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第48話 去るのは誰だ
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アイリーンに抱き着こうとするドウェインの前にメレディスが体を滑らせた。
「妻に何の用だ」
「妻…何を言ってる。アイリーンは私の妻だ!」
見物客は野次馬と化したが、メレディスの言葉は理解できても早口でまくし立てるドウェインが何を言っているかまでは聞き取れない。
それでも1人の女性を巡って何か面白い事が始まったと更に集まってきた。
「訳の分からない事を言う前に!去れ!」
メレディスがドウェインの来た方向を指さすが、ドウェインはその手を打って下げさせた。
「邪魔だ。退け!」
ドウェインはメレディスの胸倉をつかみあげて横に放り投げようとしたが、伊達に懸賞首目当てに海に出ている訳ではないメレディスの体は動かない。
「貴様…」
「退く以前に、去るのはお前だ。この下衆野郎」
メレディスの手は胸倉を掴んだドウェインの指を逆に捩じるがドウェインも力を入れて押し戻す。ビチギチと指同士が力の根競べをする。
そこに船員と一緒になって軍服を着た軍人、王太子も走ってきた。
「下がるんだ!見世物じゃない!下がるんだ!」
軍人の言葉に野次馬たちが後ろに引いてアイリーンの腰かけたベンチの周囲はさながら道端舞台になってしまう。
ベンチで隣に腰かけていた中年の夫婦は立っていいのかこのままでいなければならないのか解らず手を握り合って震えていた。
「ここで騒ぎを起こすな!」
軍人がメレディスに向かって言うが、周囲から「違うよ」と声が上がる。
最初にいきなり難癖をつけてきたのはメレディスではないと声を出してくれた。
「その男が訳わからない言葉を叫んでこの夫婦に突っかかってきたんだよ」
面白い事を見物するだけではなく、違う事は違うと正そうと声を出すのは国民性なのかも知れない。
そこに王太子がやっとかけて来てドウェインの肩を掴んだ。
「やめるんだ。ドウェイン」
「殿下。アイリーンを!この男がアイリーンを攫ったんです」
「アイリーンを攫った?ドウェインお前な――」
呆れた声を出した王太子だったが、ベンチに腰掛け、メレディスの後ろに見えるアイリーンに声が続かなかった。
「お知合いですか?」
軍人の声に王太子はアイリーンを見たが、真っすぐに王太子の目を見返すアイリーンの声を聞いた気がして「人違いだ」と短く返した。
「人違い?殿下!何を言ってるんです!アイリーンです!私の妻のアイリーンです!殿下は時々しか見たことないでしょう?私は自信を持ってアイリーンだと言えます!連れ帰りましょう!誘拐なんて犯罪です!あんな調印だって無効だ!こんな野蛮な事をする国なんて最後の1兵になっても抗うべきだったんです!」
パンっ!!乾いた音は王太子がドウェインの頬を張った音だった。
「殿下…」
「彼女はお前の妻ではないッ!」
王太子は言い切るとメレディスとアイリーンの前で片膝を突き、首を垂れた。
「配下の者が失礼をした。申し訳ない。詫びをしたいがもう船に乗らねばならないんだ。謝罪しか出来ない非礼を許して欲しい」
メレディスもこんな長文になると何を言われているのか解らない。膝を突き頭を下げているので詫びているのだろうと思う程度だった。
アイリーンを振り返るとアイリーンはメレディスの手を握った。
そして王太子でなく、メレディスでもなく。ドウェインでもなく軍人に向かって声を発した。
「この方は何故こんな事をしているのですか?」
言葉はゆっくりだが、かなり遠方の地方訛りが入った言葉。
造船会社で仕事をしている時に広い大陸の各地から従業員も来ていたので、言葉を覚えようとしたアイリーンは耳に残る特徴的な訛りを何度も聞いていて、訛りの部分を強調して言葉を発した。
軍人は王太子の隣に並び、「人違いで迷惑をかけた。申し訳ない」と詫びた。
「そうですか。私にはこんなことをされる謂れもないので驚きました」
軍人からアイリーンの訛りの入った言葉を訳された王太子は目の前の女性はアイリーンなのだと確信したが小さく頷いた。その頷きは「もう関わらない。安心してくれ」と目で補足した頷きだった。
しかし訳された言葉を聞いたドウェインは両腕を軍人に掴まれながらも抗った。
「違う!アイリーンだ!私がアイリーンを見間違うはずがない!アイリーンなんだよ。どうして誰も解らない?!」
「妻に何の用だ」
「妻…何を言ってる。アイリーンは私の妻だ!」
見物客は野次馬と化したが、メレディスの言葉は理解できても早口でまくし立てるドウェインが何を言っているかまでは聞き取れない。
それでも1人の女性を巡って何か面白い事が始まったと更に集まってきた。
「訳の分からない事を言う前に!去れ!」
メレディスがドウェインの来た方向を指さすが、ドウェインはその手を打って下げさせた。
「邪魔だ。退け!」
ドウェインはメレディスの胸倉をつかみあげて横に放り投げようとしたが、伊達に懸賞首目当てに海に出ている訳ではないメレディスの体は動かない。
「貴様…」
「退く以前に、去るのはお前だ。この下衆野郎」
メレディスの手は胸倉を掴んだドウェインの指を逆に捩じるがドウェインも力を入れて押し戻す。ビチギチと指同士が力の根競べをする。
そこに船員と一緒になって軍服を着た軍人、王太子も走ってきた。
「下がるんだ!見世物じゃない!下がるんだ!」
軍人の言葉に野次馬たちが後ろに引いてアイリーンの腰かけたベンチの周囲はさながら道端舞台になってしまう。
ベンチで隣に腰かけていた中年の夫婦は立っていいのかこのままでいなければならないのか解らず手を握り合って震えていた。
「ここで騒ぎを起こすな!」
軍人がメレディスに向かって言うが、周囲から「違うよ」と声が上がる。
最初にいきなり難癖をつけてきたのはメレディスではないと声を出してくれた。
「その男が訳わからない言葉を叫んでこの夫婦に突っかかってきたんだよ」
面白い事を見物するだけではなく、違う事は違うと正そうと声を出すのは国民性なのかも知れない。
そこに王太子がやっとかけて来てドウェインの肩を掴んだ。
「やめるんだ。ドウェイン」
「殿下。アイリーンを!この男がアイリーンを攫ったんです」
「アイリーンを攫った?ドウェインお前な――」
呆れた声を出した王太子だったが、ベンチに腰掛け、メレディスの後ろに見えるアイリーンに声が続かなかった。
「お知合いですか?」
軍人の声に王太子はアイリーンを見たが、真っすぐに王太子の目を見返すアイリーンの声を聞いた気がして「人違いだ」と短く返した。
「人違い?殿下!何を言ってるんです!アイリーンです!私の妻のアイリーンです!殿下は時々しか見たことないでしょう?私は自信を持ってアイリーンだと言えます!連れ帰りましょう!誘拐なんて犯罪です!あんな調印だって無効だ!こんな野蛮な事をする国なんて最後の1兵になっても抗うべきだったんです!」
パンっ!!乾いた音は王太子がドウェインの頬を張った音だった。
「殿下…」
「彼女はお前の妻ではないッ!」
王太子は言い切るとメレディスとアイリーンの前で片膝を突き、首を垂れた。
「配下の者が失礼をした。申し訳ない。詫びをしたいがもう船に乗らねばならないんだ。謝罪しか出来ない非礼を許して欲しい」
メレディスもこんな長文になると何を言われているのか解らない。膝を突き頭を下げているので詫びているのだろうと思う程度だった。
アイリーンを振り返るとアイリーンはメレディスの手を握った。
そして王太子でなく、メレディスでもなく。ドウェインでもなく軍人に向かって声を発した。
「この方は何故こんな事をしているのですか?」
言葉はゆっくりだが、かなり遠方の地方訛りが入った言葉。
造船会社で仕事をしている時に広い大陸の各地から従業員も来ていたので、言葉を覚えようとしたアイリーンは耳に残る特徴的な訛りを何度も聞いていて、訛りの部分を強調して言葉を発した。
軍人は王太子の隣に並び、「人違いで迷惑をかけた。申し訳ない」と詫びた。
「そうですか。私にはこんなことをされる謂れもないので驚きました」
軍人からアイリーンの訛りの入った言葉を訳された王太子は目の前の女性はアイリーンなのだと確信したが小さく頷いた。その頷きは「もう関わらない。安心してくれ」と目で補足した頷きだった。
しかし訳された言葉を聞いたドウェインは両腕を軍人に掴まれながらも抗った。
「違う!アイリーンだ!私がアイリーンを見間違うはずがない!アイリーンなんだよ。どうして誰も解らない?!」
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