王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru

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深夜の来訪者

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深夜、シルヴェーヌの部屋の前で月を見上げていたクロヴィス。


夕食の後、ハリスが出かけるのを見送って部屋に戻ったシルヴェーヌは静まった部屋に気配を感じた。風が庭木の葉を揺らす音と共に、流れた雲が月を隠した。


何方どなた?」
「・・・・」

もの言わぬ黒い影は2つ。
シルヴェーヌの小さな声を感じたクロヴィスは部屋に入るなり、シルヴェーヌを背に剣を抜いた。


「元王太子ともあろうお方が空き巣ですか?」
「・・・・」
「まぁ、時間だけはたっぷりあります。話したくない事まで話したくなる状況に招待する事もできます。セレスタン殿下、いやセレスタン。昔の私のように手加減や譲歩をすると思ったら大間違いですよ」

1つの影の頭がキョロキョロともう一つの影とクロヴィスを交互に見ていた。
サッと動きのあった影は前に出ると、クロヴィスの足元に土下座をするように突っ伏した。

「私が頼みました!夫がある身で事もあろうかシルヴェーヌ様の私物を欲したのです。盗みに入った私を止めようと夫はここに来ているだけなのです。処罰は私だけにっ」

「リーネ殿。この期に及んでそんな言い訳が通用するとでも?」
「言い訳ではありません。真実です。私が全て悪いのです」
「どうでもいいです。で?妻にこんな言い訳をさせて貴方はダンマリですか?」

諦めたのかフードを脱いだセレスタンはその場で軽く両手のひらを上にあげた。

「参ったね。何故判った。警戒が弛んだここ半年、ノーマークだと弛んだ気がしたが」

「知っていましたよ。半年ほど前から貴方たちが私の部屋で何かを探していたのを」
「クックククッ…そんな前から…賢くなったな」
「私は経験から学びましたが、貴方は学ぶどころか成長しなかっただけです」
「言うじゃないか…脳筋が」
「脳筋だからですよ。貴方のよう『うわぁぁぁ!!』うぐっ」


突っ伏していたリーネが大声をあげた。
クロヴィスは突然感じた脇腹の痛みに、視線を下に向けた。
そこには両手で目一杯ナイフをクロヴィスに突き立てて、未だ柄にぶら下がっているリーネがいた。刺しただけではなく今度は全身を使ってそれを捩じろうとしていたのをクロヴィスは手首を押さえつけて制した。

「クロヴィスっ!!」
「大丈夫…こんなのは紙で指先を切るよりマシです。危ないから下がって」
「セレスタン様っ!お逃げくださいませっ」

リーネの叫びにセレスタンは中庭に面した窓に駆け寄る。
クロヴィスはリーネの注意がセレスタンにそれたことでリーネを蹴り飛ばした。

ガチャガチャと慌てた手でクレセントを外すと勢いよく窓を開けた。

が・・・。


「泥棒は今でも窓から出入りするようだな」

ポッポっと中庭に灯りが幾つもともっていく。
野営用のランプのカバーを外した兵が前に出ると、中庭はより明るくなった。

声を出したのは国王。
数歩下がったがセレスタンは、瞬間で茫然となりダラリと手を下ろした。
4人の騎士がセレスタンを拘束するが抵抗する素振りは一切見せなかった。

「セレスタン、久しいな」
「執事は面白かったかしら?有能という噂は聞かなったけれど」

フッとセレスタンは顔を逸らした。しかし王妃はセレスタンの顎を掴み前を向かせた。

「面白かったかと聞いておる」
「あぁ、面白かったな。だがお楽しみはこれからが本番だよ。母上」
「残念ね。そのお楽しみは中止になったわよ?」

庭を見ろと親指をクイクイと動かした王妃にセレスタンがもう一度庭を振り返ると、父である国王の足元にはダリアとカールストンが転がされていた。

衣類を揃いのバスローブしか身につけていない2人がどういう場で拘束されたのかなど言わずもがな。セレスタンの顔色は見る間に真っ赤に燃え上がっていくのが解る。

「いつから…ここが解ったのですか」

セレスタンは絞り出すように声をあげ、王妃を振り返った。

「半年くらい前かしら。なかなかにデスキラーの毒は効いたわよ」
「あれを食べて何故っ」
「医学はね?日々進歩しているの。ホマスタール伯爵のところのボンボンにわたくしの可愛い娘が斬られた時の医者は有能だった。隣国ではデスキラーは処置が早ければ助かるのよ。でも年かしら?ちょっと時間がかかっちゃっただけよ。お生憎様ね」

「だが!私は関与していない。ここに来たのもそこのダリア妃の命令書に従ったのみ。何もしていない私を捕縛する事など出来ないはずだ」

「しないわよ?でも…牢の方が快適だと思うし、なんなら断頭台でスパっと逝ったほうが良かったと後悔するかも知れないわね。言っておくけれど、ダリアの所に蓄えてあった金ならもうないわよ?」

「没収したのか?!私財までっ」
「まさか。そこのお二人さんが豪遊しまくって、先日からは当日のキャンセル。違約料を払ったらなくなっただけ。没収するものがあるなら、もっとまともな服を着せているわね。予算の増額申請もなく私費を使っての豪遊。そこについては彼らに咎はないわね」

「まさか!あれだけの金を使っ……使うなと言っただろう!」
「おや?おかしいわね。貴方が側妃である彼女にそんな助言を何時したのかしら。お前は王宮への立入りは出来ない身分の筈。許されるのはクディエ公爵と同伴した時のみのはずよ」
「そ、それは…」


「ダリアとカールストンについては国王不在時の暫定王妃という立場を利用するために議会、国民を謀った罪で絞首刑と決定してるのよ」

むくりと上体だけを起こし、口枷が嵌められたまま2人が叫び始めた。
まさか極刑になるとは思ってもいなかったのだろう。

「うー!ううぅー!!」
「ダリアの口枷を外してやれ。ダリア、があるのだな。解った。聞いてやろう。枷を外しても言えぬことは体に聞いても構わないと思っているからな」

国王の声にダリアはビクンと体が跳ね、ブルブルと震え出した。
兵士に外されそうになる口枷を必死に歯を食いしばって外されまいと抵抗を始めた。
マクスウェルが即位するとしても姦通罪は逃れられない。
ほぼ現行犯のような状態で捕縛されており、ここでセレスタンに言われたのだと部分的に慈悲を願い出た所で、洗いざらいを話さねばならない。都合よい事だけを切り取る事は出来ないのだ。

1人の女性騎士がダリアの口枷を外した。

「あら?こんな所まで連れてきて差し上げるなんてお優しい国王様ですこと」
「違うんだよ~。そうじゃなくてさぁ。説明したじゃないか」
「説明は聞き飽きました。幾つになっても若い子ばかり…チッ!」
「あっ!舌打ちしただろう?!なぁ!今、舌う――」
「お黙りっ」
「ぁい…黙ります」


女性騎士は、元々はホマスタール伯爵家の令嬢だった。ヘルベルトが終身刑を受けた後、姉妹は当然婚約を解消された。兄にはバイエ侯爵家には私怨も何もないと何度も、もっと詳細に調べてくれと陳情をした。

国王は独自でシルヴェーヌが斬りつけられた事件について聞き取りを行う中でヘルベルトの犯行は揺るがないものだったが、それに至るまでの経緯で姉妹には罪はないと、その後に妹は別の子爵家との縁を国王が取り持ち、姉の方は自らの希望でホマスタール伯爵家は武家の家系で女性騎士だった事から、男爵家を紹介し養女となり騎士を続けた。

王宮内にも関与した者がいるとの調査を進める上で、令嬢は側妃となって各側妃の宮を調べるよう召し上げる予定だった。

国王は貴族の中で家族が犯罪を犯してしまったけれど、罪のない令嬢をどんどん側妃に召し上げるものだから、側妃の数がかなり多いのも問題だったのだ。
ベラの廃妃が簡単だったのも、増え続ける側妃で自活の道筋が出来た側妃は国王のお手付きという【イイ子なんです】という肩書を持って廃妃となり新しい家庭を作っていた。



「ダリア妃はここにいますアレンス侯爵とは、深夜の寝台で会話をする仲であった事は調査済みで御座います。また、アレンス侯爵は月に4、5回。対岸にある別荘でそこにいる男と定期的に報告会を行っていた事も調査済みで御座います」

「違うの!違うのぉ!わたしっ脅されてっ!毒を入れたのはリーネよ!デザートは食べるなって言われっ!言われてぇぇ!本当なの!本当なのよ!匿わなきゃ殺されるって思ってぇぇ!!」

涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらダリアは否定をしたが、誰も信じる者はいない。
隣に転がるカールストンでさえダリアを庇う事はしなかった。


〇●〇●〇

「うぅぅっ…」
「大丈夫?クロヴィス‥‥あぁ‥こんなに血が…」
「なんてこと、ありません。貴女に何もなくて良かった」
「良くありませんっ」

クロヴィスの傷に布をあて、シルヴェーヌはポロポロと涙を溢した。
騎士隊に所属する医療班が処置をしていくが赤く染まっていく布の数が増えるだけである。

「ほら見ろ!ディオンの妻になっても他の男の為に泣くような女なんだ!そんなのを私にあてがった父上っ!母上っ!貴方がたが全ての間違いの根幹なんだ!全て腐っている!何もかも汚れている!」

セレスタンは咆哮するように叫び出した。
歯を剝き出しにした獣が途端に暴れ出したように手足をばたつかせて体を捩じる。

「私の目指す世界までもうすぐなんだ!放せ!神となる私に触れるな!!」

立ち上がったシルヴェーヌはセレスタンの前に歩き、手を振りあげその頬をパチンと1つ張った。
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