王子妃シャルノーの憂鬱

cyaru

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苛立つチェザーレ

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シャルノーがまだ王宮で謹慎していた頃。

サウスノア王国の国王の執務室では、花瓶に生けてあったはずの花が水と共に床に散らばり、足の踏み場もないほどに書類が散らばっていた。

そこで、父の国王に噛みつかんばかりに上半身を突き出したはいいものの、第一王子と第二王子2人がかりで羽交い絞めにされているチェザーレが吠えていた。

「嫌だ!もう嫌だ!父上っ!」
「チェザーレ。お前は王子だ。国の為にその身を捧げるのが使命だ」
「だからと言って!俺はもう婚約などしたくないっ」

「よく聞け。我らが民よりも良い物を食べ、良い物を身に纏い、夜も眠れるのは何故だか判るな?有事の際はこの首を差し出し民を守り、平時は民の為により良い選択をしてそこに身を投じる。それが我らの務めであり命ある限りその務めは真っ当せねばならない」

「だからって!もう婚約なんかしたくないっ」

「安心せよ。婚約はない。王女殿下が王宮に入り次第成婚式。いやお披露目の式か。お前とシャルノー王女との成婚は既に整い書面上では夫婦となっている。お前が何故私財の半分を失ったかまだ分からないのか?王族の結婚に愛や、情などは不要。必要ならば番となった後で分かり合えばよい。それをお前は反故にしたのだ。第三王子だから伯爵家だったのではない。ウエストノア王国に近い領地をもつ伯爵家だからこそ結びつきが必要だったのだ」

「そうだ。チェザーレ。国のまつりごと飯事ままごと遊びではない。シャルノー王女とお前の成婚で、サウスノア王国にはイーストノア王国最大の湖、ラージ湖から水を引く計画が始まった。これで民が汚染された水に高い金を出しているのに様々な症状に苦しむ事もなくなる。子供たちが街を走り回る国になる事が出来るのだ。お前の感情は関係ない。大事なのは民の生活、民の健康だ」

「なら!鉱石の採掘を止めればいいじゃないか!たった20年!たった20年止めるだけで川は改善するんだろう?」

「その20年、民に飲まず食わずでいろと‥‥お前は言うのか?確かに金を使えば10年、いや15年は民に食料など分け与える事が出来るだろう。だが、与えられる事に慣れた民に、さぁ田畑を耕せと言って誰がくわを手に取る?誰がすきを使う?国庫が空になってノア大火山が噴火をしたらどうする?どうやって民を救うというのか。申してみよ」


チェザーレは何も言えなかった。
頭では分かっているのだ。兄2人も強い眩暈に耐えながら執務をして、王都の人々に水を売っていた部族の娘を妃に迎えた。第一王子が妃にした事で水の値段が1ガロロンで50万ピスアだったのが30万ピスアになった。隣の部族の娘を第二王子が妃にする事で、そちらの支流の水の値段も1ガロロンが45万ピスアだったのが20万ピスアになった。裕福な国とは言え、民に分け与える日々の生活用水を買うための予算は国家予算の6割。異常なのだ。

支流から水を運ぶに当たり、どうしてもオリオス伯爵領を通らねばならない事情もあった。オリオス伯爵は通行料は要らないといったが、兎に角道が悪い。
王家はチェザーレとオリオス伯爵家のヴィアナの結婚でこの道を大規模に改修して搬入するための時間を大幅に短縮する狙いがあった。街道を整備すれば2か月の行程を半分の1か月に出来るのだ。
そして途中、途中の休憩所には貯水タンクを作り、そこで沸騰させて冷ました水を運ぶピストン輸送の形態で水質も改善されると見込んでいたのだ。

通行料は無料だが、オリオス伯爵は工事と言う物理的に手を入れるのを嫌がった。半分の日数で駆け抜けられては、それまで否が応でも足止めを余儀なくされる事で見込めた「流通」での収益がなくなる。

王都の民、数万人に運ぶ水の隊列は放っておいても宿場町で寝泊まりをする。ノア大火山が噴火をすれば数日足止めになり、その宿泊料や食費などで利益を上げていたのだ。
通行料とその収益を天秤にかけてどっちを選べば得策か。考えるまでもない。

通行料を有料にしてしまうと、少し回り道になるが別の領を通られたら大損なのだ。


色々な思惑しわくのある婚約話を、の目から見れば王子の我儘で。チェザーレ個人の視点からならヴィアナの願いを叶えるという理由で計画が破綻したのだ。

得をするのはオリオス伯爵家のみ。
オリオス伯爵も馬鹿ではない。確かに娘のヴィアナを嫁がせれば王家との繋がりは出来る。だが我慢をする事で最大限の優遇を引っ張り出す事が出来た。
今では宿泊で得た利益もかかる税率は5%で、2人の王子や王妃が頭を下げるごとに「控除」の項目を勝ち取り、5%の納税もかなり節税になっている。

後は何時、婚約を解消するか。策を練っている時にチェザーレがヴィアナに手をあげたのだ。これを利用せずになんとすると婚約破棄、おまけで王子の私財の半分まで手に入った。
婚約がなくなった事で、今まで通り王家には「通行料無料」という情けを掛けて、税率を温存すれば良い。領地に手を入れられる心配もなくなったのだ。




チェザーレは不貞腐れた。不貞腐れたところでどうなるものでもないが他に方法が見つからない。やり場のないどうしようない苛立ちを抱いたまま部屋に戻った。

「どうすればいい?」

ソファに背を預け切って天井を見上げたチェザーレは専属執事のジョゼフに声を掛けた。ジョゼフはチェザーレのもう1人の側近ホルストが辞意を表明して以降は誰もなり手がいないのを、色んな家の子息に無理に頼んでいたが、それも無理となってからは側近の役目も担って2年になる。

「どうしようもないのでは?シャルノー殿下はもうこちらに向かっておりますし今頃は国境を超えたあたりかと」

がばりとチェザーレは起き上がった。

「なっ!お前、知っていたのか?知っていて教えなかったのか」
「聞かれませんでしたので」

しれっと答えるジョゼフにチェザーレは舌打ちをした。
ジョゼフは執事の仕事以外にも側近の仕事もしている。側近はただ側で守れば良いのではない。執事とのやり取りの時間がジョゼフに一本化しただけで仕事の量は倍以上になっている。
忙しいのは理解しているし、申し訳ないとも思うがチェザーレだけが知らなかった事にさらに苛立ちは高まった。

「王都に入る手前の挨拶にはもう人を向かわせましたので、殿下はただお待ち頂ければ」

チェザーレは足で思い切りテーブルの天板の側面を蹴り飛ばした。
テーブルの上にあった菓子や花瓶がテーブルの上を滑るが辛うじて落下前に止まる。
それすら思い通りにならない事に腹を立てたチェザーレは2回目を叩き込んだ。

今度こそ、菓子も花瓶も床に落ちて散らばった。
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