あなたが教えてくれたもの

cyaru

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第28話  ゼウスは無垢なのだ

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「おじさん。ダメだ。全然飛ばないんだ」

「どれ、貸してみろ」

プロテウスとゼウスはすっかり仲良くなった。ゼウスにしてみれば挨拶もなく突然ロベルトがいなくなっただけでなくツリーハウスは入り口が壊されてしまったので昇ることも出来なくなった。

ゼウスなりにロベルトとは仲良くしていたつもりだったが、ロベルトはそうでもなかったのかも知れないと項垂れているとプロテウスがゼウスを構い倒した。

羊を放牧している場に一緒に通っているのもあったけれど、プロテウスはゼウスにその辺にあるものでおもちゃを作ることを教えてくれた。

何があるのか製作に携わっていない秘密基地も面白かったけれど、木の枝とナイフ、石とツタなどで作る実用も兼ねた玩具造りにゼウスはあっという間にのめり込んだ。

先日は河原で拾ってきた石をツタで縛り、投石をして獲物をしとめる武器を作った。

今回はブーメランである。

「これは何をするの?」

「これも狩猟につかうのさ。威力が正確に出せるようになると獲物を仕留めた後で手元に戻って来るんだ」

「へぇ。そうなんだね。投げるのに戻って来るんだ?」

「聞くより見た方が早いな。いいか?よぉく見てるんだぞ?」

プロテウスは渓谷に向かってブーメランを投げた。ゼウスはひゅんひゅん風を切る音をさせ回転し、遂には手元に戻ってきたブーメランを見て瞬きを忘れ、口も閉じる事を忘れてしまった。

「しゅごい‥おじさんっ!しゅごい!凄い!」

「ハハハ。そんなに褒めるな。いいか?投げ方にもコツがあるが、このⅤ字になってるのがナイフでもあり、羽根でもあるんだ。傾斜も付いてるだろう?」

「うんっ。こっちは逆に傾斜が付いてるね」


そこにコーディリアが領民と一緒に昼食を運んできた。
キョロキョロとしているのはゼウスの声はするのに姿が見えないためだった。

「何処に行ったのかしら」

「あ、お姉ちゃん!」

「ん?」

後ろを振り向いたコーディリアだがそこにもゼウスの姿はない。

ゼウスはⅤ字になった羽根を丁寧にナイフで削る大柄なプロテウスが胡坐をかいた特等席にちょこんと座っていた。

「ダメよ。プロテウス様はお仕事で来ているのにこんなことをさせては!」

「いいんですよ。コーディリア殿もやってみますか?ブーメランって案外楽しいんですよ。まだ報告書で読んだだけなんですが南の方にある島では狩猟ではなくスポーツとしてブーメランの競技会があるそうですよ」

「まぁ、スポーツで?このⅤな道具を使いますの?」

「えぇ。自作なので大きさもまちまち。意外と暗器にも出来ると思いますよ。慣れれば背後から敵にダメージを与える武器にもなりますし」

「そうだよ!お姉ちゃん。おじさんがね、ブンって投げたら戻ってきたんだよ!ぎゅぎゅーって向こうで旋回してちゃーんと戻ってきたんだ」

ゼウスはプロテウスという防風を兼ね備えている体躯の安全地帯からひょっこり顔を覗かせ。目をキラキラさせている。

「これ!ちゃんとシートの上に座りなさい!」

「いいんですよ。ゼウスは俺の胡坐の中が良いんだよな?」

「うん。座り心地も抜群だよ。お姉ちゃんも一緒に座る?あったかいよ」

「ゼウスっ!何を言ってるの!」

「そ、そうだぞ。こっこっこーここにだなんてとんでもない。悪い子だ。ゼウスっ」

「なんで?おじさん、来るか?ってポンポンしたじゃないか」

「それはだな‥子供限定で許されているからだ!」

「違うよ。オリオンさんは奥さんを抱っこしてるよ?寒い時は一番だって言ってた。ほら、お姉ちゃん。おじさんのお膝は風も当たらないんだよ?それに僕、子供じゃない!こう見えてお姉ちゃんを守るナイトだからな!」

――そのナイトに、どう?ってあり得ない提案をされた私って――


子供はよく見ているし、素直なのでなんでもばらしてしまう。
そして「いいな」と思ったものは皆と共有すべくお誘いをする。

プロテウスのかいた胡坐の中は確かに冷たい山の上の風は遮られるだろうし、体温で温かいだろう。しかし、26歳の男性と23歳の女性がしてしまうのにはかなり抵抗を感じる姿勢だ。


「座ってみなって!時々真ん中の出っ張りが邪魔になるけど手でグイって押せば奥に引っ込むから」

「真ん中の出っ張り?」

「うん。朝起きた時におじさんのシーツが盛り上がってるところ。昼間は大人しく寝てるんだよね。おじさんっ」


「あらまぁ♡」後ろで一緒にやってきたご夫人が少し頬を染める。

プロテウスは「余計なことを教えるんじゃなかった」と激しく後悔をした。

こんなところで発言を公開されるなんて思いもしなかった。

「き、気にしないでくれ。気にされると居た堪れない」

「お察ししますわ」


気まずい昼食。その日はひき肉も手に入ったのでゼウスが大好きなソーセージもパンに挟んできたものだから、美味しく齧り付いているのはゼウスだけ。

「美味しいよ。食べないの?ねぇ、おじさん、お姉ちゃんは大きなソーセージが大好きなんだよ。だって、お姉ちゃんが作るソーセージ特大なんだもん」

コーディリアはジュボっと顔が真っ赤になった。

「ち、違うんです」

「うん、解ってる」

上手く返す言葉を見つけられない。

プロテウスは手を扇代わりにしてパタパタと顔に風を送る。

「あ、暑いな。こんな高地でも暑いものだな」

「そうですわね。内燃機関が全焼しそうな暑さですわ」

本日の高地の気温8度。
ゼウスを挟んだ2人の体温だけが急上昇していたことをゼウスは気が付かない。

コーディリアは「今度からソーセージ、小さめに作ろう」と心に誓った。
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