2 / 25
VOL:02 ニアって誰?
しおりを挟む
時は少し、ほんの1時間ほど前に遡る。
その日は第2王子殿下と隣国王女の婚約が調った祝いのパーティーが開かれるため、ティタニアは何日ぶりかに顔を見た夫のアルマンドと共に会場に入場した。
ダンスを踊るかどうかは個人の判断。夫婦としてせねばならない事はこのパーティの主役である第2王子と婚約者となった隣国の王女に祝いの言葉を掛けることくらい。
入場して直ぐに侯爵家だったので挨拶は終わった。
アルマンドは特にティタニアに言葉も掛けず、会場の何処かに消えてしまった。フェリシアの元に行ったのだろうが詮索するだけ野暮だとティタニアは友人や取引相手の貴族当主夫妻と会話をして、人の熱でむせ返る会場から涼むためにバルコニーに出た。
『フェェェ~♡涼しい。生き返るぅ』
そう思って手摺に手をかけた時だった。
『もういい加減にしてくれよ!』
『なんですって?愛人のままでいてくれと言ったのは貴方でしょう?その対価よ。いい加減も何もないでしょう?』
『事あるごとに宝飾品が買えるわけがないだろう』
『今更そんな事をいうの?!こっちは我慢してるのよ』
『あぁ、もう面倒だ。ならこの関係はもう終わりだ。それなら我慢の必要もないだろう』
――折角気持ちいい風が吹いてるのに痴話喧嘩なんかやめてよね――
どこかで聞いた様な声。そんな気もしたが声を荒げるような場に出くわす事もあまりなく、言い合いをする男女が誰かなんて事も興味がなかったティタニアは静かに声から距離を取ろうとしたのだが、声の主はそうはさせてくれなかった。
男の方が先に会場内に戻ろうとしたようで、給仕にグラスをせがむ苛立った声がティタニアの背中に聞こえてきたのだが、少し遅れて女の罵声が飛んで来た。
『なんでアンタがこんな所にいるのよ!!』
振りむくと折角の可愛い顔が台無し。目を剥いて三角に吊り上がり、鼻の穴も限界まで広げ鼻息荒い女性がティタニアにズカズカと歩み寄って来た。
『こんなところ・・・お言葉で御座いますが王宮ですよ?今日のプラチナホールは装飾も見事で窓枠ですら――』
『そんな事!どうでもいいのよ!アンタさえいなければっ!!』
『な、何をなさるのです?!うわっ!!』
掴みかかりそうになった女性の手を体を捻ってかわしたまでは良かったけれど、不自然な態勢になり足を捻ってしまったティタニアは「転ぶ!」と思った瞬間に手を伸ばし手摺を掴もうとしたのだが、思った以上に手摺は拳にして1つ分低い位置にあって掴みそこない、勢いと反動も手伝って体は手摺を超えてしまったのだった。
『キャァァァー!』
『人が落ちたぞ!』
バルコニーに出る手前にいた貴族たちがその場を目撃し、声をあげた。
その声すらティタニアにはゆっくりと聞こえて「落ちたと思ったら助けなさいよ!」と体が落下している間に悪態をついてしまった。
★~★
寝台で目が覚めたティタニアは思った。
「生き返ったわ」
「奥様ぁ」ウルウルの涙目で側付侍女のメイリーンが無事の生還を祝ってくれる。
「あ痛たたた・・・」
「奥様!どこか痛いところ・・・全部ですよねっ」
――間違ってないわ。メイリーン。満点回答よ――
落下した場所がまだある程度の長さがある芝生だった事と、昨今の流行りのドレスはボリューム勝負のデザインでティタニアの体には詰め物をしないとユルユルなデザインだったため、全身にタオルを巻きつけているのが功を奏したのか骨折はなく打撲のみ。不幸中の幸いと言えるだろう。
――ほぼ無傷に近いなんて奇跡だわ―
打ち身や擦り傷はあるものの骨折もなく見えない部分も問題なく「お腹空いた」としっかり食べられるし、もしかすると離縁した後は遠い国で雑技団にでも入って食べて行けるのでは?と錯覚してしまうくらいに元気そのもの。
王宮からはまだ目覚めていない時に、なんと第2王子殿下と隣国の王女殿下が見舞いに来て、バルコニーの手摺の高さに問題があったと完全なる落ち度を認めてくれたおかげで治療費は王家持ち、多額の見舞金も頂いた。
――有難いお話ですわ。しめしめ・・・うふふ――
あり過ぎると問題も起きるが離縁後を考えると資産が増える事は悪いことではない。
王家からの見舞金はオルランディ侯爵家にも支払われるが、ティタニア個人にも支払われる。
しかしいつもとは違った空気をティタニアは感じた。
アルマンドがこの部屋どころか屋敷にいないのはいつもの事なのだが使用人達が口を揃えてティタニアに訴えてくる。
「今度と言う今度はもう愛想が尽きました!」
「寄りにも寄って・・・本当に図々しい!」
ティタニアの落ち方が奇跡に近く世話が出来ないからなのか?ではなく当然の如く王宮は大騒ぎになった。直ぐにオルランディ侯爵夫人である事は判明したのだが、会場の何処を探してもアルマンドの姿はなかったのだ。
原因となったあの女性がフェリシアである事は直ぐに取り押さえられたのでフェリシアの家からは謝罪にフェリシアの父と兄が訪れたと使用人は言うが・・・。
「追い返しましたよ。全く・・・どのツラ下げて来てるんだって!!」
「謝罪に来たのでしょう?」
「謝って済む事じゃありません。奥様のお怪我もですが第2王子殿下の祝いの場をぶち壊したんですから」
怒りをあらわにしている使用人だが、その怒りの矛先はまた別の場所にあった。
「いけません!旦那様!」
「何故だ?目を覚ましたと聞いたぞ?どうして邪魔をするんだ」
何ごと?と侍女のメイリーンと目を合わせるティタニアの前に現れたのは用が無ければ屋敷に来る事もないアルマンドだった。
70がもう目の前になった老体に鞭打って執事のボムスが手を広げてアルマンドを引き留めるが、若さも体力もあるアルマンドは簡単にボムスを振り切ってバッと両手を広げた。
「起き上がったりして大丈夫なのか?!」
両手を広げ、折角の整ったかんばせも涙と鼻水でグジュグジュで台無し。
「ニアが目覚めるまで生きた心地がしなかったよ」
ティタニアはアルマンドではなく、メイリーンに問うた。
「ニアって誰?」
「多分・・・奥様の事だと思います」
「へっ?」
愛称呼びなど婚約中からされた事もない。
ティタニアは思った。
「もしかしてバルコニーから落ちたのは私じゃなく、アルマンド?」
★~★
次は14時10分でぇぇす\(^0^)/
その日は第2王子殿下と隣国王女の婚約が調った祝いのパーティーが開かれるため、ティタニアは何日ぶりかに顔を見た夫のアルマンドと共に会場に入場した。
ダンスを踊るかどうかは個人の判断。夫婦としてせねばならない事はこのパーティの主役である第2王子と婚約者となった隣国の王女に祝いの言葉を掛けることくらい。
入場して直ぐに侯爵家だったので挨拶は終わった。
アルマンドは特にティタニアに言葉も掛けず、会場の何処かに消えてしまった。フェリシアの元に行ったのだろうが詮索するだけ野暮だとティタニアは友人や取引相手の貴族当主夫妻と会話をして、人の熱でむせ返る会場から涼むためにバルコニーに出た。
『フェェェ~♡涼しい。生き返るぅ』
そう思って手摺に手をかけた時だった。
『もういい加減にしてくれよ!』
『なんですって?愛人のままでいてくれと言ったのは貴方でしょう?その対価よ。いい加減も何もないでしょう?』
『事あるごとに宝飾品が買えるわけがないだろう』
『今更そんな事をいうの?!こっちは我慢してるのよ』
『あぁ、もう面倒だ。ならこの関係はもう終わりだ。それなら我慢の必要もないだろう』
――折角気持ちいい風が吹いてるのに痴話喧嘩なんかやめてよね――
どこかで聞いた様な声。そんな気もしたが声を荒げるような場に出くわす事もあまりなく、言い合いをする男女が誰かなんて事も興味がなかったティタニアは静かに声から距離を取ろうとしたのだが、声の主はそうはさせてくれなかった。
男の方が先に会場内に戻ろうとしたようで、給仕にグラスをせがむ苛立った声がティタニアの背中に聞こえてきたのだが、少し遅れて女の罵声が飛んで来た。
『なんでアンタがこんな所にいるのよ!!』
振りむくと折角の可愛い顔が台無し。目を剥いて三角に吊り上がり、鼻の穴も限界まで広げ鼻息荒い女性がティタニアにズカズカと歩み寄って来た。
『こんなところ・・・お言葉で御座いますが王宮ですよ?今日のプラチナホールは装飾も見事で窓枠ですら――』
『そんな事!どうでもいいのよ!アンタさえいなければっ!!』
『な、何をなさるのです?!うわっ!!』
掴みかかりそうになった女性の手を体を捻ってかわしたまでは良かったけれど、不自然な態勢になり足を捻ってしまったティタニアは「転ぶ!」と思った瞬間に手を伸ばし手摺を掴もうとしたのだが、思った以上に手摺は拳にして1つ分低い位置にあって掴みそこない、勢いと反動も手伝って体は手摺を超えてしまったのだった。
『キャァァァー!』
『人が落ちたぞ!』
バルコニーに出る手前にいた貴族たちがその場を目撃し、声をあげた。
その声すらティタニアにはゆっくりと聞こえて「落ちたと思ったら助けなさいよ!」と体が落下している間に悪態をついてしまった。
★~★
寝台で目が覚めたティタニアは思った。
「生き返ったわ」
「奥様ぁ」ウルウルの涙目で側付侍女のメイリーンが無事の生還を祝ってくれる。
「あ痛たたた・・・」
「奥様!どこか痛いところ・・・全部ですよねっ」
――間違ってないわ。メイリーン。満点回答よ――
落下した場所がまだある程度の長さがある芝生だった事と、昨今の流行りのドレスはボリューム勝負のデザインでティタニアの体には詰め物をしないとユルユルなデザインだったため、全身にタオルを巻きつけているのが功を奏したのか骨折はなく打撲のみ。不幸中の幸いと言えるだろう。
――ほぼ無傷に近いなんて奇跡だわ―
打ち身や擦り傷はあるものの骨折もなく見えない部分も問題なく「お腹空いた」としっかり食べられるし、もしかすると離縁した後は遠い国で雑技団にでも入って食べて行けるのでは?と錯覚してしまうくらいに元気そのもの。
王宮からはまだ目覚めていない時に、なんと第2王子殿下と隣国の王女殿下が見舞いに来て、バルコニーの手摺の高さに問題があったと完全なる落ち度を認めてくれたおかげで治療費は王家持ち、多額の見舞金も頂いた。
――有難いお話ですわ。しめしめ・・・うふふ――
あり過ぎると問題も起きるが離縁後を考えると資産が増える事は悪いことではない。
王家からの見舞金はオルランディ侯爵家にも支払われるが、ティタニア個人にも支払われる。
しかしいつもとは違った空気をティタニアは感じた。
アルマンドがこの部屋どころか屋敷にいないのはいつもの事なのだが使用人達が口を揃えてティタニアに訴えてくる。
「今度と言う今度はもう愛想が尽きました!」
「寄りにも寄って・・・本当に図々しい!」
ティタニアの落ち方が奇跡に近く世話が出来ないからなのか?ではなく当然の如く王宮は大騒ぎになった。直ぐにオルランディ侯爵夫人である事は判明したのだが、会場の何処を探してもアルマンドの姿はなかったのだ。
原因となったあの女性がフェリシアである事は直ぐに取り押さえられたのでフェリシアの家からは謝罪にフェリシアの父と兄が訪れたと使用人は言うが・・・。
「追い返しましたよ。全く・・・どのツラ下げて来てるんだって!!」
「謝罪に来たのでしょう?」
「謝って済む事じゃありません。奥様のお怪我もですが第2王子殿下の祝いの場をぶち壊したんですから」
怒りをあらわにしている使用人だが、その怒りの矛先はまた別の場所にあった。
「いけません!旦那様!」
「何故だ?目を覚ましたと聞いたぞ?どうして邪魔をするんだ」
何ごと?と侍女のメイリーンと目を合わせるティタニアの前に現れたのは用が無ければ屋敷に来る事もないアルマンドだった。
70がもう目の前になった老体に鞭打って執事のボムスが手を広げてアルマンドを引き留めるが、若さも体力もあるアルマンドは簡単にボムスを振り切ってバッと両手を広げた。
「起き上がったりして大丈夫なのか?!」
両手を広げ、折角の整ったかんばせも涙と鼻水でグジュグジュで台無し。
「ニアが目覚めるまで生きた心地がしなかったよ」
ティタニアはアルマンドではなく、メイリーンに問うた。
「ニアって誰?」
「多分・・・奥様の事だと思います」
「へっ?」
愛称呼びなど婚約中からされた事もない。
ティタニアは思った。
「もしかしてバルコニーから落ちたのは私じゃなく、アルマンド?」
★~★
次は14時10分でぇぇす\(^0^)/
269
あなたにおすすめの小説
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁
柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。
婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。
その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。
好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。
嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。
契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる