あなたが教えてくれたもの

cyaru

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第16話  純真無垢なゼウス

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男の子だから気になるのか。
ゼウスはロベルトの家が秘密基地に見えて仕方がない。

日を追うごとに「謎の家」はどんどん進化を遂げていくのがゼウスには「カッコいい!」としか思えないのだ。

そわそわと窓の向こうにちらりと見えるロベルトの住まいを見て落ち着かない。

「ゼウス。食事中は食べる事に集中なさいな」

「うん。あのね、お姉ちゃん、あの家‥行ってもいい?」

「ダメよ。何処の家も自分が行きたいから行くではだめと教えたでしょう?尋ねる時は用件がある時よ」

「中が見たいとかじゃダメかな」

「いけません。ほら、スープが零れるわよ。ニンジンも残ってるわ」

「僕、ニンジン苦手」

「好き嫌いはダメよ。色んなものをちゃんと食べないと大きくなれないわ」


日中はゼウスも羊番をしたりと仕事があるので、自由な時間はないが夜になると「おじさん、来てもいいよって言ったから」と夕食もリスの頬袋のようになるまで口の中に詰め込んで急いで食べると食器を片付けて飛び出していく。

そんなゼウスを捕まえて湯殿に行くのだが、ゼウスはスズメの行水。
早くロベルトの家に行きたくて仕方がないのだ。

領内の若い男性たちは冬になると出稼ぎに行くのでロベルトの年代の男性は珍しくもあり、ゼウスにはそこに格好の遊び場が加わった形。

決して広くはない廃屋の隅から隅まで好奇心が先に立ち、うとうととする燃料切れまで好奇心全開で探検をする。

「すまない。寝てしまったんだ」

「また?!ごめんなさい。明日は行かないように強く言うわ」

「いいんだよ。あんな家でも訪ねてきてくれると嬉しいよ」

ロベルトからゼウスを受け取ると、ゼウスの小さな手からドングリがぽとりと落ちた。



そんな生活が2か月ほど続き、峠も雪が解け始めた頃だった。

領民の家も男手が足らないので、ロベルトは何でも屋のように領民から頼まれごとをすれば大工になったり、農夫になったりで日々の食糧を手に入れる。

そこにかつての第3王子ロベルト殿下を匂わせるものは何もない。
領民もロベルトが第3王子であることなど知らないだろう。

廃屋は更に進化を遂げて現在ではツリーハウスになっている。

ロベルトが枯れ枝をナイフで薄く削いで焚火の火種を作っているとコーディリアの家に珍しく来客があるのが見えた。来客と言っても配達人である。

コーディリアはウーラヌス伯爵家の当主でもあり、領主でもあるので国から色々と制度が変わったりすると通知を配達人が運んでくる。

王都からウーラヌス領は距離があるので最新の情報でも3か月遅れ。
領地住まいの場合はわざわざ王都まで出向かなくても当主の変更届や収入に対しての納税などは配達人を使って行ったりもする。

その類かと思っていたのだが、夜になってゼウスが何時ものようにやってきて「お姉ちゃんが困っている」とロベルトに相談をしてきた。


「なんで困ってるんだ?金か?」

「お金もだと思うけど、王都に行かなきゃいけないのかなって。お姉ちゃん、王都には行きたくないみたいなんだよなぁ」

「ゼウスは行きたいのか?」

「うん。行ってみたい。王都って変わった鳥もいるって出稼ぎに行って帰ってきた人たちが言うんだ。王都に行って捕まえたら高く売れそうな気がするんだ」

「変わった鳥?そんなの居たかな。鳥なら領地の方がインコモドキなんか変わったのが多いと思うんだが」

「なんかね、飛ばないらしいんだけどすっごく綺麗な鳥みたい。僕見てみたいなぁ」

「そんな鳥がいるのか。なんて鳥だ?」

「夜鷹だよ。夜にしか見る事が出来ない綺麗な鳥なんだって」

――ゼウス、純真無垢なままで居てくれ――


ロベルトはゼウスに「その鳥はかなり金がかかる」ことや「時に病気を持っている事もある」と教えてしまいそうになるが「子供の夢を壊してはいけない」と夜鷹の生態を教える事が出来なかった。

夜鷹については今後も話をはぐらかすしかないだろうが、ゼウスの情報を総合するとコーディリアに手紙を送ってきたのはネプトヌス公爵家。

ウーラヌス領産の羊毛事業を立ち上げたいので話がしたいとコンタクトを取ってきているとの事だった。

――ネプトヌス公爵家か。確か…トリトン殿が後継者だったな――

ロベルトの知るネプトヌス公爵家は慈善活動にも力を入れていて、堅実で忠臣。
現公爵はロベルトの叔父でもあるが、第6王子だったためネプトヌス公爵家に婿入りの形で臣籍降下している。

幾つかある公爵領は農業が盛んで食料自給率の向上に貢献している家でもある。

羊毛産業を発展させるのであれば、生産者と製造者でぼったくりをするような家でもないし、悪い話ではないと思うがコーディリアが首を縦に振らない理由がロベルトには判らなかった。

思いつく理由としては金だ。

――王都までの路銀がないんだろうか――

貴族や平民はその場で支払いを求められるが、ロベルトならば宿場町などでの支払いも後日清算で請求書を王宮宛に届けてもらえば王子用の予算から決済も出来る。

コーディリアが金の事で王都行きを悩んでいるのなら力になれるんじゃないかと考えたロベルトはお節介だと思いつつもコーディリアを訪ねる事にした。

「尋ねる時は先触れなんだが…紙もペンもないんだよな」

手紙を書こうにも道具がないロベルトは翌日家から少し離れた場所を歩いた。

「あった。あった」

見つけたのはシザンサスの葉っぱ。花が咲く時期はまだ先だが花言葉は協調。
きっと話がしたいと捉えてくれるはずだと1人頷いた。

ロベルトはゼウスにシザンサスの葉っぱを預けたのだった。
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