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第08話 令嬢としてあり得ない
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「若旦那様、先月の決裁書類です。確認をお願いします」
「ありがとう。こちらに重ねておいてくれ」
次期公爵としていつまでも落ち込んではいられない。
気落ちをしていると友人も気を使って来訪しないし、使用人も腫れものを扱うようにオクタヴィアンに接する。それが何とも心地悪かった。
2年間はブリュエットが妻という立場で留置かれる事も受け入れることができた。遅きに失した感は否めないがオクタヴィアンはそれほど前にジョゼフィーヌを愛していて、頭では解っても心が受け入れられなかった。
気持ちの整理はやっと着いた。
謝罪をしなければと思い、小屋に行ってはみるもののいつも使用人がいるし、不在の時は庭師のフレッドと広い庭の何処かにいるのだと思い、また引き返す。
ブリュエットが屋敷にやって来るチャンスを待ったが一向に会える気配がない。
「誰かに見られてもいいのでは?」
執事はそういうのだが、気恥ずかしさもあるしオクタヴィアンは公爵家の子息。今まで失敗らしい失敗をした事もなかったので謝罪はされた事はあってもした事が無かった。
謝罪を受ける時は応接室などで受けていた。
相手も恥を忍んで来ているのだと人払いをしたうえで、配慮も欠かさなかった。
同じ敷地内に住んでいるのに先触れを出すのも違うだろうと思うと、本当にチャンスがない。
「なら先ずは手紙で謝罪をしたい旨を伝えてはいかがです?」
執事にも急かされて手紙は書いた。書いたのだが10通近くは引き出しにしまったまま。
オクタヴィアンは何度も何度も書き直したけれど、逆の立場ならあそこまで屈辱的な事を言われた場合、許せるのかと思うと許せないと思ってしまった。
そんな相手からの手紙など丸めて捨てるか、暖炉にくべるか。
謝罪しようとする気持ちはあるのに行動がついて行かない。悶々とした日々を過ごしていた。
机の隅に置かれた決済書類の表紙を捲るとオクタヴィアンの手が止まる。
「この書類は間違っているんじゃないか?」
「どれです?何度か検算はしたんですが」
「検算じゃない。様式がおかしいと言ってるんだ」
「様式??あぁそれはですね。説明いたします」
これまでオーストン公爵家の決算書類は請求書ごとに纏めて書いていた。しかし今回の書類は表紙を開くと先ず一覧表がある。
縦に項目があり、横に向かって数量や1個当たりの単価に購入日。そして備考という欄があって特記すべき事項が書かれていた。
「これですと例えば鉢植え。これを何時納品されたか。1個当たりの単価がいくらで何個買ったので全部で幾ら。ここで小計が出ます。各項目の小計を足すと合計が出るんです。便利ですよね。今までは請求書ごとだったので鉢植えを何個買ったのかっていうのはその月の書類を全て見なきゃいけなかったので」
「ならこの小計の次の欄にある数字は何だ?番号が飛んでいるぞ」
「それはですね、鉢植えなら3日、11日、15日、21日、24日と5日納品されてます。なので鉢植えについての大きさとか色とか内訳が7ページ目にありますよって事です。5日ありますので7~11ページ目までが鉢植えの内訳。その次の欄は軍手ですから軍手の内訳が12ページ目にあるってことなんです。だからよく見てください。7だけじゃなくて7~になってるでしょ」
「なるほどこれだと解りやすいな。誰が考えたんだ?」
「奥様ですよ。あっと、奥様と言っても若奥様です。旦那様も大奥様もこれはイイ!と絶賛されておられました」
「見た事ないんだが…今日初めて見たぞ」
「だって若旦那様、書類どころじゃなかったじゃないですか。若奥様が働いていた飲食店で売り上げを纏める時に注文された料理の数とかを月別で集計していたやり方だそうです」
「飲食店??そんなところ‥え?!働いてた?!」
オクタヴィアンは初耳だった。子爵家に面倒を見てもらっていた伯爵令嬢だとは報告書で読んだつもりだったが、だとしても伯爵令嬢がまさか飲食店で働いているなど想像もしていなかった。
「飲食店だけじゃないですよ。魚河岸で魚を選り分けていたそうです」
「う、魚河岸っ?!」
「ですから魚とかめっちゃ詳しいんです。調理長も舌を巻く腕前でムニエル用に三枚におろしちゃうし、最近魚介系のスープの味も変わったでしょう?魚の頭とか骨。今まで捨ててたんですけどスープの隠し味になるんだそうですよ」
確かに食事の際に出されるスープの味に深みが出た気はしていた。
料理長が新作でも作ったのかと思っていたが、そんな出来事があったとはオクタヴィアンは知らなかった。
「それだけじゃないですよ~。最近大奥様のご機嫌がいいの知ってました?」
「母上の?そう言われてみればそんな気もするな」
「若奥様は花卉市場でも働いていたそうで、花の目利きが出来るんですよ。大奥様主催の茶会があったんですけども、そりゃ見事な花が会場を飾りましてね。大奥様は王太后様にも褒められたと喜んでましたよ」
「お、王太后様が・・・いや、待て。さっき魚河岸と言ってなかったか?花卉市場でも働いていたとはどういうことだ」
「それは若奥様にお聞きください。僕たちは働いていた事は聞きましたがどうしてなのかまでは聞いていないので」
――ちょっとあり得ないな…やはり話を一度きちんとしなければ――
見やすくなった書類に「済」と印を押したオクタヴィアンは引き出しをそっと開けて渡せていない手紙に視線を落としたが「直接のほうがいいかな」とまた引き出しを元に戻したのだった。
「ありがとう。こちらに重ねておいてくれ」
次期公爵としていつまでも落ち込んではいられない。
気落ちをしていると友人も気を使って来訪しないし、使用人も腫れものを扱うようにオクタヴィアンに接する。それが何とも心地悪かった。
2年間はブリュエットが妻という立場で留置かれる事も受け入れることができた。遅きに失した感は否めないがオクタヴィアンはそれほど前にジョゼフィーヌを愛していて、頭では解っても心が受け入れられなかった。
気持ちの整理はやっと着いた。
謝罪をしなければと思い、小屋に行ってはみるもののいつも使用人がいるし、不在の時は庭師のフレッドと広い庭の何処かにいるのだと思い、また引き返す。
ブリュエットが屋敷にやって来るチャンスを待ったが一向に会える気配がない。
「誰かに見られてもいいのでは?」
執事はそういうのだが、気恥ずかしさもあるしオクタヴィアンは公爵家の子息。今まで失敗らしい失敗をした事もなかったので謝罪はされた事はあってもした事が無かった。
謝罪を受ける時は応接室などで受けていた。
相手も恥を忍んで来ているのだと人払いをしたうえで、配慮も欠かさなかった。
同じ敷地内に住んでいるのに先触れを出すのも違うだろうと思うと、本当にチャンスがない。
「なら先ずは手紙で謝罪をしたい旨を伝えてはいかがです?」
執事にも急かされて手紙は書いた。書いたのだが10通近くは引き出しにしまったまま。
オクタヴィアンは何度も何度も書き直したけれど、逆の立場ならあそこまで屈辱的な事を言われた場合、許せるのかと思うと許せないと思ってしまった。
そんな相手からの手紙など丸めて捨てるか、暖炉にくべるか。
謝罪しようとする気持ちはあるのに行動がついて行かない。悶々とした日々を過ごしていた。
机の隅に置かれた決済書類の表紙を捲るとオクタヴィアンの手が止まる。
「この書類は間違っているんじゃないか?」
「どれです?何度か検算はしたんですが」
「検算じゃない。様式がおかしいと言ってるんだ」
「様式??あぁそれはですね。説明いたします」
これまでオーストン公爵家の決算書類は請求書ごとに纏めて書いていた。しかし今回の書類は表紙を開くと先ず一覧表がある。
縦に項目があり、横に向かって数量や1個当たりの単価に購入日。そして備考という欄があって特記すべき事項が書かれていた。
「これですと例えば鉢植え。これを何時納品されたか。1個当たりの単価がいくらで何個買ったので全部で幾ら。ここで小計が出ます。各項目の小計を足すと合計が出るんです。便利ですよね。今までは請求書ごとだったので鉢植えを何個買ったのかっていうのはその月の書類を全て見なきゃいけなかったので」
「ならこの小計の次の欄にある数字は何だ?番号が飛んでいるぞ」
「それはですね、鉢植えなら3日、11日、15日、21日、24日と5日納品されてます。なので鉢植えについての大きさとか色とか内訳が7ページ目にありますよって事です。5日ありますので7~11ページ目までが鉢植えの内訳。その次の欄は軍手ですから軍手の内訳が12ページ目にあるってことなんです。だからよく見てください。7だけじゃなくて7~になってるでしょ」
「なるほどこれだと解りやすいな。誰が考えたんだ?」
「奥様ですよ。あっと、奥様と言っても若奥様です。旦那様も大奥様もこれはイイ!と絶賛されておられました」
「見た事ないんだが…今日初めて見たぞ」
「だって若旦那様、書類どころじゃなかったじゃないですか。若奥様が働いていた飲食店で売り上げを纏める時に注文された料理の数とかを月別で集計していたやり方だそうです」
「飲食店??そんなところ‥え?!働いてた?!」
オクタヴィアンは初耳だった。子爵家に面倒を見てもらっていた伯爵令嬢だとは報告書で読んだつもりだったが、だとしても伯爵令嬢がまさか飲食店で働いているなど想像もしていなかった。
「飲食店だけじゃないですよ。魚河岸で魚を選り分けていたそうです」
「う、魚河岸っ?!」
「ですから魚とかめっちゃ詳しいんです。調理長も舌を巻く腕前でムニエル用に三枚におろしちゃうし、最近魚介系のスープの味も変わったでしょう?魚の頭とか骨。今まで捨ててたんですけどスープの隠し味になるんだそうですよ」
確かに食事の際に出されるスープの味に深みが出た気はしていた。
料理長が新作でも作ったのかと思っていたが、そんな出来事があったとはオクタヴィアンは知らなかった。
「それだけじゃないですよ~。最近大奥様のご機嫌がいいの知ってました?」
「母上の?そう言われてみればそんな気もするな」
「若奥様は花卉市場でも働いていたそうで、花の目利きが出来るんですよ。大奥様主催の茶会があったんですけども、そりゃ見事な花が会場を飾りましてね。大奥様は王太后様にも褒められたと喜んでましたよ」
「お、王太后様が・・・いや、待て。さっき魚河岸と言ってなかったか?花卉市場でも働いていたとはどういうことだ」
「それは若奥様にお聞きください。僕たちは働いていた事は聞きましたがどうしてなのかまでは聞いていないので」
――ちょっとあり得ないな…やはり話を一度きちんとしなければ――
見やすくなった書類に「済」と印を押したオクタヴィアンは引き出しをそっと開けて渡せていない手紙に視線を落としたが「直接のほうがいいかな」とまた引き出しを元に戻したのだった。
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