あなたが教えてくれたもの

cyaru

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第17話  渾身の謝罪、空振り

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コーディリアと2人きりで話をする。たったそれだけの事でもロベルトは緊張していた。

実質のお隣さんだとしても、日頃の会話はないし挨拶をしようと思ってもコーディリアの予定を把握している訳ではないので、気が付けば出かけていたり。
すれ違いの日々を送っていた。

唯一話をするとすれば遊びに来て寝入ってしまったゼウスを抱きかかえて届けた時。
しかしそれも夜風にゼウスを晒す事も出来ないので短時間だった。

意を決し、ロベルトはドアノックを叩いた。

この時間にコーディリアが在宅であることも、ゼウスが羊番に出かけている事もリサーチ済。
扉の向こうから聞こえる音にロベルトの心臓は口から飛び出してしまいそうなくらいに激しく拍動を打った。

ゼウスから聞いていたのかコーディリアは誰が来たのか判ったようで扉が開いた時も驚いた顔はしていなかった。

「何か御用かしら。困りごとなら領民のまとめ役に言ってくれた方が助かりますわ」

「困っていると言えば困ってるんだ…と思う」

「・・・どういう事です?」

「その…リアが困っていると聞いて、何か助けになれることがあるんじゃないかと思ったんだ」

「ないです。では」

即答をしたコーディリアは扉を閉じようとしたのでロベルト慌ててつま先を前に出し、ドアストッパー替わりにした。

閉じない扉にコーディリアは不機嫌を隠さない。

「と、取り敢えず話をしないか。ここに来て2か月になるんだが、ちゃんとリアとは話をしてないだろう」

「するような話もないのに何を話すことが?」

けんもほろろ。コーディリアはこんなにも意固地で頑なな女性だっただろうか。
ロベルトは「少しだけ」と手のひらを合わせてお願いをした。

「では、どうぞ」

「いいのか?玄関を開けたままでも構わないが」

「フェルト用の毛を暖炉の熱で乾燥させているので温度が下がるのは遠慮して頂きたいわ」

「フェルト用…そうか。すまない」


ずっと以前は領民の手遊びてすさびだった羊毛フェルト人形作り。
製作する数は少ないけれど、1つ当たりの価格が高価であるため以外にも領の収入になっている。

洗っても落ちない汚れがあったり、糸をる時に出る小さな綿埃程度の羊毛も集めてみればかなりの量。試しに何代か前の王女が可愛がっていた犬のぬいぐるみを製作をしてみたら、リアルさを追求するお国柄もあって注文が殺到した。

ペットも家族同様に愛している者たちからは注文が継続して舞い込んでくる。
手のひらサイズの小さなものから等身大の大きなものまで対応をしているのだが、ここ3年はちょっと注文を受けるのが厳しくなり予約は受けていない。兎に角忙しいのだ。

隣国プールト王国からややこしい依頼が舞い込んだ。
現在王太子となっているカロン王子は筋金入りのビーガン。

動物愛護に力を入れている王太子なのだが、プールト王国の子供たちに「動物ってこんなに可愛い」と教えてやりたいが、生きた動物を檻に入れて見世物にするのは可哀想だし、何より触れる事が出来ない。

そこで羊毛フェルト人形を作っているウーラヌス領に使者を出し、羊毛フェルトで作った動物たちの動物園を依頼してきたのである。

大変に結構な事だがこれが大変。
体長が5mにもなるナマウンゾウや、長さが7mの蛇のアコナンダ。模様を作るにもややこしいピャーマだったり、大型の動物に変な拘りがある王太子の大口の注文はなんと10年計画なのである。


ロベルトが家の中に入ると真っ黒に染色を何度も繰り返している大きな塊があった。


「これは何を作るんだ?」

「ボノーボですわ」

「ボボーボ?」

「いえ、ボノーボ。ピグミーチンパンジーですわ。それで?ご用件は何でしょう。見ての通り暇そうに見えて実のところ忙しいのです。手短に話して頂けると助かりますわ」

ロベルトは椅子を勧められたが、座らずにコーディリアの向かいに膝をついた。

心から詫びたいと思う気持ちは本物。
床に手もついてロベルトは深々と頭を下げた。

「本当にすまなかった。謝罪をして許されるとは思っていない。あの頃の私は本当にどうしようもない愚か者だったんだ」


ロベルト本人がコーディリアを望んでおきながら、婚約から1年経ったあたりからレティシアを側に置くようになった。なんと不誠実な事だろう。

「リアのためにちゃんとしなくてはと考えたのは本当だ。言い訳になるがずっと気を張っていると疲れてしまったんだ。それまでこつこつと努力を積み重ねる事をしていなかったのもあって、息抜きをしようと逃げてしまったんだ。リアの側に居るだけで体も心も楽になったけど、悪い癖っていうか…。1回だけ、今回だけと過去に賭博なんかで得た快感を求めてしまったんだ」

「そうですか。往々にしてそうなるでしょうね」

「うん。リアには癒された。それは本当だ。でも…どうかしてたんだ。今思えばどうしてあんな粗暴な事をする事がカッコいいとか。他人の事を悪く言い、仲間内で盛り上がるのがこの上なく楽しいとか。自分が判らないよ」

「仕方ありません。人によって快楽とか幸福の感じ方は違いますもの。私は殿下と婚約をしていたことを後悔はしていないんです」

ロベルトはハッと顔をあげて「もう一度リアと関係をやり直したい」そう言おうとした。

しかしその言葉はコーディリアの言葉に遮られた。

「殿下が教えてくれたのです。世の中には理解を超えた相容れない人も存在しているのだと。だからその事を知ることが出来ただけでも感謝をしているのです」

ロベルトは言葉を返せなかった。
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