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第27話 やだ、久しぶり
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先ずはコーディリアに会いに行こう。そう考えたオベロンは帰国したばかりだが旅に出た。行き先はウーラヌス領。
不便な地なので直通の幌馬車は出ておらず、乗り継ぎをした上に途中の幾つかの宿場町はウーラヌス領行きの幌馬車もないので同じ方向にある領地行きの幌馬車の停車場まで歩かねばならない。
「海ばかり見てたのに今度は山ばかりだな」
荷物を背負いオベロンは歩くことに決めた。
宿屋を出立したのは夕方近くだった。
宿泊をしていたら週に1本、朝一番の幌馬車の出発に間に合わないので真夜中に到着するであろう最初の停車場で夜を明かす覚悟だった。
宿屋を出ると直ぐに繁華街がある。
宿に泊まる客相手に綺麗どころを揃えた店が立ち並ぶ中、オベロンは相応しくない格好で歩いた。
「どぉしてもダメぇ?次は絶対よ?約束なんだからぁ」
「解ってるって」
「そんな事言って。最近顔もみせてくれないじゃない。レティ、拗ねちゃうんだから」
「うんうん。でもキャバ通いが妻にバレたんだよ。そんなに通えないんだ」
「お店には来なくていいの。デートしてくれたらそれだけで満足よ」
顔から垂直落下したでっぷり太ったイボガエルのような中年男に纏わりついて甘えた声を出していたのはレティシアでオベロンは最初に聞こえた声に聞き覚えがあり、まさか?と足を止めて凝視した。
――あの女…キャバレーで働いていたのか――
忘れようにも忘れられない。
妹のコーディリアがこの女にどれほど嫌がらせを受けて来たか。
ロベルトのお気に入り、母親が乳母であるのを良い事にやりたい放題してきたレティシアには並々ならぬ負の感情が沸き上がってくる。
コーディリアが落ちた時、オベロンはその場にいなかったが落下した場所がよく見える位置にいた友人から「あれは事故じゃない。突き落とされたんだ」と聞いた。
真下にいた者には見えなくても、見える位置にいた者はロベルトとレティシアの関係もあって「悔しくないのか?」とオベロンを焚きつける者だっていたのだ。
当事者であるコーディリアが「突き落とされていない。あれは自分の不注意からくる事故」と言い張るのでオベロンはもやもやした気持ちを消化できずにずっと生きてきた。
一言レティシアに物申してやろう!
そう思い、2、3歩進んだがやめた。
――この女に関わり合いになるだけ損だ――
ウーラヌス伯爵家は落ちぶれてしまったけれど、レティシアも男の気持ちを引かねば生きていけない生活にまで転落した人生を送っている。
もしもレティシアに復讐出来るとすれば、自分の手でコーディリアを目いっぱい幸せにしてやろう。妹はこんなに幸せなんだと見せつけてやる。いや、どこにいても聞こえる幸せな噂が客引きをするレティシアにはダメージになるはず。
そう思ってレティシアには声をかけずオベロンは停車場に向かって歩き始めた。
「何が妻よ。別のキャバレーに通ってることくらい知ってんだからね」
男が「じゃぁまた」と離れていくとレティシアは男の背中に向かって毒吐いた。
馴染みの客が他のキャバ嬢やホステスなどに流れてしまうのはよくある事。
ちょっと若くて、場慣れをしていない新人が入ると「教えてあげる」と言いながら中年オヤジたちは移動するのだ。無垢な女性を自分が育て上げたと言わんばかりに貢ぐ先を変えてしまう。
先月は何とかアベル君のNO.1の座は保たれた。
しかし、アベル君の誕生日も重なりレティシアの出費はかなりの額になった。
見境なく宝飾品などを強請った事で数人の「太客」が離れてしまい大ピンチ。
仕方なく月に2、3回顔を見せて、その中の1回贈り物をしてくれるかどうかの客までレティシアは気を配らねばならなくなった。
更に今月は「連続NO.1 祝賀パーティ」があると言うので、アベル君に何か買ってあげないといけない。アベル君を贔屓にしている女性客はNO.1なだけあって店にいるホストの中では断トツの数。
他の女に差をつけるべく、レティシアは先月以上に金が必要だった。
少しばかり焦っているのはかの日、アベル君にハグをしてもらっていた女の存在だった。
噂だが、アベル君に部屋を買ってやったと聞いた。
男性が懇意にしているキャバ嬢に部屋を借りて愛人として囲う話はそれなりに聞くが「買う」となるとなかなかのもの。
集合住宅の1室を「売る」「買う」となればその建物そのものがその辺のアパートメントなどとは訳が違う造りになっている。
自分の部屋に入る前、建物のメイン玄関を入ると待合のロビーはさながら美術館で、コンシェルジュが常駐。食事だって併設しているレストランで自由に食べられるし、運動不足を感じたらジムまでご自由にどうぞ。
かなり上等の宿屋よりも至れり尽くせりだ。
部屋も頼んでおけば信頼のおける清掃商会がコンシェルジュ立ち合いで清掃もしてくれる。
防犯も万全で貴族の中には屋敷を買うよりも部屋を買って住んだ方が安全と言うものだっている。
部屋を買っているのだから家賃滞納で追い出される事もない。
レティシアもいつかは!と思っているが手が出せないでいるのが「部屋を買う」行為だった。
「参ったわね。パーティどころか今日もアベル君に会いに行けないじゃない」
地団太を踏むレティシアだったが、パッと顔が綻んだ。
人ごみの中に見知った顔の中で一番金を持っているであろう男の顔を見つけたのだ。
急いで駆け寄りレティシアは肩を叩いた。
「やだ、久しぶりっ!元気してた?」
レティシアが声をかけたのは城を抜け出してきたロベルトだった。
不便な地なので直通の幌馬車は出ておらず、乗り継ぎをした上に途中の幾つかの宿場町はウーラヌス領行きの幌馬車もないので同じ方向にある領地行きの幌馬車の停車場まで歩かねばならない。
「海ばかり見てたのに今度は山ばかりだな」
荷物を背負いオベロンは歩くことに決めた。
宿屋を出立したのは夕方近くだった。
宿泊をしていたら週に1本、朝一番の幌馬車の出発に間に合わないので真夜中に到着するであろう最初の停車場で夜を明かす覚悟だった。
宿屋を出ると直ぐに繁華街がある。
宿に泊まる客相手に綺麗どころを揃えた店が立ち並ぶ中、オベロンは相応しくない格好で歩いた。
「どぉしてもダメぇ?次は絶対よ?約束なんだからぁ」
「解ってるって」
「そんな事言って。最近顔もみせてくれないじゃない。レティ、拗ねちゃうんだから」
「うんうん。でもキャバ通いが妻にバレたんだよ。そんなに通えないんだ」
「お店には来なくていいの。デートしてくれたらそれだけで満足よ」
顔から垂直落下したでっぷり太ったイボガエルのような中年男に纏わりついて甘えた声を出していたのはレティシアでオベロンは最初に聞こえた声に聞き覚えがあり、まさか?と足を止めて凝視した。
――あの女…キャバレーで働いていたのか――
忘れようにも忘れられない。
妹のコーディリアがこの女にどれほど嫌がらせを受けて来たか。
ロベルトのお気に入り、母親が乳母であるのを良い事にやりたい放題してきたレティシアには並々ならぬ負の感情が沸き上がってくる。
コーディリアが落ちた時、オベロンはその場にいなかったが落下した場所がよく見える位置にいた友人から「あれは事故じゃない。突き落とされたんだ」と聞いた。
真下にいた者には見えなくても、見える位置にいた者はロベルトとレティシアの関係もあって「悔しくないのか?」とオベロンを焚きつける者だっていたのだ。
当事者であるコーディリアが「突き落とされていない。あれは自分の不注意からくる事故」と言い張るのでオベロンはもやもやした気持ちを消化できずにずっと生きてきた。
一言レティシアに物申してやろう!
そう思い、2、3歩進んだがやめた。
――この女に関わり合いになるだけ損だ――
ウーラヌス伯爵家は落ちぶれてしまったけれど、レティシアも男の気持ちを引かねば生きていけない生活にまで転落した人生を送っている。
もしもレティシアに復讐出来るとすれば、自分の手でコーディリアを目いっぱい幸せにしてやろう。妹はこんなに幸せなんだと見せつけてやる。いや、どこにいても聞こえる幸せな噂が客引きをするレティシアにはダメージになるはず。
そう思ってレティシアには声をかけずオベロンは停車場に向かって歩き始めた。
「何が妻よ。別のキャバレーに通ってることくらい知ってんだからね」
男が「じゃぁまた」と離れていくとレティシアは男の背中に向かって毒吐いた。
馴染みの客が他のキャバ嬢やホステスなどに流れてしまうのはよくある事。
ちょっと若くて、場慣れをしていない新人が入ると「教えてあげる」と言いながら中年オヤジたちは移動するのだ。無垢な女性を自分が育て上げたと言わんばかりに貢ぐ先を変えてしまう。
先月は何とかアベル君のNO.1の座は保たれた。
しかし、アベル君の誕生日も重なりレティシアの出費はかなりの額になった。
見境なく宝飾品などを強請った事で数人の「太客」が離れてしまい大ピンチ。
仕方なく月に2、3回顔を見せて、その中の1回贈り物をしてくれるかどうかの客までレティシアは気を配らねばならなくなった。
更に今月は「連続NO.1 祝賀パーティ」があると言うので、アベル君に何か買ってあげないといけない。アベル君を贔屓にしている女性客はNO.1なだけあって店にいるホストの中では断トツの数。
他の女に差をつけるべく、レティシアは先月以上に金が必要だった。
少しばかり焦っているのはかの日、アベル君にハグをしてもらっていた女の存在だった。
噂だが、アベル君に部屋を買ってやったと聞いた。
男性が懇意にしているキャバ嬢に部屋を借りて愛人として囲う話はそれなりに聞くが「買う」となるとなかなかのもの。
集合住宅の1室を「売る」「買う」となればその建物そのものがその辺のアパートメントなどとは訳が違う造りになっている。
自分の部屋に入る前、建物のメイン玄関を入ると待合のロビーはさながら美術館で、コンシェルジュが常駐。食事だって併設しているレストランで自由に食べられるし、運動不足を感じたらジムまでご自由にどうぞ。
かなり上等の宿屋よりも至れり尽くせりだ。
部屋も頼んでおけば信頼のおける清掃商会がコンシェルジュ立ち合いで清掃もしてくれる。
防犯も万全で貴族の中には屋敷を買うよりも部屋を買って住んだ方が安全と言うものだっている。
部屋を買っているのだから家賃滞納で追い出される事もない。
レティシアもいつかは!と思っているが手が出せないでいるのが「部屋を買う」行為だった。
「参ったわね。パーティどころか今日もアベル君に会いに行けないじゃない」
地団太を踏むレティシアだったが、パッと顔が綻んだ。
人ごみの中に見知った顔の中で一番金を持っているであろう男の顔を見つけたのだ。
急いで駆け寄りレティシアは肩を叩いた。
「やだ、久しぶりっ!元気してた?」
レティシアが声をかけたのは城を抜け出してきたロベルトだった。
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