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第29話 準備万端
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夫人の部屋の前まで来てドウェインは立ち止まった。
シルフィーへの怒りに任せて扉の前に立ったが、不意に扉を開けたらアイリーンがいるのではないか。そんな気がしたのだ。
帰宅が遅くなる日は一緒に夕食が食べられず、先に済ませるアイリーンはもう就寝していた。その日だけは寝台が別。
一緒に眠りたかったドウェインは出来るだけそんな日を減らしていたが、眠っているアイリーンにキスをすると起こしてしまうので寝顔だけをそっと見て心を鎮めた。
夫婦の寝所で朝を迎える時、毎回抱いていた訳ではない。
アイリーンの体調を気遣って体を繋げるよりも抱きしめて眠ることが多かった。それで良かったのだ。腕の中で寝息をたてるアイリーンがいるだけでドウェインは満足できた。
過去の思い出がドアノブを握るドウェインの脳裏に次々と甦って来る。
――この扉を開けたらアイリーンがいる――
気持ちが高まると、ドウェインは勢いよく扉を開けた。
「アイ―――」
「ドウェイン!来てくれたのね!嬉しいッ!」
扉を開けた先は衝撃を受けた日とも違う。
黄色にピンク、ブルーの横じまに水玉模様が飛ぶ壁紙、シックな色調の絨毯はピンク一色の毛足の長い絨毯になっていて、母親が愛用していたロココ調のテーブルセットは安いバーの立ち飲みに使う個別テーブルのような安っぽい物に代わっていた。
そして甘ったるい声を出して肘を軽くおり、胸の前で小さく交差させながら近寄って来るのはシルフィーだった。
「やぁっと来てくれたぁ。もぉ。寂しかったんだからぁ。お仕事終わったぁ?」
ドウェインはしばし内装の派手さに放心し、抱き着いて胸に手を這わせるシルフィーを跳ねのける事が出来なかった。それを受け入れられたと感じたのかシルフィーは「こっちきて」と夫人の部屋にある寝台にドウェインの手を引いて誘う。
「何だ…これは…」
アイリーンも母も天幕の付いた寝台枠だったのに取り払われていた。
「これで♡ドウェインの好きなプレイも出来るわよ」
「な…」
「見て。汚れても掃除しやすいようにここだけはフローリングにしてるの」
全く嬉しくない気遣いだが、それ以前に母との思い出でもあった壁の傷も壁にプレイ道具を掛けておくフックを体位に応じて取りやすいように取り付けていたので消えていた。
「なんてことをしてくれたんだ!!」
「やぁん。そんなに喜んでくれるのぉ?」
怒鳴ったのだが、スイッチが入ったシルフィーはドウェインの怒りさえご褒美になっていた。
そして耳元で囁いた。
「人払いしたら、いつでもデキるわ」
そう言って胸元に指を入れて双璧を見せてきたがその気になるはずもない。
屋敷の中からアイリーンの痕跡がいい加減ないのに、さらに母の痕跡も消してしまったシルフィーをドウェインは思い切り殴りつけた。
「アギャッ!!」
ガツッと音がしたのはシルフィーが飛んで着地した場所にあった専用の玩具を入れた木箱。肩をぶつけたシルフィーはこれがご褒美ではない事を悟った。
今までなら飛ぶ場所を考えてくれたし、時間が経つにつれて我を忘れるので力が強くなったことはあっても最初からこんな力で殴られたことはなかった
「ドウェイン…どうしちゃ――」
「貴様、何故好き勝手をした!」
「好き勝手って…」
「家具も絵画も!調度品も!!貴様が好き勝手していいものじゃない!あれは父上の前の代から侯爵家に伝わってきたものだ!杯も宝鏡もだ!特に宝鏡は持ち回りで預かっているだけだ!どうしてくれるんだ!」
言葉を言い終わると同時にドウェインは商人が買い取った品を書き連ねた書類をシルフィーに叩きつけた。
シルフィーはそんなに大事なものが紛れ込んでいるとは思いもしなかった。
「そんなに大事なものならちゃんと保管しておけばいいでしょう!」
「保管してたさ!3重に鍵のかかる金庫にな!」
「金庫…え?それってあの鍵?」
金庫の鍵かは知らないが、夫人の管理する書類などが入った引き出しには鍵が幾つもあったので、ドウェインの私室(主の部屋)と執務室、応接室以外ならどこでも開けて持って行っていいと指示をしてしまった。
金庫は屋敷の一番奥の部屋で宝物室の中にあって、商人はシルフィーから「だめ」と言われた部屋ではなかったので持ち出して買い取ってしまった。
「お前のせいで!ブランジネ侯爵家は終わりだ!」
「か、買い直せばいいじゃない!」
「買い直せるわけないだろう!」
「持ってったばっかだしぃ…まだ売れてないんじゃ?」
「商人は全部買い手がついたと言ったんだ。何処の誰が買ったのか!調べるにしても杯と宝鏡を一度でも売った事がバレてみろ。それで終わりだっ!」
厳密に言えば買い直す事は出来る。
ただドウェインが言った通り杯はまだ所有権がブランジネ侯爵家にはあるが宝鏡の所有者は王家であり国民。金に換えた事を秘匿しながらとなればかなり手間もかかるし、買い取って行った人間が足元を見れば国家予算以上の金額を吹っ掛けられて、その後もずっと口止め料を払う事になる。
手元に戻る前にバレれば家は財産没収の上に取り潰しは免れない。
「お前なんか…お前なんかと出会ったばっかりに!いったいどれだけ…アァァーッ!!」
ドウェインは吠えるしかなかった。
シルフィーへの怒りに任せて扉の前に立ったが、不意に扉を開けたらアイリーンがいるのではないか。そんな気がしたのだ。
帰宅が遅くなる日は一緒に夕食が食べられず、先に済ませるアイリーンはもう就寝していた。その日だけは寝台が別。
一緒に眠りたかったドウェインは出来るだけそんな日を減らしていたが、眠っているアイリーンにキスをすると起こしてしまうので寝顔だけをそっと見て心を鎮めた。
夫婦の寝所で朝を迎える時、毎回抱いていた訳ではない。
アイリーンの体調を気遣って体を繋げるよりも抱きしめて眠ることが多かった。それで良かったのだ。腕の中で寝息をたてるアイリーンがいるだけでドウェインは満足できた。
過去の思い出がドアノブを握るドウェインの脳裏に次々と甦って来る。
――この扉を開けたらアイリーンがいる――
気持ちが高まると、ドウェインは勢いよく扉を開けた。
「アイ―――」
「ドウェイン!来てくれたのね!嬉しいッ!」
扉を開けた先は衝撃を受けた日とも違う。
黄色にピンク、ブルーの横じまに水玉模様が飛ぶ壁紙、シックな色調の絨毯はピンク一色の毛足の長い絨毯になっていて、母親が愛用していたロココ調のテーブルセットは安いバーの立ち飲みに使う個別テーブルのような安っぽい物に代わっていた。
そして甘ったるい声を出して肘を軽くおり、胸の前で小さく交差させながら近寄って来るのはシルフィーだった。
「やぁっと来てくれたぁ。もぉ。寂しかったんだからぁ。お仕事終わったぁ?」
ドウェインはしばし内装の派手さに放心し、抱き着いて胸に手を這わせるシルフィーを跳ねのける事が出来なかった。それを受け入れられたと感じたのかシルフィーは「こっちきて」と夫人の部屋にある寝台にドウェインの手を引いて誘う。
「何だ…これは…」
アイリーンも母も天幕の付いた寝台枠だったのに取り払われていた。
「これで♡ドウェインの好きなプレイも出来るわよ」
「な…」
「見て。汚れても掃除しやすいようにここだけはフローリングにしてるの」
全く嬉しくない気遣いだが、それ以前に母との思い出でもあった壁の傷も壁にプレイ道具を掛けておくフックを体位に応じて取りやすいように取り付けていたので消えていた。
「なんてことをしてくれたんだ!!」
「やぁん。そんなに喜んでくれるのぉ?」
怒鳴ったのだが、スイッチが入ったシルフィーはドウェインの怒りさえご褒美になっていた。
そして耳元で囁いた。
「人払いしたら、いつでもデキるわ」
そう言って胸元に指を入れて双璧を見せてきたがその気になるはずもない。
屋敷の中からアイリーンの痕跡がいい加減ないのに、さらに母の痕跡も消してしまったシルフィーをドウェインは思い切り殴りつけた。
「アギャッ!!」
ガツッと音がしたのはシルフィーが飛んで着地した場所にあった専用の玩具を入れた木箱。肩をぶつけたシルフィーはこれがご褒美ではない事を悟った。
今までなら飛ぶ場所を考えてくれたし、時間が経つにつれて我を忘れるので力が強くなったことはあっても最初からこんな力で殴られたことはなかった
「ドウェイン…どうしちゃ――」
「貴様、何故好き勝手をした!」
「好き勝手って…」
「家具も絵画も!調度品も!!貴様が好き勝手していいものじゃない!あれは父上の前の代から侯爵家に伝わってきたものだ!杯も宝鏡もだ!特に宝鏡は持ち回りで預かっているだけだ!どうしてくれるんだ!」
言葉を言い終わると同時にドウェインは商人が買い取った品を書き連ねた書類をシルフィーに叩きつけた。
シルフィーはそんなに大事なものが紛れ込んでいるとは思いもしなかった。
「そんなに大事なものならちゃんと保管しておけばいいでしょう!」
「保管してたさ!3重に鍵のかかる金庫にな!」
「金庫…え?それってあの鍵?」
金庫の鍵かは知らないが、夫人の管理する書類などが入った引き出しには鍵が幾つもあったので、ドウェインの私室(主の部屋)と執務室、応接室以外ならどこでも開けて持って行っていいと指示をしてしまった。
金庫は屋敷の一番奥の部屋で宝物室の中にあって、商人はシルフィーから「だめ」と言われた部屋ではなかったので持ち出して買い取ってしまった。
「お前のせいで!ブランジネ侯爵家は終わりだ!」
「か、買い直せばいいじゃない!」
「買い直せるわけないだろう!」
「持ってったばっかだしぃ…まだ売れてないんじゃ?」
「商人は全部買い手がついたと言ったんだ。何処の誰が買ったのか!調べるにしても杯と宝鏡を一度でも売った事がバレてみろ。それで終わりだっ!」
厳密に言えば買い直す事は出来る。
ただドウェインが言った通り杯はまだ所有権がブランジネ侯爵家にはあるが宝鏡の所有者は王家であり国民。金に換えた事を秘匿しながらとなればかなり手間もかかるし、買い取って行った人間が足元を見れば国家予算以上の金額を吹っ掛けられて、その後もずっと口止め料を払う事になる。
手元に戻る前にバレれば家は財産没収の上に取り潰しは免れない。
「お前なんか…お前なんかと出会ったばっかりに!いったいどれだけ…アァァーッ!!」
ドウェインは吠えるしかなかった。
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