あなたが教えてくれたもの

cyaru

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第01話  2人ぼっち

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カラカラカラ。

空が白み始めた時刻。古い家の勝手口から桶を抱え、「寒い、寒い~」白い息を吐きながら出て来たコーディリアは井戸の水を汲み上げる。

汲んだ水を何度も厨房の竈の向かいにある水瓶に入れる。
何往復かするとすっかり体も温まり、今度は竈に火を入れパンの生地を捏ねる。

コーディリアの朝はとても忙しい。
放牧された羊番をするようになってもうすぐ1年目のゼウスはまだ8歳。

育ち盛りの上、放牧は山頂付近で行われるため体力勝負。
朝はちゃんと食べて行って欲しいし、小休憩で雇い主から配給される昼食までに腹が空くと言うので持たせるパンには生地の中に干し肉とチーズを丸め込んで軽く胡椒をふって焼く。

冷ましておかないと籠を持って行く訳ではなく布で包むだけ。
火傷をしてしまうので冷まさねばならない。

朝食の支度が済むとゼウスの部屋に行き、熟睡中のゼウスを叩き起こす。

「ほら!朝よ!起きなさい!」

「もうちょっとぉ。5分でいいからさぁ」

「ダメ!今日は谷の向こう側で放牧でしょう!早く起きなさいってば!」

そんなやり取りを15分。

掛布の端を引っ張ってゼウスから温もりを奪うと、猫のように丸まってしまうゼウスは観念したのか眠い目をこすりながらむっくりと上半身を起こした。

「おはよ…何時?」

「もう6時過ぎ。ほら!早く朝食も出来てるから」

「マジっ?!やっべ。6時って!6時って!」

バタバタと服に袖を通すと「顔洗うの忘れた」ゼウスは井戸に走っていく。


王都から遠く離れた鄙びた田舎のウーラヌス領。
例年この時期はまだ雪が残っているがコーディリアの雪かきを考慮してくれたのか、今年の冬はあまり雪が積もらなかった。

ゼウスの使ったシーツを寝台から剥ぎ取って腕に引っかけていると「行ってきまーす」ゼウスの声がする。

今日も慌てて朝食を流し込み、玄関の扉が開いて閉じて、また少ししたら開いて閉じたのはパンを忘れたのを取りに戻ったのだろう。

「困った子ね。まったく。あれで羊番が務まるのかしら」



ウーラヌス伯爵家の当主となってもうすぐ6年。
コーディリアは17歳の時に領地にやってきて、細々と暮らしている。

以前は王都に住んでいたが、兄のオベロンが詐欺師に騙され王都の屋敷を売らねばならなくなった。

責任を感じたのかオベロンは失踪。
母親は早くに流行病で天に召されていたが、当時はまだ父親も存命中でコーディリアと共になんとか背負った借金を清算しようと尽力した。

やっと返し終わった時、ウーラヌス伯爵家に残っているのは猫の額ほどの田舎の領地が1つと爵位だけになった。

無理に無理を重ねたのが良くなかったのか。それとも領地に視察に行くにものんびりと馬車旅しかした事が無かったので、歩いての旅になったのが悪かったのか。

父親は王都を出て間もなく過労がたたり帰らぬ人となった。
その日からコーディリアはウーラヌス伯爵家唯一の生き残りであり当主になった。


ゼウスは実の弟ではなく領地に歩いて向かっている途中で目の前を走る馬車の荷台から草むらに捨てられた子である。何か投げたな?と思い近寄ってみるとやせ細った幼児がぐったりとしていた。

抱え起こすと体が熱い。そして驚くほど軽かった。
残念なことに病気になっても旅の途中では誰も助けてはくれない。
実の親ですら我が子を捨てていく。

見なかった事にすれば小さな命がここで数日のうちに1つ消えるだけ。

幸いにもコーディリアには微力ながら「治癒」の加護があった。
自分自身には効き目がないが、自分以外であれば人に限らず動物や植物、はては水や土にも使える加護。

その加護があるばかりに失うものも多かったけれど消えかかった小さな命を見過ごすことは出来なかった。

コーディリアはゼウスを背中に背負い、途中、途中の村で小さな石のついた玩具と見紛う程度の宝飾品と引き換えに食事と屋根のある寝床を提供してもらい、ゆっくりとゼウスを治癒しながら領地にやってきた。

「どうせ天涯孤独の独り者なんだもの。一緒に暮らせばきっと楽しいわ」

以来、ゼウスと一緒に暮らしている。ゼウスの年齢を8歳としたが領地に来て6年なので、6歳以下ではないが正確には判らない。

余りにも痩せていたので心配もしたが、元気になればトテトテと1人で歩き、庭を遊びまわる。
食べ物を満足に与えて貰っていないと同時に、話しかける大人もいなかったのか知っている言葉も少ない。

拾った時を2歳とカウントした。


倹しく暮らすコーディリアだが、王都に住んでいた頃は使用人もいた生活が当たり前。
針ですらハンカチにイニシャルや家紋などを刺繍する程度。
父と共に王都を出る少し前まで家事などした事も無かった。

食うに困れば何とでもするのが人間。
借金を返し終わった頃は困窮した生活となった。若い頃に騎兵隊に所属していた父が調理をするのを見てパンを焼くことを覚えた。それが最初の家事だった。

掃除などは領民に教えてもらいながら覚えた。

領民も気を使って言葉を選んでくれるが、兄が騙されずにいれば今頃は第3王子妃でもあったかも知れない。

いや、違う。
第3王子ロベルトとの婚約が白紙となったのは兄が騙されたと解る10日前だった。

父もコーディリアも兄オベロンが失踪してしまった事を責めた事はない。
そこまで自責の念に駆られずとも良かったのにと気遣う。

何故ならオベロンはコーディリアの治療費のために高額な薬を買い、その薬がただの廃油だっただけ。

責めるのであれば怪我の原因を作った第3王子ロベルトだろうと思うのだ。
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