純白の王子妃だった君へ

cyaru

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選択①

~6年後 フォンテ伯爵家~

「こちらはどうかしら?ねぇどちらがいいと思います?」

目の前で新しい流行のドレスなのだと楽しそうに衣装箱から幾つもドレスを取り出してはしゃいでいる女性を見つめるフレデリック。

「お父様ぁ。わたくちもドレスほちいです」
「そうか。では次に仕立て屋が来たら頼みなさい」
「やったぁ!お母様ぁかまわないって!」
「エイミーが我儘になりますわ!困ります」
「ならば、好きにしなさい。わたしは少し出てくる」
「えっ?お出かけですの?夜会の準備に間に合うようにしてくださいましな!」
「あぁ。わかった」

何処に出かけるわけでもない。化粧や香水臭い部屋にいては頭が痛くなっただけである。
今月だけではない、先月も先々月も何着ドレスを買ったと思っているのだとフレデリックは最初の頃の清楚さに皆は騙された、自分はババをひかされたといつも考えるようになっていた。

娘は生まれたけれど、自分と同じなのは目や鼻、口、手足の数だけ。明らかに托卵だったがフレデリックは何も言わなかった。虐待こそはしていないが、積極的にかかわる事もしていない。
この頃は2人目をせがまれ家ではゆっくり寝られない日も続いている。おそらく新しい種が芽吹いたのだろう。

自分の執務室に戻り、奥の仮眠室で体を休める。ここ半年は夜も仕事だとほとんどを仮眠室で寝ているのである。
それでもフレデリックは彼女とは離縁をしない。

「夜会は19時からだったな。準備は16時で間に合うか?」
「旦那様は奥様ほどではありませんので17時からでも十分かと」
「わかった。頃合いを見て起こしてくれ。少し仮眠をとる」
「承知いたしました」

仮眠室の狭いベッドに体を横たえる。
妻と娘を見ているとうんざりする気持ちもあるが、夜会を楽しみにしている自分もいる。
この国の夜会は夫婦同伴での出席が基本である。今月に入って2回目の夜会である。
逸る気持ちを抑えるかのように、つかの間の仮眠で体を休めようとフレデリックは目を閉じた。






☆~☆~☆~6年前~☆~☆~☆



耳に聞こえてくるのはエンジェリーナとは思えないような強い声だった。

セドリックに胸ぐらを掴まれ、その気迫に圧倒されてしまう。
立っているのがやっとの状態の時に、エンジェリーナが兄の事を「ゲラン侯爵」と言った声が聞こえた。
声は確かにエンジェリーナなのに、誰が呼んでいるのだと錯覚を起こす。

アレフェットに体を押され、セドリックと2人きりにしてはいけないと頭の中で叫ぶ自分と裏腹に体が動かない。

少しの時間が経って、まだ開かない扉に手をかけようとするとアレフェットが止める。

「放してくれ。助けないと…」
「フレデリック。その必要はない」
「何を言ってるんだ。エンジェはあいつに…」

ドアの取っ手に手をかけようとした時、またもアレフェットにその手を止められる。いや、止めるいうよりも腕を締め上げるかのように押さえつけられる。

「アレフェット。放してくれ」
「フレデリック。この扉を開けてどうするんだ」
「決まっているだろう?エンジェを助けないと…」

しかし、アレフェットはその腕を放すことはなかった。使用人に命じて1人をフォンテ伯爵家に走らせる。
フレデリックをサロンの前から遠ざけてしまった。

「アレフェットっ!何をするんだ!」
「フレデリック。いい加減気が付け」
「気が付く?何をだ?その前にアイツからエンジェを助けないと」
「助ける必要はない!」
「なんだって?アレフェット。お前はそれでも兄なのか?」
「兄だからだ!フレデリック!お前が助けるんじゃない。助けられるんだ!まだわからないのか!」

目を真っ赤にしたアレフェットは無二の親友、そして大事な妹が愛したフレデリックの肩を掴む。

「わかってくれ」
「なに…を…わかれというんだ」
「妹の…エンジェリーナの決意を判ってやってくれ」

色々な縛りに縛られて生きているのが貴族である。そこに王族が絡んでしまうと絡まった糸を解くのは容易ではない。
無事エンジェリーナが子を産むだけでは終わらないのである。
半年間の空白は、当人だけではなくその家にまで及ぶ。貴族同士なら名目上の慰謝料や、家に帰される令嬢の責任を取ればよいだろう。子が産まれるにしても妻に似れば大きく否定は出来ない。

しかしフレデリックは王子妃の護衛である。
王子妃と護衛が半年の間行方不明、戻ってみれば妊娠している王子妃。
これ以上ない貴族たちの暇つぶしのネタを提供するようなものである。
そして理由はどうあれ、フレデリックの家も責任は逃れられない。
子爵や男爵に下げられるだけで済むようなものではない。領の経営などもたちまち立ち行かなくなるだろう。

アレフェットも無傷では済まない。王都に連れ戻したのを隠したとしても、護衛にフェリックスを付けたのはゲラン侯爵家なのである。当然に責任は問われる。
そこに宰相候補だからという手加減は加えられない。その法を議会で通し王太子に進言、法を施行させたのはアレフェットだからである。

「エンジェは…エンジェは…」
「判ってやってくれ。頼む。お前を助けるにはこの方法しかない。それを選んだエンジェリーナを判ってやってくれ」
「そんな…おれはどうだっていいんだ。処刑されてもいい!こんな選択は‥」
「お前だけじゃない!周りを見ろ!お前の家族だって連座なんだ。間違ってはいない!これが最善なんだ!」

膝から崩れるフレデリックにアレフェットは寄り添った。
サロンから2人が出てくる前に到着した父母に連れられて、茫然としたままフレデリックはフォンテ伯爵家に戻った。父はアレフェットと話があると残り、馬車では母にずっと泣かれてしまった。

屋敷で何もしないまま半年を過ごしたフレデリック。
エンジェリーナはセドリックと共に王宮へ戻り、3か月前ほどに王女を出産したと聞いた。
ほろりと涙がこぼれた。

今こうやって窓の外を眺めていられるのも、父母や弟たちがいつも通り過ごせるのもエンジェリーナが守ってくれたからである。
どのような取引があったかは分からない。
そろそろ1年になろうかという頃、1人のご令嬢を紹介された。

フレデリックは興味がなかったが、そのご令嬢は妻となりフォンテ伯爵家に輿入れをした。
しっかり者で散財を嫌い、夫に尽くすのが妻の務めだと両親の前で言い切った女性だった。
初夜、抱かずに過ごそうとしたが妻に言われた。

「契って頂けない花嫁への仕打ちはご存じでしょうか」

思わず過去のエンジェリーナを思い浮かべてしまい、妻を抱いた。
妻は経験者だった。妻の喘ぐ声と寝台のきしむ音が消える頃まで扉の向こうの気配は消えなかった。
行為の後、フレデリックは自分の吐き出した残骸に大きな後悔をした。
頭の中と裏腹に反応してしまう体を何度も傷つけた。

突然始まった自傷行為に家族の誰も気が付かなかった。
フレデリックは男性の象徴を自分自身で破壊をしたのだった。

妻は直ぐに懐妊をした。予定より早く生まれた女の子にフレデリックはエイミーと名付けた。


☆~☆~☆~☆

領地経営に没頭し、久しくとらない剣はもう錆びついていた時、一度だけ王宮の護衛に緊急で駆り出された。王太子殿下と妃殿下。隣国の大使の庭園での茶会である。
アレフェットの頼みで渋々と引き受けた。

そろそろ警備を始めねばと持ち場に急いだ。テラス席からは少し遠く、王太子たちの姿は見えない。
改装予定の庭園が目の前に広がる。

「お母様ぁ。こっちです」

ふいに女の子の声が聞こえた。真っ白いワンピースを着た金髪で碧眼の女の子だった。

振り返り何度も母を呼ぶその子の後ろを見ると侍女が持つ日傘が見えた。

「あれは‥‥」

思わず声が出そうになるが堪えた

変わらぬ美しい姿。光にとけそうな銀髪。エンジェリーナだった。
フレデリックに気が付いているとは思えない。だがこの場所に配置を決めたのはアレフェットである。偶然なのか故意なのか。一番近い位置で母子の会話を聞く。

「お母様、喜んでくれるでしょうか」
「そうね。喜ぶわ。それにきっと…お父様も喜んでくださるはずよ」
「あっ!こっち!こっち。殿下ぁ!」
「ここにいたのか。探したぞ。エンジェリーナ。シャルローゼ」
「殿下ぁ。これ見て!シロツメクサがいっぱい!編むとティアラが出来るの!」
「そうか。じゃぁ作ってもらおうかな」
「だめ!お花の冠はね!強い騎士様だけがもらえるの!お母様にいつも謝っている殿下は弱いからダメ」

ふいに少女がフレデリックを見つけ駆け寄ってくる。

「騎士様だ!お母様!騎士様にこの花冠あげてもいい?」

少女の声にエンジェリーナがフレデリックを見る。目が合った。

「わ、わたくしは騎士ではな…」
「シャルローゼ。騎士様に花冠を差し上げて」

膝をつき、頭を下げると花冠をのせてくる小さな手。
フレデリックは涙を堪える。

「できました!」
「よかったわね。きっとお父様も喜んでいるわ」

小さな違和感に今気が付いた。幼い少女は父親であるセドリックの事を殿下と呼んでいる。エンジェリーナがお父様が喜ぶといったそのお父様とは…。声にならない声を押し殺すが涙は足元の土を濡らしていった。



王宮の夜会に出席するため座り心地の悪い馬車に揺られる。
馬車の中は化粧くさくて時折小窓を開けた。その度に小さな虫が入ってくる。
フレデリックの妻はその都度、ギャァギャァと叫びまわった。

夜会の会場は多くの人でにぎわっている。軽快な音楽が流れダンスを踊り始める者もいる。
フレデリックはその広いホールを見回した。

それは直ぐに見つかった。フレデリックの無機質な瞳に輝きが戻るひと時である。
隣には年齢を重ね、冷たそうな目に渋みと貫禄がついた第三王子がいた。

「エンジェリーナ‥‥」

心で呟く。人形のような表情でも美しさは変わらない。
人々は以前、エンジェリーナの事を冷遇されている王子妃として「純白の王子妃」と嘲笑していた。
だが、第三王子夫妻には「シャルローゼ」という第三王子を女の子にしたと言われるほどそっくりな子がいる。

今では抜けるような肌の白さ、献身的な王子への穢れなき愛の象徴として人々は「純白の王子妃」と敬愛を込めて呼んだ。

フレデリックは目が離せない。エンジェリーナがこちらを向いた気がした。
独りよがりの逢瀬は直ぐに終わってしまう。妻がフレデリックにダンスをせがむからだ。
もう一度エンジェリーナの方を見たが、もうこちらは向いていなかった。

フォンテ伯爵夫妻は国内でも有数の夜会好きとして知られるようになる。
妻は派手な事が好きで、社交的。
夫は1人で雰囲気を楽しむ寡黙な男として話題になる事もしばしばであるが、到着して直ぐに用事があると戻ってしまう事もある。
それでも夜会に、特に王宮の夜会には必ず出席をする。
言葉を交わすこともなく、手を取る事もないが、愛しい人と目で会話を交わすためだけに。

誰がなんと言おうと、フレデリックには真っ白な「純白の王子妃」だった。
フレデリックは心を込めて目で愛を語りかけた。聞こえなくても良かった。
仕方ないとはいえ、あの行為でエンジェリーナが傷ついたかと思うと妻を抱いた自分が許せなかった。
だが、今生きているのはエンジェリーナがその身を挺して命を繋いでくれたからなのだ。

自死は許されないのだと、フレデリックはエンジェリーナの姿に己を律した。
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