしょうね。貴方のイチオシは首を縦に振らなかったのでしょう?」
「問題ない。同等の腕前ならもう1人予備がいる」
「なら良いけれど…。生き残られると面倒だからしっかり殺って頂戴」
ダリアもヘルベルトが実行犯となる事でディオンは夫婦で幽閉されるだろうと踏んだ。
――妹の心配するより断頭台での反省の弁でも考えたらどう?――
ヘルベルトを見据え、瞳の奥で嘲笑った。
小さなイレギュラーを無理に手直しをすれば更に大きな失敗を呼ぶ。
ダリアは壇上で挨拶に来る貴族を横目に、アデライドがシルヴェーヌを連れ出す場を見た。
――え?予定と違うんじゃないの?――
程なくして会場内は大混乱に陥った。アデライドが這う這うの体で会場に転がり込んできたのだ。斬られたのはアデライドではなくシルヴェーヌ。その上ヘルベルトは捕縛されクロヴィスも王妃に囲われた。
――どうなってるの?――
ダリアの疑問に答えてくれる者はいなかった。
セレスタンはその場にいなかった事で追及をされる事はなかったが、早々に公爵家の財産処分を始めた。
「リーネ。この金をランヴェルの机の引き出しに入れておけ」
「はい」
「冥途の土産だな。丁寧に頼む」
「その後はどうされますか?」
「ダリアの宮に身を顰める。灯台下暗しとなれば父上もさぞかし驚くだろう」
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