王子妃シャルノーの憂鬱

cyaru

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リンドベルトの奥義

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夜会の翌日、離宮に戻ってきたチェザーレは深呼吸をして玄関扉の前に立つ兵士に「開けてくれ」と声を掛けた。

開かれた扉の前にはいつもと変わらない玄関ホールが広がっている。
キャシーが掃除担当のメイドに「高い所は男性に」と指示をしている声が聞こえる。

チェザーレの姿を見つけたキャシーは近寄ってきて頭を下げた。

「お帰りなさいませ」
「あ、うん…」
「妃殿下がお待ちで御座います。イーストノア王国のリンドベルト殿下もいらっしゃっておられます」
「殿下が?直ぐに行く。私室?執務室だろうか?」
「客間で御座います。ご案内いたします」


――まるで客のような扱いだな――

そう思うが、チェザーレの足取りは重い。
箝口令は布いたが記憶が飛ぶ前のヴィアナとのやり取りをシャルノーが知らないはずがない。
なんと言い訳をして良いかもわからない。

かと言って、本当の事を言えば「取り繕う」などと言う言葉を探さねばならないくらいに取り返しはつかないだろう。

優しさは仇になる、非道にならねばならぬ時もある。何度も言われた挙句なのだ。


「殿下がお戻りになられました」

キャシーの声が部屋に響くとチェザーレはゆっくり部屋に入った。

「チェザーレ殿、久しいな」

ソファを立ち上がり、異母兄ほどに年の離れた義兄となったリンドベルトがチェザーレをソファにいざなう。目の前には当然シャルノーがいる。

「すまなかった」
「何がです?」
「全部。エスコートをしなかった事も夜会の会場にいなかった事も」
「よろしいのでは?歓迎の宴の時も居られませんでしたし、今更です」

何も言わないリンドベルトの方を見る事も出来ない。
王都に到着したその日の夜に開かれた宴すら、周りに知る者が1人もいないのを判っていてシャルノーを放っておいたのだ。その夜にいたのは酒場である。チェザーレは市井で酒を飲んでいたのだ。

同じテーブルにいた労働者たちに知っている者は一人もいない。
「同じだ」と自分に言い訳をして酒を飲んでいたのだ。

だが、チェザーレは酒が好きではない。少し口に含んで酔ったふりをして男達と肩を組んで歌を歌い、出される料理に舌鼓をうっていた。閉店となり、揶揄うもつもりも半分、顔を見てみたい気持ちも半分でシャルノーの部屋に忍び込んだのだ。


「またやってしまった。過去の事とは言え‥」
「よろしいのですよ?前にも言いませんでしたか?」

「シャルノー!」

窘めるような声を出したのはチェザーレではなく、リンドベルトだった。
リンドベルトはチェザーレの隣に座り、肩を抱いた。

「ちょっと義弟と話があるんだ。借りてもいいかな?」
「どうぞ」
「さ、チェザーレ殿。庭の葉に灰が積もっているそうじゃないか。案内をしてくれないか」
「そんなものを見ても面白くないと思いますが…はい、では案内をします」

立ち上がったチェザーレの背を押し、リンドベルトはシャルノーに言った。

「積もった灰も取り払えば葉が見える。シャル、お前も頭の中に積もった恨み言をはたいとけ」

リンドベルトはお節介焼なのだ。
母の違う兄弟と姉、妹。王妃と側妃2人。いがみ合う事無く、笑って過ごしてきたのはリンドベルトという潤滑油があったからだ。そのリンドベルトがチェザーレを連れ出した。

――本当に、お節介なお兄様ね――

人の心を表情や態度から読んで仲を取り持ったり、諍いを収めたりするのは昔からだ。
長兄のフェルナンドが妃と険悪にならないのも、リンドベルトの妃がいつも笑っているのもリンドベルトがいてこそだ。何をしようとしているのかが判るシャルノーは大きな溜息を吐いた。




ザクザクとまだ石を敷き詰めていない小道になる前の小道を「案内する」と言ったチェザーレの腕を引いて先をあるくリンドベルトは少し振り返り、誰もいない事を確かめるとチェザーレに向き合った。


「シャルには手を焼いているだろう?」
「い、いえ…そんな事は。俺、いや私のほうが…いつも迷惑を――」
「それでいいんだよ」
「え?」
「シャルは昔っから意地っ張りだが、問題を片付けるのが好きなんだよ。やらせとけ、やらせとけ。尻に敷かれた振りをしてりゃいいんだって。それに…昨日派手にやったらしいな?元婚約者だったか?」

「はい。お恥ずかしい限りです。それも甘さがありました」

「やるじゃねぇか。合鍵渡してたなんて。俺は怖くて出来なかったがお前は度胸あるじゃないか」

「何故ですか?」

「決まってるだろ。王子の執務室だ。留守だってのを判っていればやりたい放題。自分の家に都合よく決済されていない書類を持ち込んでハンコをポーン!なんてのもあり得る。ハンコそのものを持って行かれる可能性だってある。その危険を考えたかどうかってより、それだけ好きだったんだろう?」

リンドベルトの表情や言葉にチェザーレを咎めるものはない。
チェザーレは「はい」と答えて俯くと足元の火山灰に涙がポトリと落ちた。

「で?その合鍵をまだ持ってたと?その上、妹。この件には俺もちょっと反省だ。昨夜シャルに聞かれてそんな事があったなんて知らなかったから「昔好きだった女を妹というのはどうだ」と聞かれ「浮気の言い訳」だと言っちまった。短慮だった。悪かった」

「いえ、その通りです。合鍵を渡すなんて行為そのものも間違っていたし…」

「今はどうなんだ?その元婚約者の事はどう思ってる」
「呆れました。勝手なんですが…昨夜「妹」という言葉の裏まで読めていなかった浅はかさを痛感しました。シャルノーには何度も言われていたのに。あんなに好きだった過去を消したくなりました」

「そうか。過去は消すことは出来ないけれど、今からだって前を向いて歩く事は出来る。あぁ見えてシャルはちゃんと『わたくしの夫』『我が夫』と言ってたぞ。認めてるんだよ。意地っ張りだからそう見えないけれど世の中には恐妻という可愛い妻も結構いるんだよ」

「でも、もう許してはくれないかも知れません。最後通告されてました」

「バッカだなぁ。奥の手があるじゃないか」

「子供はだしにしたくないんです」

「違う違う!子供は関係ない。むしろ巻き込むな。俺が奥義を伝授しよう」

「奥義?なんでしょうか」

「泣きの一回だ。効果あるぞ?俺はしょっちゅう使っている。奥義中の奥義だ」


しょっちゅう使っていたら奥義とは呼ばないのでは?とチェザーレは思ったがギリギリで言葉にするのを回避した。

どやぁ!とリンドベルトはチェザーレの前で腰に手を当てて胸を張った。
それが可笑しくてチェザーレは泣きながら笑った。

「だけど、合鍵の件もあるので…シャルノーには――」
「合鍵なんか鍵を付け替えればいいだろう?俺は拒否をしてる!結果報告をすりゃいい。そんでもってリボンでもつけて新しく付け替えた鍵のマスターキーでもシャルに渡しとけ。俺にはお前だけだ!ってマウント取ってやれ」

――無理です――

軽く言い放つリンドベルトはチェザーレを励まし続けた。
自分がどれだけ妃に呆れられているか。実験に失敗して塔屋を吹き飛ばし大怪我をした事もあるとその時の傷跡も笑いながらチェザーレに見せた。


「シャルの事は好きか?」

ふざけた事を言っていたリンドベルトが不意に問うた。

「はい‥‥判ったんです。ヴィ、いえオリオス伯爵令嬢には確かに昔は恋をしていました。夜も眠れないほど彼女を欲した事もありました。再会して心が揺れました。正直言って悩みました。シャルノーという妃もいるし子も生まれる。思慕と言う感情ではなくオリオス伯爵令嬢と距離を取らねばと思いました」

「それで?」

「合鍵を見せられ、縋られた時に感じたんです。「以前はこうだった」と。俺の中ではもう過去になっていました。ただ、泣かれると…涙を止めないとと言うよりも、駄々をこねて泣く子を黙らせないとと。俺の甘さです」

「男だからな。女に泣かれると、それが婆さんでも慌てるさ」

「シャルノーに対する気持ちは…好きだというのは同じかも知れません。だけど違うのは――」

「違うのは?」

「失いたくないんです。シャルノーを」

チェザーレの背中を思い切り叩いたリンドベルト。
チェザーレはその場に前から転びそうになった。

「そのままを言ってやれ。シャルはな?本当に諦めたやつは身の回りに近寄らせない。敵認定をする。でも屋敷に入れただろう?」

「はい」

「まだまだチャンスはある。打つ手がないと思ったら奥義だ!ついでに押し倒してキスで口を塞いでやれ。どうせ一回こっきりで手も出してねぇんだろ?」

俯いたチェザーレに「手間のかかる可愛い弟だ」とリンドベルトは言った。

「そろそろシャルの頭も冴えただろう。いいか?つくものついてて出すもの出したんだ。今更考えても仕方ないだろ。ドーンといけ!それでもだめだと思ったらとっておきの奥義を炸裂させろ」

来た時と違うのは手を引かれていない事。
チェザーレは庭から戻るとシャルノーの前に立った。

「シャルノー。大事な話をしよう」
「なんですの?」

下からギっと睨むシャルノーにチェザーレは足が震えた。
チラリとリンドベルトを見るとコクリと頷いた。

「話があると言ってる。向こうで話そう」

チェザーレの差し出した手に手を添えたシャルノー。
チェザーレはシャルノーが少し笑った気がした。
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復讐します。楽しみにして下さい。

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