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第08話 6年目の再会
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ウーラヌス伯爵家が私財を吐き出している事は王家にも報告はされていた。
王家と言えど、出来る事はほぼない。慰謝料と治療費は既に支払っているし表向き婚約解消の手続きが完了するのも間もなく。
慰謝料や治療費を何にどう使うか。これはウーラヌス伯爵家の問題であり、無くなったからとウーラヌス伯爵家に金銭を支払うとなれば王家もウーラヌス伯爵家も痛くもない腹を探られることになる。
「陛下、お連れしました」
「うむ。ご苦労だった。下がっていい」
「はい」
国王の前には襤褸切れの方がまだ清潔感がある容貌のロベルトが床に両膝をつく姿勢で連れて来られた。
半年の間、幽閉に近い隔離をされたロベルトのギラギラと鈍い輝きの瞳は国王を睨みつけるが魔封じの枷により詠唱を唱える事も叶わない。
第1王子や第2王子ほどの魔力は無くても王子は王子。貴族よりも遥かに大きな魔力を持つロベルトは魔導士の塔に入れられ、何もない空間でただ「虚無」を感じる日々をバツとして与えられていた。
光も音も遮断をされて時間さえ奪われた気分になる魔導士の塔。
屈強な騎士ですら1週間で自我崩壊を起こすものだが、ロベルトは半年の間耐え抜いた。
その結果、例えるならば全身の神経を覆っていた皮膚や肉は削ぎ落されて剥き出しになっている状態が出来上がる。
空気に触れるだけでも言いようのない痛みが全身を襲う筈だが、ロベルトは憎々し気に国王を睨みつけていた。
「迂闊な行動からくる末路だ。自分の蒔いた種で大事にせねばならない者まで不幸のどん底に落とすことになったのだ」
「どういう意味だ。父上」
「ウーラヌス伯爵家にはもう何もない。消えぬ傷を消そうと騙され全てを失ったそうだ」
「なっ…なんと?!」
「聞こえなんだか?全てを失ったと言ったのだ。綻びとはそう言うもの。最初はほんの僅かな綻びも放っておけば取り返しがつかない事態になる。お前はこれから辺境に向かってもらう。いいな?」
「見えないところで野垂れ死ねと言う事ですか」
「死ぬことが出来るなら儲けものだろうて。愚かな行いの償いは責めて好いた女が幸せに暮らせるように国を最前線で守ることだろう。それこそ‥・見えないところでな」
「父上は無慈悲な人だ。息子さえ‥兵器の1つとして扱うのですね」
「兵器は物言わず役目を果たす。この期に及んで戯言など申さぬわ。連れて行け」
ロベルトは気配すら感じさせずに背後に立った黒いローブを纏った魔導士に連行されて辺境の地に送られて行った。
コーディリアが「事故だ」と言い張ったところで場所は王宮内のホール。
見られていない筈もなく、影が国王に報告をした通りの自供が得られるまでレティシアの聴取は続きボロム子爵家からは見捨てられるかと思いきや王家はボロム子爵家からレティシアの籍を抜くことを許可しなかった。
ボロム子爵家はレティシアの籍を抜くことも出来ず、破損させた個所の修理費を請求されウーラヌス伯爵家以上の負債を負う事になった。
たかが手摺と言えど、築城されて数百年。
あの手摺は強固な造りとすれば安心して階下を覗き込み、安心感から転落する者を敢えて避けるために揺れるように作られたもので、支柱の1本と言えど破損をさせれば全ての個所を一斉にやり替えねばならなかった。
ロベルトが辺境行きの荷馬車に載せられ、護送されて行く途中で1組の親子とすれ違った。
「リア‥」
小さな言葉がロベルトの口から洩れた。
その親子は旅支度をしたコーディリアとウーラヌス伯爵。
ウーラヌス伯爵は元々でっぷりとした体形でもなかったが、げっそりと痩せ実際の年齢よりも老けて見えた。
並んで歩くコーディリアは少し足を引いていて、ロベルトは遠ざかっていく2人に頭を下げ、嗚咽しながら何度も詫びた。
旅の途中でウーラヌス伯爵は一気に押し寄せた疲労から帰らぬ人となり、コーディリアは領地まであと半分以上ある道のりを昼間だけ歩き、夜は人気のない場所で身を潜めて仮眠を取り長い時間をかけて領地を目指した。
★~★
そんな事があった6年前。
コーディリアはもう領地の生活にすっかり慣れて、思い切り走ったり飛んだりすることは出来なくても日常生活に負傷したことも感じることがない動きを取り戻していた。
ゼウスが羊番に出かけて行ったあと、2人分のシーツを洗い庭に干す。
風にシーツが棚引く横で一緒に洗った衣類を並べて干して、領民が丁度のサイズに切り分けてくれた薪を鉈を使って樹皮を剥ぐ。
最初は鉈を持つだけで精いっぱいだったが、毎日の事になれば慣れて来る。
庭や家の周囲に食べられそうな野草を見つけては摘み取って洗い、刺繍しか出来なかった裁縫は衣類を繕えるまでになったので、領民の衣類を繕う駄賃でもらった干し肉を水に浸して柔らかくしながら昼になれば夕食の準備を始める。
すっかり空が夕焼けに染まった頃、コトコトと夕食のスープを掻き混ぜていると壊れかけたドアノックの音がした。
「ゼウスかしら」
領民から野菜などを貰って両手が塞がっているから呼んだのだろうか。ゼウスは人懐っこい面もあるのでよく貰い物をしてくるのだ。鍋を掻き混ぜる手を止めて玄関に向かった。
「ゼウス。どうしたの?何か貰っ―――」
長閑過ぎて危険も考えた事が無かったコーディリアは玄関の扉を開けたままの姿勢で硬直した。
目の前に立っていたのは王子とはまるで呼べない風貌のロベルトだと直ぐに気が付いたからである。
「ゼウスって誰だ?」
挨拶よりも先にロベルトの言葉が耳に飛び込んできた。
王家と言えど、出来る事はほぼない。慰謝料と治療費は既に支払っているし表向き婚約解消の手続きが完了するのも間もなく。
慰謝料や治療費を何にどう使うか。これはウーラヌス伯爵家の問題であり、無くなったからとウーラヌス伯爵家に金銭を支払うとなれば王家もウーラヌス伯爵家も痛くもない腹を探られることになる。
「陛下、お連れしました」
「うむ。ご苦労だった。下がっていい」
「はい」
国王の前には襤褸切れの方がまだ清潔感がある容貌のロベルトが床に両膝をつく姿勢で連れて来られた。
半年の間、幽閉に近い隔離をされたロベルトのギラギラと鈍い輝きの瞳は国王を睨みつけるが魔封じの枷により詠唱を唱える事も叶わない。
第1王子や第2王子ほどの魔力は無くても王子は王子。貴族よりも遥かに大きな魔力を持つロベルトは魔導士の塔に入れられ、何もない空間でただ「虚無」を感じる日々をバツとして与えられていた。
光も音も遮断をされて時間さえ奪われた気分になる魔導士の塔。
屈強な騎士ですら1週間で自我崩壊を起こすものだが、ロベルトは半年の間耐え抜いた。
その結果、例えるならば全身の神経を覆っていた皮膚や肉は削ぎ落されて剥き出しになっている状態が出来上がる。
空気に触れるだけでも言いようのない痛みが全身を襲う筈だが、ロベルトは憎々し気に国王を睨みつけていた。
「迂闊な行動からくる末路だ。自分の蒔いた種で大事にせねばならない者まで不幸のどん底に落とすことになったのだ」
「どういう意味だ。父上」
「ウーラヌス伯爵家にはもう何もない。消えぬ傷を消そうと騙され全てを失ったそうだ」
「なっ…なんと?!」
「聞こえなんだか?全てを失ったと言ったのだ。綻びとはそう言うもの。最初はほんの僅かな綻びも放っておけば取り返しがつかない事態になる。お前はこれから辺境に向かってもらう。いいな?」
「見えないところで野垂れ死ねと言う事ですか」
「死ぬことが出来るなら儲けものだろうて。愚かな行いの償いは責めて好いた女が幸せに暮らせるように国を最前線で守ることだろう。それこそ‥・見えないところでな」
「父上は無慈悲な人だ。息子さえ‥兵器の1つとして扱うのですね」
「兵器は物言わず役目を果たす。この期に及んで戯言など申さぬわ。連れて行け」
ロベルトは気配すら感じさせずに背後に立った黒いローブを纏った魔導士に連行されて辺境の地に送られて行った。
コーディリアが「事故だ」と言い張ったところで場所は王宮内のホール。
見られていない筈もなく、影が国王に報告をした通りの自供が得られるまでレティシアの聴取は続きボロム子爵家からは見捨てられるかと思いきや王家はボロム子爵家からレティシアの籍を抜くことを許可しなかった。
ボロム子爵家はレティシアの籍を抜くことも出来ず、破損させた個所の修理費を請求されウーラヌス伯爵家以上の負債を負う事になった。
たかが手摺と言えど、築城されて数百年。
あの手摺は強固な造りとすれば安心して階下を覗き込み、安心感から転落する者を敢えて避けるために揺れるように作られたもので、支柱の1本と言えど破損をさせれば全ての個所を一斉にやり替えねばならなかった。
ロベルトが辺境行きの荷馬車に載せられ、護送されて行く途中で1組の親子とすれ違った。
「リア‥」
小さな言葉がロベルトの口から洩れた。
その親子は旅支度をしたコーディリアとウーラヌス伯爵。
ウーラヌス伯爵は元々でっぷりとした体形でもなかったが、げっそりと痩せ実際の年齢よりも老けて見えた。
並んで歩くコーディリアは少し足を引いていて、ロベルトは遠ざかっていく2人に頭を下げ、嗚咽しながら何度も詫びた。
旅の途中でウーラヌス伯爵は一気に押し寄せた疲労から帰らぬ人となり、コーディリアは領地まであと半分以上ある道のりを昼間だけ歩き、夜は人気のない場所で身を潜めて仮眠を取り長い時間をかけて領地を目指した。
★~★
そんな事があった6年前。
コーディリアはもう領地の生活にすっかり慣れて、思い切り走ったり飛んだりすることは出来なくても日常生活に負傷したことも感じることがない動きを取り戻していた。
ゼウスが羊番に出かけて行ったあと、2人分のシーツを洗い庭に干す。
風にシーツが棚引く横で一緒に洗った衣類を並べて干して、領民が丁度のサイズに切り分けてくれた薪を鉈を使って樹皮を剥ぐ。
最初は鉈を持つだけで精いっぱいだったが、毎日の事になれば慣れて来る。
庭や家の周囲に食べられそうな野草を見つけては摘み取って洗い、刺繍しか出来なかった裁縫は衣類を繕えるまでになったので、領民の衣類を繕う駄賃でもらった干し肉を水に浸して柔らかくしながら昼になれば夕食の準備を始める。
すっかり空が夕焼けに染まった頃、コトコトと夕食のスープを掻き混ぜていると壊れかけたドアノックの音がした。
「ゼウスかしら」
領民から野菜などを貰って両手が塞がっているから呼んだのだろうか。ゼウスは人懐っこい面もあるのでよく貰い物をしてくるのだ。鍋を掻き混ぜる手を止めて玄関に向かった。
「ゼウス。どうしたの?何か貰っ―――」
長閑過ぎて危険も考えた事が無かったコーディリアは玄関の扉を開けたままの姿勢で硬直した。
目の前に立っていたのは王子とはまるで呼べない風貌のロベルトだと直ぐに気が付いたからである。
「ゼウスって誰だ?」
挨拶よりも先にロベルトの言葉が耳に飛び込んできた。
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