あなたの愛は気泡より軽い

cyaru

文字の大きさ
28 / 52

第28話  差し引き後の請求書

しおりを挟む
王宮で王太子に突き放され、母からも望んだ情報が得られなかったドウェインは屋敷に戻ると私財を投げうってアイリーンを捜索し始めた。

公的に捜索をする訳ではないので、アイリーンの友人だった夫人には行方を知らないかと問い合わせをしたが、どこも返って来る返事は同じ。

【行方以前にアイリーン・ブランジネ、アイリーン・ベルルとは誰?】

質問に質問で返されてしまった。


ベルル家にも問い合わせをしたが、20番目を超えた夫人がアイリーンを知っている訳もない。ベルル伯爵に至っては「そんな名前の娘もいたかも知れない」と言う始末。
こちらは惚けているのではなく、あまりにも子供の数が多いので本当に覚えていないし、なんなら自分の子供が何人なのか。正確な数も男女比も知らなかった。

夫人でさえ、夫人本人が届け出をした時に自分より前に何人の妻がいたのかも不明。手続きの都合上後継ぎになるであろう2番目までの妻は記載があるが、現在は直近3人前までの記載になっているがそれは結婚、離縁を繰り返す家では当たり前のこと。

子供はベルル伯爵の籍にあるが、そこにアイリーンの名前はなかった。

打つ手は全て打ち、もう諦めた方が良いとホスタルは言う。

そんな中でもアイリーンの事を知っていると言った人間がぽつぽつと現れた。

但し友人関係にあったりした訳ではなく夜会でドウェインがシルフィーとの逢瀬で忙しいようだとチクチク嫌味を言った令嬢たちなので、存在を知っている程度で今の行方を知っている訳ではない。

しかし2日後、3日後になればあれは人違いだったと訂正をして来た。

「ホスタル、これは…なにかしらの圧力がかかっていないか?」
「圧力?何のためにでしょう」
「何のためにと言われても…解らんが」

侯爵家は高位貴族なので嫌がらせをする家もあるが、それだけのためにここまで1人の人間を消してしまえるものだろうかとドウェインは悩んだ。

よく「始末しろ」と秘密裏に暗殺などをすることはあるが、出生の記録であったりその人が生きていた事を人の記憶から消す事は出来ない。

なのにアイリーンは全てが消えていた。
侯爵家相手に、しかも当主でなく夫人をそこまで消す理由がどう考えてもドウェインは見つけられなかった。


「あの、旦那様、宜しいでしょうか」
「なんだ?また退職か?」

この2か月。毎日のように使用人が辞めていく。
ランドリーメイドと茶を淹れる係のメイドは交代要員も居なくなったのでクリーンメイドが空いた時間に対応したりしているが、給料が変わる訳でもなく苦情も出ていた。

また使用人が辞めるのかとため息も出なかったが声を掛けた従者は商人を連れてきた。

「なんだ?」
「なんだとはまたまた~。先日ご用命頂きました家財の引き取りが全て完了致しましたので、代金をお支払いに参りました次第で」
「家財?代金?何のことだ」
「え?不要な家財など色々買い取ってくれとご用命が御座いまして」
「なんだと?」

ドウェインはホスタルを見たが、ホスタルは肯定も否定もしなかった。

商人から明細を渡されたドウェインは書かれている文字を見て目を疑った。

「なっ!!こっこの絵画は玄関ホールにあったものだろう!?」
「えぇーっと…はい、そうですね」

明細を覗き込んだ商人は、何処にあったのか大きなものについては覚えているが、壺など簡単に動かせるものは纏められていたので元々何処にあったかは知らないと軽く言い退けた。

領地には暫く行く必要もないし、夜会の招待状もドウェインの元には確認が回って来ていない。
アイリーンを捜索するのにうっかり出かけて家を空けている時に連絡が入ったらまた後手に回ってしまうと引き籠もっていて執務室、応接室、私室を行ったり来たり。

食事すらいる場所に運んで貰っていたので他の部屋については全く注意を払っていなかった。

慌てて部屋を飛び出して階下に行くと先ず廊下に飾ってあった壺がない。壁の絵画もない。玄関ホールに行けば本当に明日から改修工事でもするのかと思えるほどに片付き過ぎてスッカラカン。

食事室に至ってはテーブルとイスのセットも無くなっているし、棚に飾ってあった観賞用の食器もない。

それどころか、荷馬車がアプローチに到着すると価格ばかりが高くて品のない家具や調度品が荷下ろしされて屋敷の中に運び込まれてきた。

屋敷の中を駆け回るドウェインを商人が追いかけて来てもう1枚書類を渡した。

「なんだこれは!」
「請求書です。買取価格は引いてありますが足が出ておりますのでお支払いください。期日は来月末です。売れ残った品はありません。いやぁ流石は侯爵家ですね」

金額はそれなりの金額だが、救いなのはドレスや宝飾品という一番値の張る品がないこと。
それらの品はドウェインがストップを掛けていたのでシルフィーも勝手に買う事が出来なかったのだ。


「ホスタルッ!!どういうことだっ!!王家から賜った杯も、持ち回りで保管していた宝鏡も売られているではないか!」

王家から賜った杯は200年以上前から代々受け継がれてきた品。建国祭の日にはずらりと並べられて、今も変わらぬ忠誠がある事を知らしめるもの。

宝鏡に至っては3家ある公爵家、共に4家ある公爵家と辺境伯家が持ち回りで保管し、戴冠式の際には必需品となっている。


「どういうも何も。屋敷の事は女主人である奥様が全て取り仕切っております。家令の私も旦那様が何も言われず、指示が奥様からとなれば従うのみで御座います故」

ホスタルの言う通り、主若しくは女主人が決定した事であれば家令まで連絡が下りて来なくても不思議はない。シルフィーが勝手に売り飛ばしているの ”だろう” はあくまでもホスタルの勝手な推測にしかならない。

ここまで重要なものを売るのだからそれは立場がホスタルよりも上の人間が決定しなければ出来ない事なのだ。


「奥様‥‥シルフィーかッ!!」

ドウェインはシルフィーにあてがわれた夫人の部屋に向かった。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

王家の賠償金請求

章槻雅希
恋愛
王太子イザイアの婚約者であったエルシーリアは真実の愛に出会ったという王太子に婚約解消を求められる。相手は男爵家庶子のジルダ。 解消とはいえ実質はイザイア有責の破棄に近く、きちんと慰謝料は支払うとのこと。更に王の決めた婚約者ではない女性を選ぶ以上、王太子位を返上し、王籍から抜けて平民になるという。 そこまで覚悟を決めているならエルシーリアに言えることはない。彼女は婚約解消を受け入れる。 しかし、エルシーリアは何とも言えない胸のモヤモヤを抱える。婚約解消がショックなのではない。イザイアのことは手のかかる出来の悪い弟分程度にしか思っていなかったから、失恋したわけでもない。 身勝手な婚約解消に怒る侍女と話をして、エルシーリアはそのモヤモヤの正体に気付く。そしてエルシーリアはそれを父公爵に告げるのだった。 『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載。

処理中です...