結婚式の前夜、花嫁に逃げられた公爵様の仮妻も楽じゃない

cyaru

文字の大きさ
19 / 28

第19話  慕われているのか、ディスられているのか

しおりを挟む
ぶちっ!ぶちっ!「なんなの。信じられない!」
ぶちっ!ぶちっ!「失礼にも程があるわ!」
ぶちっ!ぶちっ!「いきなりなんだってのよ!」

苛ついてしまったブリュエットは野草を見つけると千切って籠に放り込む。
そこに公爵夫妻の使用する離れに用があり、戻る途中のミモザが通りかかった。

「奥様?どうなさったんです?」
「んぁ?・・・あ、ミモザさん」

何時になく荒れ気味のブリュエット。いつもなら丁寧に野草を採取しているのに力任せに引き抜いたり千切ったりしていたので泥も跳ねて顔や服に飛び散っている。

「軍手をしてから作業で御座いましたでしょう?ほら、爪に土も入っていますよ」
「いいんですよ。そもそも軍手を使ってるのが違ってたんですから」

公爵家に来る前のブリュエットは庭とは別に仕事への行き帰りに土手などで野草を集めていた。手を保護する物など何もなかったのだ。

公爵家に住まう事になってからは、使用人達のケアもあって「働く人の手」である事は変わらないけれど、軍手を使ったり、小さなスコップを使ったりと手の保護はしていた。

「何かございましたか?」
「何かってほどじゃないんだけど…」
「若旦那様でしょうか?」
「判るの?」
「えぇ。明らかに態度が違いますし…先日の大掃除で使用人達も困惑していますから」

ジョゼフィーヌ関連の品を売った金はかなりの額になり、取り敢えずは現状で働く使用人の人数で割り、退職金とする事が決まったばかり。

そして現在ブリュエットは知らないが、オクタヴィアンは部屋にブリュエットを即興で描かせた絵を枕元に飾り、本宅にオクタヴィアンの妻が住まうための部屋を改装するために準備中。

ミモザも「壁紙をどうしたらいいか」「調度品はどうしよう」と相談をされて「本人に聞くのが一番」と返した。

出会いは世間一般で言う恋愛結婚でもないし、貴族では当たり前の政略辛みの結婚でもないけれど次の当主となる夫妻が仲良くやっていくのは悪い事ではないし、使用人たちもブリュエットで良いんじゃないか?との声も高まっている。

当人の中が良いのは勿論だが、使用人も一枚岩になるのはとても良い事だ。

「申し訳ございません。私が勝手な返事をしてしまい若旦那様も勘違いの上に早とちりをして先走ってしまったのでしょう。こう思うと猪突猛進!って周囲が見えなくなるのが玉に瑕たまにきず。欠点でもありますが唯一の長所でもあるのです」

――ミモザさん、さらっとディスってない?――

ブリュエットは敢えてオクタヴィアンを知ろうとは思わなかったので情報はないに等しい。
しかし、ミモザの言葉通りだとすれば変態気質の見え隠れするストーキング行為も、今日の行動も何となく見えてくる。

「あの…若旦那様って人の言葉を鵜呑みにしちゃう・・・とか?」
「まぁ!そんなに深く若旦那様を判って下さっているなんて!その通りなのです」

――ただの確認だけど、そこまで肯定されると不安しかないんだけど――

「言葉は悪いのですが、若旦那様は世間知らずのボンボンと申しますか、公爵子息という御立場から若旦那様を叱れる人間もほぼいなかったのです」

「ご両親は叱らなかったのですか?私は幼い頃に死別しましたが𠮟られたなって記憶もあるんですけど」


ブリュエットが幼い頃にブリュエット以外の家族は全員事故で亡くなった。伯爵家だったからなのか、それとも子供の躾には厳しい人だったのか。今となってはそれを知る事は出来ないけれど失敗をした時に「どうして失敗をしたのか、よく考えなさい」とそれまでの行動を見直す事を言われた事を思い出す。

と、言ってもまだ6、7歳なので叱られた気がするだけかも知れない。

判るのは両親に言われていた時と、伯父夫婦の罵声を浴びせる叱責を受ける時の気持ちは全く異なっていた事くらい。

「公爵夫妻は若旦那様には興味がないのです。無事に成長して自分たちが引退する時に家督を継げるようになっていればいいので。若旦那様は講師に言われた通りにやれば褒められる。そして周囲も若旦那様が上手く立ち回れば、自分への評価として返ってきます。よい事ではあるんですけども…こう言ってはなんですが繰り返すうちに若旦那様は周囲の言葉が正しいと無条件に受け入れる性格になり、周囲は結果的に若旦那様が高評価をしてもらわねばならないので負担が大きくなっていったのです」

――なるほど…お膳立てを完璧にしなきゃいけないものね――

「その点・・・こう言ってはなんですが元婚約者のご令嬢はカンフル剤になるかと周囲は期待したのです。ご令嬢の言葉も頭から信じ込んであれやこれやと散財をされておられました。収支をみてこれではいけないと気付くのを待ったのですが…待つだけではダメでした。くっ!!悔しいかな散財を散財と思わせない資金があったんです」

――金持ちの金銭感覚が狂ってるのはこういうことね――

「しかし、転機が訪れました。元婚約者が何故か逃げ出し奥様がやって来た事です。若旦那様にはやっと人を無条件に信じる事の怖さが判ったのです。どんなに仲が良くても、信頼し合ってるとしても人は裏切る時はあっさりと裏切るものですからね」

「そうですね。かなり好きだったみたいですし」

「しかし、奥様!奥様なら若旦那様を変えられます。いえ、変えたのです。酷い事をしてしまったのにここに留まった奥様を盗み見・・・いえ、覗き見・・・いえ、奥様を知る事で変わったのです」

――知ってたんだ…皆知ってたんだ――

「申し訳ございません。猪突猛進な所もありますが一線を超える事が出来るほどの気概もない若旦那様でしたので、静観をしていたんです。奥様の力で調教・・・いえ、ヘタレで甘え腐った根性も叩き直して頂けると!あぁいうタイプは尻に敷いて手のひらで転がせば結果を喜んで持って来るのです」

――ミモザさん・・・それ鬼嫁思考だから――

「言葉も思考も気概も足らない若旦那様と思えば可愛いものです。きっと若旦那様の言動に御腹立ちとは思いますが、こういう人間だと前置きをして話をしてみて頂けませんか?」

――こういう人間って…仮夫さん。舐められてるわね――

しかし、扱い方が解ればあの言動も理解出来ない訳ではない。
ただ憂さ晴らしに暴言を吐き捨てるクレーマーとは違うのだから話をすれば折り合いをつける落としどころもあるかも知れない。

いつもより泥だらけになった籠の中の野草を見てブリュエットは「面倒臭い人だな」と思いつつも小屋に戻る事にしたのだった。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

【完結】女嫌いの公爵様は、お飾りの妻を最初から溺愛している

miniko
恋愛
「君を愛する事は無い」 女嫌いの公爵様は、お見合いの席で、私にそう言った。 普通ならばドン引きする場面だが、絶対に叶う事の無い初恋に囚われたままの私にとって、それは逆に好都合だったのだ。 ・・・・・・その時点では。 だけど、彼は何故か意外なほどに優しくて・・・・・・。 好きだからこそ、すれ違ってしまう。 恋愛偏差値低めな二人のじれじれラブコメディ。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

処理中です...